第156話 奴隷店の元公爵令嬢
早速捜索に乗り出そうと思ったけど、ベネデッタさんの助言もあって、まずは宿を確保することとなった。今日中には見つからないだろうとベネデッタさんは暗に示したわけだ。前のめりになる気持ちと一筋縄ではいかない現実を目の前に少し焦っているのも事実。だからこそベネデッタさんの冷静な意見はありがたい。
「確か南区に一般用の宿があるんだっけ」
「南区ってまさにこのあたりじゃないかしら」
「アニーさんの言うとおりです。ここは南区ですが・・・宿泊するなら今回に限っては北区をお勧めします」
ベネデッタさんもアニーと同じく辺りを見回しながら話した。
「それはまたどうして?」
「南区は人通りが多くて目立ちますから、イリア王女を連れるには不相応かと。ただし、別人に成りすまされるとその限りではありませんが・・・」
確かにばぁばも『特殊な魔法で他者に擬態させられている』ことがあるかもしれないと教えてくれたが・・・。
「ベネデッタさん、一般的に奴隷はすぐに店に売られるものなの?」
「それは『商品』によります。高く売りたい場合はアナガンに到着してもすぐに売らないで、宿で体調を戻したり着替えさせたりしてから売ります。実際、私もそうでしたし」
となれば『赤獅子』の連中もそう考えるのが普通か・・・。もし俺がイリアを運ぶ『赤獅子』の長、ドナートであればどう考えるか・・・。
道の真ん中で考え込む俺に、アニーが話しかけた。
「もしベネデッタの言うとおり擬態魔法を掛けられてるなら、一般の宿を使って休ませても目立たなくていいんじゃない?そこを中心に探してみても・・・」
アニーの話も尤もだ。人を隠すには人の中に入れた方がいいだろう。しかし俺はイリアの立場からも考えてみた。
「俺がドナートなら・・・確かに宿に泊まらせて身綺麗にさせるだろうな。だけどそれは一般の宿じゃないだろうな」
「どうして?」
「イリアのことを考えてみたんだ。彼女なら最後まで諦めずに逃げることを考えそうだろ?」
「確かに・・・」
「ドナートもそんな彼女の行動を考えて、警備しやすくて他の宿や建物に逃げ込みにくそうな北区の宿を選ぶんじゃないかと思ったんだ。閑静な高級宿ってそうだろ?突然現れた逃げ込む人を囲うことはしなさそうだし」
俺の考えにメルウェルさんが頷いた。
「ジンイチロー殿の言うとおりです。イリア様は最後まで諦めないでしょう」
「じゃあ決まりじゃない?」
「うん、じゃあ北区に行こうか」
ということで俺達一行は北区に足を運んだ。
北区はムルノの話した高級宿が建ち並び、南区の佇まいとは一線を画していた。その中でも俺達は旧ハピロン邸のような白亜の豪邸に見える宿に泊まることにした。部屋もいっぱいあるし、精神的疲労のたまるミッションにはくつろぎも大事だと思っての豪邸宿だ。ちなみに1泊で全員あわせて金貨15枚だという。
「ジンイチロー、ほんとにここに泊まるの・・・?」
「さすがジンイチロー様、金使いの荒さは天下一品ですね」
「給仕の女性の制服も選べるなんて・・・男性向けな宿のようですね。私もアナガンにいたときはさすがにこんな宿には泊まれませんでしたよ」
やりすぎた感は否めないが、俺達の話を盗み聞きされることもここならない。念のため受付にいた女性に確認したが、給仕全員奴隷として雇われていて、客の秘密遵守を条件とされているようだ。そしてみんなは自分の部屋を決めてもらった。俺も部屋を選び、高級宿に泊まったらお決まりのふかふかベッドへダイブインをしたあとに、打ち合わせた時間にリビングに皆に集まってもらった。
「さて、これからどうやって動くか作戦を立てたいと思う」
「それに関しては私から提案があります」
ベネデッタさんが手を挙げた。
「どんな作戦?」
「作戦というほどのものでもありません。これだけメンバーがいれば、それぞれ散らばってそれぞれが情報を得てくるほうがいいのではないかと思ったんです。幸いにもこの都市は治安がいいので、昼間であれば女性一人でも十分歩けます」
「なるほどね・・・」
ウィックルは別にしても、ここにいる女性は皆一人でも十分戦っていける・・・そう思いもしたがそれは敢えて口にしない。
