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第145話 処刑台の裁き

 

 既視感漂うその光景に慣れるというのもどうかと思ってしまう。つい何時間か前にあの場所にいたのはモアだった。でも今は元魔王の娘、ライラ――――


 モアの時と違うのは、ギロチンによって首が落とされるわけではなく、気持ち悪い笑い声をたてるあの男・・・キライアノというらしいけど、あの男の持つアックスがギロチンの代わりになるみたい。


 首を固定されている当のライラは泣き疲れた顔のまま、眼下の観衆をぼーっと眺めている。



『諸君!新しく就任した魔王に代わってこの俺――――キライアノが反逆者たる元魔王の娘、ライラを処刑する!!』



 再び集まった観衆は、どよめきとも歓声とも違う声でキライアノの声に返した。魔王・・・もとい元宰相は、処刑台の脇のイスに腰かけているけれど、その表情は優れない。嫌々『その席』に座っているのがよくわかる。


 それにしても・・・キライアノの演説は聞いていて呆れてしまう。


『わが友たちよ!!時は熟している!!わかっているだろう、それは我ら魔族が・・・魔族こそが至上であるということを証明するときが来たのだ!!』


 風魔法で声を乗せているため遠くの観衆にもキライアノの声は届いている。私も同じく、精霊たちの反応を覗っていた。はっきりと言葉として聞こえてはこないが、どうやら3割の観衆がキライアノの演説に熱くなっているようだ。観衆を煽るためわざわざ集めさせた可能性は否定できないが、3割もいれば『強そうな』方になびいてしまうおそれもあるし、何かしら不満をもっている人なら憂さ晴らしを求めてあたかも賛同しているかの如く声を揚げるでしょう。


 精霊たちはおびえたように私のそばへ寄ってきていて、でもその大半は広場よりも遠くへ逃げているみたい。無理もないわね、魔族至上主義を声高に叫べば相対する種が必ず現れるし戦うことだってある。平穏な暮らしなどありえないし、行く先には蹂躙と殺戮、支配が待っている。もちろんそれは結果的に血の匂い漂うところに人と大地の緑はなくなるし、どこにでもいるはずの精霊も近寄りがたくなる。


 私は魔族だろうが精霊だろうが、至上を求めず互いの領域に踏み込まずに『そういう奴もいる』程度に相手のことを思っていればいいんじゃないかと思うのだけど、あのキライアノの熱弁ぶりからはそんな気概は微塵も感じられない。


 あるのは『排除』だけだ。


 もしあのキライアノが宰相にでもなってしまったものなら、エルフイストリアはわずかに繋いでいた交易を切ってまでも、間違いなく魔王国と袂を分かつでしょうね。


 そうは思いつつも、本当に嫌な匂いしかしないあの男の演説が徐々に観衆を引き寄せ熱を起こしている点についてだけは、さすがだと言わざるを得ない。


『我は新たな宰相となり、魔族のあらたな覚醒を目指していくことになろう!!そして反逆者である元魔王の娘、ライラの処刑をここに実行し、諸君らはあらたな歴史の始まりの証人となるのだ!!』


 様子をみていた魔族もその熱にほだされたのか、こぶしを振り上げてキライアノに応えていた。キライアノは知っていたのかもしれない。平穏に暮らしている魔族の心の奥に、抑圧された鬱憤が溜まっていることに。


 となれば・・・ライラがあくまでも『魔族の起こり』のきっかけにすぎないとすれば、次のターゲットは・・・言わずもがな、間違いなく私たちだ。あのキライアノという男は宰相という地位を味方に、ありもしない罪を拭わせて牢獄に押し込めた挙句、この処刑台の餌食にするはず。


 ジンイチローが何をしているのかはわからないけれど、それが失敗したときのことを考えて早急にこの土地を離れないといけない。その失敗の意味するものは、生気を無くした目で観衆を見つめるライラの処刑が実行された時ね。


 ますます上がる観衆の熱にますます居心地の悪さを覚えてしまうけど、隣にいるモアは平然とした顔でライラを見つめていた。


「モア、早く帰りたいわね」

「ええ、ですが、ジンイチロー様があの方を助けたいと思っている以上、私がここにいる意味があります」

「・・・強いのね」

「いいえ、私はアニー様が思うほど強靭な心をもっているわけではありません。正直に言うと、今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいです」

