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第163話 イリアは見た

 

 時はこの日の朝にまで遡る―――――



 替え馬を走らせてから早くも10時間が経ち、『赤獅子』一行はアナガン近くの湖のほとりに馬を停めた。


「よし、ここで休憩にするぞ!」


 ドナートは馬上で部下たちの仕事を見下ろし、腰に下げていた水筒を手に取った。


 が・・・。


「―――っ!!」


 馬の異変に気がついたのはドナートだった。のんびりと用を足す部下たちに怒鳴った。


「何か来るぞ!!戦闘配置だ!!」


 普通の魔物が襲ってこようものなら馬はすぐにでも逃げ出していただろう。しかし馬は震えるばかりでその場から動こうとしない。


 鳥が幾重にも重なるように一斉に羽ばたき、空が真っ黒に染まる。ドナートもその部下達も空を見上げ、鳥たちの羽ばたきを見送ると、突如訪れた静寂に馬達同様に動けないでいた。


「お頭、これは―――」

「しっ!!静かにしろ。空から何かくるぞ」


 部下の言葉に被せるように腕を伸ばして制したドナートは、固唾をのんで空を凝視した。


 そして聞こえる、地響きにも似た轟音ーーー


 馬が脚を曲げて地面にひれ伏した。ドナートは仕方なく馬を降りて再び空を見上げると、湖を取り巻く高木にあたるほどの低空飛行で黒い巨体が通り過ぎていった。風が吹き荒れ、土埃が舞い上がる。


 やがてそれも落ち着き、再び平和な静寂が辺りを包むと馬たちの怯えも消えて下草をむしりはじめた。部下たちは安堵の息をつくも、ドナートだけは顔をしかめたまま巨体が飛び去っていった方角をにらみ続けていた。


「親分、よくわからねぇけど助かりましたね」

「・・・・・」

「親分?」

「お客さんの幌馬車に4人付けて、あとは俺のところに全員集めろ。すぐにだ」

「は、はい!」



 腕組みしながら胡坐をかいて座るドナートの前に、見張り以外の部下たち全員が集まった。


「全員集まったか?」

「はい、これで全員です」

「魔法士もいるか」

「ええ、ここに」

「よし・・・」


 ドナートは集まった部下たちを一瞥する。


「集まってもらったのは他でもない、これからの予定についてだ」


 ドナートは腕組みをして、ため息をついた。


「単刀直入に言う。今日アナガンに入る予定だったが、明日に延期することにした」


 皆一様に驚愕の色に染まる。


「お、親分!どうしてですか!フィロデニア王国の追手に追いつかれないようにやっとここまで飛ばしてきたのに!」

「そうですよ!アナガンに入ればこっちのもんです!」


 ドナートは静かに首を振った。


「いいや。もう決めた。今日はここで野営だ」


 仲間たちも静かにため息を漏らす。


「無理もないし、お前たちががんばってくれたおかげで俺達は予定よりも早く到着することができた。確かに馬車を走らせれば30分もしないうちにアナガンには入れるだろうしな」

「じゃあどうして・・・」

「さっきのアレ、見ただろう?」

「アレ・・・あの飛んで行ったやつですか」

「ああ、アレだ。アレをみて決めた」

「いや、でもあんなので延期する理由なんて・・・」

「お前ら、アレをみておかしいと思わなかったか?」


 仲間たちは互いに顔を見合わせ、首を傾げあった。


「あれは間違いなく、ドラゴンとワイバーンの亜種だ」

「ドラゴンっ!?」

「ああ、龍種ともよばれているが・・・とにかく、あいつらはなぜかわからないが、街道に沿って飛んで行った。それに3匹いたあいつらは()()()()()()()()()飛んでいた。これが何を意味するか分かるか」

