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第158話 踊り子アニー

数回話は他メンバー視点となります。

 

 イリアの誘拐話を聞いたとき、早く連れ戻さなければという焦りの気持ち以上に申し訳なさで胸がいっぱいになってしまった。ジンイチローが王城に出かけている間、私は一人ベッドで転がっていることしかできなかった。


 彼女と知り合ってからまだそれほど経っていないのに、これほど不安と心配で心がいっぱいになるなんて・・・。


 ・・・無事でいてほしい。



「ではアニーさん、私はこっちへ行きますので」

「へっ!?ああ、うん・・・」

「・・・何か?」

「その・・・どこへ行ったらいいかなあ・・・なんて」

「・・・確かに初見ですもんね。そうですね・・・」


 途中まで一緒に歩いていたベネデッタから急に別れるなんて切り出されたから、考え事をしながら歩いていた私は少し驚いてしまった。この先どこを調べればいいのだろう、そう思った私はついつい彼女の行く道を付いて歩いたわけだけど。


「アニーさんは踊り子劇場に廻ってみてはいかがですか?」

「踊り子劇場?」

「アナガンでは有名です。一つしかないのですぐわかりますよ。西区の・・・いかがわしいお店が並ぶ通りの真ん中あたりに大きな建物がありますから」

「この時間に開いてるの?」

「深夜以外はやってますよ」

「わかった。ちょっと行ってくる」

「お願いします。ああ、それと・・・」

「なに?」

「治安がいいからといって油断しないでください。痴漢なんて四六時中ですよ。ましてや踊り子劇場は暗いですからね」

「そんな危ないところに私は行くのね・・・」


 肩を落とす私に、ベネデッタはクスクスと笑ってみせた。


「アニーさんなら大丈夫ですよ。ですが気をつけてください。なし崩しに取り込まれて、気づけば劇場のトップダンサーになってたなんてよくある話ですから」

「気をつけるわ・・・」

「はい。それではここで失礼します」


 ベネデッタはどこに行くのだろう。何故か嬉しそうにしていたのは気のせいかしら・・・。ま、とりあえず今は自分が為すべきことに集中しよう。ベネデッタと別れた私は、早速西区に足を向けた。




 昼間であるにも関わらず酒に酔った男達やあられもない格好をした女性達があちこちに立ち、男達は女性達に招かれるまま店に入っていく。裏通りに目を向けると、そこはさらに違う世界が広がっていた。とてもそこを歩く気分にはなれないわね・・・。


 ベネデッタの話していた『踊り子劇場』はすぐに見つかった。壁は赤く塗られていて妖艶な女性の絵が大きく描かれている。確かに「すぐにわかる」と言っていた彼女の説明にも納得ができる。ここにイリアやシアが連れられる可能性はなくもないのだろうけど、じゃあ私がここに潜入して確認することもないのではと今さらながらに考えてしまう。とはいえ、ここに来る男達の様子を見るのも調査のうちだろうか。金満貴族のおじさんがいれば一緒にお酒を飲むだけでも情報が得られるかもしれない。そう思った私は意を決してその重厚そうな扉を開けた。


 足元に蝋燭の火が揺れているだけで天井には明かりがない。案内人もいない真っ暗な空間に、真っ直ぐ伸びる蝋燭の炎だけが行くべき劇場のホールへといざなってくれる。


 伸びていた蝋燭の誘導灯も行き止まりを示し、またもや重厚そうな扉が見えた。蝋燭がその扉の左右に設置され、不気味に扉を照らしている。扉の取っ手に手を掛けゆっくりと開けると、リズムよく叩かれる太鼓や楽器の音色が会場の雰囲気を盛り上げ、その雰囲気と酒に呑まれてか、口笛や野次にもつられて男達の興奮を助長していた。


「いらっしゃいませ」


 不意に聞こえたのは、この会場の雰囲気に似つかわしくない紳士な声だった。


「ど、どうも・・・」

「当店は『マクニス踊り子劇場』でございます。ご来店は初めてでございますか」

「え、ええそうね」

「大丈夫ですよ、女性の方でも興味本位でご来店下さる方もいらっしゃいます。本日は男性のお客様がほとんどですので、その皆様方と少し離れた席をご用意できますが、いかがいたしますか」

