第166話 見分
時は昨晩に遡る――――
「親分、ルナーガが帰ってきました」
「連れてこい」
「もうここにいます」
胡座をかいて座るドナートの目の前で、細身の男が膝をついて頭を下げた。
「ルナーガ、只今戻りました」
「ご苦労。早速報告してくれ」
「はい。親分の目論見どおり、追手が現れました。追手は男1人、女4人です」
「やはりな」
周りで聞いていたドナートの部下達はため息を漏らした。
「カ・・・ポイント1には作戦変更は伝わっています。また、各店への手配も万全です」
「よし、ならいい」
「ですが・・・」
「・・・なんだ?」
ドナートはルナーガを睨んだ。
「ポイント1からの報告によると、『見分』を希望する貴族どもが大幅に増えたみたいで・・・。北区の宿に殺到しているようです」
「ちっ!馬鹿が・・・」
「これについては明後日の『本番』の『初金』を上げることで各員了承したそうです。それと、宿街の表にでていた紋章付きの馬車を引き上げさせました。追手の者達は馬車のことまでは調べていないようだったので助かりました」
「よくやった。いい判断だ」
「はっ」
「しかしよぉ・・・実入りが増えますよっていったって、成功しなきゃ意味ねえのに。だから『見分』には反対したんだ。お前らもよく覚えとけ。欲に目が眩んじまうと周りがが見えなくなるってな」
ドナートの言葉に、部下達は神妙に頷いた。
「それで、他には?」
「ポイント1に追手の女が接触しました。後を追ったら、追手の一味は北区に拠点を作っていたようです」
「・・・追手も馬鹿じゃねえってことか」
「分散して情報を集めているようです。・・・捕縛しますか?」
「いや、それはやめておけ。相手の実力がわからん」
「わかりました」
「ルナーガ、もう一働きしてほしい。追手も心配だが、それ以上にバカな貴族たちの欲が目に余る。監視は一番バカそうな貴族について、口を滑らせたら眠らせろ」
「お望みとあれば」
ルナーガは一礼して野営のテント群に戻っていった。部下達は頻りに「危なかった」「親分の言うとおりだった」と異口同音に話すも、突然立ち上がったドナートを見てぎょっとした。
「最終確認をする。客人の見張り以外は全員ここに集まれ!」
ドナートが声を張り上げると、その場にいた全員が慌てて立ち上がった。
「「「「「 はっ!! 」」」」」
翌朝―――――
アナガンに向けた馬車群のうち、先陣をきったのは大本命の幌馬車と数名の部下達だった。擬態魔法によって見姿が大きく変わったため、腕に巻き付ける布の色を各々の役割によって変えていた。
擬態魔法である者は商人、ある者は貴族、ある者は旅人や冒険者だったりと、あらゆる人に化けることができるのだが、ただ一人ドナートだけはこの魔法の限界を知った。この魔法は、魔法をかけた者の記憶によるところが大きく、擬態魔法をかけられた部下たちの目鼻立ちがなんとなく似通っていることを見抜いたのだ。
見つかってしまうだろうか、高揚する部下達とは裏腹にわずかな不安を抱きつつ、ドナートはアナガンの門をくぐる。
予定どおりであれば幌馬車はすでにこの門をくぐり、『ポイント1』に向かっているはずだ。その証拠に、張り込んでいたと思われる追手の姿は見えない。
まずは第一関門突破か―――――
馬車の御者台から後ろを気にするように首をゆっくりと回す。部下達が全員門をくぐり抜けたのを見届けると、再び行く先に視線を戻した。
その時だった。背後から地響きと共に轟音が辺りを響かせた。馬を停めて後ろを見やると、無情にも門は閉ざされていた。
「いひひひひひ!今日も明日も門は閉めますよ~!!長のご命令です!!」
貴族に擬態した馬車の中にいる部下が窓から顔を覗かせ、ドナートはそれに反応することなく平静に顔を戻した。
「親分、どうしましょう・・・」
小さな声が御者台にかけられた。
「想定内だ。うろたえんでいい」
