第154話 まずは王城へ
クレーメンスが家を出てからすぐにアニーとカナビアさん、ライラとウィックルを呼んだ。
「随分長く話してたわね」
「うん。これから掻い摘んで話すからちょっと座ってもらえる?」
カナビアさんとライラ、ウィックルはイリアとシアさんのことを知らないので、簡単な人物説明とこれまでの現況を話した。一番怒っていたのはウィックルで、『許せないですぅ!』と怒りをあらわにしていたが、思ってた以上にカナビアさんとライラは冷静だった。
「というわけで俺はアナガンに行く。でも出立前に一度この国の王に会ってエルフイストリアと魔王国からの打診について話しておかなきゃいけないと思うんだ。とはいっても、やっぱり君たち二人の立場を考えるなら正式な『謁見』の場を作ってもらった方がいいと思うし、フィロデニアに対する2国への印象もよくなると思う。だから、今回の王城への訪問は俺だけで行きたい。それについて・・・カナビアさんとライラはどうかな?いいと思う?」
「ジンイチローさんがそう考えてるならいいと思うわよ。ね、ライラちゃん」
「ええ構いません。確かにその方がいいと思います」
「わわ、私も恩人様の役に立ちたいです!」
「もちろんウィックルもどこかの場面で活躍してもらうよ」
「わかりましたです!」
「アニーもそれでいいよね?」
「ええ。カナビア様とライラの存在は色んな意味で強力だと思うから、大勢の目の前で親書受け渡しと意向表明すれば追い風になるわね。それに急な訪問ともなれば反って印象を悪くしちゃうかもしれないし」
「わかった。じゃあひとまず俺が王城に行って話してくるよ。正式な謁見についてもお願いしてくる」
ということで転移しました、王城の門前です。兵士の皆さん、びっくりさせてごめんなさい。
「な、何者だ!!」
当然の反応であってかつ仕事を全うされているので、剣を向けられても怒る気はしない。
「大賢者のジンイチローです。王から依頼された仕事の報告と、エルフの国及び魔王国の使者としても参りました。それと、イリア王女の情報について早急に伝達したいことがあります」
「あ、あのジンイチロー様でしたか!失礼いたしました!おい、聞いていたな!伝令を送れ!」
同じく聞いていた兵士が慌てて伝令に走っていく。
「王城まで案内いたします。馬車はお使いになられますか」
「いえ、そう遠くではないので歩いていきます」
「わかりました。それではこちらです」
すでに辺りは暗い。王城はところどころ橙色の明かりが白亜の壁に灯されていて、とても幻想的だ。
王城の扉に近づくと、伝令の兵士が案内の兵士に耳打ちして門へと走っていく。
「ここからは別の者に案内させます」
扉にいる給士服を着た女性が先頭を歩き、応接間に通された。しばらく待っていると、別の部屋に案内すると言われてさらに奥に向かう。
「こちらでお待ちください」
確かこの部屋は以前使ったことのある来賓用の部屋だ。部屋の内装をウロウロしながら見ていると、ノックする音が聞こえてきた。
「失礼します」
先に入室したのはノラン警備局長で、続いてアルマン王だった。
「ジンイチロー殿、久しいな」
アルマン王が渋い表情で歩み寄った。
「お久しぶりです」
アルマン王とノラン警備局長と握手をする。両者ともに顔色が優れず、笑顔が見えない。
「座って話そう」
アルマン王が着座したのを見て俺もソファに座った。
「『使者』としての訪問と聞いたが・・・。一体どういうことかね」
「ええ、まずはそれについて簡単に説明します」
王とノラン局長に事のあらましと、エルフイストリアと魔王国の使者となったこと、エルフイストリアから親書を携えたこと、そして両国ともにフィロデニア王国との国交樹立を望んでいることを話した。
「なんと・・・エルフだけでなく魔王国までもが我が国との門戸を開くと?」
「ええ。話が進み過ぎて追いつけないでしょうが、両国首脳からも言質をとりましたので、その意向は確実です」
「そうか・・・。これはかなりの・・・。ふむ・・・」
アルマン王は顎に手を当てて物思いに耽る。
「ちなみにですが、この2つの国が動いた一番の理由が、王城魔物襲撃やハピロン伯爵邸で起きた事件と関係があります」
「・・・教国か」
ノラン局長が苦々しい顔で口にした。
「それと、私が把握しているだけでも、エルドランで起きたカフィンに纏わる事件の背景にもその教国とやらが絡んでいました。2つの国はそれぞれ教国やノーザン帝国に纏わることで危機感を覚え、このフィロデニアと組むことでさらなる情報を得ようという目的があります」
「それはわかる。我が国とて情報は欲しいし、何かあったときに頼れる仲間もほしい。この国の周囲には斯様な国は存在せんからな。むしろ助けてくれと言ってくる国があるほどだ」
「そんな国があるんですか」
「ああ。北にノルン・ベスキ君主国という女王君主制の国があるんだが、本来なら何週間もかかるはずの当国からの親書をわずか数日で届け上げてきてな。それもつい昨日のことよ。いよいよノーザン帝国と組んだ教国がその地へ侵攻を始めるようだ」
