第142話 処刑台の攻防
かび臭い牢獄に叩き込まれる体験は初めてでございました。話に聞く通り、隅っこには小さな便器が添えられ、座り込む床には寝るための布団はなく、あるのは薄汚れ使い古された敷物です。灯りはなくともその床には小さな節足動物がちろちろと動き回るのが見え、偶に折りたたんだ足を上げて通り道を作ってあげました。
私たちがこのようなブタ箱に押しこめられたのも、衛兵の魔族曰く「ジンイチローとかいう人族のせい」だとか。ついでに聞いた私たちの罪状は『魔王様の暗殺』容疑だそうです。
内心、懸念はしておりました。
それを強く感じたのはライラ様が宰相様との会談の際に突如現れた、あの時です。
企みがまったくない人間―――ああ、いや、魔族などはどこにもおらぬでしょう。しかし、普通の人間であればあの方にお会いした瞬間に震えあがり、意味もなく土下座をしたでしょう。それほどライラ様は強大な魔力と威圧を吹っかけてきたのです。疑念を感じずにはいられなかったのです。
しかしジンイチロー様はケロッとしておられました。さすがですね。あの方のステータスを一度でもいいので覗いてみたいものです。
え?私ですか?私は魔人石の影響からか、ライラ様の魔力と威圧を受けてもなんのことはありません。アニー様も平気なようでしたが・・・妙に精霊魔法の波動を感じたのは私だけでしょうか。アニー様が意図的に発動したとは考えにくいのです。もしや、ジンイチロー様がサプライズしたあの石の影響でしょうか。
あなどるべからず、ジンイチロー様・・・。
まあそれはさておき。
体育座り、という言葉をジンイチロー様から聞かなければ『足組』という名で通っていたその格好で、アニー様は何時間も座っております。ブタ箱にぶちこまれてから一言も発することなく、ずっと顔を伏せたまま微動だにしません。ええ、もちろん、こうしたくなる理由はよくわかります。
「ちょ・・・じんいちろ・・・だめだよ、こんなとこで・・・もう・・・ダメだって・・・」
両手を縛られて連れてこられた先は、アニー様にあてがわれた客室でございました。ベッドで斯様な寝言を呟きながら幸せそうに涎を垂らしながら眠るその姿に、衛兵の魔族も頭を掻いて「どうしよう」と私に相談したほどでした。夢の中ではジンイチロー様と至っているようでございましたが、現実は甘くはありません。目が覚めて待っていたのは、ジンイチロー様ではなくバツの悪そうな顔で佇む魔族だったというのは、少し同情してしまうほどでした。こういうのを黒歴史というのですね。勉強になります。
ブタ箱の中でアニー様とお話ししたのはもちろん今後のことについてでございます。ジンイチロー様にあらぬ疑いがかけられてはございますが、我々はその容疑を否認しておりますし、おそらくはジンイチロー様も同様でしょう。ですが、それを訴えたところであのライラ様に通じるものかどうかは甚だ疑問です。そして私たちのようにおとなしくブタ箱の中でひざを折って安穏と時を過ごさせるほど、状況は穏やかではありません。
何せ賭けられているのは魔王の命です。魔王を助けるためならば、ジンイチロー様に対して拷問すら辞さないおつもりでしょう。
そしてその懸念は現実のものとなったようです。
「大賢者ジンイチローは我々から喜ばしい歓待を受けているぞ」
座り込む私たちを蔑むように見下ろしたライラ様は、鉄格子の向こうでいびつに口を歪めて微笑んでおられましたが、その瞳は決して笑みを湛えたものではなく、怒りを宿しておられました。
「ちょっと!!ここから出しなさいよ!!ジンイチローが魔王を殺そうとするわけないでしょ!!」
アニー様も負けじと鉄格子にへばり付きライラ様に啖呵を切ります。
「ふん、どうだか。私はあの者が父上に向かって短剣を突き刺そうとしたのをこの目で見たのだ。しかもあの短剣、父上の体に浮かぶ黒い紋様と同じ黒いものが蠢いておった。よもやそのようなものを持っているだけでも、十分な証拠と言えよう」
そしてライラ様は花摘みに行くと言い残し去っていきました。
アニー様は鉄格子から離れ壁に背を委ねて座り込み「なんなのよ、もう」と小さく呟きました。
しかしあの黒い紋様、どこかで・・・。
それからしばらくして再びライラ様が私たちの元にやってきたわけですが、憤怒とも狼狽ともいえぬ表情を鉄格子の向こうで見せておられました。百面相なお方です。
