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第147話 褒美

 応接間のソファには俺とアニー、モアさんが並んで座り、向かいには魔王、ライラ、王妃が並んで座っている。ソファの傍らでは、つい先ほどまで『魔王』をしていたエイルケンさんが頭を下げながら片膝をついている。応接間に招かれて早々のこの光景だ。


「此度は脅されていたとはいえ、大変申し訳ございません。命に代えてお詫びいたします。その上で我が儘を言わせていただければ、私の家族だけでもどうかご容赦くださいませ」


 エイルケンさんは自らの罪を認め、断罪に処されても構わないと明言した。確かに一国の王を殺そうとした罪は重いだろうな。この国の法はわからないが重罪は免れえないだろう。


「エイルケンよ・・・」

「はっ!!」

「そなたは我を殺そうとしたというのだな」

「・・・はっ!確かに」

「確かに、殺そうとしたのだな」

「・・・いや、ええ、はい」


 魔王の何やら含んだような物言いに、エイルケンさんはほんの少しだけ首をひねった。


「エイルケン、お前は我が寝ていたと思っているようだが、実はあの時起きていて突き刺されようとしても動かずに待っていたんだ」

「「「「「 えええっ!? 」」」」」


 魔王は自信満々に話すと、みんな驚いて魔王を見つめた。


「お父様、一体どういうことですか?自ら殺されようとなさったのですか?」

「はははっ。そうなる」

「魔王様、いったいどういうことで・・・」

「まあつまりだな。あんな短剣ごときでこの我を殺せると思っておったエイルケンの浅慮の裏に、何かがあると思ったのだ。よく考えてみろ。この国で一番の強者は誰だ?」

「・・・魔王様です」


 エイルケンさんは眉間に皺を寄せながら答えた。


「その通りだ。だから我は寝たふりをした。お前は我を殺そうとしたが、我は自ら望んでお前の持っていた短剣に立ち向かったのだ。我のこの行動を何という?エイルケンよ」

「・・・ただの遊びであります」

「その通りだ!!ただの遊びよ!!ゆえにお前に罪はない。ただの遊びだからな!!はははっ!!!」


 豪快な人だが意外に考えている。それに部下思いの熱い奴だ。


「だがな、意外にあの『黒い何か』には喰わされた。よもやそこにいる大賢者と戦おうなど夢にも思わんかったわ。操られていたとはいえあれは我の本気だった。『あの当時の』と付け加えておくがな」

「はあ・・・」


 俺のことも一目置いているようで、さっきから見定めるような目で俺をジロジロと探っている。魔王自体はいい奴だと思うんだけど、さっさと『魔人石』のことを聞いて帰りたいな。


「エイルケン、ウルグルの遺体はどうした?」

「はっ、ボリオンドゴノと遺族によって丁重に埋葬される手筈になっています」

「彼奴の残された家族には永年給金を出せ。この国の為に尽力した男への最後のはなむけだ」

「はっ!ですが・・・」

「なんだ?」

「キライアノによって国庫が大分持っていかれてしまっているようで・・・」


 それを聞いた魔王は、殺気を込めたイライラをエイルケンさんにぶつけた。


「あいつめ・・・。膿を飛ばしてすっきりしたと思ったらそんな置き土産を・・・」

「申し訳ございません。私の不行きが原因であります」

「その件はいい。それでも給金は拠出しろ」

「・・・善処します」


 エイルケンさんの表情が険しい。本当に根こそぎ持ってったかもしれないな、あの男。何に使ったんだか・・・。あまりにもエイルケンさんが可哀そうなので俺から提案することにした。


「あの、もしよければなんですが」

「どうした大賢者」

「本来ならこの国に来て魔王に会った際に渡そうと思っていたものがあるんです。それをお金に替えるなりなんなりすればどうでしょう」

「ほう・・・どのような品だ?」


 興味深そうでいて、さらに見定める視線が強くなった。俺はそれを極力気にしないようにしながら、魔法袋から取り出したものをローテーブルにジャラジャラと並べて見せた。


「精霊石です」

「「「「「 ・・・・・ 」」」」」


 みんな精霊石を見て止まっている。あ、まさか、この国じゃ精霊石なんて物珍しくもなんともないのか!?大人がビー玉を並べて「いいでしょ!」と自慢して見せているのと変わらないじゃないか!


