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第141話 年替わり草

 

 さっきから妙な既視感にざわざわと胸をまさぐられているようで気持ち悪い。

 思い出したくても思い出せない、あのモヤモヤ感じだ。


 頂上に近づくにつれ針葉樹に似た木々が生い茂るも、そこまでうっそうとしているわけではない。そんな木々の隙間をぬって女王蜂がひた走る。何か目的があるのかそうでないかのかはよくわからないが、やみくもに逃げているわけではないのは確かだ。俺の存在には未だ気が付いていないようで、後ろを振り返ることはない。


 やがて頂上にいたったのか、女王蜂はその歩みを止め、あの岩山にしがみついた。何やら岩山を強靭な顎で噛み砕いているようにも思える。


 あの岩山がジャミング岩だとすれば、その岩山の中にジャミングする何かがあるということになる。まさか女王蜂はそれを取り込もうとしているのでは・・・。


 確かに岩山が無くなれば魔法が使えるのだが、ピクシー族やジャイアントビーの立場で考えれば、誰も近寄らないこの地で暮らすことがこれからの種の存続に必要なことだと思う。だがあの女王蜂はそれを無くしてまでも生き残りに必死のようだ。


 俺は狙いを定め、岩山に当たらないように『一閃』を放った。


 女王蜂の胸部分と腹部分を繋ぐところに見事ヒットし、腹部が地面に落ちた。それでもなお岩山を砕くことをやめない女王蜂は、さらにそのスピードをあげる。その必死さに何となく心が痛んだが、刀をもつ手に力を込めて、もう一度『一閃』を放った。


 岩山に少し掠ってしまったが、それでも頭部と胸部が離れ、ようやく女王蜂は活動を停止。頭部も地面に転がった。


 刀を納めた俺は、歩いて岩山に近づく。それぞれ切り離された腹部や胸部の節足がいまだにわしゃわしゃと動いているので、念のため精霊魔法で焼いた。かなりの高温をイメージしたため、すぐに真っ黒に焦げ付いた。頭部もピクピクと痙攣するように動いていたので、これも同じように焼いた。周囲に引火しては困るので精霊魔法の水を撒いての予防は怠らない。


 噛み砕かれた岩山はすでに中央部が剥き出しになっていた。青白く輝く大きな宝石のようなものが見える。これがジャミングしている原因の宝石だろう。さながら『魔石』のようなものか。

 噛み砕かれてばらばらと地面に落ちている岩を拾い上げ岩山に戻し、隙間に小さな岩と土を埋め込み、土の精霊魔法を使って硬度を上げた。これで魔石が露呈することはないだろう。

 他にもひび割れがないかと思い、周囲を見回してみると、山を登ってきた側の反対側の方に、大きな裂け目があった。女王蜂に崩されたものではなく、元からこのような形だったようだ。裂け目の部分にコケが生えていた。これは特に直さなくてもいいか―――――


 立ち上がろうとしたとき、脳裏に再びあの既視感がよぎる。


 この場所はなぜか来たことがある―――ような気がする。


 そのとき、誰かに指差され、一緒にこの岩山の裂け目を覗いたことがあった―――んじゃないか。


 まさかと思いしゃがんで岩山の裂け目の奥を見る。


 そこには白い4枚の切れ長の花弁が、陽を浴びていないのにもかかわらずキラキラと輝いていた。


「これは・・・『年替わり草』・・・か?」


 そうだ、と言わんばかりに、偶然吹いたそよ風にその体を揺らして答えているように見えた。




「ジエル長老、ただいま戻りました」

「おお、ジンイイロー様。お早いですなっ」


 集落に戻った俺は、早速長老の家を訪ねた。そこにはウィックルもいて、隅っこで体を丸めて寝ていたと思いきや、俺の声を聞くや否や飛び起き、もはや定位置と言わんばかりに胸に飛び込んできた。それなりに強力なタックルだった。


「して、どうでしたかな」

「ああ、しばらくはこの集落も安泰だろうね」

「おお、ありがとうございます!」


 そんな長老にジャイアントビーの巣と女王蜂の様子について伝えた。女王蜂の大きさや巣の様子、そのほかの蜂の様子など伝えると、目を丸くさせた。また、ピクルゥの花を食べる習慣が一番大きな女王蜂にはあたようだと話すと、妙に納得顔を見せた。


