第153話 ばぁばの贈り物
帰宅するとすでにベネデッタさんはサリナさんと孤児院に向かったそうで、子ども達の姿もなかった。俺が出かけている最中にフォーリアが戻ってきたみたいだが、面白そうだといってベネデッタさんたちと一緒に孤児院に行ってしまったとのこと。フィロデニアに帰ってきて早々の誘拐騒動もあって、連れてきたメンバーを紹介する時間が持てていない。
ということで、クレーメンスの件をばぁばに話したところで、連れてきたメンバーの紹介と土産話を披露。特にライラがばぁばに興味を抱いたようで、仕切りに魔王と戦ったときの様子を尋ねていた。俺も話を聞いてあらためてばぁばの凄さを知り、伝記にまとめたいとさえ思った。
夜はばぁばの作ってくれたシチューを食べ、食後のティータイムを皆で満喫しようかとしていた時、ばぁばに自室に招かれた。
「どうしたの?」
「まあ座んな」
促されるまま座ると、ばぁばがにっこりと笑った。
「アニーから聞いたよ。やっとこさ動いたね」
「あ・・・うん。ドタバタしてて報告遅れちゃったね。アニーとは・・・はい、そうなりました」
「あの子にはあんたしかいないと会ったときからそう思ってたんだ。私はホントに嬉しいよ」
「ありがとう、ばぁば」
「うん。まあ、ジンイチローのことだから、イリアとシアのことで後ろめたい気になってるんじゃないかとは思ってるけどねえ」
「・・・そのとおりです、はい」
「それはそれ。これはこれだよ。ジンイチローが仕出かしたことじゃないんだ、堂々としてりゃあいいのさ」
「うん・・・ありがとう」
何度か頷いたばぁばは、さて、と言って切り出した。どうやらこっちの方が本題らしい。
「話はね、イリアとシアの件があったからこそ、これからのジンイチローには必要なんじゃないかと思って相談しようと思ってたんだ」
「どんなこと?」
「・・・私はね、あの二人がどこに連れていかれたか、見当はついてる」
ばぁばの真剣な眼差しに、自然と俺も顔が引き締まった。
「俺もだよ」
「察しはつくだろ?『アナガン』だ」
「ああ。確証がないだけで、そこしかないかなって」
「そのとおりさ。恐らくは、国もそう見込んでるだろうさね。身代金を要求されていない以上犯人に必要なのはアナガンまで運ぶ『時間』だ。しかしフレアは『探してる』と言っただけにとどまった。あれは本当半分嘘半分だ。立場上、フレアは『探してる』としか言えないんだよ」
「いやちょっと待ってよ。国は見込みであってもイリアがアナガンに運ばれたことがわかってるのに何もしないの?どういうこと?」
「ああ、それはね、アナガンが非常に特殊な都市だからさ」
ばぁば曰く・・・
アナガンは完全中立都市で、どの国も干渉できないような『条約』のようなものを結んでいて、どこか一方の国がアナガンに攻め上がれば、条約を結んだ国がその国を攻めるよう取り決めが成されている。防衛に予算を注ぎ込まなくて済むというアナガンの戦略が垣間見えるのだが、条約の本来の役割はそこではない。
本来の役割は、犯罪者の送致だ。
どの国にも一時的に犯罪者を閉じ込める牢屋はあるが、服役のための施設はそれほどないのだそうだ。では犯罪者達はどこへ行くのか?
