第152話 クレーメンスの昔話
シアさんがいなくなるまでの怪しい人物やその後の孤児院の様子などわかる範囲で説明した。俺はこの時点で、ある確信をもってクレーメンスに接していた。
仮にシアさんが拐われたとしても、この男は犯人ではないと。
「・・・というわけだ。何か質問はあるか?」
「・・・」
クレーメンスはずっと目を閉じ、黙って俺の話に耳を傾けていた。話し終わってもしばらくそうしていたので俺も黙って待っていると、やがて静かに開眼した。
「私の得意なことを一つ教えましょうか」
「・・・得意なこと?急に何だ?」
「ふふ。ですがその前に・・・」
クレーメンスはどこからともなくナイフを取り出すと俺の背後に回った。ブツブツと音がしたと思ったら、縛られている圧力が不意に抜け、自由の身を取り戻した。
「いいのか?」
「シア・ハンスの情報を貰っただけでも有益ですし、何よりもあなたは意味もなく拳を振り上げる方ではないと見込みましたから」
クレーメンスはイスに座り直すと再び足を組んだ。
「さて、私の得意なことのお話ですが・・・。どうも私は『妄想』好きのようでしてね。入り込んで来た情報を何から何までくっつけて遊ぶのが大好きなんですよ」
「それが・・・得意なことだっていうのか?」
「部下にはどえらく好評でしてね、私に聞けばなんでもわかると・・・いやあ、忙しいったらありゃあしないんです」
両腕を広げておどけてみせるクレーメンス。しかし、その瞳は確固たる自信に満ち溢れていた。
「シア・ハンスは間違いなく誘拐されたでしょう」
クレーメンスは断言した。
「しかし、それを裏付けるものがない。私の『妄想』だけではあなたも安心できないでしょうよ」
「あんたの『妄想』についてはよくわからないけど、少なくとも今回の件については嘘は言ってないと思うね」
「ほお?信用してくださるので?」
「勘違いしないでほしい。・・・・・あんた、シアさんとなにがあった?」
「どういう意味です?」
「シア・ハンスの名を聞いたあんたから、ものすごい怒りを感じたからさ」
「・・・・・」
クレーメンスは目を閉じたあと、静かに息をついた。
「私もまだまだですね。隙を見せてしまった相手があなたでよかった」
俺はその言葉にあえてなにも返さずに次の言葉を待った。そうすれば話してくれる予感があった。
「今から話すお話は、どうかご内密に願いたいです。もちろんシア嬢にも」
俺は黙したまま頷いた。
「あれは・・・もう35年も前になりますか。私はハンス孤児院の前で捨てられました」
「孤児・・・」
「ええ。当時はシアの父親が孤児院を運営していましてね。私はちょうどその時に捨てられて孤児院の世話になりました。シアの父とはよくケンカをしましてね、それはもうひどかったものです。普通の運営者なら私をどこか遠くに捨ててしまっていたかもしれませんね。悪いことをしていたわけではないんですが、『こうすればもっとよくなる』『アレはどうだ』『これはどうだ』と大人ぶって意見をしていました。今でこそ、よくもまあそんなことを言えたものだと笑ってしまいますが、当時の私は真剣そのものでしたよ。しかし、彼はそんな私に『ケンカをしてくれた』んです。普通の大人ならハイハイと手を振って聞く耳をもたなかったでしょうが、彼は違った。しっかり私の言葉を聞いたうえで『何故だめなのか』を懇々と説明しました。ケンカをしてくれたというのは、つまるところ私がその意見に納得しなかった感情任せの攻撃だったわけですがね。そんなやり取りをしている毎日が過ぎ、私は15歳になりました。彼は私にある提案をしてきました。王立学院の入学です。このフィロデニアは平民だろうが貴族だろうが学べる機会を平等に設ける国です。確かに魅力的でした。しかしあくまでも『平等』であるがゆえに、入学には一定の入学金と入学試験を受けなければなりません。勉強の方はなんとかなりましたが、入学金については工面できそうにないことは私であってもわかりきったことでした。一体どうやってそんな金を払うんだ、そんな金を用意するくらいなら孤児院の皆のために使えばいいじゃないかと吹っ掛けました。ですが、いつもの彼なら理路整然と説明するのですが、その時は『金は何とかする』の一点張りでした。そんなやりとりをしているとあっという間に入学の手続き期間に入りました。私は根負けして彼に従ったわけですが・・・それが結果的にあの孤児院を窮地に立たせる結果になったわけです」
「大きな借金を生んだわけか」
「そうです。ただでさえ老朽化していた施設もあって修繕費もばかになりませんし、毎日の食事や様々な経費は年々大きくなります。子どもの数も増えればなおのことです。次第に膨れ上がった借金に追い打ちをかけたのが、私の王立学院の入学だったわけです。雇われていたお手伝いさんは給金の悪さから辞めてしまい、施設の管理も行き届かなくなり始めた頃、私は彼にお礼の手紙を残して施設を去りました」
過去の、遠くに置いてきた思い出のアルバムを目の前に広げているかのごとく、クレーメンスは口元を緩めながら話す。
