第146話 復活
「さて話を戻すとして・・・魔王エイルケンさん、『年替わり草』は確かにリオーナに飲ませましたからね」
俺の言葉を怪訝そうに受け止めるエイルケンさんは、俺とリオーナを交互に見つめた。
「しかしジンイチロー殿、あなたは魔王に『年替わり草』を飲ませたはずでは・・・」
「ええ、飲ませましたよ。確かにね」
「俺も見ていたぞ!くそっ!どうして・・・」
横から睨むキライアノに、仕方なく顔を向けてやった。
「『年替わり草』が一輪しかないなんて、誰が言った?」
「「 え・・・ 」」
「エイルケンさん、『年替わり草』はあったんです。二輪もね」
岩山で『年替わり草』を見つけた俺は確かに採取した。しかしその奥にもう一輪あったので、それもしっかり採取した・・・というのが本当のところだ。もちろん、二輪あったというのは誰にも言ってない。
「さてさて・・・・・・ご家族があんな山奥に囚われていたことを考えると、新魔王の行動はある程度推測はできます。ですけど・・・きっと俺が魔王国に来たのは新魔王にとってはイレギュラーな事だったのではないかと思います。それと同時に、微かな希望を抱いたのではないですか?そうでないとしっくりこないんです。話してくれますよね?」
エイルケンさんは目を閉じるも、すぐに見開き、決意を固めたのか力強くうなずいた。
「リオーナ達の無事がわかった今、何も隠すことはない。私はこの男、キライアノから脅されていた。リオーナの病を治す薬を教えてほしければ俺に協力しろと」
「ば、ばかなこと言ってんじゃねえぞ!!」
俺はキライアノにすぐさま詰め寄ると、刀の切っ先を彼の喉元に突きつけた。
「ちょっとお前は黙ってろ、な?」
キライアノに対するイライラは俺の中で想像以上に沸いているみたいだ。首を切り落とすこともできたかもしれないけど、色々話してもらわなければいけないこともある。それに、幼いリオーナの前でそれはしたくない。
「リオーナの病は回復魔法では治せぬ特殊な病だった。一体どうすれば治るのか、私も必死に探していた。そして、その方法を探ろうとある男も協力してくれた」
「まさかそれが・・・」
「そうだ。3武神の一人、ウルグルだ」
すでに息絶えているウルグルを、ボリオンドゴノは切なそうにその顔を撫でている。
「ウルグルは知略、知識ともに申し分ない男だった。秘密にしていた娘の病気のことを話すと、ウルグルは喜んで協力すると申し出てくれた。仕事から離れてまで調査すると言ってくれた。だから、私は彼が請け負っていた仕事も代わりにやっていたんだ」
「なるほど。そしてここでキライアノの出番というわけか」
俺はキライアノを睨む。
「な、何言ってんだよ。俺がヤるわけないだろ」
「ウルグルの遺体に変なものがあったんだ。ボリオンドゴノ、見てもらっていい?」
ボリオンドゴノは無言でウルグルの服を捲ると、そこにあったものを見て、目を丸くさせながらエイルケンさんを見た。
「おい、これは・・・」
「そう、ウルグルの遺体を見た時に間違いないと思った。魔王にも現れていた黒い紋様が彼にもあったんだ。ボリオンドゴノ、魔族って心臓はないの?何にも残ってないんだよ」
「人族のように心臓はない。あるのは魔核と呼ばれるものだが・・・気配すらないぞ・・・」
ボリオンドゴノにウルグルの観察を任せ、キライアノを見やった。
「ウルグルの『年替わり草』の知識を得たお前は彼を葬り、エイルケン宰相の脅しの道具にした。逃亡や告げ口を恐れて、部下なのか雇ったのかはわからないが山奥の屋敷に監禁し見張らせた。年替わり草のことを教える代わりに魔王を殺せとでもいったんじゃないか?」
「ジンイチロー殿、そのとおりだ。あの妖しげな短剣で魔王を一突きにしろと」
キライアノはばつの悪そうな顔でエイルケンを見つめる。
「でもエイルケンさん、3武神ウルグルでさえ葬ってしまうその短剣で、なぜ魔王は息永らえたのですか」
エイルケンさんは考え込むように目を閉じたあとゆっくり瞼を開けたが、それでも表情は曇っていた。
「わかりませんね。魔王の抵抗力が思った以上に強かったのかもしれません」
「なるほど。それでは魔王の居室に忍び込んで短剣を突き刺したのはエイルケンさんでよろしいんですね」
エイルケンさんは苦々しくも小さく頷いた。
「私が牢獄に叩き込まれた原因になった、魔王の居室にいた黒マントもあなたでしたか」
「ええ、間違いなく」
「ですが、もしあの時・・・濃密な殺気を出したあの時、俺じゃなくてライラがあの扉を開いていたらどうしてたんですか」
「ライラ様であればさらに申し分なかったんだ。この処刑台に上げられていることからもわかるとおり、キライアノが望んだ結果になっただろう」
俺はキライアノに向けた刀で喉元を突っついた。
「なるほど。キライアノ、お前が魔王を陥れようとした理由はやはりさっきの演説か?魔族至上主義か何かが目的か?」
キライアノの苦虫を潰した顔がみるみるうちにニタリ顔になっていく。大きく後ろに跳躍した後に、ズボンのポケットから見覚えのあるものを取り出した。まさかのことに目を丸くしてしまう。
「ジンイチロー!あれは!」
アニーも気づいたようで俺に注意を促す。軽く頷いてキライアノに斬りかかろうとしたとき、奴はそれを胸の中に取り入れてしまった!