そう、アナガンとは、国が本来するべき犯罪者の処分を格安で受託し、『犯罪奴隷』として顧客に売るための仲介機能を持つ都市なのだ。
アナガンという機能は人を結ぶ機能だけでなく、ヒトを集める機能、金回りを良くする機能、夢と野望が渦巻く機能をもち、そしてなによりも国に属さずともそれら機能を誇示することでどの国も手出しができず、対等と思われていた関係が、いつの間にか国がアナガンに気を使う関係へと変化していったという、年を経ながらなんとも歪な構図を作り上げてしまったようなのだ。
そんなこんなでアナガンに兵士を向けられないジレンマが、国の上層部を余計に焦らせ、それがフレアの来訪に繋がったんだろうと、ばぁばはフレアの心情を汲んで何度も頷いていた。
「つまり、国は確証を得てもアナガンに兵士を派遣できないわけさ。さて、それを聞いた上で・・・ジンイチローの意見を聞きたいんだがね」
そう言うばぁばの顔は、先程とうってかわって微笑みを湛えていた。聞かずとも俺の気持ちはわかってる、といった感じだろう。
「わかって聞いてるでしょ。もちろん俺は助けに行くよ」
「うんうん。そう言うと思ったよ」
ばぁばは微笑んだまま真っ直ぐに俺を見つめ、静かに目を閉じた。
「そんなジンイチローに渡したいものがある。受け取ってほしいんだ」
「渡したいもの?」
「このスキルは相手から貰うことでしか得られないからね」
どこかで聞いたような、それでいて何となく記憶の向こうに見えるような気がして思い出そうとするけど思い出せない。
「おでこを貸してごらん」
ばぁばの前に跪いて顔を近づける。こつん、とおでこが重なった。
「我が持つスキル『鑑定』よ、これより先はジンイチローを主として力を行使せよ」
『鑑定』だって!?ハッと目を見開いたらまばゆい光によって視界を遮られ、すぐに瞼を固く閉じた。閉じた瞼から入る光はすぐに止んだので、ゆっくり目を開けるとそれにあわせてばぁばが離れた。
「そう、『鑑定』だよ。もうあんたのものだ」
「ばぁば・・・そんな大事なスキルを・・・」
「いいんだよ。わたしゃもう何十年と使ってなかったからね。若いもんに使ってもらった方がスキルも嬉しいってもんさ」
思い出した。以前、鑑定屋のケルナーさんを訪ねた時に聞いたんだ。鑑定スキルだけは伝承でしか得られないって。しかもこの王都にはケルナーさんを含めて3人しか持っていないということも・・・。まさかその一人がばぁばだったなんて・・・。
俺自身今回の誘拐事件には憤りを感じているし何とかしたいと強く願っていた。それはきっとばぁばも同じで、だからこそ貴重な『鑑定』を俺に譲ってくれたんだと思う。それにしたって、このばぁばの意気込みは鬼気迫る何かを感じずにはいられない。微笑みを絶やさないでいるが、その瞳の奥から熱い滾りが見え隠れしている。イリアに対する思いもあるだろうけど、孤児院で頑張るシアさんへの思いも相当強いものがあるんだろう。
「でもどうしてこのスキルが必要なの?」
「念のためだ。もし特殊な魔法で他者に擬態させられているようなことがあれば、見た目や声はアテにならないからね。この『鑑定』があれば見抜ける。お前さんはレベルも相当あるだろうから『鑑定隠し』も効かないだろうからねえ」
「『鑑定隠し』?」
「『鑑定』の見抜きを防ぐ特殊魔法さ。でもその特殊魔法使いのレベルよりも上の者が『鑑定』を使えばその特殊魔法の効果はなくなるのさ。ははっ、まあ念のためというやつだ」
アナガンという特殊な都市ゆえに色んな人間が集まるんだろう。そう考えれば特殊技能や特殊魔法を使う奴がいてもおかしくはない。願わくばこの技能を使わないうちにさっさと見つけたいところだが、ばぁばは苦戦を予想しているのだろう、だからこそ大事なスキルを俺に譲ったんだ。ばぁばの想いに応えるためにも絶対に見つけ出さなければならない。
「いいかい、イリアとシアを絶対に連れて帰ってくるんだよ」
「ああ、絶対に奪還してみせる」
「頼んだよ」
その時だった。玄関のドアをノックする音が響いた。
「クレーメンスの使者だ」
俺はすぐに立ち上がって玄関に向かい、ドアに手を伸ばした。開いたドアの向こうには驚くべき人物が待ち構えていた。
