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第162話 ウィックルもがんばりますぅ!

 

 どうやら一番早く宿に戻ったようで、ソファにくつろいでいたらベネデッタさんとメルウェルさんが戻り、続いてアニー、モアさんが戻ってきた。ウィックルはまだ出かけているのか戻った様子は見られない。


 みんなから話を聞こうかと思った矢先、神妙な面持ちで俺の隣に座ったのはアニーだった。


「ごめんなさい」

「どうしたの?」

「そうだ、その、申し訳ないんだけど、まずは私に回復魔法かけてくれない?」

「ああ・・・うん」


 隣に座った瞬間香ってきたのは強烈なお酒の匂いだった。どこかで相当飲んだみたいだが・・・。


 回復魔法を施すと、あれほど匂っていたお酒の香りも露と消え、アニーの顔もどことなくさっぱりしたようにも感じたが暗い面持ちは変わらない。その理由を尋ねると、どうやら彼女は踊り子劇場に足を踏み入れ、お酒をしこたま飲まされた挙句にステージに立たされ、男たちの目の前で薄手の布だけで踊ってきたという。


 話を聞いただけで眩暈がする内容だけに、『どうして!』と声を上げそうになってしまったが、そんな俺の心情を察してなのか、すぐに間に入ったのはベネデッタさんだった。


「ジンイチローさん、どうか怒らないであげて。踊り子劇場を勧めたのは私だし、アニーさんはきっと飲まされた挙句にわけもわからないうちにステージに立たされたんだと思う。だから、私からも謝るわ。ごめんなさい。一人で行かせた私が悪いの」


 深々と頭を下げるベネデッタさんを見て、沸騰しそうだった俺の頭が急に冷えた。そうだ、彼女たちは身を削ってまでイリアたちを捜そうとしてくれているのだ。それに頭ごなしに怒るようじゃこの先何があっても怒るだけの俺になってしまいそうで怖い。


 ただし、それだけ俺はアニーのことが心配だということだ。アニーのまっすぐにのめり込む姿勢は長所でもあり短所にもなる。


「ベネデッタさん、ありがとう。おかげで頭が冷えたよ」


 ベネデッタさんの姿勢が戻ったのを確認して、隣に座ったアニーの手を握った。


「アニー、無理させてごめん。俺も一緒に行けばよかったんだ。何かされていないか?大丈夫?」

「ええ、大丈夫。私ったらお酒にのまされてとんでもないことをしてしまって・・・ほんと何してるんだか・・・。でも、貴族の情報は少し得られたから役に立つといいのだけど」

「ありがとう」


 アニーの頭をそっと撫でると、彼女は少し恥ずかしそうにうつむいた。それを見てひと段落したと思ったのか、モアさんが俺の後ろに立って口を開いた。


「ジンイチロー様、皆様の情報をお聞きしてみてはいかがでしょうか」

「ああ、そうだね。・・・ウィックルはまだ戻ってないけど、集めた情報をまとめてみようか」


 一人ひとり見聞きした情報を話してもらった。


 アニーは踊り子劇場に来る客層や最近来た金満貴族の情報。ベネデッタさんは『闇オークション』の可能性について聞き取り、メルウェルさんはムルノから中央区の地図をもらったこと、モアさんは南区での盗賊の活動はないだろうということと東区における不審な集会場予約が入っている件について聞いた。ちなみにベネデッタさんは皆の話を聞きながらカフィンを淹れているようで、落ち着く香りが部屋中に漂っている。


「やはりそう簡単にはイリアの情報は出てこないか」

「ジンイチロー様、そのことで考えがあるのですが」

「なあに?」

「そもそも、今このアナガンにイリア様がいるのでしょうか?」

「・・・それはまあ確かにはっきりとは言えないよね」

「何らかの理由で、到着が遅れているかもしれません。もし盗賊がしっかりとお金を得たいと思うならば、下位のお店ではなく上位のお店に売るものと考えられます。『闇オークション』の可能性は捨てきれませんが、もし仮に普通に奴隷として売りたい場合、上位店を見学したにもかかわらずこうまで引っかからないのはおかしいかと思います」