「すみません、こんな精霊石珍しくもなんともないですよね。いらないのなら仕舞います」

「「「「「 いやいやいやいや!!! 」」」」」

「え?何にも言わないのでいらないのかと――――」


 これに食い付いたのは王妃だった。


「ジンイチロー殿、この精霊石はどこで手に入れたのですか!?こんなに大粒で形も揃っていて、なおかつ大量にあるなんて!!1個だけでもこのサイズならとんでもない価値ですわ!!」

「はあ・・・」

「で!!どこで手に入れたのですか!!ムフー!!」


 王妃様、鼻息は自重くださいませ・・・。


「この精霊石は全て俺が作りました」


 アニーとモアさんを除く皆が俺を見たまま固まっている。この光景も見慣れたものだ。


「そんなばかなことがあるわけないだろう。こんな立派な精霊石を人の手で作り出せるわけがあるまい」


 魔王の言うことはもっともだ。俺自身作れると知ったときは信じられなかった。


「それが本当なら作るところを見せてみろ」


 ああ、やっぱりそう来ますか。言わなきゃよかったと今さら後悔しても遅いので、ため息一つついて両手を前に差し出し、精霊石の作製にかかった。


 いつ見てもこの光景はすさまじい。周囲から精霊魔力が集まり、その中心にいる魔法陣も高速回転する様子に、さすがのアニーも口に手を当てて目を見開いて見守っていた。


 先ほど差し出した精霊石よりもやや大きめの精霊石が出来上がったところで止めると、その精霊石をローテーブルに置いた。


「はい、こんなもんです」


 ちなみに王妃は涙を流していた。魔王が復活したと分かった時でさえ流さなかったのに・・・。


「斯様に美しく素晴らしいものを見たのは生まれて初めてです。こちらにある精霊石はいただいてよいのかしら?」

「もちろんです。そのためにお持ちしましたので」

「ありがとう。ジンイチロー殿と知り合えて本当によかったわ。ライラも助けてくれたし、この人も助けてくれた。それにアイリももう元気よ。特上の回復魔法をかけてくれたそうね」

「礼には及びません。たまたまこの国に来た流れでしただけですから」

「あなた、わかってるわね」


 王妃が魔王の膝に手を乗せると、魔王もその手をとり、王妃に頷いた。


「ああ、ライラだろ」

「ええ。ふふ、見て。ライラったら見たことないくらい緊張してるわよ」

「ははっ、そうだな。ライラよ、私達は賛成だぞ。求められたら好きにしなさい」


 ライラは一言も会話に入らなかったと思い目を向けると、赤い顔をして俯いていた。俺の隣からため息が聞こえたので咄嗟に振り向くと、アニーがやれやれと首を振っている。


「ご褒美がもらえるみたいでよかったわね、ジンイチロー」


 礼には及ばないと言ってみたものの、これはやはり話を切り出した方がよさそうな雰囲気だ。その意を汲んだのか、ライラが突然立ち上がったので、俺も無意識に立ち上がった。


「こ、この度は私の家族のために、じ、ジンイチロー様にご尽力を賜り、誠にありがとうございます。つきましては、細やかながら褒美をとらせるという父の意向を受け、だ、代表してわたしがあなた様が所望する『褒美』について承らせていただきます!ど、どうぞなんなりとお申し付けくださいませ」


