第167話 闇オークション開催
前半がアニー視点、後半が第三者視点です。
ここアナガンの踊り子劇場はかつてないほどの賑わいを見せているらしいけど、その原因を作っているのが私だと思うとげんなりとしてしまう。
聞けばベネデッタも今日、あのステージに登ったというではないか。そしてすでにそのベネデッタが酔い潰したという貴族の拠点をウィックルが突きとめたというので、すでにジンイチローがその宿に侵入しているとかなんとか。
モア曰く、計画通りに事が進めば明日の『本番』には手筈が整うはずだという。私にはよくわからないけど、証拠は探すのではなく作るものだとモアは力説していた。ジンイチローも自信たっぷりに出かけていったから問題ないだろう。もしかしてジンイチローはなんだかんだ言っても『ジュノアール』を結構気に入っているんじゃない?
ちなみにモアが立てた作戦は特別なことを企てたわけではなく、まずはビラ配りをベネデッタとメルウェルが北区の宿という宿を廻って配布することからはじまった。これだけでお目当ての貴族が来るかなんてわからないのに、モアは必ず来ると豪語した。ベネデッタ曰く、貴族から聞きだしたという『お披露目会』がもし行われたのなら必ず興奮状態になるだろうと予測し、その体を落ち着かせるためにはより興奮する場所に行かざるを得ないというのだ。ジンイチローは「アドレナリンが出ているからモアさんのいうとおりだ」と言っていた。『あどれなりん』とは頭の中を興奮状態にさせる目には見えないものらしく、これがたくさんあると興奮したり攻撃的になるらしい。イリアやシアの『お披露目会』というからには、それなりの格好をさせられているだろう。それを見越し『踊り子アニー』の再臨という罠を仕掛けるというのだ。
もちろんジンイチローには許可を取った。本当なら許可を取る必要もないのだけど、あの人以外に肌を見せるのは抵抗があるし、謝った時も結構心配してくれたからね。でもイリア達を助けなければいけないのだから仕方がない。だから私は文字通り『体を張る』ことに決めたのだ。無論提案したのはモアなんだけど。
そんなモアも、私の横ですでにやる気満々だ。
「史上ナンバーワンの踊り子であるアニー様が何をそんなに緊張なさっているので?」
いや別にね、緊張しているわけじゃないのよ?どっちかといえば『呆れてる』という方が近いわけですよ。一度もステージに立ったことのない素人女性がどうして堂々としていられるのかなっていう目で見ているのですよ。
「おや、私を素人とお思いですか?以外にもあのハピロン伯爵は自室で私に裸踊りをさせましたからね。夜伽と称して部屋に連れられましたが、踊りながらこっそり酒に薬を仕込んだのは、彼が死んでもなお秘密のことです。いざ事を始めようとしたときには夢の世界でございます」
ええええっ!?そうだったの!?私てっきりもう・・・。
「私だって、初めての殿方くらい選びたいものです。あんなガマガエルに奪われるくらいなら、ゴブリンに捧げた方がマシだというものです」
それもどうかと思うな。
そんなこんなで始まったステージは、モア、ベネデッタに続き、私がトリとなってステージを飾るという三段構えの演出を組み込んだ。まずはメイド服を脱ぎ捨てたモアの背徳的な脚線美に客は魅かれ、続いてベネデッタの扇情的で軽やかな舞に酔い、場内アナウンスが私の登場を告げると、いよいよ会場の盛り上がりはピークに達した。一昨日は披露しなかった踊り子用の下着姿を腰布をとって見せ、客席へ放り投げた。ベネデッタから教えてもらった腰振りなんかもちょちょいと披露すると、本職から見れば鼻であしらわれる程度のそれでも客は大盛り上がりだった。
「お三人方・・・この身は今感動で打ち震えております」
ダンディな踊り子劇場の店主の声は確かに震えていた。
「これほど興奮のるつぼと化すステージを作り上げたことは未だかつてございません」
控室ですでにドレスに着替えた私たちは、いつでも席に着けるように準備していた。私たちを呼んでくるはずだった店主は感動のあまり仕事を忘れているようだ。
「できればこのままお帰りいただいた方が私も良き思い出として心に残したまま皆さまをお見送りできるのですが・・・大変申し訳ございません」
「いいのよ、気にしないで。そのかわり打ち合わせ通りにしてくれればいいんだから」
「承知しております。それではご案内いたします」
ドレスに身を包んだ私たちを待っていたのは、まとわりつく男達の視線だった。私たちが貴族の座るテーブルにつくやいなやブーイングの嵐が巻き起こる。このアナガンでは平民も貴族もなく、力を持つのは金のある人間だ。こうした上客が踊り子を招いて酒の席を共にすることを、店主曰く『アフター』というらしい。
「待っていたよ」
私が座ったのはビヤ樽男とちょび髭男の間だった。席の位置的にこの2人が一番爵位が高いようだ。
「アニーです。お招きいただき感謝いたします」
「こちらこそ、素敵な踊りを見せてもらって嬉しいよ、さあ、君たちも好きな酒を頼むがいい」
私達3人は頷きあい、店主を呼んだ。
さあて、始めるとしますか!!
