第144話 救出活動
ダニエラとの会合を終えた俺は客間に戻りアニー達とのんびりとお茶を飲んでいた。客間をノックする音が聞こえたので合図すると、衛兵が畏まりながら伝えてきた。
ライラの処刑が1時間後に実行されるというのだ――――――
伝令に思わず「えっ!?」と言ってしまったほど、その決定の速さに焦りを覚えた。ダニエラの私兵からの報告はまだ届いていない。
衛兵が客間を去った後、落ち着けずにウロウロとしてしまう俺・・・。さすがに不審に思ったのか、アニーが声を掛けた。
「どうしたの?ライラの処刑が待ちきれない?」
「ああ、いや、そうじゃないんだけどさ・・・」
「・・・私にも言えないこと?」
「ああ、いや、そうじゃないんだけどさ・・・」
「ったくもう・・・」
何を返事したのかさえよくわからない俺に、アニーは後ろから強く抱きしめた。
「アニー・・・?」
「まったく・・・そんなんじゃダメよ。落ち着いて。理由はよくわかんないけど、ライラを助けたいんでしょ」
「うん、まあ、そうだね・・・はい」
「うん、じゃあこっち向いて」
「はい」
くるりと振り向くと、アニーの唇が俺のそれと重なった。
「はい、落ち着いた?」
「・・・はい」
うん、確かに落ち着いた。アニーは俺の御する術をよく御存じでいらっしゃる。
そんなわけで落ち着いた俺はソファに腰を落とし、アニーとモアさんに小声でダニエラさんとのやりとりについて話した。
「そういうことだったの・・・」
「まだ確証がないんだ。ただ、もしかするとそうなのかなって思って。だからその確認をダニエラさんの私兵にお願いしたんだよ」
「あれは確かに怪しさ満点だったわ」
「まあね、それに――――」
その刹那、俺達の座っているソファの横に突然跪く人影が現れた。
「ひっ!!」
アニーがぎょっとするのを俺が手で制した。
「アニー、さっき話した私兵だよ」
「そ、そう・・・」
跪いていた人影が顔を上げる。
「ジンイチロー様、ダニエラ様へご報告いたしましたところ、ジンイチロー様のご協力を賜るよう仰せつかりました」
「協力?」
「はい。例のことを調査した結果、ジンイチロー様のお見込みの通りでございました。ただし人数が大変多く、解放できたとしても広場への移送は困難でして」
「なるほど・・・どうしようか・・・」
ライラの処刑の時間、解放できる時間、あの人の時間をよくよくと考えてみる。
・・・うん、間に合いそうだ。
「アニー、モアさん、処刑台に先に行ってもらっていい?俺はやることやってきちゃうから」
「わかったわ。気を付けてね」
「ジンイチロー様、お気を付けて」
「二人ともありがとう。じゃあ・・・えっと、お名前を聞いても?」
そういえば名前を聞いていなかったと不意に思い出し尋ねると、ほんの少しだけ顔を曇らせて教えてくれた。
「アイリと申します」
「ありがとうアイリ。で、俺はどうしたらいい?」
「急いで行かねばなりません。ここからはかなり遠いところです」
「わかった・・・。じゃあその前に――――」
俺はアイリにフル・ケアを唱えた。彼女が見る見るうちに金色に包まれていく。やがてその光がおさまると、驚きの眼差しで俺を見つめていた。
「なんという回復魔法・・・」
「ごめんね、最初に気付くべきだった。かなり飛ばしてこの居城まで来たんでしょ」
彼女が俯き加減だったのは、流れる汗を悟られないようにするためだったのだ。
「ありがとうございます。体力も魔力も回復しました」
「すごいね、どうやって飛ばしてきたの?」
「その話はまた後程。まずは居城の外へ参りましょう」
「ああ、それなら大丈夫。すぐ出られるから。アニー、モアさん、いってきます」
「「いってらっしゃい(ませ)」」
俺はアイリの肩を掴むと、転移で埠頭に飛んだ。
「な・・・」
「さて、ここから駆けてどれくらい?」
「私の『縮地』で30分ほどです」
「縮地・・・そうか、ショートワープみたいなものね」
「わーぷ・・・。それについてはよくわかりませんが、生まれ持った才能のおかげで使えるのです」
実を言うと、転移が使えるようになってから目に見える短い距離ならショートワープが可能になった。初めて戦闘で使ったのがあの魔王との一戦のときだ。
「さて、それだけ時間がかかるからなあ。転移は一度行ったところじゃないといけないし、やっぱり呼ぶか・・・・・アリッサ!!!」
きょとんとするアイリを後目に上空を見る。近くにいたのかすぐにやってきて、俺の傍らに風を伴って降り立った。頭を摺り寄せるのはもうデフォルトだ。
「さ、アイリ、乗った乗った」
「・・・・・」
「どうしたの?」
「いや、これ、デップ・ワイバーンじゃないですか!伝説の!あの!」
