第164話 捜索
翌朝――――
俺たちは情報収集を続けることになったが、おそらく本日にイリアとシアさんが盗賊たちと来るかもしれないと予想し、昨日とは違い2人ずつで行動することにした。
盗賊たちの顔を覚えているアニーと、イリアをよく知るメルウェルさんがムルノのいる門に張り付き、ベネデッタさんとウィックルは貴族と思われる人間の調査、そして俺とモアさんは昨日彼女が入館したという『カーヴィス奴隷店』に向かうことになった。
・・・
・・
・
「ムルノ・・・だったわね、確か」
「ええそうですとも、『新生アナガンの踊り子』アニー様」
「んなっ!!」
軽く挨拶しようと思った矢先のムルノの先制攻撃に、思わず顔を赤くしてしまう。
「どうして知ってるのよ・・・」
「いひひひひっ!そういう情報は少しでも持っていないと案内人など務まりませんよ!」
「そりゃそうだけど・・・。やりづらいわね、まったく」
そんなやりとりをしている中でも、門からは次々と物資を積んでいると思われる幌馬車や御者、奴隷の売買のためにやってきた者たちの往来があった。印象的だったのは、ひどく落ち込んだ顔で歩いて門をくぐる女性の姿だった。今の私がいかに恵まれているかよくわかると同時に、ひどい吐き気を感じた。
「アニー様がどうお考えかはよくわかります。ですが、よき主人と巡り合えば一生を終える時に「楽しかった」といえるようになる方も大勢いるのです」
「それはわかるわよ。でもねえ・・・」
「・・・昨日ジンイチロー様から奴隷の購入についてお聞きになられたのではないですか」
「ええ、聞いたわ」
「あの元公爵令嬢、本当に嬉しかったようですよ。よい主人に巡り合えたとね。ジンイチロー様が購入を止めるとなれば、さぞ悲しむでしょうなあ」
「・・・あんた嫌な性格してるわね」
「いひひひっ!どういわれても構いはしませんよ。ただしこれだけはお話ししておきたいですな。人生を変えるかもしれない目の前にある幸運は、奴隷たちにとってはこの上ない幸せへの機会です。確かに誰も好きで奴隷になっているわけではありません。ですが、幸せを追う権利は誰しもが持っているものであって、持たざる者など誰もいないのですよ。犯罪奴隷になった悪党は別にして、訳あって連れてこられた者たちは事情はあれど、あなたのように恵まれた幸せを得たいと思うのは当然のことです。私はね、悪しき境遇に置かれ不幸になった者たちが奴隷にもならずに野垂れ死ぬことだけはどうしても看過できないのです。そこをどうかご理解いただき、目を背けないでいただきたいのです。ジンイチロー様はお優しい方だ。あなたのように麗しい女性が彼に惹かれる気持ちもわかりますが、彼に惹かれる方はあなた以外にごまんといます。彼の手で幸せになる女性が多ければ多いほど、あなたにも幸せが舞い込む・・・そうは思いませんか」
正論を飛ばしているようで正論ではないと思った。突っ込みどころは多いのだけど、不思議と何も言い返せなかった。多分だけど、今の話はムルノの本心だと感じたからだと思う。奴隷に対する愛情は、どうやらアナガンの長と呼ばれる人と同じくらい深いんだろう。
「はあ・・・とりあえずもうジンイチローには好きにしろって言ってあるから、購入でもなんでもするんじゃない?」
「おお、それはなんと嬉しいこと!・・・・・では私も、あなた方の『探し人』について協力を惜しまず働かせてもらいますよ・・・」
そういうムルノの瞳が、一瞬でも猛々しく光ったと思うのは私だけだろうか・・・。
「そういえばメルウェル様もご同行なされているのですね」
「そうね、あそこで目を光らせてるわ」
ムルノが見た先には、腕を組んで行き交う人々と馬車を睨みつけているメルウェルがいた。
「あんなに睨んでちゃ入れるものも入れないわよ・・・」
「それだけ本気なのでしょう。ん?あの幌馬車は・・・」
