第148話 魔王国出立
決してありったけの米を寄越せと言った覚えはない。しかし目の前に積まれた米俵はこの城に住まう者の何ヵ月分もの食糧に値する量であると、一見すれば誰にもわかるだろう。
「こんなにいいのですか?」
「無論だ。しかしこれだけの量では礼にもならん」
確認だけはして、あとは遠慮なく積まれた米俵を魔法袋に収納していく。
「ありがとうアンディ。こんなに貰えて嬉しいよ」
「まだ礼は返しつくしていない」
「これだけでも十分です」
「はははっ!貰えるものは貰っとけ!!」
バンバンッ!!と背中を叩かれジンジンと痛みが広がるのを感じていると、王妃やエイルケンさん、そしてライラも俺の目の前に並んだ。
「ジンイチロー殿、このたびはありがとうございます。あなたがいなければ私はおろかこの魔王国が崩壊していたでしょう」
「いえいえ、こちらこそ。貴重な体験をさせていただきました。リオーナの病気が治ってよかったですね」
「ええ。リオーナは念のため休養させていますが・・・将来は恩人の役に立ちたいと張り切っていましたよ」
「そうですか。リオーナによろしく伝えておいてください」
「はい。それと、ボリオンドゴノから伝言です。今度来るときは酒を酌み交わしたい、だそうです」
「わかりました。楽しみにしていると伝えてください」
ボリオンドゴノはウルグルの遺族とともに遺体の埋葬をするらしい。親友の弔いを自分もしたいと遺族に申し出たとか。
「それではみなさん、どうもお世話になり――――」
「ちょっと待った。ジンイチローよ、我からも礼をしたい」
「いやいや、もう十分受け取りましたよ」
「他の礼については我に任せてくれる、先ほどしっかりと言質は取ったんだがな。忘れたわけではあるまいな」
「・・・はあ、わかりました。で、一体何です?」
「ライラ、こちらへ」
ライラは妙にニコニコしながらアンディの横に立った。使用人に持たせているあの大きな荷物はなんだろうか・・・。
「これが我からの礼だ。受け取ってほしい」
アンディもライラと同じく満面の笑みでその手をライラへと伸ばした。
そうか、なるほど・・・。
「ありがとうございます。こんなにいいんですか?」
「はははっ!!我はもう決めたからな。よろしく頼むぞ」
「よろしく?ああ、中身はなんでしょうね」
「「「・・・・・」」」
俺は使用人の持っている荷物に手を伸ばし、それを受け取った。使用人はポカンとしているが、アンディは一体俺に何を託したんだろう。中身が気になるな。
「おいジンイチロー、主は冗談で言ってるわけではあるまいな」
「冗談?俺が?何が冗談なの?」
「・・・ダニエラ、これは中々厄介だな」
「そうね・・・。まさかここまでとは思わなかったわ・・・」
王妃に至っては肘に手を当て困ったわねと呟くし、ライラは細い目で俺を睨んでるし、アンディも頭を掻きはじめた。エイルケンさんは苦笑いでごまかしてる気がする。
「アンディさん、ジンイチローはそんなんじゃわからないわよ。もっとはっきり言わないと」
「アニー様のおっしゃるとおりです。ガツンと言ってくださいませ」
アニーですら残念そうに俺を細い目で見つめる始末だ。俺何か悪いことしたのか?
「アニー、俺何かしちゃったのかな・・・」
「先が思いやられるわぁ、色んな意味で」
「いえ、もう思いやられておりますよ」
アンディは大きくため息をついてから、あらためて娘の名を呼んだ。
「ライラ、いいな」
「・・・はい」
ライラは沈みがちな面持ちながらも、真剣な眼差しを向けてきた。
「ジンイチロー、確と聞け。此度の主の功績は真に顕著であった。家族ともいえる我が族たちの未来をも潰しかねない事態に陥るところだったのに、主は寸でのところで防いでくれた。そして我だけでなく娘のライラまでも助けてくれたことは感謝しきれん。ここであらためて礼を言いたい。ほんとうにありがとう」
居並んだ皆が一斉に頭を下げた。ライラの真剣な眼差しも合わさって、この人たちの本気度が伝わってくるようだ。
「頭を上げてください。十分謝意はいただきましたから」
「そう思ってもらえて嬉しい。だが我々はジンイチローに謝意として渡すもう一つの『品』がある。それが―――――娘のライラだ」
やっぱり、とアニーの呟きが聞こえてきた。予想もしないアンディの話に、目を丸くしたまま固まってしまう俺。そんな俺にライラは歩み寄り、俺の手を握った。
「ジンイチロー様。数々の無礼をお許しください。お父様の言葉のとおり、誠心誠意尽くさせていただく所存です。よろしくお願いいたします」
恭しく頭を下げるライラを制しようとしたとき、王妃があっという間に俺とライラの間に入った。にこやかな笑みを浮かべているが、よくよく見ると目が笑っていない・・・。
「ジンイチロー殿。私たちが手塩にかけて育てた娘を、まさか『いらない』などと一蹴いたしませんわね?」
「えっ」
「御礼の品は任せる、そうお約束いたしましたわね?」
「うっ・・・」
「貰っていただける、ということでよろしいですね?」
笑顔というよりも口元が歪んでいると言った方が的を得ているその顔で、ずいずいと歩み寄られた。こういうのを『脅迫』というのかと身に染みた。返事に困ってアニーを見る。
「私を見ないでよ。ジンイチローが決めればいいじゃない。まったく・・・」
「私の立場はどうなるのよ、という意味のまったくでございまして、アニー様の御心は――――」
「いちいち解説しなくてよろしい!!」