「キライアノ!やっぱりお前は!」
「あんたはこれが何なのかわかってるみたいだなぁ!」
「どこで手にいれた!?」
「はん!精々足掻いて探してみやがれ!俺は・・・オ、おレハ・・・」
キライアノの体から手とも足ともわからないものが無数に飛び出し、伸びたそれらがいとも簡単にライラを捕らえて自分のもとへと引き寄せてしまった。
「いやああああああああ!!」
ライラに絡みついた何かが、彼女の眼前でナイフのように先鋭化した。
「ウゴイタラゴロス!!」
くぐもった声となったキライアノは、『魔人石』を取りこんだ副作用なのかヘドロの塊のような姿に変わり果ててしまっている。
「ライラヲゴロジテマオウニナッデヤル!!」
「いやああああああああ!!放してぇええ!!」
俺はライラに突き付けられたものに斬りかかりたいが、キライアノだったモノの眼がどこにあるのかがわからず、隙が窺えないでいた。このままでは――――――――
ああ・・・いや、前言撤回。ライラは助かる。
キライアノの遥か後方で大きく跳躍する『何か』がやってきた。ここで登場とはさすがだと御見それしてしまう。
その『何か』はまっすぐキライアノだったモノへ大剣を振り下ろす。真っ二つになった『ヘドロ』は、悲鳴も何も発することなく地面に落ちてしまった。ライラは拘束から抜け出すと、慌てて俺のもとへ駆け寄った。
「ライラ、大丈夫?」
「うん・・・」
「でも君が行くべきところはここじゃない」
「?」
「君を助けてくれた人を良く見てごらんよ」
「え・・・」
ヘドロを切り落とした『何か』は大きく跳躍してここまで来たせいなのか、未だに片膝を立てたまましゃがんでいたけれど、ようやく立ち上がってその風貌が露わになると、周りにいた人たちの驚きようといったら半端なかった。
「そんな・・・どうして・・・」
「さあ、ライラ」
俺はライラの背中を押すと、立ち上がった大きな風貌はそれにあわせて声を出した。
「今帰ったぞ、ライラ」
「お・・・お父様ぁああああ!!」
ライラが大きな体のそれに飛び込んでいく。
そう、それは紛れもない『魔王』だ。
「じ、ジンイチロー殿、これはいったいどういう・・・」
「あなた・・・どうして・・・」
エイルケンさんも王妃も驚きがいっぱいで一歩も動けないでいる。確かに無理もない。
「実はですね、俺、魔王なんか殺しちゃいなかったんです」
「「「「「 えええええっ!!! 」」」」」
俺の言葉を聞いていた人たちが一様に驚く。
「ジンイチロー殿、あの時確かにあなたは魔王を・・・」
「ええ確かに。しかしですね、あの時魔王の体を巣食っていたものは、俺にとっては覚えのあるものだったんです」
俺はそういうと、処刑台の下で俺を覗うモアさんをみた。目が合うと「なるほど」と言わんばかりに何度もうなずいていた。
あの短剣には人間にある『魔力だまり』に反応するようにできていたのではないかと推測し、魔王と戦っている最中に試しに俺の魔力を流し込んでみた。すると、モアさんが魔人石に侵されていたあの時に見た『黒い何か』と同じものが魔王に巣食っていることがわかった。モアさんの時と同様に、俺は魔王の中に巣食っている『黒い何か』に対して魔力の奔流をぶつけて吹き飛ばし、『魔王殺し』に見せかけた・・・というのがあの戦いの裏に隠した真実だ。
「なるほど・・・。ではどうして今まで魔王は死んだように寝ていたのでしょうか」
「多分魔核のダメージが本人にとって想定外に深刻だったんでしょう。魔王は倒れる直前に私にこう言いました。『しばらく眠る』って」
「そうでしたか・・・」
エイルケンさんは抱き合う魔王親子を見てどことなしか安堵の表情を浮かべていた。そんな魔王は、しがみつく我が子を引き離し、俺に向いた。
「見知らぬ人族よ、礼を言う。我が体内に宿りし悪しきものを振り払い、こうしてライラと再び邂逅できた」
「私はどうでもいいんです。そこに転がっているヘドロみたいなやつがなくなればね」
そう、奴はまだ生きている。真っ二つに切り裂かれたと思ったら、いつの間にかくっついているぐらいタフなのだ。
「オノレ!!ドイヅモゴイヅモ!!」
立ち上がろうとしたヘドロだったが、魔王が容赦なく再び真っ二つにしてしまった。
「ギィヤアアアアアアア!!」
今度はそこそこのダメージがあったねか、断末魔の悲鳴を轟かせて倒れてしまった。だが、すぐにくっついて再生してしまう。しぶとさは『キライアノだった』時譲りなのだろうか。
「オボエテロ!!カナラズゴロジデヤル!!」
ヘドロは跳躍すると集まった観衆を飛び越えてどこかへ消えてしまった。軽く舌打ちをした俺は刀を納めて追いかけようと身構えた。
「待て。行く必要はない」
魔王の呼び掛けに振り向くと、魔王はゆっくりと頷いた。
「奴がどこにいてもわかるように印はつけた。本調子になったところで我が終わりを告げに行く」
自信があるように見えたので、ここはお言葉に甘えよう。俺も頷いて応えると、魔王は集まった観衆に向かって拳を振り上げた。
『魔王は甦った!!賛意あれば拳を挙げて応えよ!!』
俺は見た。次々に己が拳を振り上げ、その瞳に憂いなく魔王を捉えた観衆達を。
――――魔王!!魔王!!魔王!!―――――
体の芯から奮えるほどの雄叫びは、魔王の復活を真に望む声であることは疑い無い。
とりあえずは、終わった。あと為すべきこと、それは――――――
米だっ!!
いつもありがとうございます。
なんか更新が遅れがちになってますね・・・。
次回もよろしくお願いします。