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第150話 行方不明のつながり

 

 小鳥のさえずりが、眠りから覚めはじめた俺の耳をくすぐる。


 薄っすらと目を開けると、幸せそうに微笑むアニーの顔が目の前にあった。


「おはよう、ジンイチロー」

「・・・おはよう。もしかして寝顔見てた?」

「うん、こうして頭を撫でながら」


 アニーが腕を伸ばして俺の頭を撫でると、めくれる毛布の内側から彼女の一糸纏わぬ姿が漏れた。


「あったかいな」

「そうだね」

「ずっとこうしていたい気分だよ」

「私も・・・」


 アニーは軽くキスをすると、少しだけ残念そうに眉を下げた。


「でも今日はフィロデニアに帰る日だよ。もうみんな起きてると思う。私たちが最後だよ」

「そっか。みんなに迷惑はかけられないから、起きないとね」

「そうだね。仕方ないね」


 俺たちは起きて身支度を整えると、二人で居間に向かった。


 居間はみんなが勢ぞろいして朝食を食べていたが、俺たちが席に着くや否や静まり返ってしまった。


「・・・おはよう、みんな」

「お、お父さん、お母さん、おはよう」


 俺とアニーがぎこちなく挨拶すると、レナモアコンビ以外は皆どことなく視線を逸らして作り笑いをしていた。


「や、やあアニー。今日も天気がいいね」


 オルドさんの何とも言えない顔とぎこちない言葉に、ミレネーさんが呆れ顔でため息をついた。


「あなた、約束したことを忘れているようね」

「えっ!?いや、俺は忘れてなんかいないぞ。いつも通りに振る舞えというから、いつも通りだぞ。な?」


 はぁ~、とさらに深くため息をつくミレネーさん。アニーも苦笑いするほかないようだ。そんなミレネーさんが俺に微笑みかけた。


「ジンイチローさんはカフィンがよかったかしら」

「そう・・・ですね」

「ちょっと淹れ方見てほしいから来てもらえる?」

「はい」


 ミレネーさんには淹れ方をレクチャーしてあるからわからないはずはない。気を使って呼び出してくれたんだろう。アニーがモアさんと談笑しているのを背中に聞き、カップとカフィンの粉をセットした。


「ジンイチローさん」

「はい」

「ありがとう」

「・・・?」

「あの子のあんなに幸せそうな顔、初めて見たわ」

「あ・・・はい。その・・・わかりますか」

「ふふ、わかるわよ。どんなことしたのかもね。オルドには『いつも通り振る舞え』としか伝えてないから何があったかはわからないかもしれないけどね」

「そうですか・・・」


 俺は昨日のアニーとのことを掻い摘んで小声で話すと、ミレネーさんはいたく喜んだ。


「そっか。だからか。おめでとう」

「ありがとうございます」


 あらためて言われると気恥ずかしくなってしまって、顔が赤くなるのが自分でもわかる。


「あの子のことよろしくね。ジンイチローさんなら任せられるわ」

「精一杯がんばります」

「早く孫の顔が見たいわぁ・・・」

「う・・・もうそこですか」

「大丈夫よぉ。何回もしてればそのうちデキるわよ」

「・・・そ、その辺もがんばります」

「うふふ」



 多めにカフィンを淹れて、希望者のカップに注いでいく。ライラは物珍しそうにブラックを口にし、大層気に入ったのか魔王にもあげたいと話した。ウィックルは砂糖多めの甘々設定が好みのようでちびちびと飲んでいた。