「かしこまりましたアニー様」
モアさんによるご丁寧な心情解説があってか、複雑そうな表情を浮かべるアニーを見て、アニーに対してうやむやにしてきた自分の気持ちにムチが撃たれた気がした。
「ライラ」
「はい」
「付いてきたいなら構わない」
「それなら―――」
「ただし、俺の中で一番は決まってる。それでもというなら付いてきてもいいと思う。それに、いくらお礼だからといっても、ライラが嫌なら無理しなくていいよ。親から言われたことを『はいわかりました』で言うとおりにしなくてもいいと思う」
ライラは俺の話を受けてさっきまでの嬉々とした顔が曇り、その顔のまま両親を見た。
「・・・確かに、両親の意見もあるでしょう。それに、あなたにした仕打ちの申し訳なさもあって、この身をもって償いたい気持ちが大きいことも拭えません」
俺は頷いてから笑顔を向けた。
「それならこの話は無かったこと――――」
「ですが、私はあなたに興味があります。あなたの行動を間近に観察して、色々決めても遅くはありません」
「・・・つまりそれは・・・」
「ええっ!予定どおりお供いたします!」
わああっ!!と魔王皆さま方が盛り上がった。
ジンイチローとライラが魔王達に別れを告げている最中、離れたところでアニーとモアはそれを見ながら話し込んでいた・・・。
「結局こうなるのよね・・・」
「ジンイチロー様にしては、はっきり意見した方でございますね」
「処刑台でキライアノを糾弾したみたいに、どうしてもっとハキハキしないのかしら」
「だからこそ心配だ、そうお考えなのですね」
「放っておいたらホイホイ何か来ちゃうし・・・」
「・・・それにしても、『一番は決まってる』ですか。そろそろでございますね」
「なんのこと?」
「今晩お時間を頂戴してもよろしいですか?例の大事なお話をしたいと思います」
「・・・いいわよ」
「ありがとうございます」
「そういえば今晩どこで泊まろうかしら」
「アニー様のご自宅になるのでは?ジンイチロー様の転移でひとっ飛びできそうですし」
「そうねえ~。・・・ん?そういえば、なにか忘れてるような気がするんだけど・・・」
「・・・そういうことは、得てしてどうでもいいことが関の山でございます。放っておきましょう」
「そうね、気にしないでおこう!」
モアは頷くだけでそれ以上のことは口にしなかった。しばらく二人が黙ってジンイチロー達の様子を見ていた、その時だった。
「なにあれ。なんか小さいのがフワフワ飛んでくるわよ」
「蝶々・・・ではないようですね」
「確かに似てるけど・・・大丈夫かしら。ジンイチロー達のところへ飛んでいってるけど・・・」
疲れたように宙を上下して飛ぶそれを、二人は心配そうに見守る・・・。
「ジンイチロー、耳を貸せ」
魔王がそういって顔をよせた。
「キライアノの気配が消えた」
「消えた?」
「ああ。正確には消えたというよりも、消されたと言った方がいいな。我のつけた印はどこにいてもわかるからな」
「消されたということは、事件の本当の黒幕か・・・。心当たりがないわけじゃあないけど・・・」
アンディにはすでに応接間で『魔人石』について聞いてみたものの、まったく何の情報も得られなかった。キライアノがヘドロみたいな魔物になったのも、彼らにしてみれば未知の出来事だったろうし、人族の出来事は関わりがなければ知る由もないのも頷ける。この先同じような事が起きないとも限らないし、人族の情報を仕入れた方が人族側も強力な味方になってくれるメリットもありそうだ。
昨日の敵は今日の友、だ。
「アンディ、もしよければ人族と国交を結ばない?」
「ほう・・・。ジンイチローもそう考えるか」
アンディはニヤリと笑った。
「さすがはライラの夫になる男だ。我もそう考えていた」
「あのー、それはまだ何とも言えないですけど・・・。まあそれはいいとして、魔王国だっていつまでもエルフだけと付き合うわけにもいかないでしょう?キライアノみたいな独り善がりな考えは相手を知らないからこそ沸き出るものだと思うし。それにお米は重要な資源です。あんなに俺にくれるくらいだから結構余ってるはずでは?」
「お主の言うとおりだ。行き詰まりを感じていたのも事実だし、キライアノのことがあって真剣に考えていた。だが、まだまだ人族は我らのことを危険視しているだろうし、我ら同胞も心の準備ができていないことも直視せねばならん」
初めてこの地にやって来た時のことを思い出した。そこまで酷い仕打ちを受けたわけではないが、アンディの言うとおりまだまだ教育は必要だろうし、それは人族然りだ。
「エルフもフィロデニアと国交を回復することを決めたんだ。人族の土地で同胞が被害に遭ったから、情報を入れやすくするために門戸を開いたんだよ」
「あのエルフまでもか。ならば我らのも決断の時だな。重臣達はまとめておくから、ジンイチローはフィロデニアの王と話をつけてくれないか」
「エルフの長老からも依頼されてるから問題ないです。フィロデニア王にも話しておくから暫くしたらまた来ます」
「頼んだ」
アンディとがっしり握手を交わす。
そんな最中、周りがざわつきはじめた。アンディが怪訝そうにエイルケンさんに向いた。
「どうした、エイルケン?」
「あ、あれはなんでしょう?」
「ん?」
エイルケンさんが指差した方向を見ると、宙を上下しながら何かが飛んできた。どこかで見た覚えがある・・・。
「恩人様ぁ~」
弱々しく聞こえてきたその声は・・・!!
