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第159話 ベネデッタの恩人

ベネデッタ視点です。

 

「はい。それではここで失礼します」


 不安そうなアニーさんに別れを告げると、私は一直線に中央区へ向かった。


 私がこの街に連れられてきたのはもう3年も前のこと。ノーザン帝国のとある領主の長女として生まれた私は、目の前に起きた悲劇の影を引きずったまま西へ西へと渡り歩いた。道中、運よく助けてくれた女性冒険者たちの助けもあって、ノーザン帝国の西に位置するファービヨンという街にたどり着いた。


 今から思えば、あのときの冒険者たちからの助言をしっかりと聞いていればよかった。家族の仇を討つという考えに囚われていた私は、フィロデニア王国へ逃げろという彼女たちの進言には一切耳を貸さず、敵討ちのために家のあったベルン地方への旅の資金を稼ごうと躍起になっていた。「簡単に稼げる」と言われて付いて行った先は、何もない倉庫だった。頭を殴られた私は、気を失っている間に幌馬車に積まれ、奴隷都市アナガンへ移送された。アナガンでも3本指に入るといわれる『ミデア奴隷店』に売られた私は、およそ1年間、購買待ちとなった。


 運がいいことにその店の店長は女性で、私の境遇を聞いてか待遇の良い相手と掛け合わせるよう手配をしてくれた。さらには『借金奴隷』という形で契約を結べるようにし、愛玩を目的とした奴隷として働かなくてもいいよう、そういう客の目を逸らしてもくれた。


 そのおかげもあってか、私はエルドラン市の商会長の目に留まり拠点をそこに移すことになる。間もなくしてファービヨンの街から北東に馬車で2日ほどの距離に『教国』ができたようで、そこで商会長の命令で訓練をすることになった。私にはよくわからなかったが、個々人が持っているスキルがあって、私は『暗殺』スキルがあるんだとか。商会長は奴隷店にいたときからそのスキルに目をつけていたようで、私が教国から戻って来た途端に公爵へ斡旋して仕事を受け持った。


 偽りの自分を晒しながらする仕事は、実をいうと苦痛ではなかった。『カフィン』という飲み物に取りつかれていた私は、わずかながらでもそれに携わることができて、ほんの少しでも幸せを感じられたのだ。


 しかし、平穏な暮らしはある人物の来訪と共に崩れていった。その人物こそ、大賢者ジンイチローだった。カフィンのカラクリは誰にもバレないだろうと高を括っていた商会長、ロサーノがそもそもの原因だったのだが、私は奴隷の身であっても勇気を出してロサーノの裏活動を止めるよう進言しこともあったた。いずれ誰かに見破られてしまうだろう、そう話すも聞き入れてはもらえなかった。そして結局は彼に見破られ、挙句教国で修業した『暗殺』の腕前も彼の前では無力に等しかった。いや、無力にさせられてしまったと言えようか。一度は捕らわれはしたものの恩赦をいただいて今の私があるから、人生とはわからないものだ。


 そんな私が向かう先は、もちろんあの店だった。店の前に立って深呼吸し、扉を開けた。


「いらっしゃい―――おい、ベネデッタじゃないか!」

「お久しぶりです。姐さん」

「元気してたか!」

「ええ、おかげさまで」


『ミデア奴隷店』の店長、ミデア姐さんは男性かと思わせるほどの筋肉隆々な美人姐さんだ。そこらへんの男よりも男らしく、未だに嫁の貰い手はないと本人は笑い飛ばしていた・・・というのが数年前までの彼女の情報だけど・・・。


