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第140話 オーレル・ピクシー族

 

 横たわる羽の生えた小さい子たちを見守りながら、小さくため息をついてみる。『年替わり草』を見つけようとしたところで、恐ろしいほどの巨大な蜂に遭遇し襲われていたこの子たちを偶然にも助け出した。とはいえ、このまま放置するのも如何なものかと思ってしまい一歩も動けない。

 膨らむ焦る気持ちを抑えながら、桃色の花が風に揺れるさまをただただぼぅっと見つめ、時が過ぎるのを待った。




 どれくらい経っただろうか、最初に助けた女の子がようやく目を覚ました。


「気が付いた?」

「・・・・・」


 上半身だけ起こした女の子は呆けながら俺を見て、何かに気が付いたようにハッとして起き上がると、すぐに傍に倒れている同族を揺らして起こしにかかった。


「起きて!みんな!」


 お礼もなしか・・・。まぁあれほどの恐怖体験をした後だから無理もないか。ついつい昔の癖で「よっこらせっと」と小さくつぶやいて立ち上がってその場を去る。回復魔法をかけてあげたから用無しだしね。とにかく『年替わり草』を見つけなければいけないし、アリッサを呼んで再開しなければならない。そうはいってもあの子たちがいるところにアリッサが来ると混乱を招くとも思い、この場から離れることにしたのだ。


「あの!ちょっと!」


 呼びかけられたが敢えて振り向かない。お礼を言われなかったから怒っているというわけではなく、直感で「これはきっと面倒事だ」と感じたからだ。魔王の一件で懲りた手前、悲壮感漂う声に呼び止められたとしても振り向かない、そう決めたのだ。


「みんな、あの人が助けてくれたんだよ」


 その声が聞こえた瞬間、俺は猛ダッシュで駆けた。さらばっ!


「あっ、ちょっとそっちは――――」


 そんな声が聞こえた瞬間、俺は空中に足をバタつかせていた。


「えっ――――」


 あぁ、これは漫画でよくある奴の、崖から落ちそうになっているのにそれに気が付かず足をバタつかせて「おや?」と思って下を見た瞬間に落ちる――――


「あああああ~~~~~~っ!!!」






「長老様、この方意識が戻られました」

「おぉ、よかったよかった。どこか痛いところはございますか」


 目が覚めたら俺の周りに羽の生えた小さな人たちが群がっていて、ちょうど目の前には助けた女の子が俺の顔を覗きこんでいた。


「あぁ、まだ動かん方がよろしい。ウィックルや、ピクルゥをもってきなさい」

「はい、長老様」


 あの子はウィックルという名前だったのか。背中に生えた羽をパタパタと揺らして飛んで行ってしまった。


「恩人様よ、今ピクルゥを持って来させます故、このまま横になったままお待ちください」


 ぴくるぅ?なんだろうか・・・。

 そんなことを思った刹那、今まで感じたことのない痛みが全身を襲った。あぁ、そういえば俺、崖から落ちたんだよな。目が覚めたせいで痛みが一気に押し寄せたんだろう。しかも体が動かない。あ、ちょっと――――声も出ないぐらい苦しい。あれ、これ、ヤバイ奴じゃない?急に息が苦しく――――やば―――――


