第15話 アニーの気持ち その2
王都に来れば必ず立ち寄るレストランで遅い昼食を摂った。食べてすぐ出るのももったいないと思ったので、水を飲みながらしばらくお腹を休める。
レストランの中から通りを行き交う人達を眺める。お腹が満たされた後のこういうのんびりした時間、私のお気に入りでもある。
満足感を得たところでレストランを後にした。
中央ギルドへ行くときはいつも歩いていくと決めている。ちなみに、初めて王都に来た人はわからないかもしれないけど(というか案内がない・・・)、広い王都を歩いて移動するのはとても大変なので、王都の各所には転送所が設けられている。これもエルフの国の協力があってこそのものだったらしいけど、詳しいことはエルフ族である私もよくわからない。
時間をかけて歩きようやく中央ギルドに到着。入り口のドアを開くと、多くの冒険者で埋まっていた。運よく正面に見えるカウンターが空いている。声をかけて手続してもらおう。
「こんにちは。依頼達成したので来たのだけど」
「はい、ありがとうございます。ギルドカードをお願いします」
受付の女性は私のギルドカードを確認すると、奥の部屋に入っていく。
背後からの視線はもう慣れっこになってしまった・・・。
受付の女性が分厚い冊子を抱えて戻ってきた。カウンターに置きその冊子をペラペラ捲る。
「えーっと、アニーさんの受けた依頼は・・・これですか?ゴルドウィン鉱山の岩オオトカゲの駆除15匹」
「えぇ、それで間違いない」
「部位はお持ちですか」
「ここに」
私は岩オオトカゲのしっぽの入った大きめの袋を見せた。受付の女性がカウンターに木のトレーを置くと、私から袋を預かり、しっぽを袋から取り出しトレーに乗せていく。この作業、普通の受付の女性だったら冒険者にやらせている。
「受付の人がやるなんて珍しい。大抵の人は嫌がって私たちが代わりに取り出すのに」
そう言うと、受付の女性がにっこり笑った。
「これぐらいできないといけません。確かにみんな『よくあんなこと出来るわね』って言いますけど」
受付の女性にしては度胸があると思った。
「ねぇ、あなた名前は?」
「リタといいます。以後よろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそ。これからはあなたにいろいろ相談に乗ってもらおうかな」
「ありがとうございます。有名なアニーさんに贔屓にしてもらえるなんて受付嬢冥利につきます」
えっと・・・有名・・・?どういうこと?
「不思議って顔してますね。アニーさんてすごく綺麗で素敵なのに、受ける依頼内容がエグイのが多いって」
あぁ、なるほど。依頼内容がエグイ、というところで思わずうなずいてしまう私。
「たとえば、アニーさんが受けた依頼の・・・この前の、何でしたっけ・・・。あぁ!そうそう!ゴブリンの群れの討伐なんか!」
そう、普通は一人でこんな依頼なんて請け負わない。ましてや女性ならなおさら。ゴブリン種は人間の女性を繁殖に利用するため、女性の冒険者は手を出さない依頼だ。しかもこの依頼のあった場所も厄介だった。人間なら普通は近づかない、『フィロデニア大森林』だ。
フィロデニア大森林は、木々が密に生い茂り陽の光が入りにくい暗い森で、一歩踏み入れば迷いやすい。目印を置いても迷いやすいので誰も近づきたがらない森だ。
そんな森の中に潜むゴブリンを倒すのは本当に苦労。こん棒で殴られ転んでしまったところに、興奮したゴブリンが何匹か覆いかぶさってきたのだ。必死で引きはがした私はすぐに体勢を整え、一匹、また一匹と始末。残された一匹は逃亡を図るも、そのゴブリンの背中に精霊魔法の炎のシェルを投げつけた。見事命中し燃え盛ったゴブリン。あたりに残敵がいないことを確認して終了した。
でもあの時は運もあった。より知性のあるゴブリンたちだったら罠を仕掛けられていたかもしれないし、連携プレーがあれば私が倒されていたかもしれない。もしそうなってしまっていたら、今の私はいない。一人で依頼をこなすリスクがいかに高いか、痛烈に実感した案件だったことを思い出した。
「どうしました?」
「へっ?!あ、いえ、なんでもないわ」
リタにはボーッとしているように見えたみたい。
「アニーさん、気を付けてくださいね。一人で依頼をこなせる能力はすごいですが、難度の高い依頼を何度も達成されれば過剰に期待されます。今後はアニーさんを指名してくる依頼が出てくる可能性もあるんじゃないでしょうか。危険な依頼であっても、アニーさんなら大丈夫だろうと危険検証もせずに依頼を出す人もいるかもしれません。