 魔王と王妃はたがいに頷きあい、微笑ましくライラを見つめている。


 そうか、これはライラが魔王から引き継いだ公式な仕事なのか!だから緊張しているんだな。それならばこちらも正式に言わねばならぬことを言わせていただこうか。


「ごほん!では・・・褒美の話の前に一つ謝罪をしていただきたい」

「へ?」

「濡れ衣を着せられ牢屋で拷問を受けた件と、並びにアニーとモアに対する仕打ちの件です」


 ほおぅ、と感嘆の息が魔王から聞こえた。


「ひそひそ(尻に敷かれぬために予防線を張りおったぞ)」

「ひそひそ(でもあんなに狼狽えるライラが見れるなんて!さすがジンイチロー殿ね)」


「あ、あ、あれはその・・・確かに私のはや合点でした。慎んでお詫びいたします。ど、どうぞ煮るなり焼くなりお好きになさってくださいませ」

「煮るなり焼くなり・・・もう褒美が何なのか察しがついてるようだね」

「もちろんです。もう準備は整っております」

「さすがはライラだね。じゃあ俺の希望する『褒美』を伝えるよ。すぐにでも食べたいぐらいだしね」

「す、すぐにぃ!?」

「ああ、だってもう準備は出来てるんだろ?」

「ふわぁ!わかりました!」


 魔王と王妃がはしゃいでいるのはひとまず見なかったことにしておく。ていうか、このやり取りのどこにはしゃぐ要素があるのかまったくわからない。交渉事における魔族の特別なルールでもあるというのだろうか。


「では俺の望む褒美を伝える」

「は、はい!」

「それは・・・」

「・・・」


「米だっ!!」


「「「「「 はあ? 」」」」」


「魔王国に来て米があるなんて思いもよらなかったからさ、久しぶりに食べて感動したのなんの!だから、褒美をもらえるなら、絶対にお米だって思ったん――――あれ?どうしたの?みんなポカンとして」


 開いた口が塞がらない様子に戸惑うも、そんな雰囲気をぶち破ったのは魔王の破顔と轟く笑い声だった。


「はーはっはっはっ!!主は我が娘よりも米を取るというのか!!面白いやつめ!!こんなに笑わせる人族はロード以来だぞ!!ふふ、ふははははは!!!」


 我が娘より米?ライラがどうして米と比べられるんだ?魔王の言葉の意図が分からずライラを見ると、彼女は俯いたままプルプル震えている。


「ジンイチロー、ほんとやってくれるわね」

「さすがでございます、ジンイチロー様」


 どことなくほっとしたような呆れ顔をみせるアニーと、やけにすっきりしたような顔で頭を下げるモアさんは、魔王の言葉の意味が分かっているのか、そんな言葉を残した後には微笑んでいた。


