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第165話 運び込まれた荷物

 

 みんなが宿を離れた後、モアさんから話があると言われ、宿のロビーにあるソファに身を委ねた。


「話って?」

「昨日、アナガンの一番店に訪問したお話をしましたよね」

「そうだね」

「そこで目にした奴隷のことで耳に入れていただきたいことがあるのです」

「・・・まさか、買えって話かな」

「いえ、決してそうではないのですが・・・どうにも気になるんです」

「気になる、か・・・」

「その奴隷の名はアヤノ・タカイケといいます。なんとなくジンイチロー様の顔立ちに似た特徴と黒髪をお持ちでしたので気になったのです」


 アヤノ・タカイケ、か。名前の雰囲気からして日本人じのように思える。が・・・。


「でもその一番人気店は、モアさんが昨日指摘してた店だろ?」

「ええ。怪しさはピカイチかと」


 腕組みしてつい唸ってしまう。


 実を言うと、モアさんが仕入れてきた情報元はその一番人気店からのものだけではない。周囲の奴隷店からも一番人気店に関する情報は得ていた。一番人気店『カーヴィス奴隷店』は、妙に不可思議な活動をしている店としても有名な店だった。


 以前カーヴィス奴隷店は、中央区の大通りに面した一番立地の良い場所に店を構えて繁盛していたのだが、1年前に店舗を系列奴隷店の場所と交換したというのだ。系列店の場所は中央区の大通りから外れた裏手通りにある、大通りよりも遙かに人通りの少ない場所にあり、店の売り上げを考えるなら店の場所を交換するなど非常識だと素人目でみても明らかだ。ライバル店でさえ店の交換を疑問に思い店主にやめたほうがいいと進言していたくらいだったという。ちなみにそれでも一番人気店であり続けるのは常連客の売買があるためだと言われているし、系列店が一等地に移ったことにより売り上げの増進も否定できないようだ。


「その店にその人がいるっていうのも気になるけど、今はイリアとシアさんのことを優先したいね」

「ええ。そうおっしゃると思いました。ですので頭の片隅にでも入れてください」

「わかった。一応気に留めておくよ」



 ベネデッタさんとウイックルが戻ってくるかもしれなかったが、いても立ってもいられず、モアさんと外にでることにした。

 もちろん外に出ても簡単に何かが分かるわけじゃない。でも外に出て何かしていないと気が済まない。いや、不安で仕方ない。取り返しがつかなくなる前に何とかしなきゃいけない、そう思うとついつい歩幅が自然と大きくなった。


 後ろについていたモアさんが俺の名を呼んだ。


「ジンイチロー様」

「なに?」

「それではいけません」

「え?」

()()()がどう足掻こうとも事が始まってしまった以上は、私たちはわずかな情報と足跡をたどらなければ追いつけません。焦って歩幅を大きくしても、必要な情報を取りこぼすだけで何の意味もありません。『でん』と構えていればいいのです。それに、イリア様やジンイチロー様を慕う方たちがあなたの手となり足となり情報を集めてくださっているのです。皆さんを信じて待つことも必要と思いますが、いかがでしょうか」


 怒るでもなく叱るでもなくいつもと変わらぬ調子で物言うモアさんであったが、どことなく優しさを漂わせる雰囲気が俺の焦る気持ちを不思議と落ち着かせた。


「ありがとうモアさん。少し焦りすぎてた」

「出過ぎたことを申しました。申し訳ございません」

「いや、おかげで目が覚めたよ」


 行き交う人が見えるようになった。ただやみくもに大足で歩いているだけでは見えない人々の活動は、意外に重要な情報が隠されているかもしれないからだ。しかし大足のおかげもあってかあっという間に中央区に来てしまったようだ。