ムルノはそう言って黙りこくってしまった。その視線の先には一台の幌馬車が門をくぐろうとしているところだった。
「アニー様、ちょっと失礼します」
「ええ・・・」
ムルノは門をくぐった幌馬車を止めると同時に御者に何か話しかけている。御者は幌馬車と一緒についてきた男たちに何かを伝えると、幌馬車の背後に回って幌を開放した。ムルノは顎に手を当てて中を観察しているようだけど、その口は真一文字に固まったままだ。
やがて観察が終わったのか男たちに恭しく頭を下げると、幌馬車と付き人達はアナガンの雑踏に消えていった。
「どうしたの?」
「・・・・・ううむ」
「え?」
「注文を受けて入ってきた商品はあのように幌馬車に乗せて運搬されます。ですが・・・おかしいと思いませんか?この辺りには町などないのに、あの幌馬車の周りにいた男たちはどうやってこの街まで来たのでしょう。幌馬車は満載ではなかったのです。中に乗り込むことは容易だったでしょうに」
言われてみればそうだ。普通なら随伴して馬に乗ってやってくるか、御者の隣に乗ってくるか、幌馬車に乗ってくるかだろう。幌馬車が走る速さに人間が合わせていたら疲労困憊もいいところだ。だが彼らからそれは微塵も感じなかった。
「あの男たちはこの近辺で合流したのでしょうかね。荷物降ろしだけに雇われただけかもしれませんし。ですが妙なんですよねえ。まるで・・・『仲間』のようだった」
「仲間?」
「私が幌馬車の中を見たいといったら、あの御者は「おい、開けてやれ」と言い、付き人は聞かれてもいないのに「野菜だけだぜ」と言い、御者は舌打ちして「だからおめえは下っ端のままなんだ」と返したんです」
「仲間・・・というよりは、古くからの主従関係に近いような雰囲気の会話ね」
「中身は確かに野菜でしたよ。そのほかの荷物も盛りだくさんでしたが・・・ううむ・・・」
ムルノが唸るのと同時に、行き交う人々を睨みつけていたメルウェルが私たちに近づいた。
「アニー殿、さっきの幌馬車なんだが・・・」
「おや、メルウェル様も何かお気づきで?」
「ああ、幌馬車についていた男たちといい御者といい・・・ただの商人ではないと思ったのでな」
「具体的にはどういったところでお感じに?」
「感じるも何も、あいつらは左腕に赤い布を縛っていただろう?まるで『仲間を見分ける』ような感じがしたからな」
「「 ・・・・・ 」」
「ん?どうした?」
「さすがはメルウェル様ですね。やはり惜しい人材だ・・・」
「だめよ、メルウェルはちゃんとフィロデニアに帰るんだから」
「ほほう、私が何を考えているかおわかりに・・・」
「わかるわよそんなの。それよりもさっきの幌馬車、どうする?」
「アニー様、追いかけるべきでしょうな。きな臭さは感じますよ」
「そうね。メルウェル、追いかけるわよ」
「承知した!」
速度を上げて街中を走ったのだろうか、見える範囲には幌馬車の姿はなくなっていた。私たちはわずかに残っていた幌馬車の乱暴な車輪の跡を追った・・・。
・・・
・・
・
「いいぞ!!ベネデッタ!!」
「もっとだ!!」
「いい体してるなあ・・・へへ」
昨日アニーさんが感じていた視線を、まさか私もこうして受けることになろうとは思いもよらなかった。この店の主人は口が上手い。お酒を飲ませずとも警戒していた私をステージにあげさせ、あまつさえ下着姿にさせるほどの音楽のリズムと観客の熱い視線は、これまで感じたことのない高揚感を私に与えた。
「いやあ、素晴らしいステージでしたね。今日だけで終わらせるなどなんと罰当たりな事か」
「お上手ですね。昨日もそうやってエルフの女性をたぶらかしたんじゃないのかしら」
「おや、まさかお知合いですかな」
「ふふ、内緒よ」
「・・・そうですか。ん?ちょっと失礼します」