「つまりは・・・本命はまだ到着していないってことか」

「ジンイチローさん、そのことについて私からも・・・」


 ベネデッタさんがカフィンを淹れたカップをみんなに配りながら話しかけた。


「私も昔お世話になった奴隷店でアドバイスを受けました。本命を探すより、本命を買いたい人間を探した方がいいんじゃないかと」

「本命を買いたい人間か・・・」

「であるなら、この北区を張り込むべきよね」


 アニーもそういってうなずいた。


「踊り子劇場の人が言ってたわ。見慣れない貴族風の男が最近よく入店してくるって」


なるほど。やはりイリアを奴隷として買うのは『イリアを知っていて、かつ金持ち』ということにもなる。しかし彼女を買いそうな貴族が泊まりそうな宿はたくさんある。


「いっそ忍び込むのはどうだろうか」

「アナガンの長のお咎めがあると思いますけど。ムルノさんから聞いたんじゃないんですか?」

「四の五の言ってる場合じゃないよ。多少の罰は俺が受けるから行ってみよう。となると忍び込むのは夜のほうがいいか・・・」

「ジンイチロー様、そんなときはこれでございます」


 モアさんがおもむろに俺の視界に映りこんだと思ったら、脇から服のようなものを・・・はっ!!


「いやいやいや!それはだめ!」

「ふふふ、夜に忍び込むといったらこれしかありませんよ」


 その衣装はそう、ハピロン伯爵邸でお世話になったと言いたくないけどお世話になったアレだ。


「ジンイチロー、まさかそれ・・・プフゥ!」

「やめて!」

「アニー様、ジンイチロー様に失礼ですよ。あんなにかっこよくなれるのに笑うなど言語道断でございます」

「そうね、ごめ―――プフォっ!!」


 ごほん、とモアさんは咳払い一つつき、俺にアレを手渡した。


「冗談で言っているわけではありません。現にウィックル様がまだお戻りになっていないあたり、もしかすると北区のどこかに捕らわれている可能性だってあるのです。幸いにも今は夜です。この衣装で潜入した方がかえって目立ちませんよ」


 モアさんの言うとおり、ウィックルのことも心配だ。陽が落ちて外は夕闇に包まれているのに未だ帰ってくる気配がない。


 ここは腹を括るときか・・・




『我こそは怪傑ジュノアール!』


 ・・・と闇の中でポージングをキメてみる。こんなことでもしないとやってられない気分だ。とはいえ全く意味をなさないポージングをこんな暗闇の閑静な北区の宿の屋上でキメるのは人としてどうかと思うな。あははー。


 いかん・・・ここ最近のドタバタで脳ミソが焼ききれているようだ。


 さて、ウィックルの捜索に早速乗り出そうか。先ほどからどうやって探そうか思案していたのだが・・・ふふふ、こんなこともあろうかと、ウィックルが魔王国で俺にした『マーカー』を試しにつけておいたのだ。気配も姿も見えないんじゃ何かあったときに困るからと、念のためつけておいて正解だった。


 マーカーを探ろうと気配を広げてみると・・・。いた。意外と近い。ここから100メートルほどしか離れていない宿のなかにいるようだ。宿の屋上を跳躍してあっという間にマーカー地点まで到着。宿は群を抜いて大きく、馬車が何台も停まっているのが確認できる。何台も・・・ということは何人も宿泊しているのか、はたまた何らかの集会が行われているかと推測できる。ウィックルが戻ってこないことからも、トラブルに巻き込まれたか、動けない何らかの理由が働いていると思われる。


 さて、どうやって潜り込もうか・・・。



 ・・・

 ・・

 ・



 きっと外はもう暗いですよね。恩人様も心配してるですよね。こんなことなら忍び込もうなんてバカなことしなければよかったです。太っちょな人が3人一緒にこの建物に入っていくからきっと怪しい奴らだとおもってこっそり屋根裏に潜り込んだんです。でも・・・。