「姐さんも御変わりがないようで」

「ああ、相も変わらず男はあたしに寄ってこないけどな」

「ふふふ、こんなにお元気なら確かに」

「ちっ、変わんねえなあお前も。・・・・・・よかったよ、引き取られた時は辛気臭いツラしてたからさ、笑えるようになってよ」

「ええ、色々あったんです」

「そうか・・・。そういやああん時はエルドランの商会長に引き取られたが、あのオヤジとはどうなんだ?上手くやってるか?」

「・・・実をいうと、奴隷契約は解除してもらいました」

「ええっ!?どういうことだい!?」


 驚くミデア姐さんを落ち着かせるべく応接間に場所を移そうと提案した私は、連れられたその部屋で事のあらましを一部始終話した。


「なるほどねえ・・・。そのジンイチローとかいう坊ちゃんのおかげもあって、か・・・」

「ええ、そうですね」

「それに『カフィン』だっけ?そんなにいいもんなのか?」

「それはもう!今日は姐さんにも飲んでほしくてもってきたんです!」

「そうかい。それじゃあ一杯貰うよ。あんたも中々商魂逞しいじゃないか」

「ふふ、姐さんに比べればまだまだですよ」


 給仕の女性にお湯の入ったポッドを用意してもらい、持ってきたカフィンセットを使って淹れた。


「不思議な香りがするねえ」

「ええ、私はこの香りが堪らなく好きなんです」

「・・・・・」

「・・・・・」


 カフィンのカップを姐さんの前に置くと、待ってましたとばかりに姐さんは手に取って鼻に近づけた。そして一口含むと、その大きな目をパチクリとさせた。


「ほおお、これは・・・」

「いかがですか」

「おいベネデッタ、このカフィンはもう卸せるのかい?」

「量は確保できませんが・・・。あとは輸送の問題で・・・」

「量についてはあんたがエルドランでどうにか調整してほしい。輸送は金の問題かい?それとも人かい?」

「お金も必要ですが・・・輸送する人がいないことのほうが・・・」

「ふふ、あんた、ここがどこだかわかってるかい?」

「ああ・・・ここはアナガンでしたね・・・」

「そうさね。輸送を奴隷の仕事にしてやれなくはない。ちょうど働いてくれそうな人材がダブついててね、もしよければあんたが雇ってくれないかい?」

「わ、わたしが!?」

「人生分からないもんだね、奴隷だったあんたが奴隷を雇うなんてさ」

「で、でも・・・」

「今すぐどうこうしてくれって話じゃない。候補者を見た後でもいいし、それにあんたがアナガンに戻ってきた理由が他にありそうだし、そいつを片付けたあとでもいいさ」


 ミデア姐さんは強かだ。人を見る目があるおかげか、このアナガンで自分の立ち位置をわきまえ、あえて商売を抑えているところがある。アナガンで3番目の奴隷店とはいいつつも、本気を出せば1番だって夢ではないほど利益を上げられるのだ。敢えてそうしているのは、1番人気店の主人が厄介な人間だとわかっているからだろう。


「理由はあります。まずはその問題が解決してから取りかかってもいいですか?」

「ああ構わないさ。ただし、あんたが虜になったっていう『カフィン』は確かに有用だ。わたしは何年か後の近い将来、このアナガンに来る客が必ずカフィンショップに立ち寄る姿が見えてるよ」

「もちろん、一口噛みたいんですよね」

「ははっ、もちろんさ。私が一番の融資者になるさ」


 姐さんはやっぱり姐さんだ。今日は本当に来てよかった。


「ところで、あんたがこのアナガンに戻ってきた理由ってのはなんだい?話せることかい?」

「・・・・・姐さん、確か遮音結界は張れるんですよね」


 耳鳴りがしたと思ったら、姐さんは薄らと笑みを浮かべた。


「聞く覚悟はあるよ。秘密も守る」

「・・・誘拐されたフィロデニアの王女がこのアナガンに連れ込まれているという情報があるんです」

「何だって!?」

「先ほど話したジンイチローさんと仲間と一緒に王女の捜索に当たっています。私がここに来たのも少しでも情報を得たいからなんですが・・・そのご様子だとここには来ていないみたいですね」


 姐さんは眉をひそめて、そして一段と小さい声で話しはじめた。


「私も王都に用事があって行った時、偶然だけどあの王女を見たことがある。確かにきれいなお嬢さんだった。売るとなれば相当の高値にはなるはずだが、そんなに表だって王女という肩書を出して売るバカはいないだろうさ」