アニーさんが一人で続ける理由はわかりませんが、どんな依頼であっても命を粗末にしてまで押し通すものではないと思います。出過ぎたことをいいますが、命を優先して活動してくださいね」
真剣な顔でリタは語った。私は大きくうなずく。
「ありがとう。今までそんなふうに言ってくれる人はいなかった。あなたの言うとおり、依頼を受けるときは気を付ける」
「無理はなさらないでくださいね」
リタはまたにっこり笑った。笑顔がよく似合う受付嬢だ。
「それでは報酬受け取りカウンターから報酬をお渡ししますので、しばらくお待ちください」
待っている間、城門での出来事を考えた。やはり気になってしまう。
あんなに精霊達が騒ぐということは、精霊王がこの地に舞い降りたのではないか・・・いや、違う。確かに私は精霊の姿をぼんやりと認識することしかできない。それでも資質としては上位だと故郷の長老会でお言葉をいただいた。もし精霊王が近くに顕現すれば、こんな私でさえもはっきりと力を捉えることはできる。でもあの時は何も感じなかった。それでは、精霊王でなければ一体何だというのだろう。何も感じなかったということは・・・普通の人間・・・ふふ、まさか。そうよ、同じエルフ族。エルフ族が現れたんだ。精霊に寵愛されるほどの人間種はこの世にはいないし、後にも先にも現れない。
「アニーさん、お待たせしました」
報酬受け取りカウンターにいる女性から呼ばれた。
「アニーさん、おつかれさまでした。報酬ですが、金貨8枚とハピロン伯爵主催のパーティーの招待状になります」
パーティー?何それ?依頼を受けたときには金貨8枚の報酬しか挙げられていなかったような・・・。
「どうしましたか?」
「この・・・招待状は何?」
「説明不足ですみません。こちらは急きょ付随された報酬です。あ!いけない!この手紙も付けろと言われていました」
カウンターの女性から手紙をもらう。早速中身を拝見してみた。
『親愛なるアニー殿へ このたびは我が領内ゴルドウィン鉱山の岩オオトカゲを駆除していただき感謝申し上げる。お礼と言っては何だが、別紙の期日に近隣貴族を集めたパーティーを開催する運びとなり、ぜひアニー殿を招待したいのだ。もちろん友人を誘って一緒に参加しても大歓迎だ。待っているよ。 モサロ・ハピロン』
「すごいですね、アニーさん。ハピロン伯爵といえば大金持ちの貴族です!王国第3王女の将来の旦那さんと目されている方ですよ」
うーん、依頼を受けたときに依頼者の名前を見たから知っているし、悪名が高いなんてことも聞いたことはない。でも、嫌な予感がしないでもない。しかも友人を誘え、か。いつも一人でいることを承知の上であえて言っているようにも思える。返事をよこせと言われているわけじゃないし、行っても行かなくても構わないか。
この件はひとまず心の隅に留めておくことにしよう。
「ありがとう。それじゃあ」
「おつかれさまでした」
あ、次の依頼案件を探しておかないと!うっかりしていた。リタを見ると手すきのようなので、リタの方へ体を向けた、その刹那―――。
『きたよ』
不意に響くその声に驚き身を固めてしまった。
それと同時にギルドのドアが開いた。
よそよそしく入ってきたのは、黒髪の青年だ。
確かに黒髪は珍しい。でもそれ以外はどこにでもいる人間だと思う。
精霊を多く引き連れている、ただその一点を除いて・・・。
受付をしようと青年がリタに話しかけた。どうやら登録する気のようね。リタが奥の部屋に入っていったところで、青年があたりを見回しはじめた。
それにしても、あの青年が『きた』人か。エルフ族ではなく、人間種で間違いない。普通はあれほどの精霊を引き連れる・・・いや、好かれる人間はいない。
それともあの青年は人間種ではない?他に精霊に好かれるような種族でもあったかな?聞いたことないけど・・・。ちなみに彼は精霊の存在に全く気づいていない様子。
私の観察するような視線を感じとったのか、青年と目があった。しばらく見つめあってしまう。私から何かを感じるの?
私は感じる。初めて会うのに懐かしいような・・・。
私と似ている?でも何が?わからない・・・。
青年は目を剃らしてしまった。
私はもっと彼のことを知らないといけない、そんな気がする。
・・・
・・
・
「はぁ~・・・」
ついため息が漏れてしまう。
結局あのギルドマスターのおかげで話せず終いに終わった。それも昨日のこと。『大賢者』ジンイチローは王都を去ろうとしている。
大賢者は精霊から嫌われる・・・それが私の中の常識だった。それもそのはず、大賢者マーリンは精霊から嫌われている。これはエルフの国でも有名な話だ。
それなのに大賢者ジンイチローは違った。何故?