「あぁ、いかん!ウィックルや!」

「はい!ただいま!あっ、恩人様!しっかり!」

「恩人様、ただいまピクルゥを飲ませますゆえ」


 目の前が真っ暗になったところで、急に意識がはっきりし、体中を覆っていた痛みも嘘のように晴れてしまった。


「痛くない・・・」

「恩人様ぁ~~!!」


 ウィックルが俺に抱きつき、えんえんと泣いてしまった。あまりにも強く俺の服を掴んで離そうとしないので、よしよしと頭を撫でてしばらく慰めてあげた。



「あらためまして、わたくしどもはオーレル・ピクシー族でありまして、わたくしは族長をしておりますジエルと申します。皆からは長老と呼ばれております」

「俺はジンイチローといいます。人族です」

「やはり・・・魔族と違う魔力の揺らめきがありましたので、もしやとは思いましたが・・・。こんなところに人族が来るなど滅多にはございません」

「ええ、ちょっと探し物をしていたので――――。それと、先ほどは助けていただいてありがとうございます」

「いえいえ、恩人様を助けるのは当たり前のこと。わたくしどももお礼を申し上げます」


 そういうと、そこにいたピクシー族の皆が頭を下げた。


「頭を上げてください。あれは偶々通りかかっただけですから」

「とはいっても、魔族でさえ滅多に来ないこの土地に、さらにそれ以上に滅多に来ないあなたが偶々通りかかっただけでも奇跡というものです。きっとこれは何かの思し召しがあってのことでしょう。感謝してもしきれません」

「別にそこまで・・・」


 皆にキラキラした目で見つめられ、さらには未だに服を掴んで離してくれないウィックルが涙を溜めた上目づかいで微笑んできた。これは完全に懐かれているような・・・。目が合うと少し頬を染めて俺の胸の中に顔を埋めた。ふるふると顔を振って薄緑色のショートボブもそれに合わせて揺れている。


 そういえば、と思いだし長老を見た。


「あの、さっきの「ぴくるぅ」って言うのは何なんですか?」

「あぁ、あれはですね、我々一族が作る回復薬みたいなものでして、材料は・・・確かあなたもご覧になられたかとは思いますが・・・」

「え?」


 首を傾げていたら、ウィックルが俺の服を摘まんで引っ張ってきた。


「桃色の花です」


 そう言われ、ああっ!あれっ!と納得してコクコクと首を縦に振る。


「あの花が回復薬になるんですか」

「えぇ、そうなんです。それにあれが我々の食事にもなるので、大変重宝しているのです」

「そっか・・・。そんな貴重なものをいただいてしまってすみません。回復魔法が効かなくて―――」

「恩人様ですから、一本のピクルゥどうこうございません。それに回復魔法だけじゃなく、この辺り一帯は魔法が発動しませんので」


 長老の口から出た言葉は、先ほど俺が導き出した結論を裏付けるものだった。


「やっぱりそうだんたんですね。どうりで・・・」

「もう一つ向こうの山の頂上にある岩が原因です。あの岩が魔法発動を阻害しているようですね。魔族が滅多にこの辺りに現れない理由がそれです」

「ふぅん・・・」


 長老が指差す方を見るが、長老の言う岩はここからでは目視できない。


「でも・・・俺の到着がおそくなってしまったばかりに、お仲間すべてを救うことはできませんでした。申し訳ないです」

「いえいえ、いいのです。こうして生きて帰ってこられた仲間がいるだけでも幸いです」

「そうですか・・・」


 さて、ここで長居しても仕方がないので、『年替わり草』の捜索の再開に移ろうか。またもや「よっこらせ」と言って立ち上がった。


「お世話になりました。それではこれで失礼し―――」

「ちょっとお待ちくだされ!!」


 俺の言葉に被さるように長老が叫んだ。何か既視感漂う光景だな・・・。


「恩人様に対して不躾なお願いをしてしまうのも心苦しいのですが、我々からの頼みを聞いてくださいますでしょうか」


 やっぱりきた。思わず苦笑いをして頭を掻く。


「あ~、えーっとですね・・・。今ちょっと探し物をしておりまして、急いでるんですよね・・・」

「「「「「・・・・・・・」」」」」


 痛い。みんなのすがりつくような視線が痛い。

 すると、立ち上がってもなお俺の服にべっとりくっついていたウィックルがか細い声で俺を呼んだ。


「恩人さまぁ・・・」


 うっ、その涙を湛えた上目遣いはほんと反則だ。絶対断れないじゃん!