「ジンイチローがどこに行ったかわからないか!」
私とアニー様は顔を見合わせますが、全く見当がつきません。それよりも『どこへ行った』という言葉の裏にある事実を確かめずにはいられませんでした。
「ジンイチロー様は脱走なされたのですか?」
「そうだ!宰相を斬りつけて牢獄から脱走したのだ!」
思わずニヤリとしてしまいます。とはいっても、おそらくライラ様には気付かれぬほどの微細なものでしょうが。
「何か訳があって脱走なされたのでしょう。ちなみに、初めから無実です」
「犯人である大賢者がお父様のアレについて白状しなければ間に合わないのだ!」
ライラ様がそうおっしゃるのも無理もありません。魔王様の身に迫る危機に相当の焦りを抱いているご様子です。しかしながらここは進言をするべきでしょう。
「そもそも、なぜ宰相様はジンイチロー様の牢獄へ足を運ばれたのかいささか疑問でございます。さらに申しますと、武器を取り上げられているジンイチロー様が武器を持っていないはずの宰相様から武器を取り上げて斬りつけるということも考えられない・・・そうは思いませんか。つまり、なぜか用意されていた武器を使ってジンイチロー様が斬りつけたか、もしくは宰相様が何かしらの理由で武器を持ってジンイチロー様とお会いになったことが考えられるかと。そうなれば必然的に、宰相様はジンイチロー様の行先について、ヒントが得られそうな会話をしているはずです」
「・・・・・一体何を・・・宰相・・・」
ライラ様の中で考えが至ったのか、小さく何かを呟いた後に牢獄から足早に去っていきました。
「一体何なのよ、あの女・・・」
アニー様も疲れ切った顔でつぶやくと、再び丸くなって寝てしまわれました。それにアニー様はジンイチロー様を心から信頼しているのでしょう、「大丈夫かなぁ・・・」と自分の身よりもジンイチロー様の身を案じておられました。
そんなライラ様とのやり取りの数刻経ったあと、衛兵がやってきました。
「二人とも、出ろ」
衛兵の衛兵の様子に、解放されるわけではなさそうと思案していた矢先、その口から飛び出た言葉にアニー様が飛び掛かろうとしました。
――――私の処刑が決定されたのです。
「なんでモアがそんなことされなきゃいけないの!?」
暴れようとするアニー様を衛兵が力づくで押さえつけ、後ろ手に縄を縛られました。
「ライラ様のご命令だ。処刑はこの女だけだ」
縛られてもなお暴れようとするアニー様に首を振ると、ようやく落ち着きを取り戻したのか、口を閉ざして私と共に連れ出されました。アニー様には処刑の見届けを強制するようです。
馬車にも乗り息ついた先は、居城を出て街中の、広い公園のような場所でした。馬車の窓から覗けば大勢の魔族が見物に来ているようで、私たちの馬車が到着するや否や、大きな歓声が轟きました。
馬車から乱暴に降ろされた私は、魔族の轟く歓声に混じって後から続くアニー様の掛け声を耳にし、後ろを振り返りました。
今にも泣きださんとするアニー様がいらっしゃいました。
「モア・・・」
「アニー様・・・」
衛兵に背中を押され、体勢を崩されながらもしっかりとこの目にアニー様を焼き付けました。
幾度となく命の危機にさらされた私も、ついに運の尽きが訪れました。陽の光を鈍く反射するギロチンの刃が、それを端的に伝えています。
ギロチン台はステージの上に設置されていて、そのステージには飽きるほど見たライラ様がいらっしゃいました。ギロチンの刃はしっかりとロープで固定されていて、壇上のライラ様はそれを断つためのアックスを握っています。
ライラ様が片手を上げると、それまで轟いていた歓声が嘘のように引き、辺りが静寂に包まれました。
私が壇上に上がると、ライラ様が口を開きました。
「わが父魔王は、ここに居る人族によって命の危機にさらされている!!」
広場の観衆を前にライラ様はとびきりの発言で注目を集め、静寂だった観衆を再び喧騒に落としました。しかし5秒ともかからず、ライラ様は再び手を挙げてそれを制しました。
「その一味の一人である人族の大賢者は、自らの罪の償いを放棄し、脱走を図った」
ひそひそと話す声があちこちから聞こえて参りましたが、すぐに止みました。
「後々その者は捕えて刑を言い渡すとして、一味には一足先に断罪を処することとした!!」