ウェイターを装ってもにじみ出る面の厚さは、この界隈で商売をする人間の必須条件だ。どんな宝石が転がり込んでも舞い上がらず、どんな輩が騒ぎ立てようとも決してうろたえずを貫き通さねば、この地での成功は収められないだろう。主人は店員に呼び出され、何やら耳打ちされると、チラチラと私を窺った。店員は主人の伝令を受けて走り去ると、主人は私の元に戻ってきた。
「どうしたの?」
「大変恐縮ですが・・・ベネデッタ様におかれましては今一度我々にその身をお貸しいただければ幸いにございます」
「・・・何かあったんですね」
「ええ。最近この地にお越しいただいた上客様が、ベネデッタ様とお酒を共にしたいと・・・」
最近来た上客・・・。
昨日ウィックルが忍び込んだという貴族の宿の一員かもしれない。アニーさんの話をしていたとウィックルからも聞いているし・・・。
「わかりました。引き受けますよ」
「なんと・・・大変助かります。ありがとうございます。お礼としての給金は弾ませていただきます」
「ええ、よろしくお願いしますね。案内してくださる?」
「はい。それではまずお召し物を整えさせていただきます。こちらへどうぞ」
普段なら絶対に着ないだろう、体のラインが強調される薄手のドレスを身に纏い、薄暗い店内を主人に案内される。ステージには誰もおらず幕間といったところだろう、男達は酒を飲んで次の女性を待っているが、その脇を私が通ると談笑していた声がピタリと止んだ。私のあちこちに視線が届くのを感じる。
「さっき踊ってたベネデッタちゃんじゃねえか」
「マジか!?ドレスもやべえな」
「・・・ごくり」
そんな男達のひそひそ声を背中に、私は店の奥手にいる上客のもとへと歩いた。上客は私に気付くや否やソファから立ち上がり、そばに寄った私の背中に手を回して隣に座るよう促す。背中の開いたドレスだから、この上客の手が不自然に背中を擦っているのがわかる。このスケベおやじめ。
ちなみにだけど、ウィックルはその上客の周りをふよふよと浮いて様子を見ている。ジンイチローさんにかけてもらった『気配隠匿』の魔法で周囲の人間は彼女の存在に気付かない。かなり強く意識すれば彼女の気配も姿も認識できるのだけど、少しでも意識を外せば見えなくなってしまうので気を付けてはいる。そんなウィックルは、この上客に指を差して口パクで『きのう!』と言っている。昨日の話の人間のようだ。
「いやあ、さっきの踊りは中々扇情的で素晴らしかったよ」
「ありがとうございます」
「いやいや、そんなにかしこまらなくていいよ。おい主人、彼女にも酒を持ってこい」
主人は遠くで一礼し、店の奥へと消えていく。
「君のことは何て呼んでいいかな」
「お好きにどうぞ」
「ではベネデッタと呼ばせてもらうよ」
「私は何とお呼びすれば?お名前をお聞かせください」
「私はザルバンという」
「では、ザルバン様と。それとお礼を言わなければなりません。本日は私のような下賤な娘をご指名いただき本当に嬉しく思います。ありがとうございます」
「ははっ、何を言う。君の踊りは本当に素晴らしかった。若い頃に戻ったような気分だよ」
「ザルバン様こそ何をおっしゃいますか。まだまだ若くて逞しいですわ」
私はザルバンの腕に手を回し、そっと撫で上げる。
「そ、そうか。それは嬉しいね。お、君のお酒も来たぞ。まずは乾杯しようじゃないか」
主人はカラフルな色のついたお酒を持ってきた。アニーさんから、劇場においしい『カクテル』なる飲み物があると内緒で聞いていたので、多分これがそうなんだろう。
「素晴らしき出会いに、乾杯」
「乾杯」
ザルバンは一気に杯を空けて飲み干した。私は一口だけ含ませた。アニーさんの言うとおり飲み口が柔らかくておいしい。話を聞くだけ聞いてトンズラした方が身のためですね。
