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第16話 アニーと精霊魔法

 俺は思わず立ち上がり固まってしまった。

 アニーさんは真剣な面持ちで俺を見つめていていて、俺はと言えば開いた口が塞がらないでいる。

 その傍らでばぁばだけがクスクスと肩を揺らしていた。

「お嬢さんの名はアニーといったか。アニーは人間の文化についてはどこまで見てきたかい?」

 ばぁばの問いにアニーはきょとんとした顔で応えた。

「文化といっても・・・食べ物とか、お金のこととか・・・それが何か?」

「それじゃあ、人間が異性に愛を告白するときにかける言葉というものは知らんということか」

「はぁ・・・」

 え?それじゃあ、さっきの言葉は・・・。

「アニー、さっきジンイチローにかけた言葉は、まさしくそれだよ」

 目が点になるアニー。そして顔がみるみるうちに赤くなった。

「あっ、あのっ、私、そんなつもりで言ったんじゃなくって!」

 両手を振って必死にノーサンキューするアニー。

 えぇ、わかっていましたよ。こんなきれいな人が俺のような人間に愛の告白をするなんて在り得ません。

 まさか!とも思いませんでしたよ。ほんとです、ほんと・・・。


「まぁまぁジンイチロー、そんなにがっかりしなくても、チャンスはある!」

 うんうんとうなずいて励ましてくれるばぁば。なんか、俺すごく痛々しいな・・・。


 話題を変えよう!


「お、お茶でも飲みましょう!アニーさん!」

「あぁ、気が利かなくてすまんね、アニー」

「いえ、突然お邪魔してしまってすみません」

 俺とアニーがイスに座ると、ばぁばはアニーさんのカップを用意して少し遅れて座った。

「さてと、アニー。あらためて自己紹介だね。私はこの家に住むミルキーだよ。ばぁばと呼んでくれて構わないよ」

「私はアニー。アニーは略称で、本名はアニエレストリア・カリアニ・ヴォルノアなの。人間には長いようだから、アニーという名で通してる。だから気にせずアニーと呼んで。話し方も普通で構わないわ。種族はエルフで、故郷から一人、単身で各地を旅してきたの」

 確かに噛みそうな長い名前だな。これからは普通にアニーと呼ぼう。

 それにしても一人で旅して回るというのは尊敬に値するよ。知らない世界を歩くなんて、今の俺にそんな度胸はない。しかもムキウサみたいなやつがいっぱいいるんでしょ!?

 そう考えると、穀倉地域に仕事があるなんて吠え面していた自分の無計画さにヘドがでる・・・。いつ魔物が襲ってくるかわからない、死と隣り合わせな命懸けの仕事じゃないか。


「さ、次はジンイチローの番だよ」

 ばぁばはそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、普通に促した。

「・・・俺の名前はジンイチロー・ミタ。君も知っている通り、大賢者だよ。とはいっても、実際は何もできない、中身のない大賢者だけど」

「何もできない?大賢者なのに?」

 これが普通の反応だよな、とあらためて思う。それが皆が思う大賢者の常識だから。

「うん。訳があってね。魔法が使えなくなっているんだ」

「そう・・・なのね。だからギルドマスターとのあのやりとりがあったのね」

 納得したのか、アニーは首を縦に振った。

「ジンイチロー、あなたに聞きたいことがあってここまで来たの」

「どんなことを聞きたかったの?」

「大賢者なのにどうしてそこまで精霊に好かれているのか」

 精霊?何それ。

 あ、もしかして、羽の生えている小さな女の子みたいなやつのこと?よく物語に出てくるような。

 そう話すと、アニーは首を傾げた。

「それは少し違うかも。確かに私もはっきりとした姿が見えるわけじゃないから『こんな姿だ』とは言えないけど、それは違うわ」

 すると、ばぁばが首肯して言った。

「アニーの言うとおりだ。ジンイチローのいうそれは『妖精』の類だろう。精霊とは自然の中に存在する自然の意思の現出体なんだよ。意思であり、力。力であり、自然そのものだ。私たち人間はその存在を認知し難いが、エルフ族はそれができる唯一の種族だ。もちろん、かく言う私も一度も見たことはないがね」

 なるほど、認知し難いのはわかった。でも・・・。

「アニー、好かれているというのは?」

「私もそれがわからないから聞きに来たの。普通、人間は精霊を認知し難いだけじゃなく、好かれてくっつかれることもまず在りえない。でもあなたは違う。今、あなたの周りにはたくさんの精霊が漂ってる。何が精霊をそこまで懐かせるのか・・・だから近くで観察したかった」

 そうか、だから部屋に入って早々にあの言葉か。

「それに、大賢者といえば精霊から最も嫌われる者のはず。なのにどうして・・・」

 大賢者ってそういうものなの?常識が未だわからない。

「いや、アニーよ。それはちょっと違う」

「え?」

 ばぁばがアニーを見やった。

「大賢者が嫌われているんじゃなく、おそらく『大賢者であるマーリン』が嫌われているんだと、私は思うね」

「「 マーリン(さん)が? 」」

 俺達の言葉に首肯するばぁば。

「大賢者なんて、精霊にとっては何の価値も危険も見出さないんじゃないかね?でもマーリンは違う。精霊はマーリンを危険視している気がするよ。それは、彼女の『趣味』が原因だと思う」

 趣味で嫌われるのか?危険視するほどの趣味があるのか?