それから2時間後・・・。
貴族の面々は酔いつぶれ、唯一酒に強い人もぐでんぐでんになってモアに寄りかかっていた。そのモアといえば、その寄りかかる貴族の耳元で何かを呟き、それに応える貴族の言葉に耳を澄ましていた。
「さあ、お眠りなさい」
モアが囁くと、その貴族もコテンと頭を垂らして眠りについてしまった。一方、踊り子の卑猥なダンスが催されているステージに客達の目が釘付けになっている。こっちの様子などお構いなしだ。
「全員眠っちゃったかしら」
「・・・はい。起きている者はいません」
「アニーさんの演技も中々でしたね。よく脚を触られて我慢できましたね」
「殴ってやろうかと思ったけどそこは大人の対応ね」
「さて、肝心の情報ですが・・・たっぷりいただきましたよ」
モアにしては珍しい微笑みだ。ただし、黒い方のやつだけど。
「そろそろジンイチロー様も到着される頃ですね。それまでこの者たちのツケでおいしいものでも食べませんか?」
モアの提案に私たちは躊躇なくうなずいた。
その後ジンイチローと踊り子劇場で合流した私たちは宿に集合し、作戦会議を開いた。
「ジンイチロー様、こちらでは明日の『本番』の会場と時刻、参加する貴族たちの名前がわかりました」
「お手柄だね。こっちも色々仕掛けてきたよ。『赤獅子』のメンバーとも接触できたし。やっぱり奴らは『擬態魔法』を使える魔法士を仲間に入れていたよ」
ジンイチローも悪い方の奴で微笑んだ。
「明日はどうするの?闇オークションをやってるところに乗り込むの?」
「モアさんとは昼間別れる前にアイデアを聞いてたからね、念のためにそれができるかどうかムルノに相談した」
「ムルノに?」
「ああ。闇オークションはアナガンで禁止されてるから、その捕物をしたいってね。そうしたらアナガンの長とはそのことで話を付けてくれてたみたいで、ある特例を認めてくれることになった」
「特例?」
「まず一つは、闇オークション会場に俺たちが『参加者』として参加しても罪に問われないこと」
ジンイチローの不敵な笑みから察した。そういうことか・・・。
「そしてもう一つは、闇オークションに出品される対象者の『親族等』の来訪も認められた」
「親族・・・等の来訪?」
「そうだ。だからこうして来てもらった」
ジンイチローが腕を伸ばした先には、まさかと思う人が部屋の影から現れ思わず口を覆ってしまった・・・。
・・・
・・
・
そして時は『本番』の翌朝へと進む。
貴族達は一斉に動き出した。北区の通りすべてを、『赤獅子』のメンバーによって不審人物の往来を警戒していた。しかし夜が明けきらないほどの早朝とあってか、北区を歩く者は誰一人としていない。
参加者たちに朝食など不要だ。彼等にとってはそんなことよりも重要なイベントが待ち構えている。それは夢にまで見た麗しき王女が、金さえ出せば手に届くかもしれない奇跡のイベント『闇オークション』に出品されるのだ。
口伝で情報を得たフィロデニアの貴族達は一斉に金貨を準備し、仕事もそぞろに多額の財産を握りしめ屋敷を飛び出した。王女を手に入れられるのであれば金に糸目は付けまいと、その姿を見ずとも焦げ付くほど目から熱を迸らせていた。しかし、そんな彼らの中にも疑心暗鬼にアナガンの地へ向かった者も少なくなかった。本当にあの王女が買えるのか、そんなに簡単に物事がうまくいくのだろうかと。アナガンへの道中であるエルドランで引き返したものも少なくなかった。後日、彼らは自らの運の良さを身に染みることとなるのだが、それはまた別の話だ。
そして、実際にアナガンに到着した貴族たちを待っていたのは『後悔』だった。
『なぜ全財産を持ってこなかったのか』―――――
『見分』で披露された王女を見てそう口にしたとかそうでないとか・・・。
そんな悲喜こもごも、今日の日を迎えた。昨日までは踊り子劇場で杯を酌み交わした仲間であっても今日だけはライバルだ。いや、ライバルならまだいい。関係をこじらせている者も少なくなく信用のおける仲間同士でパーティーを組み、集団戦で臨もうとする者もおないわけではなかった。
そんな様々な思惑と欲望、歓喜がうずまく会場―――――――ここは、北区で唯一の地下技能練習場を持つといわれる冒険者専用宿だ。振る舞われる飲み物を手に歓談する彼らの顔は一様に明るい。
「お待たせいたしました。それではこれより『本番』をはじめたいと思います。なお本日だけは遮音結界を施しましたので、どんなに騒いでも音が漏れることはありません。ですが、先日より約束しているとおり、参加者のお名前だけは口にしないよう固くお守りください」