 そしてあっという間に出立の時間になった。


 家に訪ねてきた長老司とカナビアさんを出迎えると、早速カナビアさんの荷物を魔法袋に収納する。


「何?なんだか雰囲気が違うわねえ・・・」

「え?」

「ジンイチローさんから漂う雰囲気が、妙に大人だわ・・・」

「気のせいです」

「ふうん・・・」


 ジト目のカナビアさんを横目に、家の前に並ぶオルド一家と長老司に向いた。


「それでは行ってきます」

「アニー、みんな、またいつでも来てくれ」

「そうよ。また楽しいお話聞かせてね。アニーも、ジンイチローさんと仲良くね」


 アニーの表情は凛としていて、寂しそうな雰囲気は微塵も感じられなかった。


「お母さん大丈夫よ。何があってもこの二人だから」

「あらあら。大人になっちゃってえ!」

「んなっ!大人になった!?ミレネー!一体どういう――――」

「ジンイチローさん、早く孫の顔見せてねえ!」

「努力します」

「お、おいジンイチロー君!一体いつの間に!?」


 おどおどするオルドさんを尻目に、ミレネーさんは手を振った。


「元気でね」


 笑顔のミレネーさんと仕方なく手を振るオルドさんたちに笑顔で返し、俺は『転移』を唱えた。




 そしてあっという間にばぁばの家の前に到着した。


「旅の情緒をすっ飛ばす便利な魔法よね」

「はは、そうだね。それにしても、あの子たちは・・・」


 転移してたどり着いたはいいものの、ばぁばの家の玄関には数人の子どもたちが泣いていて、それをばぁばが慰めている光景が飛び込んできたのだ。


「ばぁば!」

「ん?おや、ジンイチローか!いいところに来たね。ほら、あんたたち。ジンイチローが来たよ」


 泣きはらした顔で俺を見るや否や、一番年長の女の子が俺に駆け寄り、頭を下げてきた。


「お願いします!シアお姉ちゃんを探してください!」

「へ?シア・・・さん?どうして?」

「シアお姉ちゃんが・・・急にいなくなってしまって・・・」


 つい先刻までアニーのことで惚気ていた俺が恥ずかしくなった。フィロデニアにいない間、この子たちはシアさんがいない不安を押し殺して施設で耐えていたのだ。


 無意識にアニーを見ると、アニーも同じことを考えていたのか下唇を噛んでいた。


「ジンイチロー、何とかしてあげないと」

「そうだね」


 ひとまずは施設で何があったのか詳しく話を聞かなければならない。


「ばぁば、家の中で話を聞こうと思うんだけど」

「ああいいさ。そっちのお客さんもまずはお入り」


 俺たち一行と子どもたちはばぁばの家に入る。家に入るとベネデッタさんが迎えてくれた。


「ジンイチローさん、帰ってきたんですね。あら、この子たちは・・・」

「ただいま。この子たちは孤児院の子だよ。ちょっと話があってね」

「お茶を用意しますね。そのあと私もジンイチローさんに報告したいことがあります。いいですか?」

「わかったよ」



 居間に通した子どもたちは沈んだ面持ちで腰かけている。前を見る元気もないようだ。ばぁばとアニー、ベネデッタさんも同席した。カナビアさんたちは別室でモアさんと待機させている。


「で、聞かせてもらえる?わかっていることだけでもいいから」

「はい・・・」


 年長の女の子が言うには、シアさんがいなくなったのは5日ほど前に遡るようで、買い物に行くと言い残し孤児院を出てそれっきり帰って来なくなったのだとか。最初は遠くに買い物に出かけたり、仕事に出かけたのかもしれないと思ったりしたらしく、いなくなって2日間はみんな我慢していたらしいが、食糧が尽きかけたため、配給をセーブしながら小さい子を優先して与えはじめた。しかし昨日になって食糧が底をつき、年長の子が貯めていたお金もなくなり、ついには小さい子が風邪をひき始めてしまった。シアさんが帰ってくる気配が一向に見えず、事件に巻き込まれた恐れもあったのだが誰に相談していいのかわからない。そんな不安が最高潮に達した時、ばぁばのことを思いだし、人に聞きながらばぁばの家を訪ねてきた・・・という流れらしい。