「特に何かあるわけではないけど・・・」


 と独り言をつぶやいていたら、速度を上げて中央区の裏通りへ駆けていく幌馬車が見えた。


「危ないなぁ」

「・・・ジンイチロー様、あの馬車は捜索対象です」

「何だって!?」

「この地区をあれほどの速度で走る幌馬車がいるでしょうか。何か慌てて『物資』を運んでいるとしか思えませんね」

「・・・行ってみよう」

「はい」



 裏通りの奴隷店に止まっていた幌馬車は、すでに荷物を運び終えていたのか荷台が空になっていた。止まっていた奴隷店は・・・カーヴィス奴隷店と看板に書かれていた。


「おい、もういくぞ」

「へい」


 荷台にあがる男達と御者が一人いたので、御者に当たってみた。


「ちょっと待ってくれ」

「・・・な、なんでしょうか」

「あんたたち、この奴隷店に何をおろしていた?」

「野菜ですよ」

「・・・本当か?」

「ええ本当です。なんならこの奴隷店の店主に聞いてみたらどうですか」

「どうしてわざわざ外部から直接野菜を買うんだ?東区から買えばいいだろ?」

「そんなことを言われても、私たちは言われたとおりに運ぶのが仕事なので・・・それこそ店主にでも聞いてください」


 そう言うと御者は馬を牽いて出発してしまった。


「ったく・・・なんなんだよ。モアさん、どうする?」

「・・・・・」


 モアさんは去っていく馬など気にも留めず、もっていた中央区の地図を広げていた。


「・・・・・」

「モアさん?」

「ジンイチロー様、これは気付くのが遅くなってしまったようで――――」


 そのとき、こっちに駆けてくる2人の姿があった。アニーとメルウェルさんだった。


「ジンイチロー!」

「アニー!どうしたの?」


 2人はずっと走ってきたのか、俺達に寄ってもしばらくは話せないほど息が上がっていた。落ち着く間もなくアニーは俺に向いた。


「い、いま・・・ほろば・・・ほろばしゃ・・・こなかった・・?」

「幌馬車ならもう荷物を下ろして行っちゃったよ」

「もう・・・間に合わなかったか・・・」

「なにが?」

「ムルノも・・・あの幌馬車を・・・追えって・・・・だから・・・走ってきた、の・・・」

「ジンイチロー殿、中に入りましょう」


 すでに息を整えていたメルウェルさんが奴隷店の扉に手をかけていた。まだ息の整わないアニーを外に待たせ一緒に中に入ると、下ろされていた荷物がロビーに山積みになっていて、妖艶な女性と店主と思しき人が荷物をもっていた。


「いらっしゃいませ。アマンダ、ここはいいからお客様にお茶を」

「かしこまりました」

「散らかっておりますがどうぞこちらへーーー」


 重なる荷物の向こうのソファに誘われるも、メルウェルさんがそれを手で制した。


「店主、忙しいところすまない。我々は客ではない。そこの荷物について尋ねたい」

「荷物・・・ですか?はあ・・・」


 店主は不思議そうに首を傾げた。


「荷物はこれだけか?」

「ええ、奴隷用の食糧ですね」

「いつもアナガンの外から幌馬車で運ぶのか?」

「いつもではありませんよ。東区からも買い出ししますからね」


 荷物を一瞥するが不審な点は見当たらない。それでも不審に思い念のため『鑑定』してみた。


【野菜を入れた箱 採集されて2日経過した何種類もの野菜が入っている。】


 店主の話すとおり食糧しかないようだ。鑑定しても結果はシロだったし、疑ったところでこんな木箱に人間は入れるわけはない。すると、アマンダと呼ばれた女性が戻ってきた。


「お客様、お茶をお持ちしました」

「折角ですから召し上がってください。私は予定があるのでこれで失礼します。アマンダ、よろしく頼むよ」

「承知いたしました。お客様、こちらへお座りください」


 店主が奥の扉を開けて出ていったのを見届けたアマンダさんは、突っ立っていた俺達を半ば強引にソファに誘導し座らせた。


「あの、俺達は―――」

「何もお出しせずにお客様を帰らせるわけにはいきません。それに失礼は承知の上でのお願いです。これが私の奴隷としての仕事なんです」


 そう言われると何も言い返せない。どういう理由で奴隷になったのかは知らないが、奴隷契約に基づいた仕事を奪うというのは気が引けてしまう。メルウェルさんも小さくため息をついてカップに手を伸ばした。ただただ静かな時間だけが過ぎていく。奴隷店に来てまで俺達は何をしているのだろうか。


