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第155話 アナガンの案内人

 

『アナガンに行けばわかるでしょう。まずは入り口の人間と仲良くすることです――――』



 ばぁばの家の居間でクレーメンスの言葉を反芻させた。2人の奪還にはかかせない人物だというが・・・。


「どうしたんだい、ジンイチロー」

「ばぁばか。ちょっとね・・・」

「ほら、もうみんな玄関で待ってるよ」

「うん、今いくよ」


 玄関に行くと、見送り組のサリナさんとカナビアさん、ライラが立っていた。


「ジンイチローさん、気を付けていってらっしゃい。孤児院のことはお任せください」

「ありがとう、サリナさん」

「ライラちゃんと私は大人しくしてるわね。帰ってきたら王都観光よろしくね」

「ジンイチロー様、どうぞお気を付けて」

「ありがとう。帰ってきたらみんなで王都の街をまわろうね」


 そして俺はカナビアさんに昨晩作ったあるものを渡した。


「これは?」

「これは何か変わったことや伝えたいことがあったとき、精霊魔力を送れば俺の持っている同じものが反応して光るようになっているんだよ。簡単な連絡手段と思ってもらえればいいよ」

「まぁ!おそろい!!」

「いや、おそろいっていうか――――」

「ジンイチロー様、なんでもいいのでおそろいは所望いたします」

「わ、わたしも欲しいです!!」


 すっかり大人しくなったと思ったライラも魔王の居城以来だろうか、あの鋭い目で俺を睨んできた。やはりこれが地なんだろう・・・。サリナさんまで笑顔一転、不機嫌面になってしまった・・・。


「あの・・・わかりましたから・・・帰ってきたらちゃんと用意するよ、ね?」

「「言質はとりました」」

「あ、はい・・・」


 翻って出立組の輪に入ると、半ば呆れた顔で迎えられた。


「モテモテでいいわね・・・」

「我もあとでお揃いというものをもらおうかの」

「恩人様とおそろい・・・ぐへへ」

「ジンイチロー殿、浮かれている場合ではありません」

「そうですよ。案内役として呼ばれた以上、エルドランに立ち寄らないのは気が引けるんですからね」

「さすが我が主、時を選ばぬダレっぷりはさすがでございます」


 出立組は、アニー、フォーリア、ウィックル、メルウェルさん、ベネデッタさん、モアさんだ。フォーリアはアナガンの入り口まで同行し、王都に帰ることになっている。殊の外孤児院の子どもと遊ぶことが気に入ったらしく、時折見せる寂しそうな顔が母性本能をくすぐるんだとか。龍のくせに世話焼きとは驚きだ。


「それじゃあ行ってきます!!」

「気を付けて行くんだよ!!」


 みんなでばぁばたちに手を振り、俺はみんなを連れだって転移した。




 ――――ということであっという間に着いた先はエルドラン近くの森。白亜の城が遠くに見える。


「あれがエルドラン城ね。遠くから見ても綺麗なお城ね・・・」

「今は観光で開放してるんだよ。中は公園になっていてすごく落ち着くところなんだ」

「時間があれば行ってみたいわね」

「そうだね」


 アニーと微笑み見合うも、すぐに顔を戻す。


「じゃあフォーリア、よろしく頼む」

「うむ」

「それとアリッサも・・・アリッサ!!」


 昨晩アリッサを呼んであらかじめエルドランに待機するよう伝えていた。一方のベネデッタさんも同じく、従属契約しているデップ・ワイバーンのエレナに伝え、そのエレナの名を呼んだ。