「そうか・・・辛かったねえ・・・」


 ばぁばの言葉を聞いた年長の子は、またもや堰を切ったように泣き始めてしまった。


「お姉ちゃん・・・お姉ちゃ・・・・」


 シアさんがこの子たちを置いて勝手にどこかへ行くのは考えづらい。何かに巻き込まれていなくなったことは十分考えられる。


「何か・・・そうだな・・・シアさんがいなくなる前に変わったことはなかったかな」

「・・・変わった・・・こと・・・?」

「どんな些細なことでもいい」

「・・・あの・・・この前ジンイチローさんも見た、あの人たち・・・」

「・・・ああ、あのへんな2人組のことか」


 シアさんに『借金があるだろ』とか『踊り子劇場で稼げる』などと持ち掛けていた怪しげな二人のことを思い出した。


「お姉ちゃん、借金をしていることは黙っていましたけど、私は知ってました。普通に働いてもとても返せるお金じゃないことも」

「ということは・・・あの二人は借金取りだったのか・・・?」

「それはわかりませんけど、お姉ちゃんが借金をしている金貸し屋は知っています」

「名前かなにかはわかる?」

「『クレーメンス』という名前の人です。でも場所はわかりません」


 その名を聞いたとき、いち早く反応したのがばぁばとベネデッタさんだった。


「よりによってそいつらかい。まったく、シアは一言相談すればいいってのに・・・」

「いい噂は聞きませんね」


 二人とも眉間にしわを寄せて頷きあっている。


「そのクレーメンスというのはどういう?」

「表向きは金貸し業をしているが、裏では何だってやっているさね。殺人、暗殺などなど、王都の闇の仕事を一手に引き受けているところだ。こりゃあ厄介だね」

「私も・・・実はカフィンのお店によさそうな物件を調べているときに、商会の人と一緒に立ち会った人がクレーメンスの遣いで来た方だったんです。融資しますよって・・・」

「ベネデッタから相談されたとき、すぐにそいつとは縁を切るように言ったんだ。高利貸しで何されるかわかったもんじゃないからね」

「そうだったんだ・・・。ベネデッタさんが報告したいことって、それだった?」

「いえ、そうではありませんが・・・この子たちの話を聞いて、もしやと思うところもあるんですけど・・・」


 子どもたちをチラリと窺うベネデッタさん。何か別の心当たりがあるんだろうか。


「じゃあ、俺がそのクレーメンスのやつらに会えば、シアさんのことについて何か探り出せるかもしれないね」

「・・・ジンイチローなら問題ないだろう。でも、危なくなったらすぐに逃げてくるんだよ」

「わかってるよ。じゃあみんな、俺がシアさんを探すから、孤児院にいるみんなに安心するように伝えてもらっていいかな」

「あ、ありがというございます!!」


 年長の女の子は何度も頭を下げた。まあまあと手で制して、温くなったお茶を飲むよう勧める。


「こりゃあ急がないとねえ。ベネデッタ、早速だがその商会を通じてクレーメンス側の人間をあぶりだしてくれるかい?あとはジンイチローが上手くやるさ」

「わかりました」

「それと・・・今サリナがメルウェルと一緒に御遣いに行っているから、ベネデッタは戻ってきたらサリナと一緒に孤児院に行って子どもたちの世話をしてくれないか?食料も・・・このお金を使うといい」


 ばぁばがテーブルの上に放り投げるように置いた小袋には、中身を見ずともかなりの金貨が入っているとわかる音が響く。


「金に糸目はつけなくていい。じゃんじゃん買っていっぱい食べさせてやんな」

「わかりました」

「あんたたち、安心おし。シアはジンイチローが連れて帰ってくる。ごはんもちゃんと食べれるからね」

「・・・何から何まで・・・ほんとに・・・ありがとうごいまず・・・」


 あふれる涙を手の甲で拭いながら、年長の子は再び頭を下げた。


 そんなときだった。玄関のドアを激しくたたく音が聞こえてきた。


「今日はお客さんが多いねえ」


 ばぁばが玄関に行ってドアを開けた音が聞こえた。


『ジンイチローさんはいらっしゃいますか!?』


 突然の大声にびくりとしたが、どうやら俺に用事がある様子なので、急いで玄関に向かう。


「あ!ジンイチローさん!」

「確か君は・・・」

「はい!あの時はお世話になりました、第一近衛騎士団のフレア・チェンバルです」

「久しぶりだね」

「はい。実は折り入って相談があって・・・」


 相談事とはよく続くものだなと内心思うも、何か引っかかる気がした。そう思ってばぁばを見ると、ばぁばも何となく浮かない顔をしている。そんなときだった。家に続く小道から誰かがやってきた。


「フレア!!フレアじゃないか!」

「その声・・・メルウェル様!!」

「久しぶりだな、元気していたか!!」

「ふ・・・うぐ・・・メルウェル様ぁあああ!!」


 フレアもまたメルウェルさんを見るや否や泣き出してしまい、メルウェルに向かって飛び込んだ。そんなフレアをメルウェルは難しい顔で抱きしめていた。


「フレア、わかってる。私もじっとしていられなくてな」

「メルウェル様・・・?」

「イリア王女のことだろう?」

「っ!!!」

「捜索に行き詰ってここに来た、違うか?」

「・・・そうです」

「フレアが来たならちょうどいい。それに・・・ジンイチロー殿も帰ってきたか。役者は揃ったな」




 メルウェルさんと行動を共にしていたサリナさんを含め、旧メンバー全員と子どもたちを含め居間に集合した。口火を切ったのはベネデッタさんだった。


「カフィンの広報として冒険者ギルドで振る舞っていたときに噂で聞いたんです。イリア王女が行方不明になったって。それをメルウェルさんに話したら、すぐに情報を得ようと動いてくれてたんです」