「なっ・・・クレーメンス・・・」
「こんばんは、ジンイチローさん」
「あんた・・・どうしてここに・・・」
「言ったじゃありませんか、遣いの者を出すと」
「いや、遣いの者って・・・あんた組織のトップだろう」
「トップでも時として足で稼がなきゃいけないときもあるんですよ」
一代で一大金貸し業を作り上げた男の言うことだ。確かにその通りなんだろうとは思うが、何もこんなときにと思ってしまう。
「少々込み入ったお話をしたいので中に入れていただけませんか」
「ああ・・・ちょっと待ってて」
念のためばぁばに確認しようと思い振り向いたら、そこにいた。
「ばぁば、ちょうどいいところに―――」
「話は聞いたよ。あんたがクレーメンスかい」
「お初目にかかります。私がクレーメンス・・・と呼ばれている者でございます」
クレーメンスは恭しくお辞儀をした。
「孤児院の借金のことはジンイチローから聞いたよ。確かに粋なマネをしてくれているのはありがたいが、シアを変な形で巻き込まないでおくれよ」
「もちろん存じております。おかしな輩が近づかぬように気を付けておりましたが・・・今回に限っては私の不注意が招いたことです」
「ふん、その物言いだと結果はやっぱりそういうことかね」
「・・・それを含めてお話ししたいのです」
ばぁばは怪訝そうにするもため息をついて「あがんな」と言い、居間に戻っていった。
「人払いはした方がいいか?」
「できればミルキー様とジンイチローさんにだけお話ししたいこともありまして」
「・・・わかった」
俺は居間に戻ると、お茶を飲んでいたみんなに謝って席を譲ってもらい、そのあとにクレーメンスを招いた。カフィンを淹れて差し出すと、クレーメンスは何も言わずに口に運んだ。この男はカフィンを知っているのか?確かにベネデッタさんは冒険者ギルドで試飲会を続けていたはずだけど、王都の市場にはまだ出回ってないはずだ。まあ、それについては追々尋ねることにしよう・・・。
「じゃあ話してもらおうかい?ちなみに私たちも粗方行き先の見当は付けているんだよ。欲しいのは確証さね。シアはどうだった?」
ばぁばの問いに、クレーメンスは持っていたカフィンのカップを静かにテーブルに置いて、ばぁばを見つめた。
「お見込みの通りです。彼女は奴隷都市アナガンへ輸送されました」
「やっぱりそうだったかね、くそ・・・」
「すでに5日、もう少しで6日ですか・・・。馬車の速度と替え馬、夜通しの移動を考えればすでに現着していてもおかしくはないでしょう」
二人の会話に俺が挟んで質問した。
「なあ、結局犯人は誰なんだ?確証を得られたって言うんなら、喋った奴がいたんだろ?」
「ええ。今は私の事務所に拘束しています。絵師に似顔絵を描かせましたね、この男達です」
クレーメンスが似顔絵をテーブルに置くと、思わずうなずいてしまった。似顔絵は5枚あり、そのうちの2枚の人物にピンときたのだ。
「心当たりがありそうですね」
「ああ、こいつと・・・こいつだ。この二人が孤児院に来てシアさんに『踊り子劇場で働かないか』と持ちかけてきた。孤児院に借金があることも話していたが・・・まさかあんたのところから借りているなんて知らなかったんだろうな」
「おそらく昔の情報を掴まされていたんでしょう。私のところから借りていると知れば、藪から棒な行動はできなかったはずですけどね。ちなみにシア嬢を誘拐した理由として、この王都で目立つほどの美人だから、だったそうです」
「そんな理由で・・・」
「彼らがここまで喋ってくれたのは、自分たちが殺されない確証を得たからに他ならないからですね」
「殺されない?交換条件でも出したのか?」
「ええ、まあ」
ここで俺は一つの疑問に辿り着いた。
「そういえばおかしくないか?主犯が王都にいて、どうやってシアさんをアナガンに連れて行くんだ?」
「ええ、そこですよ。本来なら主犯である彼らが王都にいることがおかしいんです。だからこそ、彼らの身をクレーメンスに置き命の保証が得られることを条件にして、ようやく吐いてくれたんです。そして、そこで登場するのが巷で噂のイリア王女でした」
ばぁばの雰囲気が少しだけ固くなった。テーブルに置く握りこぶしを強く握る音が聞こえた。いつものばぁばには見えない・・・。