「そうだけど・・・やっぱ珍しいの?」
「珍しいなんてもんじゃないですよ!!あ、しかもこのワイバーン・・・」
アイリはじっとアリッサを見つめる。不思議なことに、アリッサもじっとアイリを見つめる。
「この子・・・私と同じ目・・・・」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
「うん、じゃあ行こうか」
アリッサの背に乗ると、羽を一振り二振りで高みへと上昇した。
「どっちにいけばいい?」
「ここから居城に向かって飛んでください。都度案内します」
「わかった。アリッサ、頼んだよ」
ぎゅいっ!と掛け声よく、アリッサは急加速。一気に居城を飛び越した。
速いっ!!!でも風の影響を受けないのは、アリッサが何かをしてくれているおかげだろう。速度は新幹線並みかもしれない。
「このままなら10分もしないうちに到着しちゃうよ」
「すごいです!こんなの初めてです!」
「ふふ、喜んでもらえてよかった」
初めて会ったときとは見違えてはしゃぐアイリの姿に思わず頬が緩んでしまった。
それから10分ほど経ったあたりだろうか、街から外れて郊外の田舎を眼下にしたところで、アイリが指を差した。
「あれです。あの古びた屋敷です」
森の深い山の中腹に、蔦や丈の長い草でおおわれたやや大きな屋敷があった。空から屋敷の周囲を観察すると、屋敷の周りの草むらを掻き分けるように歩く人影がいる。歩哨のようだ。俺は屋敷の位置取りと人の配置を頭に叩き込む。
「歩哨がいるね。見えないところで降りよう。アリッサ、頼む」
ぎゅいっ、と一鳴きしたアリッサは、屋敷から少し離れたところへ降り立った。
「アリッサ、もし屋敷から逃げ出す悪い奴がいたら捕まえてほしい」
ぎゅい~、と頭を擦り付けてきた。OKらしい。するとアリッサは高みへと飛び立った。
「さてアイリさん、行こうか」
「待ってください。おそらく罠を張ってあります。気付かれずに屋敷のあたりに行けても―――」
「大丈夫。転移するから」
「ああ・・・なるほど・・・。ダニエラ様のおっしゃる意味がよくわかります。ジンイチロー様がいないと成り立ちませんね、これは」
ダニエラさんの御慧眼に身の震える思いだが、今はそんなことを悠長に考えている暇はない。
「とりあえず空から歩哨の配置は頭に入れたから、歩哨の目の前に転移することはないと思う。背後に回って気絶させてから縄で縛りあげよう」
「はい」
「中にも数名の見張り番がいるはずだから、それも同じく気絶させて縛ろう。そいつらは証拠にもなるから殺さないようにね」
「承知しました」
「じゃあ行こう」
そして転移した先 ――――それは、歩哨の目の前だった。
「「「 あ・・・・・ 」」」
考えるより先に体が勝手に動いた。
一瞬にして歩哨の懐に入り込むと、抑え気味の魔力パンチを叩き込んだ。歩哨は白目を剥いて俺に寄りかかった。
「話と違いますが」
「ごめん・・・」
ジト目で睨まれちゃったけれど、結果オーライ。
屋敷周囲の歩哨は10人いたので、互いに反対方向に分かれて歩哨狩りをすることにした。
背後から魔力パンチ改訂版『魔力首トン』を施し、それを遠目で見ていたのか、声を出そうとした歩哨にショートワープで懐に入り込み魔力パンチ。雰囲気が変わったことを察知してか、一人の歩哨が足早にやってきたが、物陰に隠れてやり過ごし、背後から首トンをお見舞いした。ものの数分も経たないうちにあっという間に4人を気絶させた。
大賢者なのに暗殺業みたいなマネしてる俺って一体何だろうと思うが、まあ・・・人助けだから仕方がないのだ。うん。
外にいた歩哨をアイリが用意していたロープで縛りあげる。もちろん猿轡もバッチリだ。
「裏口がありました。そこから潜入しましょう」
アイリの先導で裏口へ駆ける。
裏口に廻りこんだ俺達はそのドアを静かに開ける。どうやらパントリーのようで、食糧が積まれている。古びた屋敷なのに随分と新しく、そして量も多い。
「少々お待ちください。気配と魔力を探知します」
ほう、気配と魔力とな・・・。
気配はこんな俺でもなんとなくわかる。屋敷内に通じるドアの向こうはおそらくキッチンだろう。今のところそこには人の気配はないが、キッチンの向こうに3人ほどの気配を感じる。
「この魔力の流れ・・・歩哨に間違いなさそうです」
「一気にやらないと人質が危険だね」
「はい。では私が手前と真ん中の奴を」
「じゃあ俺が奥の奴だね」
二人してうなずくと、キッチンに繋がるドアを開ける。そのキッチンの向こうは廊下になっているようで、そのすぐそばに歩哨がいるようだ。