「・・・ドラゴンとワイバーンが、街道の先にある何か目がけて飛んで行ったと?」

「そうだ。間違いなくアナガンだ。それに、何者かがドラゴンとワイバーンを操っていた可能性が高い」

「いやーしかし、そうはいってもドラゴンとワイバーンですよ?俺達の行動と何の関係があるんですか?」

「・・・お前らは知らないかもしれないが、俺たちが行動を起こすまでの間にフィロデニア王都やその近郊でドラゴンが目撃されていた」

「・・・フィロデニアで?」

「そうだ。そして必ずと言っていいほど、王都の上空で突然消失するという目撃情報もあった」

「・・・つまり、いやまさか・・・」

「ああ、ドラゴンが誰かに飼いならされている可能性があるってことだ」

「王都にいる誰かに飼いならされている・・・ということは・・・」

「そうだ、飼いならした奴が王都からアナガンに、ドラゴンでやってきた可能性があるということだ」


『赤獅子』の面々に戦慄が走った。


「いいか、確かに順調にここまでこれたが、俺達はまだ何も為していない。計画の半分にも至っていないんだ。もし成功させるなら慎重に慎重を重ねて対応しなければならない。今回の延期もそれが理由だ。ドラゴンに乗ってきたやつの目的は間違いなく王女捜索だ。3匹もいれば複数人が搭乗していたかもしれん。広いアナガンとはいっても、隈なく情報をかき集めれば俺たちのような不穏分子の不自然な動きが見えてくるだろう。それに、もし嗅ぎまわっている奴らと出くわしたら俺たちは逃げるしかない。だが逃げたらそこで終わりだ。俺達はただの誘拐犯に成り下がって逃げるだけの人生を送ることになるだろう。まあ、今でもそうなんだがな・・・。だが今以上に過酷になるだろう。そんな未来を簡単に予測できる以上、無理を承知で突っ込む事はしたくない。とはいえ、ここにきて念のために雇った魔法士が功を奏することになるとはな」


 ドナートが雇われた魔法士をみる。見るからにひ弱そうで、戦いとは真逆ともいえる貧相な服装で身を包んでいる。手に持つスタッフがかすかに震えていた。


「魔法士・・・ああすまん、名前を忘れた」

「・・・エルボックです」

「すまん、エルボック。お前の出番というわけだ。ここから先、俺の言うとおり王女に魔法をかけてほしい。できるな?」

「は、はい・・・」


 エルボックの頷きに、頷きで返したドナートは再び仲間たちに視線を移した。


「よし、各隊の副班長は今日の野営の準備を進めろ。班長とエルボックは俺のところに集まって明日の作戦会議だ。それと客人を水浴びさせろ。覗いてもいいが・・・絶対手ェだすんじゃねぇぞ?」

「「「「「 はっ!! 」」」」」


 班長を除いた全員が持ち場へと戻っていく。残された班長はドナートのもとへ歩み寄った。


「まあ全員座れ。明日以降の成功のための会議を行う。まずは・・・謝る。急な作戦変更をしてみんなには申し訳ないことをしたと思う」


 班長達は一瞬目を丸くさせたが、すぐに平静を装った。


「親分、作戦なんて変更があって然るべきものです。むしろアナガンに突入していたらどうなっていたのかわからないくらいです」

「そうです。今まで順調すぎたくらいですよ。俺達が辿ってきた道のりはいつだってデコボコでしたからね」

「そうだな。俺達らしくないぐらい順調だった。ここいらで立ち止まってみるのも悪くはない」


 口元をフッとゆるめたドナートだったが、すぐに真一文字に締めた。


「予定の到着がないだろうから、今頃アナガンではルナーガの奴が情報の収集に廻っていると思います」

「それでいい。集めた情報は今日来るんだろうな」

「はい。夜半には到着するかと」

「わかった。最後の決定はルナーガの情報を待つが、一応それを見越した作戦をあらためて立て直す。まずはアナガンの入り口だ。本来なら堂々と入る予定だったが、フィロデニアの追手が『案内人』に接触したとなると厄介だ。普通なら『案内人』にこっちの客人のことを聞くのは道理だろう。アナガンといえども国の厄介ごとには巻き込まれたくはないだろうからな、入ってくる奴隷候補者を観察ぐらいするようになるだろう。客人の顔など知らなくても、特徴さえ掴んでおけばフィロデニアの追手が情報を求めたら・・・あの案内人のことだ、普通に話すだろうよ。だからエルボック、お前の『擬態魔法』をここで使わせてもらう。客人のナリを別人に変えてくれ。いいな?」

「わ、わかりました。でも少し心配です」

「・・・どういうことだ?」


 ドナートがエルボックに睨みを利かせる。


「ひっ!い、いや、その・・・自分の擬態魔法は鑑定隠しもあわせられるので問題ないのですけど、自分よりレベルの高い人だとみやぶられてしまうわけで・・・」

「そんなことは百も承知だ。俺がお前を雇った理由は話しただろ?」

「はい。私のレベルが74だからです」


 班長達が一様に驚いた顔でエルボックに向いた。


「ふふ、お前らだってそこまでのレベルには達してないだろ?」


 ドナートが班長達に笑いかけると、真剣な面持ちで頷いた。


「どういうわけか知らないが、こんな逸材が転がってたんだ。使わねえわけがない。それほどのレベルをもつ奴はそうそう見つからねえからな。ちなみに擬態魔法はいつまでもつんだ?」