「ジンイチロー、この王都に入った時の水晶認証は誰が作ったか知っているかね?」

「確か、マーリンさんだって聞いたような」

「その通り。マーリンは稀代の魔法士という肩書だけでなく、魔道具の製作においては右に出る者はいない。でも彼女は決して頂を目指そうとして製作していたわけではないんだよ。彼女は只々、作るのが楽しくて発明していった。『こういうものが作りたい』と思えば徹底的にやった。そして、結果的に人の役に立つものが出来た。だがね、時として彼女は自分の思いのためなら多少のことは目を瞑る。以前彼女から聞いたことがあってね。精霊を使った魔道具を作りたい、と」

 アニーの顔が曇る。無理もないだろう。エルフ族は精霊が見えるんだから、精霊に対する畏怖や畏敬の念があることは容易に想像できる。

「精霊を使った魔道具で何を作りたかったのかはわからない。もしかしたらそれは人の役に立つものだったかもしれない。でもそれは叶わなかった。わかるだろ?そんな人間に精霊は近づかないさ。精霊の認知や捕縛の可否に問わずね」

「ばぁば、マーリンはその魔道具をまだ作ろうとしているの?」

 心配そうにアニーがばぁばを見る。ばぁばは首を横に振った。

「いいや。はっきり『諦めた』と言っていたよ」

「そう、よかった・・・」

 材料にしたい精霊が近寄ってこなければやりようもないな。捕まえる手段がなければなおさらだ。

「あ、いけない。悪いことをしたね。話に夢中でお茶を入れていなかったよ」

 ばぁばはカップにお茶を注いでくれた。



 ばぁばはお茶を一口含んでからアニーを見て話しかけた。

「アニーは精霊魔法の使い手かい?」

「えぇ、そうよ」

 精霊魔法・・・普通の魔法との違いがあるのか?ばぁばは読心したかのように、俺の疑問について説明してくれた。

「ジンイチロー、私たちが使う魔法と精霊魔法は力の素が違うんだよ。私たちが使う魔法は、使用者の魔力に寄るけど、精霊魔法は自然に存在する力・・・つまりは、精霊に宿る自然の力を利用するのさ。そして精霊魔法は使用者の魔力が少なくても、精霊との接触が多少なりともできれば使うことができる。だがエルフ族でない人間は、精霊との接触ができないから使うことはできない、というわけさ」

 アニーは大きくうなずいて、俺を見た。

「でもあなたは違うと思うの。これだけの精霊がいるのよ?精霊はあなたに気付いてほしいと思っている・・・と思う。ごめんなさい、はっきりとはわからないけど、少なくとも精霊はあなたのことをとても気に入っていて、あなたが認知できれば精霊魔法も普通に使えると思うの」

 使えると言われてもなぁ・・・。普通の魔法すら使えないのに、本当にそんなことが?

 でも、いくらなんでも無理難題な気がするけどな。それにどうして精霊のことでこんなに俺に求めるのか・・・。

 ばぁばがアニーをじっと見つめながら問うた。

「ふむ・・・つまるところ、ジンイチローにどうあってほしいんだい?」

 ばぁばはそう言うとアニーから目を逸らし、お菓子をポイッと口に放り込んだ。

「だからジンイチローには・・・人間であっても精霊のことをわかってほしいし、精霊魔法も使えるようになってほしい。私が手伝うから」

「うん・・・それは、まぁ・・・」


 変わりのないアニーの真剣な眼差しが、俺に断る隙を与えさせない。

 しかし、迫る勢いですらあるこの必死さには違和感を拭いきれないな。

 アニーは『大賢者だからなんとかして』と言っているわけじゃない。それはいいんだ。

 だけど、『精霊のためになんとかしたい』というわけでもない気がする。

 なんていうか・・・『自分の理解者をつくりたい』と言った方がいいような、そんな強い願望があるように感じる。


 頼られることはあっても、頼る人がいない。

 本当の自分を理解してくれる、そんな人がいない。


 あぁ・・・まるで、ついさっきまでの俺みたいだな。


 ・・・そうか、そういうことか。

 俺はばぁばを見た。目が合うと、ばぁばは微笑んでうなずいている。ばぁばはわかっていたのか。


「わかったよ、アニー。少しでも精霊のことが理解できるように、がんばるよ」

 そう言うと、アニーはホッとしたように肩を撫で下ろした。

「ありがとう。嬉しいわ」


 彼女には『居場所』がない。物理的なものじゃなくて、もっと心に寄ったものが。もちろん思い過ごしかもしれないけど。

 エルフという種族は、人間の世界からすれば希少なんじゃないだろうか。この世界に渡ってきて間もないけど、アニー以外に見たことがない。孤独を感じていても不思議じゃない。

 俺も一人ぼっちだった。でも俺にはこの家が・・・いや、ばぁばの存在が『居場所』になった。俺もアニーも似ている。だからこそ少しでも力になれたら、と素直に思えた。


「アニー、ジンイチローへの精霊魔法の指導は頼んだよ。さて、私からは魔法についての話をしようかねぇ」




お読みいただきありがとうございます。


※ 7/23 一部修正しました

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