俺は指でカウントダウンをする。
5・4・3・2・1―――
0のタイミングで、1の人差し指をGOサインに変えた。
一瞬でアイリの姿が見えなくなった。それと同時に俺も廊下へ身を投げる。真ん中の奴が此方に気が付いた。だがその真ん中の奴は放っておいて、俺は一番奥に立っている歩哨めがけてショートワープした。歩哨が此方に気付く前に、あらかじめ溜めていた雷魔法を歩哨の胸に魔力パンチと合わせて叩き込んだ。崩れ落ちる体を支えて寝かせると、真ん中の奴がうろたえていた。自分の周りにいた仲間があっという間に倒れたのだから無理もない。そんな歩哨も、死角からもぐりこんだアイリによって気絶させられた。アイリのもとへ静かに寄る。
「お見事です、ジンイチロー様」
小声でにっこり微笑みかけられながらロープを渡される。うなずくだけで返した俺は倒した歩哨の体と両腕、両足を縛り上げた。
「1階には他に気配がありません。2階は大勢の気配と魔力を感じますが、嫌な魔力の流れを持った奴が1人います。そいつがボスでしょうね。あとは人質かと」
「とにかく急ごう」
2階に静かに上がると、装飾のきらびやかなドアがある。他にもドアがあったが、アイリは首を振った。このドアの向こうにだけ人がいるようだ。とにかく先手必勝の作戦でごり押しで行くことにした。何せ時間がない。1時間後の処刑と言われてからすでに少なくとも30分は経過しているだろう。
指で合図したのち、アイリはそのドアを開け放った。
その瞬間だった。アイリの太ももが一瞬にして見えない刃で切り落とされてしまった!
「い・・・ぎゃあああああああああ!!」
アイリの悲鳴が屋敷に響き渡る。
「アイリ!!」
俺はすぐにフル・ケアを施そうと近寄るが――――
「動くんじゃねぇぞ!!」
俺は口の中で舌打ちを転がした。声のする方を向くと、10歳ぐらいの少女の首を、筋肉質の男が方手で絞め持ち上げていた。
「下手な真似したらこいつの首を一瞬で握りつぶす」
少女は苦しそうにもがいていて、白いはずの肌が徐々にくすみ始めていた。
「転がっているそいつに何かしてみろ。ふふふ、苦しんでるやつの顔を見るとたまんねぇなあ・・・」
もがき苦しむ少女の顔を見て悦に浸っているようだ。
こいつ――――
俺の中で怒りが沸き起こり、体中からそれが溢れ出るように感じられた。
不意に視線が大広間の隅にいる人たちに向いた。怯えたような目でこちらを見ている。
「おい!だから下手な真似するなって言ってんじゃねえか!ば、ばかみてえな殺気出すんじゃねえ!!」
「ああ?」
あいつは何言ってんだ?俺が殺気なんかそう簡単に出せるはずないのに。俺はただ単にあいつの頭をどうやって吹き飛ばそうか、それしか考えていないのに。
「いいか、俺があとちょっと力を入れればこいつの首が吹き飛ぶんだ。俺は本気だぞ」
あーはいはい、わかった。本気で殺そうとしてんだな。ということで俺も覚悟を決めた。
俺は踵を返してドアから離れた。
「は・・・ははは!アイツ逃げやがった!仲間を置いて逃げたぞ!お前たち残念だったなあ!せっかく助けが来たと思ったら取り越し苦労だったみた――――」
ドサッ、と音を立てて少女が床に落ちた。少女はすぐに立ち上がれないのか、床に身を伏せたまま震えていた。俺はそんな彼女を持ち上げてお姫様抱っこすると、大広間の隅で震えていた人たちのところへ歩み寄り、彼女を託した。
「怖がらせてすみません。すぐに済みますから、子どもの目を隠してもらえますか」
俺の言葉で察したのか、大人たちはうなずいて何人かいる子どもの目をすぐに覆った。俺は振り向いて男を見る。悲鳴を上げながら床をごろごろしているが、こいつの悲鳴など心から聞きたくないと思っていたので、振り返るまで本当に男の悲鳴が耳に入ってこなかった。
「て・・・・てめえええええ!!!俺の腕が!!!腕えええええ!!」
なんのことはない。少しだけドアから離れて男の視界から消えたところで、転移を発動させて男の後ろから少女の首を絞めている腕を青龍刀で切り落としただけだ。
俺は男を始末するより先にフル・ケアをアイリに施す。アイリの足は元に戻ったが、血を流し過ぎたためか意識がないようだ。
「きざまああああ!!!俺をだれだと思ってる!!俺は――――」
懐に入った俺は、躊躇なくこの男の首を胴体から切り離した。
「あげぁ―――」
床に落ちた顔は素っ頓狂な顔で陽の光眩しい窓の外を無言で見つめる。そしてついつい本音が漏れる。
「お前の名前なんか、聞きたくもない」
いつもありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。