「そうです。擬態魔法を使う可能性もあります」

「いや、それだけじゃないさ・・・。まさか・・・闇オークション・・・」

「闇オークション?」

「・・・口にもしたくないがね。その可能性は捨てきれないさ」

「闇オークションって何ですか?」

「時折あるらしいんだ。有名なお嬢さんだったり珍しい人間がいる場合、より高く売れるようにしたかったり買い手がたくさんいるとわかっている場合だったりするときに、どこぞやの主催者がこのアナガンのどこかで奴隷を掛けた競りをするんだ」

「そんなことが・・・。でもそういうからには、闇オークションは禁止されているものですか?」

「ああそうさ。アナガンを知らない奴はオークションこそが奴隷の本髄と思っている節もあるだろうけど、このアナガンの長はそれを許可していない。度々ムルノの野郎が長からの通達文を配って歩いてるけどよ、『闇オークションは禁止』と口酸っぱく言ってるさ」

「となれば王女は・・・」

「ああ。買いたいと思う輩は多いだろうね。普通に奴隷として売るにはもったいないだろう」

「もっと詳しいことはわかりますか」


 姐さんは静かに首を横に振った。


「悪いね。私もここまでしか知らない」

「そうですか・・・」

「だが・・・王女を買いたいと思う人間がたくさんいるんなら、買いたいと思う人間の目星をつけてみるという手はあるんじゃないか?」

「あっ!!」

「あの王女様を買うとなれば相当の金持ちだ。一端の貴族だったらなおのことだ」

「そうですね・・・人の出入りを見ればどこで行われるかも・・・」

「ああ。だが慎重に事を運ぶ連中が多いだろうから、もう今更ってこともある。その辺は・・・色々と覚悟しておきな」

「・・・はい」


 顔の険が不意に柔らかくなった姐さんは、遮音結界を解いたのかその挙げた手を降し、カフィンを口につけた。


「よかったよ、あんたが幸せそうでさ」

「え?」

「カフィンを淹れている時のあんた、とても幸せそうな顔をしてた。鏡で見せてやりたかったよ」

「・・・」

「・・・まだ根にもってるのかい。仇は見つかってないか」


 そうあの時の・・・下衆な男どもの顔は今でも忘れない・・・。


「まだか・・・。随分表情も柔らかくなったと思ったけど、まだまだなんだね」

「・・・絶対に見つけます」

「今の幸せを失わないようにするほうが、よほど難しいことだと思うけどね」

「私は・・・私は幸せにはなれません。違う。幸せになっちゃいけないんです」

「まだそんなことを言うのかい」

「奴隷になった成り行きで戦う術も身に着けたんです。私のナイフはいつでもあいつらの首を掻っ切れるように磨いていますから」

「はあ・・・。悪いことは言わないよ。折角ジンイチローとやらが指し示してくれたカフィンの道・・・あんたの幸せそうな顔をつくるカフィンを、あんた自身が台無しにするんじゃ勿体ないよ。敵討ちはわかるが、あんたにとって何が大切なのか、よくよく考えることだね」


 そう言って姐さんは大きく手を叩いた。


「さて、この話はおしまいだよ。ちょっと奴隷の様子も見ていかないか?いい子が揃ってるんだ。どんなカフィンの店にするか、あの娘たちの顔を見て考えてもらえると嬉しいね」

「・・・はい。それじゃあぜひ」


 いつの日か敵討ちをするその時まで・・・そう、その日まではカフィンを広めるために尽力しよう。そしてもし奴らを見つけたら・・・。そう思った刹那に脳裏によぎった()()()の笑顔が私の心をかき乱した。


 どうして急に思いだしてしまったのか。その答えを見つけようと考えたのだけど、姐さんがコロコロと笑いながら紹介する奴隷の娘たちと話すうちに、そんなことは心の隅に追いやられてしまった・・・。



いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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