「私もよ。早くお母さんのところ帰りたいわあ」

「そうですね・・・・・。それとアニー様、大事なお話があるのですが」

「なに?」

「ここではお話しできないので、ライラ様の一件が片付き次第面談を望みます」

「まあいいけど別に。急にどうしたの?」


 何かしら。モアが面と向かって大事な話があるなんて・・・。いつも平然とした顔だけど、話を切り出したモアのそれはとても真剣なものだった。



『さあ!刮目せよ!!反逆者ライラの血をもって、我ら魔族が至上であることをここに示すのだ!!』



 相変わらずの盛り上がりだけど、悠長に「やれやれ」と言ってる場合ではない。もうキライアノのもつアックスは天の高みに掲げられたのだから。


 私はこんな時に不意にジンイチローから教えてもらった不思議な言葉、『テンプレ』を思い出してしまった。まさにこういう危機的状況で「いや!だめ!誰か!」と乙女が助けを呼んだとき、まさか現れるはずのない人物が颯爽と舞い降り「おいおい、こんなお嬢さんを苛めるなんざぁお天道様が許しませんぜ」とチンピラをギッタンバッタン倒しちゃうというカザグルマノヤシチがそれにあたるという、意味の分からない説明を彼はしてくれたのだけど、振り下ろされようとするアックスがお天道様の気合の入った陽光を眩しく照らし返すのを見る限り、カザグルマノヤシチがズバンッ!と現れる気配は一向にない。


で、カザグルマノヤシチってなによ?



『死ねええええ!!』



 無意識に放ってしまった。


 精霊魔法で編み出した無数の風の刃がキライアノを掠めた。突然の魔法に驚愕したキライアノは3歩4歩と下がって私を睨みつけた。やっちゃったわあ。


「お前・・・エルフがなぜ邪魔をする」


 歯ぎしりの音が聞こえるほど、固く食いしばる顎が震えている。


「あらごめんなさい、クシャミしたらつい勢いで発動しちゃったみたいね」

「今は大事な処刑の時間だ!貴様、わかってやったな!」

「あら、人聞きの悪い。でも宰相様とあろう方がこれほどの魔法は避けられるのではなくて?」


 どこかの貴族令嬢のようなやりとりをしてしまう私自身に思わず吹き出しそうになってしまう。呆気にとられているボリオンドゴノの顔も然りだ。


「たかが小娘の魔法に気付かないなんて、3武神と呼ばれていたその名も伊達なのかしら」

「ぬ・・・ぐううううう!!!」


 あら、ちょっと触れてはいけないところに触っちゃったかしら。


「ふふ、まさか、3武神の一角というのもお金で買ったものだったかしら?」

「なっ・・・き、きさま・・・」


 真っ赤な顔をして震えているキライアノを見る限り、はったりを投げたらど真ん中で受けてしまったご様子。ジンイチローのお株を奪うようで申し訳ないけど、これはやらかしちゃったかしら。


「黙れ!黙れ!」


 アックスを振り回しながら激高するキライアノに、処刑台の周りにいる『新魔王』やボリオンドゴノ、国の重鎮さんと思しき人たちが唖然と口を開けていた。気味の悪い男とは思っていたけど、こうまで脆い人だとは思わなかった。本来なら私は捕まって然るべきだけど、キライアノの思わぬ奇行にみんなの注目が俄然そちらに集まってしまったので都合はいいのだけど。


「あの・・・アニー?」


 聞き覚えのある声に振り向く。


「あらジンイチロー、遅かったじゃない」

「ちょっと思わぬ発見があって・・・。んで、アレはなに?」

「ああ、あれね・・・。何て言ったらいいのかしら・・・」


 転移で戻ってきたジンイチローは、錯乱したキライアノを見て呆然としていた。


「俺はぁああ!俺はぁあああ!」


 振り回したアックスが、ギロチン台に固定されていたライラの首の直上で振り下ろされようとした。口の中で叫ぼうとしたその刹那、いつの間にかジンイチローは処刑台に上がっていて、青龍刀の刀身で受け止めていた。アックスもろとも弾き返されたキライアノはよろめいてへたりこむと、目を瞬かせていた。ジンイチローはそんなキライアノにおかまいなしに、ライラの首を固定していた枷を外した。