 颯爽と紅白のワイバーンが降り立った。ベネデッタさんはエレナに駆け寄り、満面の笑みでエレナに頬を寄せた。メルウェルさんはその光景を見て驚いていた。


「ベネデッタ殿があのような笑顔を見せるとは・・・」

「俺もそう思うよ。ま、それはさておき・・・乗りますか」


 アリッサには俺とアニー、フォーリアにはモアさんとメルウェルさん、エレナにはベネデッタさんが搭乗した。


「ベネデッタさん、誘導お願いね」

「承知しました。行くわよ、エレナ」


 ぎゅいっ、と鳴いたエレナが空の高みへと舞いあがった。


「よし、俺達も行こう!」

『しっかり掴まっていろ』


 アリッサもぎゅいっと鳴いてふわりと浮き上がる。そして先導するベネデッタさんを追い、俺達はアナガンへ向かった。




『奴隷都市アナガン』とはどこにあるのか。クレーメンス曰く、エルドランの北方を馬車で休憩を含めて5日程度かかる距離にあるということだが、途中の街道がなぜかよく整備されていて、休憩もそぞろに替え馬も用意すればせいぜい2~3日程度で到着してしまうのだとか。今回の事件ではおそらく替え馬を拠点ごとに用意しているだろうから、時間を掛けずに移動できてしまうだろうとのこと。なので今回俺達の移動もエルドランまで転移で飛び、そこからは『空の移動』を行うことにした。クレーメンスには転移のことを話さなかったが、彼はなんとなく俺の能力について測っているところもあり、イリアとシアの到着には間に合うだろうと話していた。


 アリッサ達も今回は飛ばしに飛ばしている。例によって俺達には風の壁が当たらないよう魔法か何かで障壁を施してくれていて、まったく速さが気にならない。速度で言えば新幹線並みだろう。


 エルドランから小一時間で眼下は深い森に突入。細い街道が見えるが、ずっとそこを見ていても馬車が通っている雰囲気はない。その街道は時折大きく曲がったりさらに細い脇道があったりとするが街道としては基本的に北方に伸びているようだ。



 それからさらに1時間半ほど経った頃だろうか。遠くの景色に変化があった。なんとなくだがぼんやりと建物のようなものが見えなくもない。


「あれは・・・」

「ジンイチロー、あれは街よ」


 アニーの言うとおり、ぼんやりとだがようやく街のようなものを捉えることができた。あれがアナガンだろう。ベネデッタさんの乗るエレナが徐々に飛行高度を落とし、大きな湖を越えてしばらくしたところでその翼を降ろした。俺達もそれに倣ってエレナの隣に降り立った。


「ここからは徒歩です。エレナたちに乗って登場すると入れてもらえないかもしれませんし」

「わかった」


 確かに警戒されることだけは避けたい。捜索活動にも影響が出そうだ。


『では我はここで帰るぞ』

「ありがとう、フォーリア」


 龍の姿になったままのフォーリアを撫でる。


『容易いことよ。では帰るぞ。孤児院の子どもと遊ばねばならん』

「そ、そうだね。気を付けて帰ってね」

『アリッサも行くぞ』


 フォーリアに呼ばれたアリッサから返事がない。振り向いて様子を見ると、なぜかアニーとにらめっこしている。


「どうしよう、ジンイチロー。アリッサがずっと睨んでるみたいで・・・」

「確かに・・・」


 アリッサがいつになく険悪な覇気をアニー向けているように思える。いつまでもそうしているアリッサに、我慢をこらえきれないようにフォーリアが吹いた。


『ふっ、ふはははっ!アリッサよ、そろそろお前の本性をジンイチローに見せるがいい』

「本性?」

『こやつはな、ジンイチローと従属契約したことで様々な能力に目覚めておる。ジンイチローには秘密にしておきたかったようだが、バラしてしまおうか』


 アリッサがアニーから目を離し、フォーリアを訝しげに見つめる。


『ならばここから去るぞ。去らぬというならば本性を見せろ』


 アリッサは一声鳴くとアニーから目を離し、俺に寄っていつものように顔を擦り付けると、高みへと飛んで行ってしまった。フォーリアのいう『本性』とは一体なんだろうか・・・。


