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第157話 ジンイチロー、奴隷を買う

 

「あらためて、こんにちは」

「ご機嫌麗しゅうございます。わたくしはクリアナ・パーキンスと申します。姓はパーキンスと名乗っておりますが、父から捨てられた身でございますのでクリアナとお呼びください」


 スカートの端を持ち上げて軽くお辞儀をするクリアナ嬢。奴隷の身分でありながらも貴族としての習慣が色濃く残っているようだ。


「クリアナさんですね。私はジンイチローといいます。訳あってここに来ました。最初に言っておきますが、決してあなたを買うためにここに来たわけではありません」

「そうですか・・・それは残念です。これまでいらっしゃった方の中で一番素敵な殿方ですのよ。こんなに胸踊ったことなどありませんのに」

「期待させてすみません。少しお話をお聞きしたかったもので」


 残念だと言わんばかりに彼女の瞼が重く下がるが、すぐに見開かれた。


「それで、わたくしにお話とは?」

「先ほどあなたの口から出ましたお父上のことで少し・・・」

「父上の・・・ということは、あなた様はフィロデニアから・・・」

「ええそうです。ちなみに、私は貴族の方々をよく知らないので、あなたのお父上のことを知ったのもつい最近のことなんですよ。お気を悪くしないでいただきたいです」

「ふふ、変なことをおっしゃるのね。わたくしは奴隷の身分ですわ。あなた様からお気遣いいただくなんて、わたくしこそ申し訳ございませんわ」

「ふふ、ではお互い様ということで」

「そうですわね」

「座ってお話ししましょうか」

「はい」


 クリアナ嬢はベッドに、俺はテーブルセットのイスに腰掛けた。


 この部屋は6畳ほどの広さで、ベッドとテーブルセットでスペースのほとんどを占めてしまっている。掃除が行き届いているのか、ごみなどは一切見当たらない。


「父上の件・・・でしたか。どのような内容で?」

「ジョリオン・パーキンス公爵はかつてミニンスクの豪族と知られ、ハピロン伯爵の台頭以前は『領主』としてその地を治めていたと聞いています」

「ええ、そうですね。私が成人したての頃はまだその立場であられました」

「ハピロン伯爵の台頭とともにあなたのお父上は急速に影響力を失った・・・そう聞いていますが、実際はどうだったんですか」

「実際は・・・確かに影響はありましたわ。今まで出来ていた買い物やお茶会などの催しも少しずつ制限されるようになりました。それでもわたくしは不満など感じませんでした。むしろ節制するくらいが・・・その・・・体にもよいのですよ」


 なるほど。女の子にはそれについて深く追求できない。


「わかりました。父上はハピロン伯爵について何かお話されていましたか」

「いえ、特に何も・・・。むしろ影響力を失った感覚を感じませんでしたわ。先ほどは『暮らしに影響』が出たとお話ししましたが、『父の政治的な影響力』は失ったようには感じませんでした。むしろ、見知らぬ方々とのお付き合いが増えたようにも見受けられました」

「見知らぬ方?」

「ええ。なんでも『新たな生きざまを見つけた』とかなんとか言って喜んでおられて・・・。よくいらっしゃった方のお名前が確か・・・ドルアンドというお名前の方でしたか・・・」


 クレーメンス・・・。あんたの持っている情報ネットワークは半端ないよ。ビンゴじゃん。


「なるほど、わかりました。今のお言葉だけで私だけでなくイリア王女とフィロデニア王国、ひいてはあなた自身も救われましたかもしれません」

「へ?」

「気が変わりました。あなたを買います」

「へええっ!?」

「しかし金貨2500枚はちょっといただけないなぁ・・・」

「金貨2500枚?わたくしが?あっははははは!!」

「・・・何がおかしいの?」

「だって!!わたくしが奴隷として金貨2500枚もの価値があるはずなくてよ!!以前スヴェンヌ様からお聞きした金額は金貨150枚ですわ」

「なにぃいいい!?」

「ふふ、ジンイチロー様、いい勉強になりましたわね」

「ああ・・・そういうことか・・・いい勉強になったよ」


 なるほど、これはスヴェンヌさんからの試験・・・いや、実習と呼ぶべきか。もし他の奴隷店だったら俺の有り金を見極めんと2500枚から2000枚に落として様子を見て、さらに悩んでいるところに留めの金額を吹っかけて売りさばき、ボロ儲けされていた・・・ということになっていただろう。


「ですが、本当にわたくしを買ってくださるのですか」

「ああ、だめかい?」

「あなたに買われないのなら、わたくしはここで一生を終えることになっていたでしょう。あなたの奴隷として一生を捧げます」

「ああ、いや、そんなに大げさなもんじゃないし、すぐに奴隷の解放はしてもらうよ」

「・・・それはいけませんわ。もう捨てられるのは金輪際御免こうむりたいのです」

「そういえばさっきも言ってたけど、捨てられた・・・ていうのは、父上に?」

「ええ。ですが・・・わたくしはそこに父上の愛情を感じましたので恨んではおりません」


 捨てられたというクリアナ嬢の顔は、本人の言うとおり恨み言など感じないくらいすっきりしている。


「父上は何かを始めるようでしたわ。そこにわたくしをはじめ、母上と使用人達を巻き込みたくなかったのでしょう。ましてやどうも怪しげな男達との共同作業とのことでしたので、何かの間違えがあればお家の取り潰しと獄中生活も待っていたかもしれません。それに比べれば、ここでの生活は恵まれておりました」