「は、はい・・・」
想定内であったことは事実だった。むしろ門が突然閉められても平然とする入街者の方が怪しいのだ。敢えて閉門される可能性を口にしなかったドナートは、さもありなんと呟いた。
「むしろ、バカどもの動きが心配だ」
部下達はそれぞれ指示された箇所へと散っていき、北区の宿通りに到着したドナートらは数名の部下達とエルボックを引き連れ、徒歩で指定された宿に入った。
「いらっしゃいませ。お客様の『番号』をお聞きしてもよろしいですか?」
「53番だ」
「承知いたしました。お待ちのお客様がいらっしゃいますがご案内しますか」
「頼む」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
首輪をする初老の男性に重厚な扉の部屋に案内される。初老の男性はノックをして53番の来訪を告げその場を去った。ドナートが扉に手をかけ開けると、30畳ほどの豪華絢爛なホールがドナートの目に飛び込んだ。そして同時に、『荷物』が無事に届けられていることもその目で確認した。
「おやぶ―――53番さん、ようこそ」
ドナートは声をかけた男に寄って耳打ちした。
「どこに耳があるかわからない。油断するな」
男は小さく何度も頷いた。ちなみに男の右腕には緑の布が巻かれている。
「滞りなく運び込めました」
「ご苦労」
緑の布を巻いた男は一礼して部屋の隅に歩いて行った。
「おお、君が53番かね」
続けてドナートに声をかけながら歩み寄ったのは、服を着ていても隠せないほど贅肉を揺らしている、いかにも貴族らしい格好をした男だった。ドナートの前に立ち握手を求めると、ドナートはそれに応えて手を交わした。
「はじめまして、53番です」
「よろしく。いやあ、君のおかげで久方ぶりに燃えてるよ!!ははは!!」
笑う度に揺れる腹を見て、ドナートは目を細くした。
「あなたは何番ですか」
「私は5番だよ」
「なるほど、『一桁様』か」
この作戦において『一桁』とは、誘拐に関して並々ならぬ資金援助と物的支援をした上位9名のことを指すも、ドナートは特段の礼も配慮の姿勢も見せなかった。
「もう他の者も隣の部屋に待機しとる」
「そうですか・・・。ひとつ尋ねたいのですが」
「おお、なんだね?」
ドナートは5番の男の耳に口を近づけた。
「参加者の名前はアナガンに来てから口にしてないだろうな」
ドスの効いた低い声に5番の男は身震いした。
「はは、いや、まさか。口になどしておらんよ。ははは・・・」
「だったらいいんだがな。調子に乗ってついうっかりは止めろよ?ネズミはどこにいるかわからんからな?」
「お、おう・・・」
顔を引き上げたドナートは『荷物』に視線を移した。
「さて5番さん、他の番号持ちを呼んできてもらえませんか。急いで荷を開けます」
「あ、ああ。だがもう少し待ってくれんか?9番がまだ到着してないんだ」
「もう時間です。遅れてくるやつは入れさせません。明日の楽しみにとっておくよう伝えてください」
「わかった。そう伝えておく」
5番の男は部屋の隅にいた従者の男性に耳打ちすると、男性は恭しく一礼してから部屋の外に出た。すると間もなくして、ぞろぞろと部屋の中に恰幅のよく見栄えのいい服を着た壮年の男性たちが入ってきた。皆一様に口が緩んでいる。5番とドナートが並び、5番が手を叩いた。
「えー、諸君。待ちに待った『見分』の時間だ」
男達が歓声を上げようとした瞬間、5番の男が人差し指を口に当てた。途端に部屋が静まった。
「気持ちはわかるが、ここはひとつ静粛に願いたい。それと皆に紹介する。こちらにいるのが53番で、『荷物』を運搬した方だ。すでに申し伝えてはいるが、後でしっかりと礼を弾むように」
ドナートが一礼すると、男達頷いて応えた。
「よし、それでは荷物の開封を行う。53番、よろしく頼む」
「わかりました」