「恩人さまぁ、私たち、いつも怖いの。このままじゃみんな食べられちゃうのぉ・・・」


 声も出さずに大粒の涙をボロボロと零すウィックル。服の裾を掴んでなおも離さず、より一層強く引っ張った。


「ウィックルや、恩人様に無理を言ってはならん。我らとてダメ元でお尋ねしたまでのこと。我らが解決せねばならんことだ」

「だって長老様、そんなこと言ったって私たちじゃ敵わないってこの前お話ししてた!」

「ウィックルや、もうよいのだ・・・」


 皆のすすり泣く声が聞こえはじめ、ウィックルに至っては我慢できなくて俺の胸に顔を埋めて震えながら嗚咽していた。


 ああ、もう・・・わかりましたよ・・・


「長老さん、なんか今の話の流れで察しましたけど、あのでっかい蜂を退治すればいいってことですよね?」

「・・・恩人様、まさか・・・」

「えぇえぇ、はいはい。退治しますよ。いくらでも退治しますよ」

「お、お、恩人様ぁあああ!!!!」


 涙やら鼻水やら顔から出るもの全部出して泣き喚く様に、ため息しか出ない俺であった・・・。



 ・・・

 ・・

 ・


「で、あのジャイアントビーっていうのを退治すればいいっていうんだけど、どこにいるの?」


 落ちた崖からおよそ30分ほど歩いたところに、彼らオーレル・ピクシー族の集落があり、そこに案内された俺は早速ジエル長老の家で再びピクルゥジュースをもてなされた。ウィックルはというと、ずっと俺の服にしがみついたまま離さない。長老がいくら叱っても離そうとしないので、道中もずっとくっついたままだった。


「ジンイチロー様がウィックルを助けていただいたあのあたりは、本来奴等の行動範囲ではないのです。それに我々は戦う術をそれほど持っておりません故、奴等とは一定の距離をとって生活していたのです」

「つまり、本当ならあんなふうにかち合うこともなく過ごせていたってこと?」

「そうです。奴等と集落をかけて争ったのは100年以上も前の話で、戦う能力がない我々が折れて集落を捨て、ここに移り住んだのです」

「じゃあ、あのジャイアントビーは・・・」

「あらたな女王蜂が生まれ巣立った結果と思われますが、新たな女王蜂が生まれるのは前代の女王蜂が死んだあとです。ですので、棲家はそのまま使うものと思うのですが・・・」

「ジャイアントビーの棲家に何かがあり、結果的にこの集落の住人に被害が出始めた、というわけですね」

「そう踏んでいます。ですが、我々はもう移り住むところがありません。だからなんとかしたいと思っていた・・・そんな矢先にあなた様がいらっしゃったのです。犠牲はありましたが、これも何かの思し召しです・・・」


 拝む長老を諌めて、早速その蜂のいる集落を教えてもらった。歩いて1時間ほどの距離にあるようで、例の魔法を封じているという山だった。蜂もこのピクシー族同様、討伐されないようにその場所を棲家としているようだ。お互いがお互いの場所を侵さないように暮らしていけばいいと思うのだが、どうやらそれができない理由があちらにあるようで、探ってみてもいいだろう。


「ということで、ウィックルはお留守番な」

「ガ――――ン!!」



 ・・・

 ・・

 ・



 集落を出た俺は、長老に教えてもらったけもの道を歩く。けもの道といっても登山道といえるほどしっかりしていて、草を掻き分けるほどの豪快なイメージを持っていた俺は、整備された歩道に近いものを見てホッと胸をなでおろした。


 しばらく歩くと、頂上に小さな岩のある山が見えた。あれが魔法を使えなくしているジャミング岩だろう。ジャイアントビーの棲家はあの山の中腹にあるらしい。さらに進むと、あの桃色の花・・・ピクルゥが咲いているのが散見できた。きっとこのあたりが昔のオーレル・ピクシー族の住処でもあったのだろう。


 登山道の周囲は森というよりも開けた林と言った方が近い。それほどうっそうとしているわけではなく、木のないところは草花が生えていて、テントを張ってキャンプしてもいいぐらいの空き地がポツポツと見られた。登り坂に見えてもきつくはない。

 しばらく歩いていると、警戒しているジャイアントビーの一匹が飛んでいるのが見られた。いつの間にか棲家のエリアに入っていたようだ。


 長老も棲家となる巣の場所まではわからないと言っていたので、これは自分で見つけるしかない。警戒している蜂がまるで巣の周りを円を描くように警戒しているように見えたため、その中心点に向かって歩いてみた。