「主犯者たちの失敗はこの5人に本当に得たい人物の名・・・イリア王女の名を挙げてしまったことでしょうね。きっと下っ端が口を滑らせたんでしょう。王都の外で賊と思われる人間の死体が転がっていたようですよ」
「・・・」
「本当の主犯者たちは、まずシア嬢をこの5人から譲り受け、ミニンスクへ向かいました。ここ最近ミニンスクには様々な盗賊がいると噂されているようですが、実はそれらは目くらましの盗賊です。イリア王女がいなくなったときに取り調べの身代わりとなってくれるように置かれたわけです。主犯者たちは本来の目的を話さないまま、金になりそうな噂をでっち上げてミニンスクに留まるように誘導し、それらがミニンスクに滞在している最中にイリア王女のいる屋敷へと潜入した模様です」
「本当に用意周到だな」
「用意周到というよりも、『念には念を入れて』と言った方が適切でしょうかね。しかしながら、主犯者たちの思惑通りに事は進みます。今ミニンスクにいる王都関係者は第一近衛騎士団の分隊ですか?彼らがこれら盗賊を取り締まって尋問しているとかなんとか・・・。時間稼ぎにはもってこいですよね。そんな時間稼ぎを王都でも画策して実施したようですが、それも見事に嵌まりました。そして、イリア王女とシア嬢を乗せた馬車は、今頃アナガンの手前・・・といったところでしょうかね」
「なるほどな。ちなみにそれも得意の『妄想』が入ってるのか?」
「もちろんです。仕入れた情報を組み合わせれば簡単に『妄想』できますよ」
妄想、とは名ばかりの『推理』だ。ミニンスクの情報までこんな短期間で得たうえでの『推理』であればお手柄だろう。残念なのは、こんなにお手柄なことをしているのが王都で一番のワルだということだ。
「そして主犯者たちの情報についてですが、5人の証言で確定しました。盗賊団『赤獅子』でした」
「「 !! 」」
俺とばぁばは目を合わせ、お互いに頷いた。
「穀倉地帯での一件ではあなたがこの『赤獅子』からイリア王女をお救いになったと聞きましたよ」
「ああそうだ。ほんと腐れ縁だな」
「そう、腐れ縁というやつですよ。ねえ、ミルキー様?」
やけにクレーメンスが探る目でばぁばを見る。ばぁばは目を閉じて眉間に皺を寄せたまま動かない。
「どうしたの、ばぁば」
「・・・クレーメンスや、あんた何が望みだい」
「誤解してもらっては困ります。私は真実を確認したいだけです。それ以上は何も望みませんし、脅しにも使いません。何せシア嬢に関わることですから、この命に誓っても構いませんよ」
なんだ?なんだ、この違和感は?
「ばぁば、何かあるの?今回の事件と関係あるの?」
「いや、今回の事件とは関係はないんだよ。ただね・・・」
「・・・ばぁば?」
「はぁ~!!まったく!!クレーメンスや、あんた本当に厄介者だね!!」
ばぁばはテーブルを一叩きして腕組みし、クレーメンスを睨み付けた。
「ジンイチローには業を背負わせることはしたくないんだよ。知らない方が幸せかもしれんのに」
「ですが、ミルキー様がお一人で背負う理由もありません」
「あんた、全部知ってるのかい?」
「私が承知しているのは、あくまでも得られた情報を基に頭の中で繰り出された『妄想』に過ぎません」
「ふん、よく言うよ・・・」
ばぁばは今日何度目かのため息をついて、俺を見た。
「まあ、いつかは誰かに・・・とは思ってたけどね。ジンイチローがその候補になるとは夢にも思わなかったよ。だが、あんたは選ぶことができる。聞くか聞かないかは自由だし、聞かないことを選んでも責めはしないよ。どうするかい?」
ばぁばの問いに目を閉じて考え、重たくさえ感じる瞼を開けてからクレーメンスを見た。彼はじっと俺を見つめ、探っている。イリアとシアさんに一体何があるというのか、そしてそれをばぁばは知っている?何気に重要な選択肢を迫られた俺はほんの少しだけ思考が止まってしまうも、2人を助け出すための重要な情報があるのでは、とも思えてならず、目を閉じて耽った。
「俺は―――――」
いつもありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。