ドナートは『荷物』に目をやった。
この部屋に集められた参加者は一様に首を傾げる。『見分』と聞かされこの部屋に来たのに、待ちに待って見せられたのは『野菜の入った木箱』だったのだ。
「おい、31番。頼んだ」
「は、はい」
31番と呼ばれた男性は野菜の箱に手を伸ばして何やらブツブツと口にする。
すると、これまで野菜の入った箱に見えていたものが、見る見るうちにただの木箱に変わっていった。驚く男達をさして気にも留めず、ドナートは木箱の蓋を開ける。
男達からはため息にも似たどよめきが起きた。
そこには2人のうら若き女性が入っていて、ドナートが女性の腕に手をかけ起き上がらせると、同じようなどよめきが広がった。
薄手のベビードールを纏った2人は、男達と目を合わせないように明後日の方向を向いた。
「では諸君、今から注意事項を述べる。ここにいる女性のようなものは決して人間ではない。いいか、ただの人形だ。だからその人形の名を口にすることは禁ずる。さらにこの人形に触れることも禁止だ。これを守らない者は明日の『本番』に参加する権利を失う。そして『見分』はこの53番が危険を冒してまで施してくれたものだ。寄って『見分』の時間は53番の裁量によって決める。終了の合図があれば速やかに引くこと。いいな?」
男達は一様に頷く。
「そして最後にはサプライズがある。ゆっくり楽しまれよ」
口には出さないが、男達の喜びはそのだらしない口からも容易に覗えた。ドナートはそれをみて2体の人形に合図した。
「5歩前に歩け」
すると、人形は言われたとおり5歩前に歩んで止まった。人形と呼ばれた2人の女性は歯をくいしばって屈辱に耐えているようだ。
「さあ皆さん『見分』のはじまりです。あまり近づきすぎないように、順番に!!」
男達は女性に殺到し、決して触りはしないものの情欲にまみれた視線を集中させた。
53番が終了の合図をだしたのは、始まってからわずか10分程度の時間だった。もの惜しい表情で引く参加者たちを、厳しい眼差しでドナートは睨み付けていた。
「では最後になります。今回の立役者の一人、『ポイント1』の登場です。サプライズはポイント1から発表しますよ」
いつの間にか部屋に入っていたポイント1と呼ばれた男は、黒いフードを被った男を引き連れ5番の横に立った。サプライズの発表とあって男達は喜色満面だ。
「えーみなさん、私がポイント1です。さてサプライズですが・・・普段ならお見せすることはありませんが、今から皆さんに、店舗所有の奴隷を意味する店舗紋をこの人形につける瞬間をお見せしたいと思います。わかりますか、この人形たちが・・・手の届かないはずだったこの人形たちが、皆さんの目の前で、奴隷としての人生を歩むその瞬間をご覧いただけるのです」
感嘆の息があちこちから漏れる。普段なら絶対に手の届かないあの女性が奴隷となって目の前に立つ・・・そんな非日常の絶対にあり得なかったであろう光景を思い浮かべたのか、男達は卑しい顔を隠そうともしない。
「えー、通常我々はうなじに紋をつけるんですが、今回は皆さんの好きなところにつけたいと思いますが、いかがですか」
ポイント1の問いかけに音を抑えた拍手が起こる。そして男達の小声での話し合いのもと、紋を入れる箇所が決まった。ポイント1の横に立っていた男が立っていた男がおもむろに人形の正面に立つと、両手をその前に広げた。仄かに人形の体が光り、その光が収まると男はポイント1の陰に戻った。
「ご覧下さい。暗い緋色で描かれたのは店舗の奴隷たる印でございます。大事なことですからもう一度言いますよ。この人形は、今この瞬間をもって奴隷となりました!」
部屋が割れんばかりの拍手で埋もれた。5番が慌てた様子で静まるよう促す。
ふくよかな胸のやや上部に刻まれた店舗紋によって、人形たちは永劫に奴隷として生活することを約束された。2体の人形は男達の歓喜とは裏腹に、悔しそうに歯ぎしりをした。