「ウィックルか!!」
「お、恩人様ぁ!!」
ブーン、という音がしたかどうかは定かではないが、そう感じるほど、俺がいるとわかった途端にスピードを上げて向かってきた。
そして、俺の顔に張り付いた。
「むごむご・・・」
「やっと恩人様に会えましたぁ」
ウィックルの羽根を摘まんで顔から引き剥がす。笑顔満面のウィックルだが、疲れも見える。フル・ケアをかけると、法悦した面持ちのまま目を閉じて浸っている。
「いい気持ちですぅ」
「どうしたんだ、こんなところまで」
「決まってるです!恩人様に恩を返したくて里を出て来たんです!」
「出てきたって・・・。長老は知ってるの?」
「はい。お許しをもらって来ましたから」
「まさか、ずっとついてくる気じゃあ・・・」
「当然です」
今日は厄日だろう。そう思わずには平静を保てない。
「それにしてもよく俺のいる場所がわかったね」
「恩人様につけた印を頼りに来ましたから!」
「印・・・?」
すると、横にいたアンディが感心したような声をあげた。
「ほお・・・。我と変わらぬほどの印をつける種族がいるとは・・・。魔族も奥深いな」
なるほど、あの時アリッサが俺の胸の辺りを探っていたのはそういうことか。合点がいく。
「はあ・・・転移でピクシーの里に行って置いてこようかな・・・」
「それをしても無駄です!私はまた里を出てどんなに遠くても恩人様のもとへ行くです!」
ウィックルもまたライラと同じく真剣な眼差しで俺を見つめる。
「道中なにがあってもいいの?」
「覚悟はできています」
ため息をついた俺は知らず知らずのうちに肩を落としていたようで、アンディからそう落ち込むなと笑われてしまった。
「覚悟があるなら、仕方ない」
「いいんですね!?やったぁ!!」
「ただし、珍しいからといってウロウロするとすぐに捕まってしまうから、指示あるまで俺から離れないこと。勝手に行動しないこと。危険が迫ったらすぐに逃げること。これを守れたらだ」
「はい。約束します」
摘まんでいた羽根を離すと、ウィックルは約束の証だとして俺の額にキスをした。ほんのりとウィックルの体が光ったような気がした。
「わ、私も約束の証を・・・」
「君はいい」
近づくライラの頭を手で制して、アンディに向いた。
「それじゃあまたね」
「ああ、またいつでも来てくれよ」
「ダニエラさんもお元気で」
「ええ、ライラをよろしくね。ライラも粗相のないように」
ブー垂れるライラは居直り、澄ました顔で返事をした。
「はい。心得ております」
おっと忘れていた。
「アリッサ!」
待機していたのか、上空から間を置かずにアリッサが降り立った。魔王一同は目を見開いて驚いていた。
「転移でばぁばの家に帰るから、アリッサは一足先にフィロデニアにお帰り」
ぎゅいっ、と鳴いて俺に頭を擦り付けると、再び蒼穹へと飛び立った。
「みんな俺にくっついて。転移するよ」
みんな俺の肩やら頭やら腕にしがみつく。
「アンディ、みんな、お世話になりました。『転移』!」
こうして俺達は魔王国をあとにし、エルフイストリアの地へと舞い戻った。なんか忘れてるような気がするけど、わいのわいのするみんなの話を聞いているうちにそんなことはすっかり頭の隅に追いやられてしまったのだ。
いつもありがとうございます。これで魔王国編は終わり一旦エルフイストリアへ寄ってからフィロデニアへ戻り、次編へ移ります。
次回もよろしくお願いします。