「おまたせしました」

「ジンイチロー・・・なぜあなたが・・・」

「まぁ、とある方のご要望が始まりなんですが・・・おっと、その話はまた後で」


 ライラを処刑台から降ろしたジンイチローは、観衆に向いて声を張り上げた。


『私はかの大賢者マーリンより受け継ぎし次代の大賢者、ジンイチローである!!』


 ジンイチローもまた、風に声を乗せてはるか遠くにいる魔族にまでその声を届けた。魔法は魔法でも、ジンイチローの場合は精霊魔法だ。とはいっても、精霊がわざわざ声を届けている、といった方が正しいかもしれない。精霊魔法を行使しなくても精霊が勝手に力を行使しているあたり、彼がどれだけ精霊から好かれているかがよくわかる。


『この男、キライアノは謀略によって前代魔王を殺した!!』


 どよめきとヤジが飛び交う。それは当然だ。観衆の目の前で魔王を殺したのは、他でもないジンイチローだからだ。熱の入った観衆が処刑台に押し寄せないのは、あの強者『魔王』をいとも簡単に葬ったからね。


「貴様ぁああ!!宰相の俺を犯人扱いかよ!!」


 ジンイチローがこの上なく冷徹な笑みを浮かべてキライアノを見やった。


「あんたもバカだな。こんなくだらない成り上がりを見せられちゃあ、俺でも疑うよ」

「ああん?」

「でも――――それを話す前に新魔王にもご登壇願おうか・・・エイルケンさん」


 新魔王のエイルケンは深く腰掛けていた姿勢から、すっと姿勢良く立ち上がり、処刑台へと登った。


「ジンイチロー殿、今なら間に合う。ここから立ち去るべきだ。いや、すぐにでもこの国から去るべきだ。でないと10分とも経たないうちに君を捕えることになるだろう」

「連れないですね。そんなに前代の魔王に『年替わり草』を飲ませたことを怒ってるんですか」

「なに・・・」

「わかりますよ。だって『年替わり草』を飲ませたかった相手は前代の魔王じゃなくて、他の人だったんでしょ?」

「・・・」

「さて、お話をどこまで遡ればいいですかね。じゃあまずはキライアノ、あんたからだ」


 キライアノは憎々しい面持ちでジンイチローを睨みつける。歯ぎしりの音が聞こえそうなほどその口を横にくいしばる。


「まずはこの方をみてほしい」


 ジンイチローが空間を歪ませると、その中から一人の男性を抱いて処刑台の床に置いた。


 まさか・・・死んでる?


「キライアノ、これが誰だかわかるか?」

「おまえ・・・まさか・・・」

「やっぱりご存じだね。さてエイルケンさん。この人は誰?」

「・・・3武神が一人、ウルグルだ・・・」


 エイルケンがそう口にした瞬間、ボリオンドゴノがウルグルという者に向かって駆け、横たわるその顔を撫でた。


「な、なんという・・・・・ウルグルぅううう!!」


 しんと静まり返る広場。ジンイチローはボリオンドゴノの慟哭を哀しそうに見つめると、その眼をキライアノに戻した。


「ウルグルという3武神の一人、彼はもう息絶えていた。今のところ誰がやったのかはわからないけど、彼の遺体がどこにあったかは・・・エイルケンさん、心当たりはありますか?」