「恩人様、私もお手伝いしたいです」
「ウィックルもか?いいの?」
「はい!お役にたちたいんです!」
確かにウィックルはずっとそう言ってきた。危ないからといってずっと過保護にしていると自信を無くされそうだし、ここは頼ってもいいかもしれない。
「わかった。ウィックルも含めてそれぞれ単独で情報を集めてみよう。みんな、それでいいかい?」
一様に頷く様を確認した俺は、この宿に集まる時間を決めた後、いったん解散とした。問題なのはウィックルだが・・・。
「そうはいってもウィックルはそのままの姿だとすぐに捕まっちゃいそうだな」
「でも治安はいいんですよね?」
「確かに治安はいいはずだよ。でも、それは『人族に対して』だ。ウィックルのような存在にまでこの土地のルールが適用されるかどうかはわからない」
「あ~・・・」
なんとかならないかと思案した結果、気配と姿を隠せる魔法が出来るんじゃないかと考えが至り、物は試しとウィックルに向かって魔法を唱えてみた。
「『気配消去』」
「『透明化』」
行き当たりばったりに唱えてみたが・・・いやこれはすごい・・・。どこにいるかわからなくなったぞ・・・。
「恩人様、ここです」
「ここ・・・このへんかな」
「わひゃああ!!そんなとこ触るなんて!!」
「ごめんごめん」
どこに触ってしまったのかは後々問題になりそうなので敢えて聞かないでおこう。元気よく「いってきます!」と言い残してそこからいなくなったウィックルをぼんやりと見送り、俺も情報収集の為に外出することにした。
とはいっても、どんな情報を集めればいいのか・・・。自分の言ったことがあまりにも漠然としていて、今さらながらみんなも困っているんじゃないかと後悔してしまう。
しかし、この漠然さは説明できる。
なぜなら、イリアとシアさんが本当に今この街にいるのかどうかがわからないから、なのだ。この街に入っていることが分かれば多少なりとも足跡が残っていようが、ムルノに聞いてもさっぱりだったようだし、盗賊のような連中は街の至る所にいて全く区別がつかないのだ。
もう少しムルノに聞いて、捜索範囲を絞ってみてもいいんじゃないか・・・。
そう思った俺は一路街の門へと歩みを進めた。
・・・という矢先のことだった。俺の正面から薄茶色いフードをかぶった長身の男がフラフラと歩いてきた。
「ムルノじゃないか」
「おやおや、ジンイチロー様ではありませんか。奇遇でございますね、こんなところで」
「ずっと門にいるんじゃないのか」
「案内人でございますので、この街に不案内の方々に道を指し示すのも私の仕事でございますよ」
「ふぅん・・・」
にしてはものすごくちょうどいいタイミングで登場したような気がするが・・・。
「門にいなくていいの?」
「案内人不在の門は閉めます。長からはそうして構わないと許可をいただいておりますのでねえ」
「じゃあ今は門が閉じていると?」
「左様でございます」
もし今ここに『赤獅子』がいれば逃げること能わず・・・か。
「少し質問していいか?」
「ええ、もちろんでございますとも。不思議とあなた様のことが気になっていたので、ありがたいぐらいですよ」
「そんなに気に入ってもらえて光栄だね・・・」
「いひひひひっ!!」
しゃっくりでもしてるんじゃないかと思うぐらいの引き笑いだ。
「今俺達はそれぞれ情報を集めに廻ってるんだけど、それについて意見を聞きたい」
「・・・ほう。私にそれを聞くのですね」
「何かおかしいか?」
「いえいえ、他意はございませんよ」
「・・・まあいいか。俺達はまず、捜索対象を連れてくる連中は高級宿に泊まるんじゃないかと踏んでそこを拠点にしてみた。高く売れそうなら宿に泊まらせたあとに売りに行くんだろ?」
「ええ、そうですね。若干でも高くなります。それだけ奴隷に対して気遣いができているという評価として金額を上乗せするのです」
「逆に、すぐに奴隷として売りに出されるような人間はどういう人なんだ?」
「そうですね・・・。国の委託でこのアナガンに連れてこられる『犯罪者』はその類になりますね。それとか早く売りに出さないと売買が阻止されてしまうケースもその類に入ります」