「とりあえずは私がいいというまでですね。昔は2~3日しかもちませんでしたけど」

「わかった。では客人には明日擬態魔法をかけてくれ」

「わかりました」

「それともう一つの作戦変更点だが、擬態魔法は俺達にもかけてくれ」

「ええっ!?」

「それぐらいで魔力枯渇は起きないだろ?」

「そうですけど・・・みんな顔が分からなくなって大丈夫ですか?」

「それについては心配ない。印はつけるし、さらには各隊決められた作戦行動をするからすぐに俺達の仲間だとわかる」

「そうですか・・・」

「さて、その他にもいくつか変更点がある。エイネー、話を聞いたあとに伝令は出せるか?」


 エイネーと呼ばれたスキンヘッドの男はにやっと笑った。


「へい、いつでも」

「会議終了後に仲介の奴隷店に行って伝達させろ。抜かりなくな」

「お任せください」

「よし、今から変更の骨格を伝える。しっかり聞けよ」



 ・・・

 ・・

 ・


 急に水浴びしろなんて言うから何だと思ったけど、今日はここで野営をするみたい。明日街に入るからその準備みたいなものね。どういう街に入るのかは大体予想はできるから、全然うれしくないけど。


 シアと湖のほとりまで歩いて服を脱ごうとしたけど、背後の視線が気になって仕方ない。見張りとはいえ何であんなにいるのかしら・・・ああ、そうね、見たいってことね・・・。。シアは私とあいつらを交互に見て服に手をかけることすらできないのだ。私も躊躇したけど、何日も湯あみしていない体は耐えられず、ため息まじりにも脱ぐ決断をする。背中越しでもゲスな笑みがわかった。


「あ、あの・・・イリア様・・・よろしいのですか?」

「だって仕方ないんですもん。あんなのに見られるのは癪に障るけど、どうにも気持ち悪くて」

「ですよね、仕方ありませんね・・・。んんっ、よし!」


 気合い十分にシアはワンピースを脱ぎ出し下着姿となった。男達からの視線を強く感じる。


 私たちは生まれたばかりの格好で湖に入り身を清めた。


「冷たいけど気持ちいいですね」

「そうね。あんなやつらに見られてなければもっとよかったわね」

「そうですね」


 澄んだ湖ではあっても、逃げようという気力が起こらないのが不思議だ。予想以上に丁寧な扱いを受けているからなのか、私もシアも、これから待ち受けるだろう絶望を前にしてどこか他人事でいられるのはそのせいなのかもしれない。


 でもそれだけじゃない。


 私はそう、信じていた。きっとあの人が来てくれる。だから大丈夫。暗い暗いモヤの中を進んでいても、助けを求めれば光となって私の道を指し示してくれる、そんな彼のことを私は今も待っているんだ。



「イリア様」

「ねえ、前も言ったけど、イリアって呼んで」

「だ、だって・・・王女様ですよ?」

「こんなところにまで連れてこられて、今さら王女も何もないわよ」

「でも・・・」

「お願い」

「・・・わかりました。イリアさん」

「ふふ、なあに?」


 道中の馬車の中ではこんな会話を繰り返していた。何度も敬称を口にするシアに、そのたびにそれを諌めて直させた。だんだんと抵抗がなくなってきたようで、こうして素直に受け入れてくれているのは嬉しい。そう、私はもう王女でもなんでもない、奴隷として売られるだけの貴族っぽく見えるただの女なのだから。


「街に着いたら話せなくなっちゃうと思うんで、打ち明けてもいいですか」

「何かしら」

「実は私・・・プロポーズされてたんです」

「ええっ!?」

「ちょっ、声が大きいですよ!」

「ごめんなさい。ついつい・・・」

「はい。それでですね、私、馬車の道中で子どもたちのことももちろん心配だったんですけど、その人のこともずっと考えてて・・・。不思議なんですよね、心のどこかでその人が助けに来てくれるんじゃないかって思ってるみたいで、だからなのかなあ・・・なんかあんまりこの状況を深刻に考えてないっていうか・・・。でも最初はすごく悲しかったですよ?どうなっちゃうのかなあ、なんて」

「・・・あなたも同じなのね」

「え?」

「シアも私と同じね。想い人が助けに来てくれるって信じてるから、こうして笑っていられるんだなって」



 こうして私たちは笑い合って水浴びの時間を満喫した。こんな状況であっても久々に感じた楽しい時間は、希望を持っていても荒みかけていた私の心に潤いを与えてくれたと思う。フィロデニアの地に帰ろう、私はより強くその想いを抱けたのだ。


 ところが、その固い決意が揺らぐ瞬間がこうも早く訪れるとは思いもよらなかった。


 体の大事なところを押さえながら岸に上がるシアの後ろ姿を見て、後を続く私の足が止まってしまった。


 フィロデニア王国の王族は、必ず王家の血を引く証明たらんとする『紋章』を持っている。生まれたばかりの赤子に特殊な魔法印を刻みそれは生涯消えることのない王家の証は、私の腰の後ろに施されているものだ。


 でも目の前の景色を私はどう理解すればいいの?誰に聞いたらいいの?王家の証である『紋章』は王家だけのもののはずなのに――――――――



 どうしてシアにその『紋章』が刻まれているの―――――――――――?



いつもありがとうございます。

投稿が遅れました。インフルエンザに罹患しました(泣

ようやくキーボードを叩けるまでに回復しました。

次回もよろしくお願いします。


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