『では気を付けてな。何かあれば呼ぶがいい』

「うん、ありがとう。孤児院をよろしく」

『うむ。任された』


 竜巻でも起こすくらいの強い羽ばたきが強風を巻き上げ、俺達は腕で顔を覆った。アリッサの後を追うフォーリアを見届けると、俺達はアナガンまで間もない街道を歩いた。



 歩いて30分ほどだろうか、目的地であるアナガンの門に到着した。思った以上に街を覆う壁が高く、フィロデニア王都の城壁に勝るとも劣らない。


「ここがアナガンか・・・意外に大きいな」

「それに・・・門に兵士がいないわね」


 アニーの疑問にすかさずベネデッタさんが応えた。


「そうですね。アナガンには兵士がいません。警備員はいるみたいですが、意外にもこの街は他の都市と比べて治安はいいんです。いえ・・・治安がいいというよりかは・・・」


 自分の話に首を傾げるベネデッタさんにメルウェルさんが並んで門を見た。


「もしかすると、あの門にいる人が関係するのか?妙な雰囲気を感じるんだが・・・」

「ああ、あの人ですか?あの人はアナガンの案内人と呼ばれる人です。アナガンのことならなんでも知っていると言われてる人ですね。素性は全くわからないんですが・・・」


 門の向こうに、こちらを見ている人間がいる。薄茶けたローブを纏い、背は少し曲がっているが身長の高さは隠せない。フードで顔が隠れているので歳がわからないが老人ではなさそうだ。


「ひとまず入ってみようか」


 俺の言葉にうなずいたみんなは、緊張もあってか小さな歩幅で門をくぐった。


「いひひひ、ようこそアナガンへ。案内が必要なら私がどこへでも案内いたしますよ、ひぃい、ひっひっひっ!!」


 薄気味悪い笑い男の声に、ついさっきまで「恩人様は温いですぅ」なんて呑気なことを話していたウィックルも、俺の服の中でピクリとも動かなくなった。アニーも若干引き気味だ。


「こんにちは。ここは門番兵がいないんだな」

「えぇえぇ、それはまさにこの都市の長の力によるんですよ。悪いことをした奴は必ず成敗されますんでね、みんなそれを知ってるから下手なことはできないんですよ」

「ふぅん・・・」


 悪さをすれば必ず、か。


「その・・・悪さの基準ってなんだ?」

「それはどこの街とも変わらないことでしょうね。人殺し、盗み、強姦、そのほか色々です」

「ふ~ん・・・。んで、ここは奴隷都市っていわれてるけど、名前のとおり奴隷の売買がされるから?」

「その通りです。この街は奴隷売買を主にする店がたくさんありやして、店には必ず『奴隷紋』を刻む専門の魔法士がいるんです。アナガンがそういう魔法士を全て雇い入れるんです」

「なるほどね。ちなみに、最近ここに奴隷にされそうな若い娘が入ってこなかったか?」

「若い娘ですか・・・。若い娘は毎日のように入ってきますからねえ・・・」

「なんというか、高貴の娘といえばいいか・・・」

「そういった娘さんも毎日入ってきます。どこに売られて誰に買われるかなんてここでは日常茶飯事ですからねえ・・・。もしかして人をお探しですか?」


 男はフード越しに俺を探る。


「そうだ。さらわれた娘がいて取り戻しに来たんだ」

「それはそれはお気の毒に。奴隷にされる前に見つかるといいですな」

「・・・さらわれたとしてもその人は奴隷にされる・・・。それは犯罪じゃないか、といっても捕まえないということか」

「おっしゃりたいことはよくわかりますが、このアナガンはどの国にも属さないのです。どこのお国で攫われようが、ここに来ればただの娘ですよ。それが例え国で抱える御子だとしてもね」


 この男は俺達が探している人物を知っているわけがない。だが、敢えてそう語ったのだとわかる。チラチラと見えるこの男の眼光が鋭いのだ。


「それはわかってるよ。ここはどの国にも干渉されない場所だってね」

「おおそうですか。出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございません」


 恭しく頭を下げられるが、わざとらしくも見えるので癪に障る。しかしこんなところでイライラしていてもイリアとシアさんを見つけられるわけではないので、この男から聞ける情報をもう少し引き出すことにした。


 男曰く、このアナガンはやや長方形の形をしていて、中央区が奴隷売買を主にする区画、北区が身分の高い者が宿泊する宿街、西区が飲み屋や風俗店が多い区画、南区が食事処と一般客の宿街が多い区画、東区が露店や他の街にもあるような普通の店などが並ぶ街だという。奴隷を扱う店舗は30店舗以上にも及び、その店舗で最低一人は奴隷契約を結ぶための『奴隷紋』を刻める魔法士が在籍していているらしい。