「そうね、お願いできる?」

「かしこまりました。どうぞこちらへ」


 どこかの執事かと思わせるほどの流れるような動作と接客対応に、ここが踊り子劇場であることを少しでも忘れてしまいそうになった。用意された席は確かに男性客たちとは離れていて、さらにはパーテーションのようなもので囲われていて、不用意に男性が入ってこないよう配慮してくれている。接客してくれた男性の対応のおかげで、踊り子劇場に対する不穏感が少しだけ和らいだ気がする。しばらくすると、あの男性がグラスに色のついた飲み物を持ってやってきた。


「本日はお越しいただき誠にありがとうございます。こちらの飲み物はサービス品となっております。どうぞお召し上がりください」

「ありがとう。ここに来るお客にはこんな風にもてなすのかしら」

「当店にお越しくださるお客様はそのほとんどが男性です。しかしながら、女性のお客様も忌み嫌わずお越しいただきたいと当店は願っておりまして、このサービスはそんな願いからの、女性の方々だけに送るささやかなプレゼントでございます」

「そうなのね。いただくわ」


 ぐびっ、と口に含んで喉を通すと、喉奥を通るお酒から急速に熱が生まれて体が熱くなった。かなり度の強いお酒だ。でも飲み口はさわやかで、甘みも強い。


「これすごくおいしいわ・・・。何て言うお酒なの?」

「当店で開発いたしました『カクテル』というお酒でございまして、様々なお酒をブレンドして女性にも楽しんでいただけるよう工夫したものとなります。よろしければおかわりをお持ちしますか」

「え?でもいいの?」

「はい。もちろんサービスさせていただきます」

「ありがとう」


 やだこれ本当においしい。あっという間にグラスを空にすると、にっこりと笑った男性は空いたグラスをもって軽やかに去っていった。そして間をおかずに『カクテル』を給仕してくれて、私はそれをまた空けてしまった。すると男性は違うカクテルを私の前に置く。本当においしすぎていくらでも入ってしまいそうだ。でも度が強いせいか、座っているソファに身を委ねてボーっとしている自分に後になって気が付いた。


 男性がカクテルを置いて去った後、私はステージで踊る女性を虚ろな目で眺めた。薄い衣装をひらひらとなびかせ、壇下で目を見開く男性たちに腰を振って下着を見せつける女性達。熱気にあおられ、女性たちは服をあれよあれよと脱いでいく。1枚はだけるたびに「もっと脱げ」と叫び、中には下腹部まで晒す男もいるぐらいだ。普段の私なら嫌悪して店を飛び出していたかもしれないけれど、おいしいお酒に呑まれ、心地よいソファに座っているとだんだんとそんなことはどうでもよくなっていた。


「お客様、当店はいかがですか」


 突然声をかけられ驚いた私は、だらけた姿勢を急いで正した。


「すごいお店ね。昼間からこんな騒ぎになるところがあるなんて、ここ以外にはなさそうね」

「おっしゃるとおり、アナガン以外に当店のような店は存在しません。踊り子になりたいのならアナガンに行けと言われる所以は、当店あってこそなのです」

「ふふ、随分押すのね」

「もちろんです。お客様は当店に在籍するどの踊り子よりも段違いにお美しいからこそでございます」

「美しいだなんて・・・そんな・・・」

「私も当店に長く勤めておりますが、これほどの方はお会いしたことがございません。もしよろしければお名前をお聞きしてもよろしいですか」

「アニーよ」

「アニー様・・・素敵なお名前ですね。アニー様さえよろしければ、その素敵なお姿を本日限り、皆さまの前でお披露目することも叶いますよ」

「いえ、私は―――」

「そうですね。確かに躊躇してしまうのも無理はありません。ですがよくお考えください。アニー様はアナガンにずっとお住まいになるわけではない・・・違いますか」

「ええ、まあ・・・」

「であるなら、いつもと違うアニー様をここでお披露目しても、『アナガンの踊り子』として見られるわけではありません。そうです、これはただの観光なのです」

「観光・・・」

「アニー様の美しいお姿をほんの少し皆様にお見せしても、当店はなんの影響もございません。いえ、あるとしたらあなた様のお美しい姿をこの劇場の歴史に残すことができましょう」