「なるほど・・・」

「ですが、母上はわたくしがアナガンで奴隷にされると聞きショックで体調を崩し、そのまま亡くなってしまいました。使用人はミニンスクの街で暮らしていると聞きましたが、定かではありません。わたくしにはもう失うものなどないのです。ですので、あなたのような素敵な方に買っていただくのは望外でございます」

「僥倖というやつですか・・・」

「ええ・・・それで、いつこの街を出立なさるのですか?もうわたくしはこの街を出られるのですか?」

「ああ、それはちょっと待って。この街ではまだやることがあるんだ。それが終わってからクリアナを買い取るから。それに・・・一応了承をもらわないとねえ・・・」

「・・・・・なるほど、そういうことですか。素敵な方には素敵な淑女がいらっしゃるのが当たり前・・・。これは一興でございますね。わたくしの人生、まだまだスパイスがあるようで面白そうですわ。うふふふ」




 ここで聞けることはこれが限界だろう。もう少し詳しい話はこの奴隷店を出たあとで聞くことにした。クリアナ嬢に笑顔で見送られドアを閉めると、そこにはスヴェンヌさんが立っていた。


「ジンイチロー殿、クリアナはいかがでしたか」

「大変いいお嬢さんでした。気が変わったので買いたいと思うんですけどねえ・・・」


 少し訝しげにスヴェンヌさんを見つめると、含み笑いで頷かれた。


「どうやら、お勉強が出来たようですね」

「人が悪い・・・」

「はははっ、いいじゃないですか。ここで恥をかいておけば他では見くびられませんよ」

「そうですね。スヴェンヌさん、感謝します」

「こちらこそ。クリアナがあれほど楽しそうに話をする人など他にはおりませんよ。表面上は笑顔を取り繕いますが、大体の殿方はクリアナを諦めるんですよ。笑顔で毒を吐かれて太刀打ちが出来ないってね。どうやらあなたは違うようです」


 窓越しにクリアナをみると、外の景色を眺めるクリアナがとても輝いて見えた。


「さて、早速商談と参りましょうか」

「お手柔らかに・・・」

「これこれ、いけませんよ。商人に弱みを見せては」

「あ・・・」

「これはもう少し鍛える必要がありますなあ」

「あ~・・・」



 その後スヴェンヌさんとは金額交渉を行った。すでにクリアナから金貨150枚と聞いていたが、奴隷契約料と生活実費を入れて金貨180枚を提示された。奴隷の購入は初めてなので相場なり何なりを恥を承知で聞いたところ、クラリナの容姿と能力を思えばかなり破格の金額だという。契約手数料についてはアナガンでは一律金貨20枚とされているらしく、値下げ対象外だとか。生活実費はこれまで対象にかけた生活費や衣服費用とのことで、今回の金貨10枚は値下げした方らしく実際は金貨50枚くらいかかっているようだ。それを聞けただけでもかなり勉強になったので、提示された金貨180枚で買い取り予約をした。予約としたのはアニー達に一応確認してから購入することと合わせ、アナガンでの用事が済んでいないため後日購入することで了承してもらった。アニー達に確認することについては「色々大変ですなぁ」と苦笑いされてしまったが・・・。決してやましい気持ちで了承をもらうわけではない。念のためだ、念のため・・・うん。


 金貨180枚からさらに値引き交渉が当たり前とも聞くが、今回は勉強料を込みにしてもらった。自分から値上げしているような気がして、スヴェンヌさんも同じく申し訳なさそうにしていたが、お金があったからこそできたので気にしていないと伝えた。



「ジンイチロー様、本日はお越しいただき誠にありがとうございます。クリアナもこれでようやく故郷に帰れると思うと感慨でございます」

「ムルナがあなたのことを紹介した理由が何となくわかりましたよ。何の気なしに他の奴隷店に行っていたら何を買わされていたかわかりませんし、奴隷に対する並々ならぬ思いを抱いてお仕事をされていることに、私の奴隷に対する見方も少し変わった気がします」

「少しでもお役にたててうれしいです。私は奴隷が少しでも幸せに暮らせるように、主人になる方も選んでいるつもりです。今回、ジンイチロー様と出会えて運命の導きさえ感じますよ。またご入用の際は遠慮なくお申し付けください。いい返事をお待ちしております」

「ええ。また訪ねます」


 こうして俺は奴隷店を去った。さて、なんだかんだ言って時間が結構経ってしまったようだし、宿に戻るとしよう。



いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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