第160話 押し隠した後悔
メルウェル視点です。短めです。
私なりに考えてみたのだが・・・。
どうして盗賊どもはアナガンまでわざわざ足を運ばなければならないのか。いくら奴隷契約をするためとはいえ、奴隷紋を刻む魔法士をこのアナガンから引っ張りだせば済む話ではないのか。つまりそれが出来ない理由があるからこそ、日を稼いでまで連れてこなければならないのではないのか。
私の知る限り、奴隷紋を刻める魔法士は各店に登録していて、かつ他店に登録する奴隷への紋は刻めないとする決まりがあったはずだ。であれば、その魔法士がアナガンを出て奴隷紋を刻むことはありえるのだろうか。
いや・・・それはできないのだろう。できないからこそ、盗賊どもはわざわざアナガンまでイリア様を連れてこようとしたのだ。
私にできることとすれば、店を一軒一軒まわって奴隷紋を刻める者について調査をすることぐらいか・・・。
そうであるなら約30軒あるといわれる店の情報を知りたい。そう思った私は、門で出会ったあの男を訪ねることにした。
門の男は行き交う人々を見守るように立っていたが、まだ距離があるにもかかわらず私の存在に気が付いたのか、近づく私をじっと待っている・・・ように思えた。
「お待ちしておりましたよ」
「待っていた?」
「ええ。誰かはここに来るんじゃないかと思ってました。私はアナガンの案内人、ムルノと申します。ええと・・・お名前は?」
「メルウェルだ」
「メルウェル様でしたか。お綺麗な方でも剣は嗜んでおられるようで・・・まさかどこかの騎士団に入っていたなどということは・・・」
「・・・それは昔の話だ」
「そうでしたか。ええと・・・お聞きしたいことは奴隷のことでよろしいですかな」
「ああそうだ。アナガンの奴隷の店について知りたい」
「ふうむ・・・では・・・アレを差し上げましょうか」
ムルノは傍らに置いてあった自分のバッグから大きめの紙を取りだした。
「これはアナガンの中央区の地図になります。上が北、下は南となっております。建物を上から見た俯瞰図となっていますので、よくわかると思いますよ」
「ほう・・・。この赤い印のあるのが奴隷店か?」
「そうです。およそ30軒ほどあります。ですが、中には系列店もございましてね、例えばこの店とこの店は経営者が同じで・・・あ、ここもそうですね・・・」
「系列店が同じということは、奴隷紋を刻める魔法士も系列店で共有しているのか?」
「そうです。奴隷紋を刻める魔法士は数が足りませんのでね、新しくお店を出したい経営者は、元からある店と提携することもあるんです。もちろん新規事業者は売買で得たマージンを提携店に支払わなければならない契約を結ぶでしょうから、ある程度の出費は余儀なくされるでしょうけどね」
「ふうん・・・。その魔法士はどれほどの給金をもらって雇われてるんだ?」
「店によって違いますが・・・。月に金貨20~30枚といったところでしょうか」
王城にいる魔法士よりも高給取りか。扱うモノが違うから一概に羨ましいとは思えない。
「この魔法士は、自分を雇っている店以外の奴隷への紋刻みはできないんだよな」
「そうです。そう決められています。トラブルの元ですからねえ」
「たとえば個別に『この娘と奴隷契約を結びたいからやってほしい』という依頼は受けられるのか?」
「・・・これは内緒の話ですが・・・奴隷契約を行った回数は必ず長に伝わるようになっています」
「ほう・・・」
「売買含め、どれだけの奴隷が在庫されているかもわかりますよ」
「なるほど・・・つまり、あんたは長からそれを聞いて案内ができるというわけか」
「その通り!!いひひひひっ!!」
いつ聞いても気味悪い笑い声だ・・・。
「つまりですね、店の奴隷契約数と紋を刻んだ回数の不一致があればすぐさま長の耳に入るわけです」
「そうか・・・しかしどうやってそんなことがわかるんだ?いちいち口頭で報告するわけではないんだろう?」
「もちろん、長の能力でどうにでもなる・・・らしいですよ。だからこそ、長に反抗できる者はこの街にはいないのです」
「なるほど・・・」
変なことをしたらたちまち長の耳に入り、咎められる仕組みであるようだ。この仕組み自体に変わったことはないのだが、何か引っかかるものがある。