「いや・・・ない・・・。というよりも、ウルグルが殺されていたなど・・・」

「知らなかった・・・ということですね」

「ああ・・・」

「では、どこに隠されていたのかお教えしましょう」


 ジンイチローが片腕を伸ばすと、誰もいない空間が突如歪みだした。


「さあ、こちらへ」


 ジンイチローがそういうと、歪んだ空間から一人、また一人と見たこともない人たちが連なって現れた。周囲の魔族は皆驚いていたが、現れた本人たちも唖然としていた。


「お父様!!」


 その中でただ一人、綺麗なドレスを纏った女の子が、喜々とした顔で処刑台に上がってきた。


 その女の子が勢いよく抱きついた先は、新魔王エイルケンだった。


「リオーナ、お前・・・」

「見てお父様!!私病気が治ったの!!」

「・・・なに?」

「ジンイチローさんが私にお薬をくれたのよ!!」

「んなっ!!それは本当か、リオーナ!!」

「ええ、だからこうして走れるの!!ふふっ!!」


 エイルケンは開いた口が塞がらないのか、そのままの顔でジンイチローに向いた。


 ・・・よく状況が掴めないわね。


「エイルケンさん、私があなたのことを疑ったのは前代の魔王に『年替わり草』を飲ませたあの瞬間です。いいリアクションをいただけると期待でいっぱいでしたが、そうでもなかった。結構顔に出てましたよ、『そりゃないだろ』って。それによくよく考えてみれば、牢獄を脱走させてくれたアレもおかしかったんですよね。状況証拠的に俺が前代魔王を短剣で刺そうとしていたのは明白じゃないですか。なのにあなたは俺を逃がしてくれた。前代魔王に効く薬『年替わり草』を見つけてほしいってね。ライラを説得できなさそうなのは確かに理由としては考えられますが、それにしても対応が早かった。それを思うと余計に前代魔王に『年替わり草』を与えた時のあなたの顔が印象的だったんですよ」


エイルケンはリオーナを片腕で自分に引き寄せ頭を撫でているが、その眼はしっかりとジンイチローを見据えていた。


「晴れて自由の身になったんでちょっと調べました。まあその方法は秘密ですが、なぜかエイルケンさんが居城から自宅に帰っている痕跡が全くないことと、自宅からここ最近誰一人として出ていないことがわかりました。そして色々な足跡をたどると、とある山腹の古い屋敷に閉じ込められていたのが、そこのお嬢さんで、なおかつ、『年替わり草』を本当に飲ませたい人物であったことがわかったんです」

「あのお兄さんね、私に薬をくれたんだよ。そうしたらすごく元気になったの」


リオーナはこんな状況でも父親ににこにこと話しかける。エイルケンもつられて微笑んだ。


「そうか・・・そうか・・・」

「さて、そのお嬢さんのほかにも自宅の使用人や執事、そしてエイルケンさんの奥様も囚われていました。『囚われて』いたというのは奥様皆様からの証言ですよ」


エイルケンが妻と思しき女性に目を向けると、彼女もまたにっこりと笑った。


「ジンイチロー殿・・・」

「そしてその屋敷でもう一人見つけたんです。残念ながらすでに息絶えていましたが、特殊な魔法でもかけていたんですかね、亡くなった当時のままのような姿ですよね」


ここで声を上げたのはボリオンドゴノだった。


「ウルグルは攻撃魔法を使えなかったがよく頭のまわる奴だった。支援魔法をそこそこ使えたようだが、ウルグルの奴は使える魔法を一切口にしなかった。もしかしたら死ぬ間際に何かしたかもしれん」

「なるほど・・・。だからですか。普通、都合の悪い物は消し去りたいと思うのが世の常ですけど、そうしなかったのはその魔法のおかげですか。キライアノ、あんたはおそらくこのウルグルの遺体を消そうと躍起になったんじゃないか?でもどんな魔法も無効化されてしまい、普通に燃やそうと思っても受け付けなかった・・・違うか?」

「うるさい・・・うるさい・・・」



「ねえモア、いい芝居を見ているようね」

「アニー様、わたくしもまったく同じことを考えておりました。ジンイチロー様はこの処刑台で断罪すべき相手は、ライラ様ではないということを切に訴えたいのですね」

「そうね・・・」

「しかし、これはまた面白いことになりそうですね」

「血なまぐさいのはもう嫌よ」

「いえ、そういう意味ではありません」

「へ?」

「先ほどからライラ様のご様子を覗っているのですが・・・やはりそう来ますよね」

「ねえ、なんのこと?」

「アニー様、やはり私との話し合いは早急に進めておきましょう。ジンイチロー様との今後の為に」


 これまでに見たこともないほどモアが口角があがっていることに、きっといいこととよくないことの両方の話なんだなと直感した。



いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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