ライラ様が片手を大きく掲げると、広場にいた魔族たちから拍手と歓声が沸き起こりました。
「諸君らは断罪を見届ける権利がある。そして処刑後はこの者の扱いについて我々は関知しないものとする。好きにするがいい!!」
なるほど、死してもなお辱めを受けるということでございますか。私を見る魔族の目が滾っています。
――――もはやここまで、ですね。
衛兵に連れられギロチン台の首置きに首を乗せると、上からも被せるように板が付けられ、身動きが取れなくなりました。
「モアよ、最後に言うことがあれば話してみよ。せめてのたむけだ、ジンイチローには伝えてやるぞ」
「・・・いえ、特に」
「ふん、つまらん。もっと命乞いをしてもらわないと連中のためにならん」
歓声とヤジが飛び交う広場に向かって、ライラ様は顎で『連中』に向かって指しました。
「では早速執り行おう」
・・・
・・
・
「モア・・・」
「アニー様・・・」
モアの表情を読み取るのは至難の業なのに、この時ばかりは違った。覚悟と悲しみが混じり、その目もいつになく暗い。彼女の名を呼ぶことしかできなくて歯がゆく思う。
きっと私は生かされるのだろう。私がこの国の長ならば、エルフである私を人質にし、その価値を大いに利用するだろう。だからこそ、目の前で処刑されようと歩くモアの後ろ姿を見るのが辛い。
歓声と野次が飛び交う広場の中央に設けられたステージにはギロチンが置かれ、鈍く妖しく陽の光を反射するそれは、モアの首が置かれるのを今か今かと心待ちにしているのように見えた。
やがて壇上に上がったモアがおとなしく首をギロチン台に捧げると、ライラの演説が始まる。
「では早速執り行おう」
ライラはアックスを天に掲げた。
「お願い!やめて!!」
私は大声でライラに叫ぶけれど、大歓声がそれを邪魔する。
嫌よ!!モア!!ダメ!!
「モア!!」
私が叫んだその時だった。アックスを振り下ろすモーションをかけたライラが、急にその動きを止めた。もしかして私の声が届いたのかしら!?
でもライラは私ではなく、あさっての方向を見て固まっている。やがてアックスを力なくステージに置いた。ライラの様子に観衆がざわつきはじめた。
ライラの行動に疑問を感じた私も、ライラの見るその先に気配を集中させた。
――――何かが来る。決して歓迎できない、おぞましい気配が。
「ライラ!何か来るわよ!」
「・・・あれは・・・」
やがて観衆もその気配を感じたのか、一瞬にして静まり返った。どんどん大きくなる気配は魔族の特有のものでない、禍々しい何かを纏った魔物のような威圧だった。いや、魔物ならまだマシかも。
そして観衆から悲鳴が上がり始めた。その気配は観衆を空の高みに吹き飛ばし、ぐんぐん近づいてくる。あの気配の主の目的は――――
『ライラァアアアア!!どごにイルゥウウウウ!!』
くぐもっていてもはっきりと聞こえる低い男の声が辺りに響き渡った。
『ライラァアアアア!!』
気配の主がライラを求めて突進している。いっそのことライラをあの気配の主に蹂躙してもらってモアを助ける隙を見つけようと咄嗟に考えたけど、あんなのが近くにいては助けようにも助けられないと直感が叫ぶ。むしろ逃げろと警鐘を鳴らしている。このまま手を縛られて傍観しているだけじゃ私もやられる。
「ちょっとそこの衛兵さん!」
私は近くにいた衛兵に叫ぶ。
「あなたよあなた!」
「はっ・・・なんだ?」
「処刑は中止よ、中止」
「へ?」
「あんな変なのが来てるんじゃそれどころじゃないでしょ」
「あ、いや、まぁ・・・」
「それとも、処刑を優先してライラ様を見殺しにするの?」
「いや、それは―――」
見たところライラを護衛するはずの衛兵達までも、迫る気配に押されているのか身動きが取れないでいる。悔しいけれど、このままライラが迫る何かにやられれば、次にやられるのは私たちだ。
「しっかりなさい!!あなた達は王家を護るのが仕事でしょう!!」
「は、はい!!」
私の怒声に直立不動になる衛兵。しめしめ。
「私もライラを守るから、とりあえずこの縄を切って頂戴。大丈夫よ、逃げやしないから」
「・・・・・勝手に切れたということにしておいてください」
衛兵は周囲の注意が逸れているのを見ながら、剣で縄を切ってくれた。
「ありがとう」