「・・・懸念していたことがまさか本当になるとは・・・」

「なんだ、知ってたんですか」

「まさか。ただジャイアントビーの行動範囲が異様に広くなっているように感じたので、どうしたものかと思っていたんですわ。いやはや、それにしても100年前の集落の地にジャイアントビーが営巣するとはなぁ」

「え?あそこは昔の集落だったんですか?」

「そうなのです。あの場所とあともう2つほど開けた場所があって、そこが我々の住処だったのです。ジャイアントビーはピクルゥの花を食べる習性はないのですが、おそらくは偶々女王蜂がピクルゥの花を食べたか蜜を舐めたことで突然変異を起こしたんでしょうなぁ」

「ふうん・・・ジャイアントビーはピクルゥの花の蜜を食べないんですね」

「あやつらは本来肉食のはずだし、ピクルゥの花の香りを嫌うのです。だからこそ、ウィックルを助けていただいたあの場所に奴らが襲いかかったことが不思議でならんかったのですわ」


 なるほど、だからこそ得体の知れないジャイアントビーの退治を依頼したわけだな。


「ですが根絶やしにしたわけではありません。次の女王蜂の誕生まではしばらく時間もかかるでしょうけど、また巨大な女王蜂が生まれる可能性も否定できませんよ、対策はしておいてください」

「ええ。どうするかは我々で話し合います。ひとまずは安泰です。まことにありがとうございます」


 頭を下げる長老を諌めてから握手をした。

 簡単に別れの言葉を言って踵を返すと、「お待ちくだされ」と呼び止められた。


「まだお礼の品を渡しておりません」

「いや、別にいいです。引き受けた時に俺は条件を出さなかったでしょう?」

「それでは気が済みません。ウィックルや、村の者にピクルゥのびんを10本持ってくるように伝えるんだ」


 ウィックルはうなずいてフヨフヨと羽ばたきながら長老の家を出ていった。


「貴重なピクルゥの蜜をいただくわけには・・・」

「いえいえ、せめてこれぐらいはお願いしたい。それにピクルゥはすぐに生えてきます。我らの備蓄には何の影響もありませんぞ。もしもの時に備えてジンイチロー殿も持っておくとよいでしょう」

「はぁ・・・」


 一理ある言葉に押されて何も言えなくなってしまった。確かに、俺はポーションを一瓶も持ち合わせてはいない。作り方を知っているのに作っていないからな。ばぁばの家でしか作れないというのも悪い。ここはありがたく頂戴することにした。


「恩人様、お持ちしました」


 大きなかごに入ったピクルゥの蜜―――ピクルゥポーションと言えばいいのか、苦しそうな顔で一生懸命運ぶウィックルが戻ってきた。


「恩人・・・さま・・・」

「ありがとう、ウィックル」


 ウィックルから持ち手を預かると、彼女はそのまま煙にいぶされた虫のようにひゅるひゅる~と地面へと落ちてしまった。


「うえ・・・」

「さてウィックルや、ジンイチロー様にお別れの挨拶をするんじゃ」

「え?もう出立なされるのですか?」


 ウィックルの寂しそうな顔に居たたまれなさも感じるが、努めて笑顔でうなずいた。


「うん。もういかなきゃ。ちょっとゴタゴタがあって、早く戻らなきゃいけないんだ」

「そう・・・ですか・・・」


 ジエル長老がウィックルの肩に手を置いた。


「名残惜しいですが仕方がありません。使命を背負う者は、得てして様々な者や場所に縁を結びますからなぁ。我々があなたと出会えたこともまたその縁あってのものです。お待ちになっている方のところへ、どうぞお急ぎくだされ」