 ちょっとした草の擦れる音だけで、警戒している蜂がピタリと空中停止して周囲を観察してしまう。そうか、音が出ないようにちょっとした魔法で・・・と思ったが、魔法が使えないエリアにいることを忘れていた。警戒している蜂に見つかると厄介なので、その蜂が去ったあとに歩く・・・を繰り返すほかなかった。


 さらにしばらく歩くと、山の中ではあるのに平らで開けた場所があり、そこから羽をこする音が聞こえてきた。よもやと思い木の陰からそっと覗くと、俺の身長など優に超える山のような巨大な蜂の巣が地面に鎮座していて、その巣に見劣らないほどの巨大な蜂が巣にくっ付いていた。そして不思議なことに、その巣の周りにはピクルゥの花が沢山咲いていた。


(あれは・・・ヤバイぞ・・・)


 あれが女王蜂か。にしてはあまりにも大きすぎる。ジャイアントビーも大きいと思うのだが、それをさらに上回る大きさにドン引きしてしまった。


(請けてしまった以上は・・・はぁ、これ結構命がけだな・・・)


 よくよく観察すると、ジャイアントビーよりも大きく、女王蜂よりも小さな個体が数体見受けられた。あの巣のヒエラルキーとしては2番目に位置する蜂なのかもしれないが、将来はあの一番デカい女王蜂のように成長するかもしれない。


 とはいっても根絶やしにするつもりはない。警戒している蜂などが生き残れば、おそらくはそれが女王蜂として成長するはずだ。結果的に害になってはいるものの、第三者である俺が根絶やしにするのも違うと思う。ピクシー族と蜂が互いの領域に踏み込まず、互いのことを知っていても侵さない・・・それぐらいがちょうどいいのだと思う。あまりにも繁栄すれば、やがては麓の魔族が駆除してしまうかもしれないし、蜂を退治するのと合わせてピクシー族もついでに討伐されてしまうかもしれない。いや、討伐ならまだマシなほうかもしれない。珍しい種だからといって、人族とつながりのある魔族がいたら高値で売り飛ばすことだってあるかもしれない。俺でさえそんな風に考えられるくらいだから、誰かは思いつく考えだろう。まぁ、そんなことを第三者の俺が知ったかぶって刀を振り下ろすのも傲慢だと思うけど。


(さて、そろそろいきますか)


 方法は登山する時に考えた。秘策とまではいわずとも、恥ずかしながら忘れていたことがあったのだ。かっこよく横文字で唱えちゃいますか。


「『ファイアストーム』!」


 巣や蜂もろとも、大きな炎でもって焼き尽くす。これが俺の考えた方法だ。魔法はもちろん使えないが、俺は『精霊魔法』が使える。魔力による魔法が使えないのならこれしかない。忘れていたことに申し訳なさを感じたが、登山の道中で試したら問題なく発現したのでガッツポーズしてしまったほどだ。



 蜂が力尽きて次々と地面に落ちる中、あの巨大な女王蜂の羽根も焼けてなくなり、反応が鈍くなった。ただし、まだ生きている。周囲に飛ぶ蜂もいないので、さっさとケリをつけようと刀を抜いた瞬間、女王蜂が意外な行動を取った。


 巣の周りに生えていたピクルゥを食べたのだ。


「まさか・・・」


 女王蜂の羽根は見る見るうちに復活。焼けていた体も綺麗に戻ったのだ。


 ジエル長老の言葉が脳裏によぎった。ジャイアントビーの棲家に何かがあった、というのは、まさか・・・。


 俺はもう一度精霊魔法で女王蜂の周囲にファイアストームを発動させた。それと同時に、巣の周りのピクルゥも焼き払った。俺を助けてくれたピクルゥを焼くのは心が痛んだが、今だけは許してほしい。


巣にいたジャイアントビーは黒焦げになって地面に転がり落ちる。同じく女王蜂よりも少し小さいそれらも息絶えたようで、ジャイアントビーと同じく黒焦げになった。


 すると回復する術を失った女王蜂は、焼け残った足で山の頂上の方へ駆けていった。俺はそのあとを追いかけた・・・。




いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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