ドナートが一歩前に出て参加者を一瞥した。
「ではこれで『見分』を終わる。各員打ち合わせた通り、裏手から徒歩で所定の宿に戻るよう頼む。それと今日は羽目を外しすぎないように気を引き締めろ。ネズミがこの街にいるからな。明日の開始時刻に変更はないからそのつもりで。では解散だ」
―――――男達がいなくなり、ドナートとその部下数名と魔法士エルボック、そして人形と呼ばれたイリアとシアだけが、熱狂を残したホールに残った。
「53番さん、あいつらホントに大丈夫ですかね」
緑の布を巻いた部下が心配そうにホールの扉を見ながら呟く。
「知らん。どうなろうとも俺達は明後日までこの街の門をでることは許されんからな。ここまでくれば静かに無事に終わることを願うだけだ」
ドナートはそう言うと、イリア達の眼前に立ち見下ろした。
「それはそうとあんたたちに聞きたいことがある」
イリアはドナートを精一杯睨み付けた。
「ふん、その目はまだ諦めちゃいないようだな」
「当たり前です。この身が奴隷となろうとも、必ず助けに来てくれると信じていますから」
「そうか。それは幸せなことだ」
表情を変えずに話すドナートに、イリアは陰険な顔でため息を漏らした。
「・・・何を言うかと思えば、私たちを誘拐した人のセリフとは思えないわ」
「どう言われようが知ったこっちゃない。さて俺の質問だが・・・、どうしてお前たちは泣き喚かない?それも助けに来てくれるからと信じて待っているからか?」
イリアは鼻で笑った。
「ええそうよ。それこそさっきの言葉をそのまま返してあげる。どう言われようと知ったこっちゃないわ」
「・・・・・」
ドナートはイリアの言葉に反応することなく、ただただイリアを見下ろした。そしてエルボックに目を向けると顎で合図した。
「おい、31番。念のため客人にも擬態魔法をかけておけ」
「あ、はい・・・」
エルボックが魔法をかけると2人の姿は瞬く間に初老の男へと変化した。部下達はそれを見てすぐに2人を大きな箱に寝かせ、蓋をした。エルボックはさらにその箱に擬態魔法を施し、今度はごみの入った木箱にその形を変えさせた。
「予定通りこの宿の裏から隣の宿に入れよ。交代で客人の見張りを付けて、あとは自由行動だ。お前たちも下手するんじゃねえぞ」
緊張の糸がほぐれたのか、部下たちの顔に安堵の色が広がった。
・・・
・・
・
「なあエルボック」
「なんですか」
「お前確か南区の宿に行くんだったよな」
「はい。53番さんからはそう指示されてます、ていうか、ちゃんと番号で呼んでくださいよ。怒られますよ」
「へへ、気にすんなって。それよりもさ、折り入って頼みがあるんだけどよ」
「なんですか?」
「ここに来たからには1回くらい遊びたいわけよ」
「はあ・・・」
「だからさ、俺達の顔をもっとかっこよくできねえかなあ・・・なんて思ってみたりしたわけよ」
「はあ?どうしてそんなことを?」
「だってよ、ここの娼婦は客の顔で夜の相手を選ぶなんて聞いたことがあるから」
「そんなの聞いたことないですけどね」
「いいんだって!顔がよければ受けがいいしさ!な、頼む!この通り!」
「まあそれはいいですけど・・・。でも53番さんに怒られても私は知りませんよ?」
「大丈夫大丈夫!」
「仕方ありませんね・・・」
エルボックの操る擬態魔法は、彼に頼みこんだ『赤獅子』の面々を美形に整えた・・・ように見せた。喜んだ男達はお礼もそぞろに走り去ってしまった。
「まったく、何があっても知りませんよ」
エルボックは静かにため息を漏らす。彼の嘆きは、その上空にいた何者かの頬にも触れることなく彼方へと消えていったのだ・・・。
いつもありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。