「ライラ、まあいいじゃないか。大賢者は米を所望している。ありったけの米を用意して差し上げろ」

「・・・わかりました」

「大賢者よ、米だけでは我の感謝を伝えきれん。()()()()()()については我に任せてもらえんか?」


 魔王はライラを見るなりそういうと、ライラも何かを感じ取ったのか大きく頷いて俺を見た。


「ええ、構いませんよ」

「言質は取ったからな。それではライラ、準備をしてくれ」

「はいっ!お父様!ありがとうございます!」


 飛び出るように応接間を出て行ったライラを見送って、腰を下ろした。すると魔王は何かを思い出したのか突然手を叩いて笑い出した。


「すまぬ、大賢者。我はまだ名を名乗っておらんかった」

「そういえばそうでしたね」

「我の名はアンドロデラードと言う。敬称はいらん。アンディと呼んでくれ」


 風貌からして全然『アンディ』っぽくないけどね。突っ込みたい気持ちを抑えて努めて笑顔で返した。


「あらためて、俺はジンイチローです。よろしく」

「よろしくジンイチロー。これから家族になるのだ。仲良くいこうじゃないか。はははっ!!」


 握手をした手が固まる。魔族って恩人に思った人のことを家族と呼ぶのか?よくわからないな・・・。


「ところで、ロード・ハンスという人族をお主は知っているか?」

「ロード・ハンス・・・。俺の記憶が正しければ、フィロデニア王国を救った英雄と聞いてますね」

「まあ、その認識で間違いないだろうな。人族からすれば」

「・・・色々と裏事情がおありのようで」

「あの時の我はやんちゃが過ぎていたからな。魔王になりたてでトゲトゲしていたわ」

「キライアノはもしかしてその時からアンディの側近に?」

「ああ。今思えば奴が一番の人族の里へ攻め入ろうと意見する先鋒だった」

「そうですか・・・」

「しかしまあ懐かしいものだ。ロードが死んだと聞いたときは妙に寂しい気分になったものだ」

「でもロードと一緒に戦ったミルキーはまだ生きてますよ」

「おおっ!あの魔法使いか!」


 アンディの顔が急にはつらつとなって笑顔に溢れた。


「結構なおばあちゃんになってますけどね」

「はは、そうか。あの時は結構エゲつない魔法を我に撃ちまくって散々な目にあったわ。わはは!」


 そんな不思議な共通点を見つけた俺達は、しばらく歓談に花を咲かせた。ちなみにアンディに『魔人石』の話題をさらっと聞いてみたものの『知らんっ!』と一蹴された。俺の怒涛の数日間を返してほしいと心の中で嘆いたのは言うまでもない・・・。



 ・・・

 ・・

 ・



 所変わって、魔王国の外れの外れ。海岸線の見える誰もいない大地に、魔物のような物体が息も絶え絶えに倒れていた。この魔物はつい先ほどまで『キライアノ』と呼ばれていた、魔王国の3武神の一人と呼ばれていた魔族であった。自らに『魔人石』を取り込み、その様相はヘドロを被ったような醜い姿へと変わり果ててしまったが、『キライアノ』の意識を保ったままであるのは魔族ゆえかもしれない。人族が『魔人石』を取りこんでしまうと、特性がない者は瞬く間に奇天烈な魔物へと変わり果て、人であった頃の意識を剥ぎ落されてしまうという恐ろしい石だ。


『ゴゴマデグレバ・・・』


『魔人石』を取りこんだ直後よりもさらに声は低くなり、さらには『キライアノ』としての意識さえも徐々に削がれていく感覚を、彼自身感じていた。彼は何とかしてこの姿を元の『キライアノ』に戻すべく、魔王国を置くこの大陸からの脱出を図ろうとしていた。


『ハヤグ・・・ハヤグシナイド・・・』


 彼が海岸線めがけて再び歩こうとしたその時だった。


 目の前に突如として黒い魔法陣が浮かび上がると、そこから灰色のローブを纏った男が現れた。


「呼ばれてみたらこの有様か・・・」

『タノム!!モドノズガダニモドジデグレ!!』

「・・・くそ、失敗したか・・・」


 ローブの奥に隠れる顔が歪む。


「石は己に使うなと言ったことを忘れたか」

『シカタナガッダンダ!!タンケンノチカラ、フキトバズヤツガアラワレダンダ!!』

「なに?主の力を吹き飛ばしただと?ばかな・・・」

『ホンドウダ!ジャナクチャ、オレハアンダヲヨンダリジナイ!』

「興味深いが・・・信じられんな」

『ホ、ホンドウダ!『カネラ』よ!ジンジテグレ!』

「わかったわかった。今すぐ貴様に処置を施そう」

『タスカッタ・・・』


 ローブを纏う男はニタリと顔を歪ませると、『キライアノ』に腕を伸ばした。黒いモヤが『キライアノ』を包み込んだ瞬間、『キライアノ』は苦悶の声を響かせた。


『オ、オイ!ナニヲスル!』

「言っただろう、『処置を施す』と。お前はもう用済みだ」

『ナ!オイ!ヤメロ!ヤメ――――グオオオオオオオオ!!』


 黒いモヤは徐々に小さくなり、それに合わせて『キライアノ』の姿も見る見るうちに小さくなっていく。やがてモヤがなくなると、『キライアノ』がいた場所には赤い石が一つ転がっていた。


「主には報告するが・・・計画はかなり後退だな。まずは北から抑えることとなるか・・・」


 黒い魔法陣が再び現れると、『カネラ』と呼ばれた灰色のローブを纏った男はその魔法陣の中に消えてしまった。


 草原の草花たちは何事もなかったかのように潮風を受けて揺れていた・・・。




いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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