私はすぐにステージに上がった。
「ライラ!!ここは危険だから退くわよ!!」
「・・・・・」
「ライラ!!」
「・・・違うの、あれは・・・」
「え?」
「お父様よ・・・」
ライラがぼーっと見つめる先には、黒いオーラを纏いながら一直線にこちらへ迫るそれ―――魔王の姿があった。魔王は観衆を殴っては潰し、放り投げ、時には拳で拭き飛ばし、徐々にこちらへ近づいてくる。
『ライラァアアアア!!』
「ほんとに・・・魔王なの?」
「ええ・・・見間違えるものですか。紛うことなき、我が父ですわ」
「ちょっとマズいんじゃない?」
「え、ええ。あれはちょっと――――――って、どうしてあなたがここにいるの!?」
バレたか。
「そんなことより逃げるわよ!あんなのに捕まったら只じゃ済まないわよ!」
「で、でも父上が・・・」
久しぶりに己が足で歩き娘の名を呼びながら迫るその姿に、恐怖もあるかもしれないが面と向かって話したい気持ちも湧いているのだろう。その想いもわからなくもないけど、私にとっては寿命を縮める行為に他ならない。心配そうに魔王を見つめるライラを後目に、首を捧げているモアに寄った。
「今外すから」
「申し訳ございません。でもよろしいのでしょうか、私の首が吹き飛ぶスケジュールのはずでは?」
「バカ言ってんじゃないわよ!」
きょとんと私を見つめるその顔に思わず吹き出しそうになってしまう。こんなときに何言ってんだか、もう。
モアの首に乗せられていた枷を外して、再び魔王を見る。
すでにステージのすぐ傍まで来ていたけど、衛兵によって塞がれていた。でもその衛兵たちも魔王の力に抗うことができずに吹き飛ばされていた。まずいわ。一刻も早く―――
と思ったら、観衆の中から魔王の名を呼びながら猛然と駆ける姿が見えた。どこかで見たことがあると思えば、ジンイチローと一戦交えたボリオンドゴノだった。その後ろには宰相と、見たことのない人が後を付いてきていた。薄ら笑いを湛えながら駆けてくるため、若干の気持ち悪さを覚えた。
「魔王!!」
『ヴぇええ!?』
呼ばれた魔王が振り返ると、ボリオンドゴノの放つ風の刃が魔王の目の前に迫っていた。魔王はそれを手で難なく弾いてしまう。
「よせ!よすのだ、ボリオンドゴノ!父上に何をする!」
「ライラ様!貴殿は魔王に何をしたっ!?」
「へ・・・?」
ボリオンドゴノが鬼の形相でライラを睨む。当のライラは間の抜けたような声と顔で返した。
「貴殿が・・・いや、貴様が犯人だったのか!」
「な・・・なにを言っている?」
「自らの罪を隠すために人族に罪をなすりつけようとは!」
「だから何を言っている!私は何も―――」
「おまけに魔王はもう再起不能!魔核の光さえ失われようとしている!このまま放っておけば魔物となって魔族を滅するまで暴れまわるだろう!」
聞いたことがある。魔族はその心臓部分に魔核なるものを宿していて、エルフ族よりも短命だけど長く生きながらえる種族だと。その魔核が失われるとき、その魔族に死が訪れる。だがボリオンドゴノは、『魔王は魔物になってしまう』と断言した。しかもこうなったことの犯人がライラだというから・・・。一体何がどうなっているのか、私にはさっぱりわからない・・・。
「ライラ様・・・いえ、反逆者ライラよ。ボリオンドゴノが魔王を終わらせたあとに処罰を言い渡す。そこで大人しく待っていろ」
宰相が冷たく言い放つと、ライラは歯ぎしりして拳を力強く握りしめた。
「どいつもこいつも、なぜ私が犯人だと・・・」
無念をにじませた涙がライラの頬を伝った。
この人たちの誰かが嘘を言っているの?とにかく私たちの処罰は免れえるようだからいいのだけど・・・
。
ボリオンドゴノが魔法で巨大な炎を作り上げ、それを魔王へ放った。魔王はその炎を避けもせず体で受け止めると、炎がその全身を覆った。
『ブォオオオオオ!!』
「いや!父上!逃げて!」
「伏す前の魔王に比べればどうということはないな。さっさと終わらせる!」
魔法主体と聞いていたあのボリオンドゴノが、脇に差していた鞘から剣を引き抜き、猛然と魔王へと迫った。3武神の一人であるからには剣の心得もあるのだろう、それに不得意の剣であっても今の魔王ならば敵ではないという考えなのかもしれない。
ボリオンドゴノが魔王の首元に剣を振りかぶって降ろした。
「――――!!」