抑えきれない欲情を解消するかのように、われんばかりの拍手で幕が開かれた。特設されたステージの下には、昨日から擬態魔法で顔を変えているドナートの姿もあったが、その顔は参加者の喜々とした表情と比べると段違いに暗い。
それもそのはず、昨晩になって大幅な予定変更を『ポイント1』から告げられていたためだ。
「ええ・・・まず皆さんに申し上げます。本来でしたら今日の対象者は2つの予定でしたが、なんと、急きょとびっきりのものを3つ追加することとなりました。財布に余裕のある方や、一番の目玉を獲得できないと思っている方はぜひチャレンジしてください」
おおおっ!!と、どよめきが拡がる。
「すでにお会いした方もいらっしゃるはずです。ここ最近踊り子劇場で頭角を現し名を馳せた3つの商品です!」
3つの商品が各々歩きステージに立つと、その姿を見て驚く参加者のグループがあった。
「左から、アニー、ベネデッタ、モアの3つの商品となります!まずは右のモアから出品となります。皆さん、心の準備はいいですかあ~?」
あちこちから拍手と指笛が鳴らされ、会場の熱気もピークへと高まった。
「初めは金貨300枚からスタートです!それでは・・・開始しま~す!!」
ベルが鳴らされると、札を持った貴族たちが次々に値を挙げていく。
『400!』
『500だ!』
『1000!』
『2000!』
上がり続ける値に、札を掲げない貴族たちからも感嘆の声が上がる。
『3000!』
7番の札を挙げた貴族がそう言うと、値の上りが止まった。
「7番、3000です。これより上は誰かいませんか?」
静まりかえる会場に、ベルが鳴らされた。
「それでは7番、金貨3000枚でモアお買い上げです!」
拍手に包まれる会場に、モアはお辞儀をした。
「さて、それでは続いてベネデッタです。初めの金額は300枚です、それではスタート!」
ベルが鳴らされると、値が上がり続けていく。
『820!』
『900!』
『1100!』
『1300!』
1000枚の大台に乗るとあちこちから拍手があがるが、そんな会場の様子などお構いなしにヒートアップしていく。
『2300!』
『3000!』
『3500!』
『5000!』
止まらない値の上がり様に、ステージのベネデッタさえも困惑の表情だ。
『6500!』
『7000だ!』
7番の札を挙げた男性の声で、ようやく静かになる。
「7番、7000です。そのほかございませんか・・・・・・・では、7番金貨7000枚で連続お買い上げです!」
ベルが鳴らされ先ほどよりも大きな拍手が起きるも、ベネデッタはお辞儀も何もせずに佇むだけだった。
「さて続いてアニーとなります。こちらは珍しいエルフ族です。初めは金貨1000枚からとなります」
ベルが鳴らされると、あちこちから札が上がった。
『3000!』
『5000!』
『8000だ!』
『15000!!』
あっという間に万の単位に上がり、どよめきが起きる。
『30000!』
『50000!』
7番の札が叫んだところで声がピタリと止んだ。
「現在7番の50000です。そのほかはよろしいですか・・・・・・・では7番さらに落札です。金貨50000枚です。すごい!!」
会場が大きな拍手で満たされるなか、3人はステージの端に寄らされた。それと同時に大きな木箱を抱えた男たちが現れると、会場がざわついた。
「えー、静粛に願います。・・・・・・そのまま登場させるのもどうかと思いまして、『見分』のときにもお見せしたようにご披露したいと思い、このような登場となりました。ああそうそう、君たち、箱はそこに置いて」
ポイント1が木箱の置場所を指示し、参加者の注目がそれに向くなか、ドナートはステージに上がってポイント1に寄った。
「おい、随分予定と違うが大丈夫なんだろうな。アナガンの長の『お仕置き』なんかにやられたくなどない」
「ははは!大丈夫だ。あなたも心配性だな。問題などありはしない。それにアナガンの長についてある情報があってな、押さえるところさえしっかりしておけば問題ないんだ」
「アナガンの長の?なんのことだ?」
ポイント1は口を歪ませた。
「聞いて驚くなよ。アナガンの長なんてものは、はじめからいなかったんだ。長の裁きなんて所詮はあいつの子供だましだったんだよ」
そんなポイント1の驚くような情報には見向きもせず、ドナートは運ばれてきた2つの木箱を見て顔をしかめ、舌打ちをした。
いつもありがとうございます。
投降が少し遅れてしまいました。
次回もよろしくお願いします。