「例えばの話になるが、奴隷店がグルになって悪いことをしようと思えばできなくもないわけだな」
「・・・長も私も店を信じていますがねえ。あるとすればただではすみませんよ?」
フードの奥から煮えたぎる怒りが光っている。これはそう、フレアが剣を握った時のアレに怒りを混ぜればこうなる。
「例えばの話だ」
「いひひっ!!そうですねえ。例えばの話でございましたね」
「この地図は貰っていいのか?」
「ええ、構いませんよ。あなた方ならきっと上手く活用いただけそうですしねえ」
「すまないな。恩に着る」
「・・・」
地図をバッグに仕舞い、踵を返そうとしたそのときだった。
「ちょいとお待ちを」
「なんだ?」
「メルウェル様はかなりのやり手とお見受けいたします。もしよろしければこのアナガンで警備員のお仕事をしてみませんか?」
「警備員?皆このアナガンでは悪さをしないんじゃないのか?」
「ええ、確かにそうなんですがね。ここだけの話、長にも限界はあります。いくら『悪さをすればお仕置き』があるといっても、予防するに越したことはありません。ましてや命に関わる事態ともなれば尚更ですしね」
「長といえども万能ではないということか」
「そうですね。抑止力にはなれど事件に発展してしまったときにすぐに対応できるかと言われれば・・・」
それならば『長』とは何者なのか?すぐに対処できないということは、このアナガンにはいないということか?
「長とは・・・何者だ?」
「ふふふ、それを聞くのは野暮ってもんですよ。長は長です。それ以外の何者でもありません」
アナガンの七不思議といったところか。特別興味があるわけでもないが、知ってはいけないような気もする。
「それで・・・いかがですか、警備員」
「いや、それはお断りする」
「そうですか。それは残念ですね。どこか迷いのあるお顔でしたので、お誘いしてみただけですがね」
「迷い・・・?」
「おや?私の見間違えでしたか?」
迷い・・・そう捉えられてもおかしくはないか。
イリア様が誘拐されたときに私がいれば・・・と何度胸の奥で反芻させたことだろう。決してフレアを否定しているわけではないのだが・・・。
だがそう思うこと自体、自分の中にどこか『甘え』があるとも感じていた。自分の決断の結果だなどとよくもまあ言えたものだ。そもそも近衛騎士団を辞めたのは『自分はもうイリア様に必要ない』という身勝手な理由から決めたのだ。後悔していなければ『私がいれば』などというあまりにも勝手なことを思いつくはずもない。
ヘドが出る。それに自分の中のモヤモヤがはっきりした途端に吐き気すら覚えた。よくもぬけぬけと偉そうにフレアに『落ち着いて自分のなすべきことを為せ』などと口にできたものだ。
「いかがなさいましたか」
「えっ?」
「ふふ、見間違えではなさそうでしたな」
「ああ、いや・・・」
「・・・そうですねえ、ひとつ昔話をしましょうか」
「え?」
ムルノは門をくぐる人々を一人一人目で追いながら口を開いた。
「ある日のこと、一人の男がいました。男は―――」
「―――というわけで、おしまいです」
「・・・おい、その男はまさか―――」
「おっと、ただの昔話ですからね。詮索など不要でございます」
アナガンとは・・・悲しい想いのもとたどり着いた境地だったのか・・・。それにしても・・・。
「足掻いてみろ、か」
「ん?いかがなされましたか?」
「いや・・・ふふ、まさかあなたに励まされるとは思いもよらなかった」
「はて、なんのことでしょう。私はただ昔話をしただけですがね」
「そうか、そうだったな。ただの昔話だったな」
「ええ、そうですとも。ただし、あなたの中に新たな気づきと芽生えを育んだとなれば、案内人冥利に尽きるというものです」
にやっと口を歪ませるムルノだが、不思議と気味の悪さを感じなかった。
「私なりにやってみるよ。また後悔などしたくないからな」
「メルウェル様の未来に幸多からんことを」
「ありがとう」
ムルノと互いに一礼し、私は一路中央区へと足を向けた・・・。
いつもありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。