「うん。かつての主だからな。いてもたってもいられなくなった。昔のなじみもあって巡回中の兵士に訪ねてみたらドンピシャだった。イリア王女は誘拐された、とな」


 体温が一気に冷める代わりに体の芯が沸騰して、目の前がチカチカするほど怒りを覚えた。怒りの矛先は誘拐犯だけではない。自分自身にもだ。


 メルウェルさんはそんな俺には目もくれず、フレアを見た。


「今日聞いた情報では5日前にいなくなったと聞いたが・・・そうなのか、フレア?」


 5日前・・・?それを聞いていた子どもたちも不思議そうに顔を見合わせていた。


「ええ。間違いありません。事の発端はミニンスクでした」


 フレア達近衛騎士団はイリアの王都帰還にあわせて護衛の任に付こうと準備を進めていたそうだが、それと時を同じくしてイリアが屋敷からいなくなったと報告を受け、慌ててミニンスクへ出立。確かにどこをどう探しても彼女の姿はなかったという。王都に帰還したフレア達は王への報告と合わせて捜索活動にも従事。その間に犯人と思しき者からの伝言を携えた王都の民が次々と現れ、イリア王女の居所の情報をエサに兵士を所定の場所に向かわせるも不発に終わる結果だったとか。それを繰り返しているうちに5日間が過ぎ、気づいてみればなんの情報も得られないまま時間だけが過ぎていた・・・という最悪の結果だけが残ってしまったそうな。


「私が・・・私がもっと強くイリア様に護衛を進言していればこのようなことにはならなかったのです」

「フレア、自分を責めるな」

「ですが!!」

「自分を責めたところでイリア王女は帰ってこない。今お前がすべきことはなんだ?」

「・・・イリア王女を無事に王城へ帰すことです」

「ならばどうすればいいか、落ち着いて考えろ。気持ちはわからなくもない。私でさえお前と同じ気持ちだ。だが、私はフレア以上に今の身分では何もできない。恥ずかしい話、こうなってしまったのは自分の決断の結果だからな」

「メルウェル様・・・」

「さて、ジンイチロー殿。貴殿はこの事件についてどう考える?」


 メルウェルさんが俺に向く。


「うーん・・・何か上手くできすぎてるような気がして・・・」

「できすぎている?」

「うん。この子たちはシアさんが運営してる孤児院の子なんだけどね、そのシアさんも5日ほど前にいなくなってしまったんだ」

「なんと・・・」

「言っては悪いけど、一平民の行方不明とイリアの誘拐・・・。同じ頃に誘拐なんて・・・どうしても同じ目線で考えたくなるよね・・・思い違いならいいんだけど」

「考えすぎ、ということも考えられるが・・・確かに・・・」

「・・・・・」


 俺は腕を組んで瞑想する。ミニンスクでの誘拐・・・王都でのシアの行方不明・・・同じ日の出来事・・・誘拐犯の虚言・・・誘導?・・・時間・・・。


「時間が欲しいのか?」


 フレアが俺の呟きに反応した。


「それ、ノラン警備局長も言ってました。やられたって」

「もし・・・もしも最悪の結果を考えるなら・・・まずいな・・・」


 俺はうなずき、みんなを見ながら口を開いた。


「まずはシアさんの情報を集めてみよう。イリアのことももしかしたら何か情報が掴めるかもしれないし・・・。ベネデッタさん、至急物件を紹介してくれた商会に行こう。クレーメンスという組織がどんなのかわからないけど、会ってみないことにははじまらない」

「わかりました」

「ジンイチロー、何か気付いたことでもあったのかい?」

「イリアについてはまったくわからないけど、シアさんのことについてはそうじゃない。俺がエルフの国に行く前にシアさんが話してくれた『アナガン』が気になって・・・」


 すると、子ども以外の全員が目を見開いた。その場所の意味するところが皆わかっているのだ。


「行こう、ベネデッタさん」

「はいっ」


 俺たちは席を立ってすぐに外へと飛び出した・・・。





いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


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