「でも・・・」

「もちろん、見るだけでもいいのですよ。こうしておいしいお酒を飲んでリラックスできる時間など、この店に出られればなくなってしまいます。さぁどうぞ、新しいお酒です」


 いつの間にか新しいグラスが置かれていて、男性がそのグラスを私に手渡した。私は何の気なしに口に運ぶ。ああ、おいしい・・・。男性が私の隣に密着するように座っても特に気にならない。


「アニー様、ご覧ください。男性たちは皆、この店を出ればごくごく真面目な方々ばかりなのです。しかし、この劇場で女性たちを観ることで日ごろのうっぷんを晴らし、明日の活力を女性達から貰うことができるのです。女性たちは皆この仕事に誇りを持っているんですよ。ほらご覧ください。踊る女性たちの素晴らしい笑顔を」


 汗を振りまきながらも笑顔で溢れ、それでいて妖艶な立ち姿に男性たちは夢を追うような目で、壇上の彼女たちを見つめている。


「アニー様、今日だけですよ。今日だけあそこに立てばあなたの明日も変わります。そして不思議と明日からも壇下の男性たちに夢を与えられるのです」

「明日からも・・・?」

「そう、明日も明後日もずっとここにいてよくなるんです――――明日も――――さあお酒を――――」





 何を話していて何を聞いていたのかさえはっきり覚えていない。そんな私でもわかるのが、今ここがステージの横で、薄いヒラヒラの衣装を身にまとっていて、アナウンスの男性が私のことを紹介しているということぐらい。


『さあお待たせしました!!本日限りのとびっきりの美女が登場いたします!!しっかりと目に焼き付けてくださいませ!!その名もアニーちゃんです!!』


 ええっと・・・あの人はなんて言ってたっけ・・・アナウンスされたらゆっくり中央に・・・だったっけ・・・。


 私が壇上中央に歩くと、どよめきとともに口笛が鳴り響いた。なんかいっぱいステージに投げられてるけど・・・。


『なんとぉお!!前代未聞!!踊る前からおひねりとは劇場始まって以来の快挙!!もしかしたら、もっとおひねりがあればアニーちゃんは明日も明後日もずっときてくれるかもしれませんよおおお!!』


 太鼓と楽器の音色が激しく鳴りだした。音楽が鳴れば腰を振るだけでいいからって言われたことを思い出し、ぎこちなく腰を振ってみた。とても踊りとはいえない動きに、きっと男性たちから文句の一つも出るかもしれない。そう思ったのだけど、彼らの反応は違った。後ろでのんびりお酒を飲んでいた人たちでさえ、ステージの直下まで来て私の動きを血眼で追いはじめた。


『うおおっと!!常連さんまでもが喰いつくほどの逸材、新生アニーちゃん!!あらたな踊り子の歴史が今始まろうとしているうううう!!』


 アナウンスの男性も大変ね。魔法で声を乗せてはいるけど、地声がいいのかずっとあんな感じで絶叫してる。時折むせる仕草がかわいいわね。


 繰り出される楽器のリズムが変調し、さらにテンポが上がった。テンポがあがったときはどれでもいいから脱げなんて言われていた。さすがに抵抗があったけど、踊るうちに高揚感が生まれたのか、気なしに胸に留めていたボタンを外して脱ぐと、ステージの隅に投げてしまった。


『うおおおお!!なんとおおお!!はじめてのステージにもかかわらずここまでのサービスとはああ!!』


 サービスとは大げさね・・・。1枚脱いでもチューブトップの服をしっかり着ているから問題ないし。それでも音楽はさらに激しさを増した。確かこれも・・・そういう合図だったわよね・・・。


『なんとおおお!!腰のスカートも脱ぐのかアアアア!?』


 食い入るように見つめる男性たちに、腰で縛っていたスカート状の布きれを取る仕草をする。しばらくの間、私は布に手を添えながらステージをクルクル回り、サービスのつもりで腰を捻らせながら踊ってみせた。下にいる男達の鼻の下が面白いぐらいに揃って伸びている。