 長老の言葉に大きくうなずく。


「ありがとうございます」

「どうぞお気を付けて。さぁ、ウィックルも」

「恩人様・・・さよなら」

「さよなら、ウィックル」

「恩人様、わたし、あなたにまた会います。絶対会います」


 真っ直ぐに俺を見据え、真剣にそう話すものだから茶化すことができなかった。


「うん、また会おう」

「絶対ですよ。ピクシー族は必ず約束を守りますから」


 ウィックルは俺の胸へ飛ぶと服にしがみついた。そして仄かに輝くピンク色の光を俺に当てた。


「そのときまで、さよならです。ありがとう、恩人様」


 ウィックルの満面の笑みに、俺も笑顔で返すと、ピクシー族の集落を後にした。





 集落を出て向かった先は、ピクルゥの花が一面に咲いていたあの洞窟の出口だった。崖から落ちてしまった俺だったが、洞窟を出て左に回り込めばちゃんと崖下に続く道があったのだ。そこまでたどり着くと、上空に腕を伸ばし、精霊魔法で炎を打ち上げた。頭上で爆散させて音を出すと、しばらくして大きな姿が飛来した。それがすぐにアリッサだとわかる。


「アリッサ!」


 俺の目の前にふわりと着地したアリッサは、よほど心配していたのかギューイギューイと喉奥を鳴らし、俺に頭を擦り付けてきた。

 だが不思議なことに俺の胸のあたりをしきりに嗅ぎまわり、俺から頭を離すと、じっとその胸のあたりを凝視していた。何かあったのか?


「心配かけてごめん。ちょっと色々あったんだ」


 ぎゅい、と納得したような返事をしたアリッサは、すぐに姿勢を低くして俺を乗せようとしてくれた。


「ありがとう。この山を下ったらまた降りて。ばぁばのところへいくから」


 俺が乗るとアリッサはすぐに宙へと浮き上がり、山沿いに滑空するように飛ぶと、水飲み場で休んでいたあの場所に降り立った。


「ここなら魔法が使えるかな」


 試しに空間魔法を展開すると問題なく発動した。アリッサを連れてすぐにばぁばの家の前に転移した。足早に玄関を開けてばぁばを呼び、『年替わり草』の発見を伝えると笑顔で「よくやった!」と褒められた。ここに寄ったのは他でもない、『年替わり草』を『薬』にしてもらうためだ。ばぁばもそれがわかったのか、すぐに作業室に足を運ぶと、早速本を見ながら調合してくれた。


 手際の良さはさすがとしか言いようがない。


 おれは出来上がった薬を魔法袋に入れ込みお礼を言って作業場を出ると、居間にいたベネデッタさんとすれ違った。


「ジンイチローさん、あの・・・」

「ごめんベネデッタさん、これが終わればすぐに帰るから!」


 何か言いたそうだったベネデッタさんに手を振り、挨拶もそぞろにアリッサのもとへ走り、すぐに魔王国へと転移した。



 魔王国についた俺は早速アリッサに乗り、すぐに魔王の居城へと飛ぶ。こんなに早く『年替わり草』が見つかるとは思いもよらず、内心でガッツポーズを決めていた。

 ライラには目の前で魔王の回復を見せなければ疑いが晴れないし、モアさんの首がいつ飛ぶかもわからない。あのライラのことだ、激高して見せしめにやらかすかもしれない。



 居城のある街の上空までたどり着くと、そこから見下ろす街の様子が出発前に比べて騒然としているのが見て取れた。広場のようなところに人・・・ならぬ魔族が集まっていて、広場の中央を開けるように大勢殺到している。その中央のさらに中心には何かが設置してあるが――――え、あれ、まさか!



「処刑台かっ!!」



 処刑台と思しきものには、特徴あるフリフリのついた服を着る女性が首を固定されて繋がれていた。絶対モアさんだ!


「アリッサ!!急降下だ!!」


 ぎゅい、と応えたアリッサはすぐに急降下。ぐんぐん広場に近づいた。


 が・・・。


「ん?あれは―――――え?あれは・・・魔王・・・か?」


 病床に臥せていたはずの魔王だと思う。ベッドに横たわっていた服を着たまま、なぜか知らないが処刑台のある中央部で誰かと戦っている。いや、よく見たらボリオンドゴノじゃないか!?


あ、名前言えた!


「でも・・・何があったんだ?」


 モアさんは固定されたままになっていて、吊るされたギロチンを固定するロープを切ればおしまいなのだが、おそらくはその要員すらも魔王とボリオンドゴノとの戦いを見ているだけなのだ。よくよく見ればライラもいるし・・・。


 一体何があったというのか・・・。




いつもありがとうございます。

じかいもよろしくお願いします。

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