「ザルバン様はこのアナガンに何のご用事でいらっしゃったのですか?奴隷でもお買いに?」
「ああ、まあそんなところだ」
私は酒の入った瓶を持って杯に移し、水を入れてかき回す。両手でザルバンに手渡した。杯を手に取るとき、何気に私の手を包んできた。
「ザルバン様は素敵な方ですから、奴隷として買われる方はさぞ幸せでしょうね」
「いやははは、私はそんな大した人間じゃないさ」
「もう、謙遜しちゃって。ザルバン様の魅力が分からない方は人を見る目がありませんわ」
「ほほう、では君は私の良さがわかるのかね」
「もちろんですよ。でも・・・違うお部屋の方がもっとわかるかもしれませんね・・・」
私は人差し指でザルバンの唇を当て、そのままツーっとその指を下に降ろし、ズボン越しにピタリと止めた。
「ほ・・・ほほほ・・・」
「でも、もう少しお酒を入れてからじゃないと・・・私、お酒で荒れた人と一緒になるほうが燃えるんです・・・」
「お、おう、わかった。ジャンジャン飲んでやる!」
そしてそれから1時間ほど経った頃・・・。
「へ・・・へへへ・・・べねでったちゅわんは・・・俺と・・・一緒に・・・」
「ザルバン様、お聞きしたいことがあるの」
「うおおう!何でもお、いってみろお!」
「ザルバン様は、今日はどんなご用事があるの?」
「おう、今日はなあ、とびっきりの美女を拝んで明日のじゅんびをするんでよお」
「明日の準備って、なあに?」
「へへへ・・・おーくしょんってやつよお」
ビンゴね。ウィックルに目配せすると、彼女2本指を立ててはにかんだ。さて、ここからどんどん引き出して―――――
「ザルバン様!!」
ザルバンの名を呼ぶ男性は必死の形相で駆け寄ってきた。
「ああもう!こんなに飲んだくれて!今日は大事な『お披露目会』ですよ!」
「おおう・・・」
「ったく・・・ん?あんたは誰だ?」
冷たいまなざしで睨みつけられたが、私は軽く流すように微笑んで見せた。
「ザルバン様のご指名をいただいて御席につかせていただいております」
「ふん、どうせ金目当てなんだろ。いや、ちょっとまて。お前ザルバン様から何も聞いていないだろうな?」
睨みが一層厳しくなったが、私はとぼけるように首を傾げて見せた。
「何も聞いていませんよ。それよりも『お披露目会』ってなにかしら。すごく面白そうね。私も見学してよろしいですか?」
「う、うるさい!今聞いたことは忘れろ!いいな!」
「ええ~、でも~、そんなに簡単には忘れられないし・・・」
「ちっ!これでいいだろう!」
男性は懐から小袋を出して私に放り投げた。ずっしりした重みと擦れた金属の音がした。わずかに開いていた袋から金色の煌めきが見えた。
「はい、これで口に栓をします」
「ったく・・・。ほら、ザルバン様」
「ういい・・・」
男性に担がれながら劇場を後にするザルバンを見送ると、私の顔は途端に熱から冷めた鉄板のように平たくなった。
「お、おんなって怖いですぅう!」
失礼ねウィックル。目的のためなら手段なんか選べない時があるものです。飲みかけのカクテルを一気に喉奥に流し込むと、今日の給金をもらいに主人の元に向かわんと立ち上がった。待ってましたとばかりに男性たちに囲まれるも、「今日はオアズケの人差し指」をみんなの唇に当てて足を棒にし、ホールを出ていく私。
ちなみに今日の稼ぎは、男性から貰った金貨を含めて120枚にも及んだ。アナガンでのカフィン活動、本当になってみよう・・・かな?なんて思ってみたり。
ウィックルは男たちの後を追うと息巻いていたけど、昨日のこともあって心配になった私は、ひとまず戻りジンイチローさんに情報を届けることに決め、着替え終わるとすぐに劇場に別れを告げ足早に北区を目指した。
いつもありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。