そう、それを聞くために今こうして探している。普通の人間だったら王都を出ようが出まいが好きにすればいい。だけど今回は勝手が違う。精霊に好かれる大賢者を放っておくわけにはいかないのだから。
朝方にギルドに立ち寄り、各城門全て黒髪の青年の出立を見ていないという情報があることを確認。
初めて王都に来たならば、ほとんどの人は中央城門から入る。中央城門の常駐兵士に聞いたら、ジンイチローは案の定中央城門から入ったようだ。中央城門近くの転送所も利用していないみたい。ということは、歩いてギルドと中央城門を行き来していたことになる。
つまり、道中どこかの店に立ち寄っている可能性が高い。
ではどの店に立ち寄ったのか・・・。
馴染みのない人間が立ち寄るとしたら、気兼ねなく買える露店か、余程愛想のいい店か。
通りを歩いてみて一軒目、果物屋。ニコニコ笑顔の彼女なら何か知っているかもしれない。
「いらっしゃいませ・・・」
私を見て急にボーっとした果物屋の娘。気にすることはないか。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかしら」
「は、はい。何でしょう」
「黒髪の青年がここに来なかったかしら」
「・・・・・」
目を丸くする果物屋の娘。わかりやすくて助かる。
「知っている情報があるなら教えてほしいんだけど」
「・・・し、知らないですよ」
目を細めて私を見ている。これは明らかに教えたくないと思っているみたい。
でも、背に腹は代えられない。ここはひとつ、あの人に犠牲になってもらおう。
「お願い。彼が大変なの。彼、昨日ギルドマスターから何かされたって言ってなかった?」
「い、言ってました!何かあったんですか!?」
「ギルドマスターが彼を探しているみたいなんだけど、『絶対に捕まえてやる』とか『俺の手から逃れられると思うな』っていうセリフを、鬼のような形相で言いながら街中を廻っているみたいなの!」
「んなっ!」
「早く見つけて守ってあげないと!彼、このままだとギルドマスターに・・・」
果物屋の娘が俯きながらワナワナ震えている。
「・・・・・です」
「え?」
「ミルキーばぁばの家です。ジンイチローさんはミルキーばぁばの家に行ったのです!」
「ミルキーばぁば・・・もしかして、王都一といわれる魔法士の?」
「そうなのです。あの大きな木が見えますか?あの木のある林の中に家があるのです!ジンイチローさんを守ってほしいのです!」
果物屋の娘が今にも泣きそうな顔で私に迫った。実際にギルドマスターはそう言っていたそうだし、嘘はついてないんだけど。
悪いことしちゃったな・・・。
「任せて。彼は誰にも傷つけさせないから。情報をありがとう」
「ジンイチローさんをお願いします!!」
私は手を振って果物屋を後にした。背後に感じる鋭い視線が辛い・・・。
林の小道に至るまで、彼を探す人には出くわさなかった。でもいずれは、私の姿を見た人が流す情報である程度の予測は立てられてしまうだろう。その前に彼をじっくり見てみたい。
小道の両端には花がいくつも咲いている。そんなかわいい小道を歩いていく中で一番驚いたのが、巨大な食虫植物だ。でもあの食虫植物、たまに人間も食べるって聞いたような・・・。私に捕食部である頭を向けていたので生きた心地がしなかった。
そのあと間もなくミルキーばぁばの家に到着。早速玄関のドアをノックすると、それほど待たずに開いた。
「こんにちは。あらあら、綺麗なお嬢さんね」
「こんにちは。すみませんが、こちらにジンイチローがいると聞いて来たのですが」
「あ~~、はいはい、いますよ。それなら上がってもらおうかしら。どうぞ」
い、いいのかしら。初めて会う人なのに、そんなに簡単に家に上げちゃって。
まぁ、家主が良しとするならお言葉に甘えます。
さて、彼になんて言おうか。
観察しますから、ではおかしいし。
問いただします、では固すぎて変だし・・・。
「ジンイチロー、あんたも隅におけないねぇ」
そう言ってミルキーばぁばは私を部屋に通してくれた。
大賢者、ジンイチロー。彼はイスに腰掛け、くつろいだ顔をしていた。やっと会えた!
「よかった。やっと大賢者・・・ジンイチローに会えた。私はエルフ族のアニー、あなたに聞きたいこと・・・お願いしたいことがあってきたの。街で聞いたらミルキーばぁばのところに行ったと聞いたから」
でも彼はびっくりしたようで、少し怯えているように見える。本当にどうしたの?昨日も彼はギルドを去る時に必死に謝ってきたし・・・。
私に何かされると思っている?
それなら安心させてあげなきゃいけない。考えた言葉じゃなく、素直な気持ちを伝えよう。
「あなたを一目見て感じたの。しばらくあなたの傍にいたいの」
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回投稿は7/17になるかと思います。
その時はまたよろしくお願いします。