 あっ、新しい太っちょな人がまた入ってきたです。聞き耳立ててみましょう。



「ザルバン殿、遅いではないか」

「いやぁすまない。私としたことが、ついついはしゃいでしまって」

「何かあったのかね?」

「アナガンは素晴らしいところだとつくづく思い知らされたよ」


 ええと・・・・・・。今この部屋には6人も太っちょの人がいて、

 私から見て一番右にいるのがさっきザルバンと呼ばれた人です。その隣には金色の太いアクセサリーを首につけてる人がいて、その隣にはお酒を飲んでる一番偉そうにふんぞり返って座ってる人がいます。その隣には、この中で一番細い・・・とはいっても太っちょさんですが、一番頭が薄いですねえ。その隣は一番気色悪くニヘラ~っと笑ってる人がいて、最後に一番左にいる人が・・・なぜか赤い玉を付けている棍をもっている人がいまして、実はその人が原因で私が動けないんです。はあ・・・。さて、みんな太っちょでわかりづらいのでザルバン以外の人は、金色のアクセサリーを付けている人から太っちょA、B、C、D、Eとしましょう!うん、わかりやすい!


 太っちょDは興味津々にザルバンに目を向けています。


「ザルバン殿はなにをしてきたのだね」

「ふふ、踊り子劇場はご存知ですかな」

「ああ、知ってるとも。観光で来たならばまずはそこへ行けと言われるほどだ」

「行ってきたんですよ、そこへ。そうしたらなんと、エルフの超絶美女が踊ってくれましてねえ!」

「「「「「 おおおおっ!! 」」」」」

「残念ながら初めてとあってか服はそこまで脱いでくれなかったんですが、いやあ、眼福でしたよ」


 エルフの超絶美女?それってまさか・・・。いやあそんなはずないですよ!アニーさんに限って服脱いで踊るだなんて!お酒でもガブ飲みして酔いつぶれない限りはないですよね!そんなザルバンは思ったよりも皆の反応が良かったせいか、上機嫌に話を続けます。


「今日限りのオンステージらしいのだが・・・私の勘では明日もきっと来るだろうな。最初は緊張していて初々しかったが、客の反応に上気しておった。客の熱気に押されて服を脱いでいくエルフの女に、ついつい欲情してしまってね。いやははは、思わずおひねりを奮発して放り投げてしまったよ」


 太っちょBは口をだらんと開けて下品ですね・・・。よほどの女好きでしょうか。


「店長には、もし明日も来たら私に接待させるようには伝えておいたが、それなりの金を弾まんと席に着かせないと喚いておった。まあ仕方ない。あれほどの美女だ。いくらでも積んでみせる」


 すると、太っちょBは咳払いをしてからニタリと笑いました。


「しかし、その女に大金を積んで大丈夫ですかな?『本番』に備える余裕はおありなのですかな」

「なあに、それに余りあるほどの金を持ってきたのです。それくらい余裕ですよ」

「ほほほ、ザルバン殿は昔からあこぎに稼いでますからなあ」

「そういうトルドマン殿も、強かにお稼ぎのご様子で」

「ははは、こりゃ1本返されましたな」


 女の子の話でこうも話が盛り上がるこの太っちょさんたちは、よほどの暇人なのでしょうか。話を聞いているだけでも疲れてきます・・・。


 すると、太っちょBあらためトルドマンが元から緩んでいる頬を頑張って引き締め、真面目な顔でその場にいる人に目で促すと、それに合わせて皆の顔も引き締まりました。


「パーズ殿、気配はありますか」

「いえ、今のところはございませんよ」


 トルドマンが太っちょEあらためパーズを見てそう話しかけました。


「パーズ殿は気配察知と魔力探知がお得意ですからな。目と耳となってくださること、感謝しておりますぞ」

「礼には及びません。私とて『本番』に参加するためにここまで来たのですから」

「うむ。では件のことについて詳細を発表するぞ。『本番』は明後日の午前に執り行う。運搬人から呼ばれて案内された先に向かうが、ここでは話せない。まずは対象者を店の所有奴隷にしてから『検分』を行えるそうだ」