「何か金になる資源か何かがある国なんですか」
「・・・いや、差し当たってこれといったものはなかったはずだ。せいぜいドワーフ国とのつながりが強いということしか・・・」
以前ミストレルが言っていた『北の地』はノルン・ベスキという国のことなのだろうか。フィロデニアの地にちょっかいをかけてきているのは様子探りで、本命は実力行使を考えるほどの何かがあるノルン・ベスキということか。
「ジンイチロー殿はエルフと魔王国の動きをどう考える?率直な意見を聞きたい」
「・・・私が意見してもよろしいんですか」
「ああ、ぜひに」
「そうですねえ。その土地や住人を間近で見たところでは、推し進めた方がいいんじゃないかと思いますね。使者として任されたという手前もありますが、それを差し引いても対価は余りあるかと」
「なるほど」
「エルフイストリアは長年『鎖国』状態が続いていて、周囲の情報が得にくいことである危機を招きました。具体的には言えませんが、エルフイストリアは自国の状況をかなり厳しく見ています。魔王国は自国内に魔族至上主義が現れはじめ、それがきっかけで国を揺るがす事件が起きました。これも具体的には言えませんが、魔王もエルフと同じく、いい意味で外向きです」
アルマン王は腕組みをした。
「・・・なるほど。ではそれを実施したとして、我が国におけるデメリットはなんだ?」
「前代未聞のことになりますからねえ・・・反対勢力をどう抑え込むか・・・、いやそれよりも種族の違いから起こる偏見や見た目の違いで引き起こされる社会問題にどう対応するか、ではないでしょうか」
「その社会問題とは?」
「特にエルフ種族に対しては・・・馬鹿なことを仕出かす輩が現れるかもしれません。国内の対応はもちろんですが、相手国へ入り込んで暗躍されると、せっかくの国交も憎しみを生むだけです」
「ああ、なるほど。人さらいとか、最悪は奴隷とか・・・」
「ええ。人族からすれば男女違えずエルフの美形には心奪われるでしょうね」
「間違いなく、『間違え』が生まれるな」
「でしょうね。もちろん、リスクは百も承知で相手も国交を開くつもりでしょうけど。まずは段階的な交流から始めてみるのがいいかもしれませんね。モノやカネについては私にはさっぱりですけど。ああ、ただし、魔王国からの物流は基本的に船を使うことになりますから、エルフと魔王国を繋ぐ運送には投資した方が後々利益になるかもしれませんね。魔王国とエルフはわずかな海路でしか繋がっていないので、今後魔王国の物資を輸入する上で必要になるかと思います」
「貴殿には輸入する何かが見えているようだな」
「ええ。小麦に引けを取らない主食がありましたよ。しかもこの辺りの地域でも・・・場所によっては作付けも可能かもしれませんね」
「それは小麦よりも有用か?」
「ええ、間違いなく。食べるまでに多少の工夫が要りますが覚えてしまえば問題はありません。そうか、魔王国の場合は農業的な部分で人事交流を図れば面白そうですね」
アルマン王はゆっくりと、何度も頷いた。
「我が国にとっては確かに余りある利益になりそうだ。しかしこの話の最大の目的は、互いの危機を互いの良き面で助け合う、ということにあろう。目先の利益に捕らわれると先祖の教訓が生かせん」
過去にエルフとフィロデニア王国が組んでいたことは知っているが、どういう経緯で互いが離れたのかはわからない。『教訓』というからには、もしかするとあまりいいことではないかもしれない。気が向いたら日を改めて聞いてみようか。
「さて・・・イリアのことについてだが・・・。ジンイチロー殿は今回の事件については、どうやら全容を知っているようだな。ノラン、こちらの状況について話せ」
「はい。こちらの動きとしては王女が行方不明になったあたりから、その消息情報を匂わせる言付けとともに誘拐されている王都民への対応を行い、悔しいことですが揺らされてしまいました。事件の調査と研究を早急行い、誘拐犯並びに王女は、王都どころかミニンスクにもいないだろうと結論付けました」
「行き先は、アナガンですね」
「残念ながらそう見込んでいます。ですが・・・」
ノラン局長は言葉を詰まらせた。
「国は『誘拐された王女はアナガンに送られた』とわかっても、アナガンに兵士を送ることができない、でしたっけ」
「ご存知でしたか」
「ええまぁ。その件についてもご相談したかったんです。兵士がいけないのであれば、一般人である私が行っても差し支えはないわけですよね」
「行っていただけるのですか!?」
「むしろ放ってなんかおけませんよ。それに知り合いでもあるハンス孤児院を運営するシア・ハンスさんもイリア王女と一緒に誘拐されていますので、私としては行かない理由なんて一つもないです」
すると、アルマン王が突然ソファを立ちあがり、俺の座っているソファの隣に歩いてきたと思ったら、突然土下座をしてしまった!