「もしよろしければ奴隷をご覧になられますか」

「いえ、時間もありませんのでこれで失礼します」

「そうですか。またのご来店をお待ちしております」


 店には5分ほどしかいなかったはずだが、30分ほど詰めていたような気分だった。


「何かわかった?」


 外を出るとアニーが笑顔で迎えてくれたが、首を横に振って応えるしかできず、曇った表情で肩を落とされてしまった。


「そう・・・」


 そんな中でも、モアさんは地図とにらめっこしている。


「モアさん、どうしたの?さっきから地図をみてるけど」

「え?ああ、ええ・・・」


 何かに集中しているようだが、ここでずっと立っているわけにもいかない。


「どうやらここは的が外れてしまったみたいだね。次はどこに――――」

「北区です」


 地図から目を離したモアさんが、自信たっぷりに物申した。


「北区?」

「はい。おそらくはすでにイリア様、シア様ともに北区のどこかに連れられていると推測しました」

「でもいつの間に・・・」

「謀られました」

「はか・・・え?」

「幌馬車はブラフかと思いましたが、実はビンゴだったと思われます」

「えっ、じゃあ、さっきの幌馬車に?」

「はい。荷物として乗せられていた可能性が高いです」

「奴隷店にあった荷物には――――」


 モアさんは慌ただしく地図を丸めると、スタスタと歩きはじめた。


「説明は後です。すぐに向かいましょう。ベネデッタ様たちとの合流もあとにしましょう」




 こうして北区に戻ってきた俺達は、数多ある北区の宿通りにたどり着いたが・・・。


「違和感があるな・・・」

「謀られましたね」

「ジンイチロー、これって・・・」

「イリア様・・・」


 本当ならば数多ある宿の前に数多の馬車が停まっているはずなのだが、なんと一台も停まっている馬車などなかったのだ。


「まさか、これも俺達の目を潰そうとしているっていうのか?くそ、だったらさっきの幌馬車の奴を捕まえてでも吐かせるべきだったな」

「捜索しているのがバレたってことね」

「一歩遅かったですね」

「宿に聞いても上客のことなど教えてはくれないだろう。ジンイチロー殿が夜になってこっそり潜入するしか探す手立てがないな」


 メルウェルさんは俺に『ジュノアールに変身!』を提案するも、内心穏やかではない。とはいえそうもいってられない状況ではある。


「ジンイチロー様、よろしいでしょうか」


 モアさんは地図を再び取りだして隣に並んだ。


「先ほどの説明を行いたいと思います」

「一体何がわかったの?」

「あくまで推論ですが」


 モアさんの話によると・・・。


 あの幌馬車は怪しいと思わせつつも『本物』だった。脱出の機会を窺うであろうイリア達を普通の馬車に乗せるわけにはいかないことと、身動きがとれないように縛り上げて運搬するにはやはり『荷物』にしなければならない。であれば、監視の目をあることを承知で他の荷物に紛らわせて運搬するしかない。だがもし検問されてしまったときのことを考えて、運搬した人間とイリア達には『擬態魔法』が施された可能性が高いのではないかという。これにはメルウェルさんも大きく頷き、腕に赤い布を巻き付けて『仲間』である印をつけて顔がわからなくてもいいよう準備していたのではないかと補足した。これで犯罪奴隷と一緒に荷物を運搬したといえば奴隷店への運搬も説明がつく。しかしここで疑問に浮かぶのは、奴隷店にあった荷物にそれらしい形跡がなかったことと、奴隷店にイリアたちがいないと言い切ったモアさんの推測だ。


「そこでこの地図が役にたちます」


 みんなで地図を囲んだ。


「現在の、裏通りにあるカーヴィス奴隷店の店構えに特徴があると思いませんか?」


 モアさんはそうは言うが、特別に不審な点は見当たらないように思える。しかしそんな俺の考えに異を唱えたのはメルウェルさんだった。


「この店だけ、やけに細長くて隣の通りにまで建物が面している」

「そうです。奴隷店の表に幌馬車が停まったころには、すでに別の馬車が裏口に待機していたと思われます」

「なんて用意周到な・・・」


 思わず漏れた俺の呟きにモアさんも小さく頷いた。


「こうしている間にも、主犯者達は『擬態魔法』で顔を変えて街に入っていると思われます」

「街に入ってくると予想できる根拠は?」

「無論、金の受け取りが済んでいないからです」

「奴隷として売るだけなら店からはすでに受け取ってるだろうな。王女とわかっていればあらかじめ用意できるだろうし」

「そうです。つまり、あの二人はただ単に奴隷になるために連れられたわけではなく、競りで売買金を吊り上げられようとしているのではないかと推測します」

「闇オークション・・・か」

「東区の集会所は、おそらく競りの前の『見分』が予定されていたのかもしれません。しかし私達が嗅ぎ回ったことを察知した主犯者達は予定を大幅に変更して、見つかるリスクを踏んでも今回の作戦に踏み切った可能性があります。東区の集会所にそのまま行けば目立ちますし、逃げ場はありませんからね」


 計画の大幅な変更と捜索の目を掻い潜る能力と作戦遂行力に、敵ながら天晴れと思わざるを得ない。


「ですが、諦めるのは早いですよ。完璧と思える作戦も、綻びは必ずあります。大抵の場合、それはほんの少しの『油断』から始まります。それに、『熊の子を得るには巣に入れ』という故事もあります」


 虎穴に入らずんば虎児を得ず、か。


「モアさんの言うとおりだろうな。俺達はイリア達を探そうと躍起になっていたけどどうにもはぐらかされてしまう。こうなったら、当たる相手を変えたほうがよさそうだ」

「おっしゃる通りです。ですのでジンイチロー様、私に考えがあります」

「考え?」

「ええ、これには皆様のご協力をいただかないとできませんが、特に・・・」


 そしてモアさんは不適な笑みをアニーに向けたのだった。


「えっ、私?なに?何なの!?」


いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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