「そこからの私は地獄のような日々を過ごしました。何の伝手もない私ができる仕事といったら、冒険者ギルドに依頼される街の清掃依頼か、金貸し業の裏稼業ぐらいなもんでした。しかしそのおかげもあって、私はこうして一大金貸し業のトップにまで上り詰めることができたわけですがね。だが代償は大きかった。私の手はあまりにも汚れてしまったんですよ。フィロデニア王都の門を出たら最後、あの水晶に手をかざせば間違いなく牢獄に叩き込まれ断罪されてしまうでしょう。私は身分証明カードを持っていない王都民なのです」
俗に言う『マーリン水晶』と呼ばれる魔道具のことだ。あの水晶に手をかざせばその人の基本情報が水晶に現れるのだが、強盗や殺人などの触法者も一発でわかってしまうため、犯罪者はその都市に入れない仕組みになっている。
「前置きが長くなりましたね・・・。そんなこんなでトップに上り詰めたある日、彼が亡くなったと聞きました。孤児院の運営はどうなるんだと気が気でなくなった私は、部下の反対も押し切って白昼堂々と孤児院へ行きました。そこで見たのは、孤児院を必死に切り盛りするシア・ハンスの姿だったのです。子どもたちに精一杯向き合って、時には感情的に、時には大人の対応をしてみせたりと、無邪気に接する彼女を見て、昔の自分と彼を一緒に観ているような不思議な気持ちになったのです。一旦戻って私は調べましたよ。孤児院が借金をしていた金貸し屋はどこかとね。今まで一度もそんなことをしなかったのに、急に思い立ってやってみたら、私以外の金貸し屋のほとんどに手を付けていましてね。毎日のごとく彼女のところに借金取りが押し寄せるわけです。見ていられませんでしたよ。彼女が脅される度に施設の裏手で涙をぬぐう姿は、とてもね・・・」
「・・・」
「ふふ、柄にもなく、孤児院を訪ねて彼女に話しかけたときのあの時のドキドキは、今でも愉快に思えますよ。悪いことに手を染めた自分が、たった一人の女性に話しかけるだけなのに何を緊張するものかとね。でもその時に確信しましたよ。私は・・・」
クレーメンスはこれまでに見たこともないほど柔和な面持ちで目を閉じた。
「私は・・・シア嬢を好いているのだと」
「クレーメンス・・・」
「しかし私は表向きは金貸し業、裏ではやりたい放題の迷惑者です。そんな私が彼女のために出来ることといったら、私が彼女のもつ借金を借り換えする程度です。それでも彼女に近づいた金貸し業の連中は闇に葬りました。もちろん彼女は何も知りません。いつも来ている怖い人が来なくなった、その程度です」
「そうはいっても借金は残るだろう」
「ええ、そうですね。借金は残りますが・・・。私は借り換えをした事実を告げ、もう一つの大切なことを伝えました」
「もう一つ?」
「ええ。私の下にある彼女の借金は無期間返済で返せる額を好きな時に好きなだけ返せばよいとしたんです」
「それは・・・もう借金じゃないぞ」
「ええ。帳消しにしたも同然ですよ。しかし真面目な彼女はそれでもなお少しずつでも私に返してきますし、それを私は彼女に会う口実として楽しみに待っているんです。ですが・・・」
クレーメンスはここで再度、あの怒気を含んだ瞳を滾らせた。
「忙しさにかまけていた私への報いでしょうね。あなたの話した奴らの動きをキャッチできなかった。彼女がいなくなったことさえ気づかなかった私が・・・私が憎くて仕方がない!!」
クレーメンスは持っていたナイフを土壁に向かって投げ捨てた。弾かれたナイフは床に回転しながら滑っていった。
「ふふ・・・お見苦しいところをみせてしまいましたね・・・。私はね、彼女に幸せになってほしい。自分のもてなかった幸せを彼女にはもっていてほしい、私にとって彼女は、そう思える唯一の人なんですよ・・・」
相当汚いこともやっていると思うこんな人間でさえも、人間らしい純粋な気持ちが持てるものかと感心した。いや、純粋であるがゆえに真っ直ぐ突き進み、結果として汚れてしまったのか・・・。
どちらにせよ、彼はシアさんに対してだけは『純粋』な気持ちで接しているのだと安心できた。
「ジンイチローさん、この仕事はすぐに引き受けさせてもらいます。私の予想が正しければ、猶予はあと数日でしょう。至急居場所の確証をあなたに届けることとします。期限は本日の夜、ミルキー大魔法士の家に連絡員を派遣します」
「わかった。期待して待ってる」
「信用いただけて何よりです」
「さっきも言った通りあんた自身を信用してるんじゃない。あんたのシアさんへの想いを信用してるんだ。勘違いしないでほしい」
「お厳しい言葉ですね。しかし、その言葉は何よりも替えがたくありがたいですね・・・。ではひとつ、『クレーメンス』の本気を見せてあげることといたしましょう。それでは・・・」
颯爽と立ち去ったクレーメンスの後ろ姿を追った。
しばらくその部屋で誰かが来るだろうと思って待っていたが、彼が部屋を出てから誰一人この部屋に入る様子がないので不思議に思い彼の出た先を見ると、昇る階段が一つあって外に通じているようだった。階段を上がって外に出ると、この建物は赤色の壁の家だった。もしかして、馬車で1時間も揺られていたのって・・・ただのブラフだったのか?だがこの家がクレーメンスのアジトであるわけがない。赤い壁の家はもう誰一人いる気配はないからだ。
「なんか・・・無駄に疲れたな・・・」
一人ボヤいて、再び裏手に歩んだ俺は『転移』でばぁばの家に戻った。
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