「ちょ、ちょっと!」
「国王!!何をなさってるのですか!!」
「王など関係ないわ!!イリアを!!頼む!!本当に頼む!!」
「わかりましたから、頭を上げてください」
「イリアを失ったら・・・もう我は・・・もう耐えられんのだ・・・」
頭をこすり付けながら必死に懇願する王に、『もしものときのこと』を話すタイミングに蓋をされてしまった。
「わかりました。頭を上げてください。出来る限りのことはします。今日はイリアを連れ戻すための打ち合わせをしようと思ったんですから・・・さぁ、座ってください」
「うむ・・・」
落ち着いたのか、素直にソファに座るアルマン王。ノランさんは口を堅く結んだまま王を哀しげに見つめた。
「さて、私がここに来たのはイリアの消息の確認だけではありません。皆さんに早急に確認いただきたいことをお願いしてきたんです」
「お願い、とは何ですか」
「・・・イリア王女が誘拐されたその理由は何だと思いますか?」
その言葉にアルマン王が反応した。
「身代金ではない、他の何かだ」
「アナガンに連れて行かれるということからしてそうなりますよね。で、アナガンに連れて行かれるということは何を意味しますか?」
「・・・無論、奴隷だ」
「となりますね。誰がイリア王女を奴隷にしたいとお思いになられますか」
「・・・・・盗賊か?」
ここで俺は首を横に振った。
「それは半分正解、半分外れです。申し上げられませんが、私はイリア王女を誘拐した『容疑者』を知っています」
「なんと!!一体どのように――――」
「それは申し上げられません。私の命と信用にもかかわりますから」
二人とも、ごくりと生唾を飲む。
「あまり変な連中と関わらん方がいいぞ・・・」
「ご忠告はありがたく受け取らせていただきます。イリア王女とシア・ハンスの一件でどうしてもつながらなければならない情報元があったので・・・。まあその話は横に置いておくとして・・・。つまり私が言いたいのは、誘拐したのは盗賊であっても、イリア王女を欲する人はイリア王女を知っていて、かつ、大金を積んででも買いたいと思う人ではないか、と推測したんです。よって盗賊はただの『運び屋』ではないかと」
「イリアを欲する大金持ち・・・まさか、この国の・・・」
「ええ、まずはこの国の内部・・・特に貴族を中心に洗ってほしいんです。それと同時に、今この時期に不要な外出をしている貴族がいればなおのこと確認していただきたい。」
ぎりっ、とアルマン王の握る拳が鳴った。
「ノラン、やれるか」
「早速確認します」
「それと、この人物も確認していただけますか?」
俺はその名を聞いたときに忘れないようメモをした。さらに『あまり口に出すな』とクレーメンスからも念押しされていたので、そのメモをそのまま渡すことにした。
「おい、この人物は―――」
王が口にしようとしたとき、俺は人差し指をあてた。
「信用できる情報元からの情報です。今回の一件に関わりがある可能性が十分に高いとみえる人物だそうですが、なかなかしっぽを掴ませてくれないそうです。つまり私が言いたいのは、裏で一番暗躍している容疑者ではないかということです」
「しかしな、この御仁は確か引退したも同然の人物だぞ」
「引退したからこそ暗躍できる時間もあるのではないですか」
「まあそうともいえるが・・・我が国に貢献した度合いからすれば、この人物を洗うのはどうも・・・」
「では、この人物とつながりの深い王城の人間を調査してください。辻褄の合うことが見つかるかもしれませんよ」
この言葉に、ノランさんの目に光が灯った。
「そうか・・・ミニンスク、王城、情報、剣・・・」
「私も情報元の言っていることがよくわからなかったのですが、これを示せばこの人物の容疑は相当深くなるとも話していましたね」
「感謝します!!早速調査します!!」
ノランさんは慌てて部屋を飛び出していった。調査結果をどのようにもらうか打ち合わせしていないんですけど・・・。
「では調査についてはノランに任せよう・・・」
「ええ。それともう一つ今回の一件についてご相談したいことがあります」
「ああ、何でも言ってくれ」
「できればすぐに欲しいんですが・・・」
俺はそういってアルマン王に依頼。目を見開いたアルマン王はすぐに真剣な面持ちとなってそれを承諾。1時間後にその『品』を用意してもらった。なお、ノランさんの調査についてはばぁばの家に届けてもらうこととした。俺が度々転移して確認すれば済むことだし。
別れ際、アルマン王から固い握手と抱擁をいただくと、転移でばぁばの家まで帰ってきた。アルマン王の目の前で転移したことで、あとでとんでもない騒ぎになるのだが、それはまた別の話だ。
いつもありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。