 いよいよ私が腰に留めている布の紐を外そうとした、その時だった。


 音楽の演奏が終息を告げるかのようにトーンダウンし、やがて演奏が終了した。


 男性たちのがっくりする顔に、不思議と気の毒に思えた。


『明日も・・・明日も来てくれるといいですねええ。そうは思いませんか皆さん!?』


 うおおおおおおお!!!という野太い雄叫びが劇場を包み込んだ。


『アニーちゃん!!明日も来てくれ!!アナガンの救世主よ!!新生アナガンの踊り子よおおお!!』


 盛大な拍手の中、私は横幕の奥へと消えていった。




「素敵な踊りでしたよ、アニー様」

「なんか・・・不思議な感覚ね・・・」

「そうお感じになる方には才能があります。これは長年の経験から言えることです。踊り子としての今後に期待できるというものです。アニー様さえよろしければ、明日以降も1日に一回だけでいいいのでステージにあがってみませんか」


 そんなとき、不意にベネデッタの言葉がよぎった。


『なし崩しに取り込まれて、気づけば劇場のトップダンサーになってたなんてよくある話ですから』


 私ったら・・・。お酒に呑まれて気付けばステージに上がっていて、この男性の提案を簡単に承諾してしまいそうになっていた。


「給金も出させていただきます。本日の踊りだけでもあれほどのおひねりを生みましたから・・・1回だけの踊りでも金貨50枚をお約束します」

「はあっ!?」

「アニー様はまぎれもなく、アナガンのトップダンサーですよ。この私が保証します」


 ベネデッタの注意が現実のものになり、思わず苦笑いを浮かべてしまう私。一体全体何してるのかしら・・・。


「いかがいたしますか」

「せっかくのお話だけど、お断りするわ」

「・・・トップダンサーであれば1か月で金貨3000枚以上は稼ぐことができますよ」

「ふふ、夢のような数字ね。でも私はやらなきゃいけないことがあるの。今日はついついステージに立っちゃったけどね」

「そうですか・・・誠に残念です。ですが、あなたのような方であれば我々はいつでも歓迎しますよ。我々は本気でございます。それをわかっていただくために、こんなものをご用意しました」


 若い男性給仕が布をかぶせたトレイをもってくるや否やその布を持ち上げた。トレイには金貨が乗せられていた。


「本日ステージに上がってくださった給金分のお礼です」

「・・・これいくら乗ってるの?」

「金貨63枚でございます」

「そ、そんなに!?」

「もちろん我々の取り分もございますからその分は差し引かせていただきました。それでもアニー様が1回ステージに立つだけでこの枚数以上の売り上げが発生します。どうぞ遠慮なくお受け取りください。というよりも受け取っていただかなくては我らの身が危うくなります」

「どうしてよ?」

「アニー様と雇用契約を結んでいないのに働かせてあまつさえそれがタダ働きトバレれば、アナガンの長からの天誅が考えられます。それだけはどうしても避けなければなりません」

「はあ・・・」


 真剣な眼差しからも、この人たちが本当のことを言っているのだと感じ、乗せられていた金貨のおよぞ半分を受け取った。


「あの・・・半分は・・・」

「半分は別の形でいただくことにするわ。『情報』という形でね」

「情報・・・ですか?」

「ええ。そもそも私がこの街に来た理由がそれだから」

「なるほど・・・。ここで道草を食っている場合ではない、ということですね」

「悪い言い方をすればそうなるわね」

「承知しました」


 給仕の男性が奥に下がっていった。


「ごめんなさい。気を悪くさせてしまったわね」

「いいのですよ。断られるなど当たり前の世界ですから」

「ここの店長さんにもあなたから謝ってくれる?」

「・・・・・ふっ、ふふふ」


 突然俯き加減に笑うのだから不気味に思えてならない。そんな男性は顔を上げると、これまでと同じように柔和な微笑みを向けてきた。


「その必要はありませんよ」

「え?だって一応迷惑はかけたし――――」

「そういう意味ではございません。当店の店長・・・それはすなわちわたくしでございますから」

「ええええっ!?」

「ふふふ・・・」


 初めて見せる不敵な笑みに、思わず一歩たじろいでしまったのは気付かないでいてほしい・・・。



いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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