 奴隷として契約される内容は『犯罪奴隷』『借金奴隷』『汎用奴隷』などと種別がある中で、期間や条件、遵守事項、違反時のペナルティなどを取り決める。奴隷紋自体は主人となる者の好みの場所に刻み込むことができるが、どこの店舗で購入したのかもわかるように首にも店舗の紋が刻まれるそうだ。店舗で買われるのを待つ奴隷は奴隷紋より先に店舗の紋を刻まれることが多く、店の所有物となる反面、必ず食わせなければならないと固く守られている。つまり、店がどんな奴隷を買うかで店の今後が決まってしまうことから、殊更店は奴隷を連れてくる者、購入する者との信用を第一とし、赤字にならない経営を心掛けることとなる。連れてくる者が売りたいといえば、その人間の情報をやり取りし、買うなら引き取るし買わないなら別の店をしっかりと紹介する。連れてくる者が必ず損をしないようにするが、連れてくる者も店に買ってほしい気持ちを形で表すために、身綺麗にさせて食事も十分に摂らせなければならない。店も買ってほしいので同じように待遇するし、奴隷とはいえその中身は『主人の遵守事項を守りながら与えられた仕事をする』ということなので、奴隷は主人との遵守事項を徹底するが、主人も奴隷と店舗に対して遵守事項を徹底しなければならない。『借金奴隷』がいい例で、主人は奴隷の借金を無くすよう給金は必ず出さなければならないし、場合によっては肩代わりしなければならない。またその借金がなくなれば奴隷契約から解放しなければならないし、違反した場合は店舗紋が反応し、『アナガンの長』と呼ばれる人物に『通報』されるんだとか。このように、奴隷に関わる者全ての相互信用と理解があっての売買となるため、人によっては奴隷として買われた後の人生の方が幸せになるケースも少なくないようだ。


「長くなってしまいましたがおおよそそんなもんです。だから、連れてくる者と店同士で信用があると、あなた様があれこれと店で聞き取りしても教えてくれないと思いますよ」

「それは難儀だなあ」

「初めて連れてくる方の場合は私がお店を紹介しますがね」


 思った以上にある店舗と情報が明かされない現実に、早くも気が滅入りそうになるが、ため息をつくのはまだまだだ。


「色々ありがとう。頑張って探してみるよ」

「どうか幸あらんことを」


 みんなに目配せして頷いた後、街へと歩みだした俺達だったが、クレーメンスに言われたあの単語を思い出した俺だけ踵を返して男に寄った。


「俺はジンイチロー。あなたの名前は?」

「私はムルノ。案内人のムルノと申します」

「最後に聞きたい。この街で『闇オークション』があると聞いたんだけど、何か知ってるか?」


 するとどうだろう。ムルノの雰囲気が一変、穏やかに話していた先程とは真逆の、怒気に満ちた面持ちへと変わってしまった。


「どこでそのことを聞いたっ!?」

「え?ああ、いや、なんとなく噂で聞いただけだ。どういうものかとーーー」

「闇オークションには関わるな。この街は確かに奴隷を扱っているが、この街の信用を無くす行為と奴隷を人として扱わないおかしな連中のする行為だ。それに加わるのであれば容赦しないぞ・・・」


 なんだ、この案内人は?本当にただの案内人なのか?そういえばクレーメンスが『案内人と仲良くしろ』て言っていたけど、俺は早速怒らせてしまったようだ。


「気分を害してすまない。俺も人探しをしてるから、どんなことも可能性は捨てられないから聞いてみただけなんだ」

「・・・そうでしたね。こちらこそ失礼な態度をとって申し訳ございません。長の意向にそぐわないことをしでかす輩がいることに私も辟易していますので・・・」

「色々教えてくれてありがとう。またわからないことがあれば聞いてもいいかな?」

「もちろんでございます。必要であればいつでもおよびだしください」

「ありがとう。それじゃあまた」


 頭を下げるムルノに手を振り、先を歩くみんなのところへ小走りで駆けた・・・。



・・・

・・



「ジンイチロー・・・か」


 駆ける背中を見送るムルノは呟く。


「あれが噂の大賢者・・・一体誰を探しに・・・?それにしても『闇オークション』のことを知っているとなれば只事ではないな。少し張ってみるか・・・」


 ムルノは歪な笑みを浮かべた・・・。



いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


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