その瞬間、ライラは手で顔を覆って首を横に振った。少しだけ震えているのがわかる。でも・・・。
「ライラ、まだ終わってないわよ」
思わず声をかけてしまった。私の声に「えっ?」と小さく呟いて、すぐに魔王を見た。
そう、ボリオンドゴノの振り下ろした剣は確かに魔王の首元を捉えていたけど、剣は首を撥ねずに、そこで止まっていた。ボリオンドゴノの驚きに満ちた表情が徐々に険しいものへと変わっていくのが見て取れた。
そしてその瞬間、魔王の腕がボリオンドゴノの胸を貫いていた。あっという間の出来事に、私は声すら上げることが叶わなかった。
それはボリオンドゴノも同じく、何も言わぬまま地面へと倒れてしまった。
『GUOOOOOO!!』
雄たけびを上げる魔王に、引いていた観衆がさらに引いて行った。観衆もこれが余興でないことがようやく実感できたのか、その顔を一様に引きつらせているのがわかる。
だけど、まさかここでボリオンドゴノの豪運が発揮されようとは誰もが夢にも思わなかっただろう。
突然その体が金色の繭に包まれ、穴の開いた胸が元に戻った。
この光はまさか――――
「ジンイチロー!!」
白いデップ・ワイバーンが天空から急降下し、ボリオンドゴノの倒れるすぐ傍に降り立った。その背に乗っていたのは紛れもなくジンイチローだった。
「間に合ったか」
ジンイチローはボリオンドゴノの胸に手を当てて息のあることを確認し、ホッと肩をなでおろした。そしておもむろにその腰に添えられていた魔法袋の中から何かを取りだすと、一瞬のうちに魔王の懐にその身を寄せていた。
いまのは何!?あまりにも早すぎる動きに、私を含めてここに居た皆が唖然としてしまった。ジンイチローはそんな周囲の目を気にせず、魔王の口の中に手に持っていたそれをいとも簡単に入れてしまった。
「宰相、頼まれていた『年替わり草』ですよ。これで魔王の症状が治るんですよね」
宰相とジンイチローの間に何の話があったのかはわからないけど、自信たっぷりに話すジンイチローを見れば、牢獄を脱走してまで得たかったものが魔王に飲ませたそれだったことは一目瞭然だ。
でもそれとは裏腹に、宰相の顔が見る見るうちに青ざめていった。そして、宰相の後ろにいる気味の悪い男が笑いを堪えられないのか、下品な声が漏れ出ていた。
「今のは―――『年替わり草』だったのか、ジンイチロー殿」
「そうですよ。花弁から根まで全部すり潰したものが薬になるんですよ。魔王に飲ませましたけど――――あの、効いてないようにみえますけど」
「そんな・・・年替わり草が・・・」
がっくりと肩を落とす宰相に妙な違和感を覚えたのは私だけだったのだろうか。薬が魔王に効かないことにがっかりしているというよりも、魔王に飲ませたこと自体にショックを受けているようにも思えたのだ。
「おい、ジンイチローよぉ」
下品に笑っていたあの男がジンイチローに声をかけた。
「なんですか」
ジンイチローもあの男の気配が好きになれないのか、冷たくあしらうように返した。
「魔王はもう魔物になっちまう。3武神の一人、ボリオンドゴノがあっさり負けちまうぐらい今の魔王は手に負えねえ。実を言うと俺も3武神の一人なんだけどよぉ、俺でも敵いそうにねぇからさ、あんたが魔王をぶっ殺してくれねぇか」
「なに・・・」
「なぁ宰相、それで、いいよな?な?」
肩を叩かれた宰相が虚ろな目をしたままジンイチローを見つめ、力なくうなずいた。
「ほらよ、宰相のお墨付きだ。さっさとやっちまってくれよ」
そして私たちは、剣を振るうジンイチローとそれをいなす魔王の、この世の者とは思えないほどの速さで戦う2人の戦いを目撃することになった。
「ジンイチロー!父上を殺さないで!」
「やっちまえよ!そいつはもう魔物だ!」
妙なことに双方からの応援を受ける形になったジンイチローは、その速さを生かして魔王の懐に入り込むことに成功した。そして、掌を魔王の胸に当てたその刹那、魔王の背中から黒いモヤのようなものが爆発するように吹き飛び、魔王はジンイチローにその身を委ねながら――――死んだ。
「いや・・・・いやぁああああああ!!父上ぇえええええ!!!」
膝から崩れるように地面にその身を落とし、ライラは泣き叫んだ・・・。
昨日投稿できてなかったようです。すみません。
次回もよろしくお願いします。