「売買が阻止・・・」
「あまり例はありませんがね。例えば、一国の王女様が誘拐されて連れ去られた時なんかは、これに当てはまるんじゃないですか?」
「っ!!」
ムルノの言葉に思いっきり反応してしまった。その様子を見ていたムルノはまたしても気味の悪い笑いを湛えた。
「ひひひっ!!たとえ話ですよ。そんなことがあるはずありません」
「じゃあ、実際に起きたらどうなるんだ?」
「そうですねえ・・・仮に本当にそれが起きたとしても、アナガンは誰とも変わらずその王女様を奴隷売買対象になる人間として受け入れるでしょうねえ」
「・・・」
「ですが・・・」
「?」
「闇オークションで競りに出されるとなれば、話は変わります」
「・・・その話しぶりだと闇オークションは禁止されているんだな」
「ええ、それはもうはっきりと」
「だけど、その言葉が通っているところをみれば、裏では誰かがやっているんだな」
「それもおっしゃるとおりです。これはなんといいますか・・・言葉のロジックというやつでしてね、人間に対して競りを行う行為は禁じられているのですが・・・」
「ああ、つまり、その人間に模した『何か』に対して金を吹っかけていれば『ただのオークション』ってやつになるのか」
「そういうことになります。だから、長の『悪い奴センサー』に引っかからないんです」
「でも、それならわざわざこのアナガンに連れてこなければいくらでも『闇オークション』なんてできるのにな」
「そこですよ。なぜ、アナガンでなければならないのか。それは一重に『奴隷契約を施す』からです」
つまり、いくら闇オークションがあったとしてもそこには『奴隷契約』は存在しない。自分のモノにするには『奴隷契約』を介在させなければならないのだ。そのためのアナガンであり、そこで闇オークションを行う価値があるのだろう。
帰ったらみんなに『闇オークション』の可能性についても教えておかないといけないな・・・。
「ジンイチロー様、お願いがあります」
「ん?」
「もし『闇オークション』の存在を嗅ぎつけたのなら、すぐにでもこのムルノをお呼びください。さすればすぐに長へ通報し、その者どもを拘束します」
「もしその時点で『奴隷契約』が施されていればどうなる?」
「長に事情を説明し、その奴隷契約を無効にしてみせます。これは約束しますよ」
ムルノの声が一回りも二回りも低くなる。彼にとって・・・いや、長にとってよほどの重要事項らしい。
「わかった。もし『闇オークション』に捜索対象がかけられていたらまずいからね。そのときはすぐに連絡するよ」
「お待ちしておりますよ。お呼びいただければいいので」
「わかった・・・」
とりあえず了承した俺は、話題を変えてムルノに奴隷を扱う店を紹介してもらった。初見の連れ込みも常連の連れ込みも広く取り扱う、信頼度の高い店らしい。ムルノに案内されるまま中央区を歩くと、それらしい建物が多く並んでいるのが見えた。ムルノに案内されたそこは『スヴェンヌ奴隷店』という名の、比較的新しく清潔感もある大きな店構えが印象的な店舗だ。
「失礼するよ」
「おや、ムルノさんじゃないか。今日はどうした?」
「お客を連れてきたんだ」
「そうか・・・いらっしゃいませ。私はこの店の店長を務めるエルメ・スヴェンヌと申します。気軽にスヴェンヌとお呼びください」
「はじめまして、ジンイチローといいます。お客というより・・・見学に近いですかね。冷やかしみたいになってしまいますが・・・」
「いえいえ、ムルノさんが直接お店に来てまで紹介する方です。見学だけでも実益に繋がりますからお気になさらずとも結構ですよ」
「はあ、そうなんですね」
そんなやりとりをスヴェンヌさんとしているうちに、ムルノはいつの間にか店の外に出て手を振って歩いて行ってしまった。
「ささ、こちらへどうぞ。お茶をお出しします」
「すみません。お忙しいところなのに」
「何をおっしゃいますか。さあどうぞ」
応接間に案内され、お茶を出されると、アナガンに来た理由を問われた。簡単に説明すると、神妙な面持ちで何度も頷いていた。
「そうですか・・・それはお気の毒に。無事に見つかるといいですね」