「『検分』とは・・・本物かどうかを見極めるものですかな」


 ザルバンは嬉しさを抑えきれないのか、口が緩みっぱなしです。


「そうだ。あくまで余興の一つのようだ」

「そうですか。それは楽しみですな」

「そうですな。ただし、今回の『本番』で気を付けていただくことがある。まず一つは『対象者の名前をださないこと』、次に・・・まあこれはすでに皆さん気を付けていただいてはいるが、『あくまでも『本番』という名称で乗り切ること。そして次に『金貨は即金で対応』とのことです。我々とて危ない橋を渡っているのですから、ルールはしっかり守っていただきたい」


 すると太っちょの皆さん一同うなずきました。


「よろしい。それでは―――」


 トルドマンが説明を続けようとしたその時でした。パーズがすっくと立ち上がって辺りを見回しはじめたのです。


「パーズ殿、いかがなされましたか」

「なにやらものすごい魔力の反応がありました。これは・・・近いですぞ」

「なんと・・・我らのことがもう・・・」

「いえ・・・殺気は感じられません。ただ本当に魔力が強い者が近くにいるということだけ――――ん?気配が消えたぞ・・・」

「パーズ殿?」

「・・・不可思議ですが、気配が突然消えました。魔力の反応も綺麗に消えた・・・」

「ということはここから離れたのでしょう。まずは一安心ですな」

「ええ・・・だといいのですが・・・」


 パーズは頻りに辺りを見回しています。確かに誰かが来たような反応は有りましたが・・・。


 ―――ウィックル!


 そ、その声は!!!


「恩人さばぁぶぶぶ」

「声が大きい。静かに」


 恩人様が来てくれました!ああやっぱりウィックルを助けに――――ん?なんだか恩人様の様子がおかしいですね。何なんでしょう、この衣装は・・・。


「ああその・・・服についてはあとで説明しよう。それにしてもウィックルはずっとここにいたの?」

「はい、あの太っちょの中に魔力を敏感に察知する厄介者がいるので逃げられなかったんです」

「なるほど。ちなみにさっき魔法でウィックルにかけてた気配隠密と透明化の魔法はキャンセルしたよ」

「そっか、だから恩人様は私の姿がみられるんですね」

「うん。ちなみにこの下にいる金満貴族は何を話していたの?」

「それが・・・」


 私が見聞きしたものを告げると、恩人様の顔から笑顔が消えました。あの太っちょさんたちの話に心当たりがあるんでしょうか。


「さすがウィックル。よくここの場所を見つけたね」

「じゃあここって・・・」

「イリアとシアさんを見つけるための重要な情報だったよ。ありがとう」

「恩人様ぁあ!!」

「うわっと!ちょっと声が―――」


 バズン!!


 突然の大きな音にびっくりして目を向けると、パーズの持っていた棍の先が天井裏の私たちのすぐ隣に突きでていました。


「そこにいるのは誰だ!!」


 ご、ごめんなさいです!私が大きな声を出してしまったばかりに―――


「にゃあああん」


 え?


「にゃああん、にゃああん」


 お、恩人様?


「なんだ猫か・・・紛らわしいな・・・」


 棍が引き抜かれると、恩人様は大きくため息をつきました。


「あっぶねえ・・・」

「恩人様、今のは・・・」

「咄嗟に思いついたんだよ。本物みたいだったでしょ?」


 片目を瞑ってお茶目に笑う恩人様はとても可愛らしく、思わずドキッとしてしまいました。


 天井裏からこそこそと這い出て外に抜け出した私たちは、真っ暗闇の冷や風を受けて大きく伸びをしました。


「よし、帰ろうかウィックル」

「はいです!」


 恩人様の懐に入り込むと、宿と宿を大きく跳躍する時の振動がとても心地よく感じられます。徐々に襲いかかる眠気に抗ってみせるのですが・・・ああ・・・ちょっともうねむ・・・。


 今度・・・恩人様の前で・・・大人の体になって・・・アニーさんみたいに・・・・・。




あけましておめでとうございます。旧年中は私の小説をよんでいただきありがとうございます。

更新がなかなかできなくなってしまいましたが、それでもお読みいただき大変感謝しております。

今年も何卒よろしくお願いいたします。

次回も重ねてよろしくお願いいたします。


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