「ええ。ということは・・・やはりこの店には最近そういった若い女性は売られていないんですね」
「この1週間はありませんね」
「そうですか・・・」
「はい、数週間前にはあなたのように黒髪の若い女性が奴隷として連れてこられましたが、それ以降女性の取り扱いはございません」
「残念ですね。ちょっと期待してしまいました」
「お力になれず申し訳ございません。ですが、このアナガンでは若い女性の取り扱いは日常茶飯事です。他の奴隷店を当たればもしかしたら見つかるかもしれませんよ」
「そうですね。頑張ってみます」
「はい。ああ、もしよろしければうちのお店の奴隷を見学しますか?もし他の店にいた時、奴隷の扱いなどの知識は持っていた方がいいかと思います」
スヴェンヌさんの言うとおり、もし2人が奴隷として売られていた場合、買い取りも考えなければならない。法外な値段を吹っかけられるよりも、適正価格や対処法など事前に知っていた方がいいのかもしれない。
「お願いできますか」
「はい、もちろんです。ではこちらへどうぞ、案内いたします」
鍵のかかったドアを開けると真っ直ぐ長い廊下が伸びていて、カラオケボックスのように部屋が均等に配置されていた。入り口で見た大きな建物がここまで伸びているとなると、もしかしたらアナガンで一番大きなお店なのかもしれない。
「他の奴隷店も同じような感じなのですか?」
「いいえ、うちはなるべく個室の空間を作って奴隷たちのストレスを無くすようにしています。申請すれば外出も可能です」
「かなり自由ですね」
「うちは特殊な方かもしれません。余所は牢屋みたいなところに閉じ込めていることもあるんですよ。それはあまりにもひどすぎます」
「この廊下を歩けば、お客がその部屋の窓を見て奴隷を見ることができるんですね」
「そうです。希望があれば部屋に入って話をすることもできます。どうぞ心行くまでご覧ください」
ゆっくりと廊下を歩くと、窓の向こうにいる奴隷と目が合う。なるほど、スヴェンヌさんは中々やり手だな。一番最初に飛びきりの美人を置いている。
「この人は金貨おいくらですか?」
「彼女は金貨6500枚です」
「なっ・・・なるほど、だからですか」
「はははっ、そうです。いわゆる看板娘というやつです」
「いきなり法外な値段で引かせたところで、後の部屋には本当に売りたい奴隷を適正価格で置くんですね」
「大体そういう感じですよ。まあ彼女についてはそろそろ本当に嫁がせたいと思っているのも事実です。ですが売りたくない人には『見本』と言ってやり過ごしてますよ」
ウィンクしてカラカラと笑ってみせるスヴェンヌさんに、俺の持っていた奴隷商のイメージがいい意味で崩されていった。不意に部屋の中に目を移すと、窓越しの美女から微笑みを貰った。雰囲気からして元貴族令嬢だろうか。
「彼女はフィロデニア王国の公爵令嬢だったそうです。父親が売りに出したそうで、ここに売られた当初はひどい落ち込みようでしたが、今ではああやって笑顔を向けられるまでに回復しました。それでもまだ心の傷は癒えていないでしょうけどね」
「・・・彼女の名前は?」
「クリアナ・パーキンスです」
パーキンス・・・!?
その名を聞いた瞬間、昨晩のクレーメンスの冷ややかな笑みが脳裏をよぎった。
俺はパーキンスの名を聞いてメモし、昨晩のその日のうちにアルマン王に渡した、まさにその名だ。
「話してみても?」
「ええ。構いませんよ」
スヴェンヌさんはノックしてからドアを開けた。
「こちらの方が君と話したいそうだ」
「わたくしに?」
「ああ。さ、どうぞ」
「失礼します」
「あら、素敵な殿方ですね。わたくしはこの方に買われるのかしら」
「クリアナ、失礼のないようにな。ジンイチロー様、私は一旦執務室に戻りますのでどうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
スヴェンヌさんの後ろ姿を追い、その目をクリアナ嬢に戻すと、期待の籠った熱い眼差しを向けられた。
いつもありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。