第14話 アニーの気持ち その1
ジンイチローと出会うほんの少し前のお話。
ゴルドウィン鉱山の依頼を終えた私は、その近くにあるミニンスク市に一泊することにした。依頼というのは、鉱山に住み着いてしまった岩オオトカゲを一定数駆除することだった。多くの卵から孵る生物だから、完全駆除は容易にできない。今回の駆除指定数は15匹だった。このトカゲは名のとおり巨体で、岩壁にへばり付き、人間などの弱い動物がいたらへばり付いたところから体を落下させ、押しつぶそうとする。今回の鉱山は小さい森も隣接しているからか、木によじ登る個体もいて、とても厄介だった。通常はパーティーを組んで実施するものだと中央ギルドの受付嬢から注意を受けたけど、押し通した。
しっぽの振り回しも攻撃手段の一つで、単体ならまだしも複数体でやられるとこれも厄介で回避しづらい。あやうく横っ腹に一撃くらってしまうところだったけど、何匹も固まる習性があるので、精霊魔法を扱う私はおおいにそれを利用させてもらった。
討伐証明のためしゃがんで尻尾を切っていると、鉱山の男たちが私の周りに集まった。岩オオトカゲの討伐に喜々としていたものの、そのほとんどは私を上から下から覗き込んでニタニタしていた。
まったく、これだから人間の男たちは・・・。
私が着ている服はエルフ族の女性専用戦闘服で、たしかに肌の露出は多いけど、物理的耐性、魔法耐性が備わっているという優れものだ。まぁ、初めて着たときは恥ずかしかったけど・・・。
ミニンスクの酒場に誘われたけど軽く一蹴して鉱山を後にした。
一泊しようと決めたのも、陽が赤み出してきていて、このままフィロデニア王都へ歩いていけば城門が閉じる時間になってしまうから。街に入り、私は女性しか泊まっていない宿を探すことにした。このミニンスク市より西に歩いて5時間のところにあるオルオリ市にはそういう宿があったし、フィロデニア王都にもあった。私のように一人で活動する者にとっては重宝する宿だ。運がいいことに、回って3軒目にして発見!すぐに部屋をとってもらった。外で食事すると伝え、認証用の割符を預かり、酒場へ足を運んだ。さっきの鉱山の男たちがいないことを祈る・・・。
面倒くさそうな男がいない店を物色し、まともそうな客が多いところを選んだ。奥に空いていた4人掛けの丸テーブル席に座り、モコモコ鳥のステーキとパン、エールを注文。岩オオトカゲを見ていたら、肉が食べたくなっちゃった私。食べていると客足も増え、ゴロツキも増えてきたように思う。そんな奴らの好奇な視線に目もくれず、ひたすら肉を頬張る。おいしい。
そして満たされたお腹にエールを流し込む。依頼達成のあとのエールは堪らないわ・・・。
そんな私を見て、ゴロツキ達が何人も私のテーブルに座りはじめ、中にはわざわざイスを持ってくる人もいて、みんなで私を囲むように座った。
「エルフの姉ちゃん、いい飲みっぷりだな。俺らも混ぜてくれないか」
私は残ったエールを一気に飲み干す。
「おお、いいぞいいぞ」
男たちは盛り上がったけど、私はこれでサヨナラ。
席を立とうとして腰を上げたとき、横に座っていた男が私の肩に手を置いて無理やり座らせた。
「まぁまぁ、まだいいじゃねぇかよ。おっと、そんなに睨みなさんなって。手なんかださねぇよ」
もう出したくせに・・・。
しかし、これでもフィロデニア王国内はまともな方だ。先月までノーザン帝国領のとある都市に少し滞在していたが、ここの男たちはひどかった。酒場で飲んでいると急に横に座ったと思ったら腰に手を当てて引き寄せられたり、あろうことか胸をまさぐられたこともあった。もちろん返り討ちにしてやった。そんなことが日常茶飯事だったので滞在を短くし、フィロデニアでの依頼受注活動に勤しむようになった。ちなみに、今日の岩オオトカゲの依頼受注は10件目くらいだと思う。
私はそれでも立ち上がって、男たちの合間を縫ってマスターのところまでたどり着く。銀貨2枚を置いて店を後にしようとしたら、マスターに止められた。
「お客さん、もらい過ぎですよ」
「迷惑料よ。騒がせてごめんなさい」
男たちの「つれねぇなぁ」という声を背に聞き、店を出た。
宿で割符照合して鍵をもらい、湯あみ用の湯をもらって体を拭く。魔物から自分を守るよりも人間の男から逃れることの方が難しいと不意に思ってしまった夜だった・・・。
夜が明け、宿で朝食を摂った私は、さっそく王都の中央ギルドを目指すことにした。岩オオトカゲの依頼は鉱山を運営するハピロン伯爵からのもので、中央ギルドの仲介だ。指定討伐数達成の報告をしなければならない。
と、その前に寄りたいところがあった。王都へ続く街道の途中に森があるのだけど、その奥まったところに綺麗な泉があるのを発見した。正確に言えば精霊が教えてくれた。精霊の声ははっきりとは聞こえない。ただなんとなくそう言っているように聞こえる、というくらい。それにいつも聞こえるわけじゃないし、聞いてほしいというわけでもないみたい。
森に入る前に周囲を窺った。一人でこんな森に入るのはとても目立つから。それに、私がしようとすることを見られてもマズイから。いないことを確認して森に足を踏み入れる。けもの道もない森の中をスタスタ歩いていく。木と木の間隔は割と広いから『踏み分けていく』ことはない。最初こそ雑草が伸びていたけど、奥に入るにつれてそれも無くなった。
間隔を開けて木の幹に葉っぱをねじ込ませて目印にする。これで迷うことはない。
しばらく歩いていくと、開けた場所が見えてきた。綺麗な泉も一緒に見えてきた。
泉の縁に立ってみる。以前と変わりなく、波紋のない澄んだ水の佇まいがそこにあった。
よし、脱いじゃおう!昨日の湯あみじゃ物足りなかった。
全て脱ぎ終え、泉に投身する。
冷たい!でも気持ちいい!これよこれ!
思わず笑みが浮かぶ。色々なもやもやが全部洗い流される気がする。この泉の効能かどうかはわからない。でも、精霊たちはここを教えてくれた。それだけでも感謝。あぁ気持ちいい。水面に体を浮かべて空を見た。高く薄青い空に、鳥が円を描いて舞っているのが見える。背の高い木々が泉を覆い、私はここにある全てに覆われているようにも感じる。ここにあるもの全てと一体になれる、不思議な感覚・・・。
しばらく水浴びしたあと、服も着ないでほとりで休む。ゆっくりした時間が流れるこの中で、最近特に気にかかることがあって、それを不意に思い出してしまった。
最近何故か精霊たちの動きが活発化している。ただそれだけなんだけど、これがよくわからない。理由がよくわからない。悪いことが起きる前触れではなさそう。だからあんまり気にしなかった。でも日に日に精霊たちの動きが高まっている。今日は特にそう。この落ち着いた雰囲気の泉の周りでさえ、対照的な精霊たちの落ち着きのない動き・・・。『何か』がある。でも何だろう。誰かを待っていて心躍る、といったメッセージが届いたようにも思えるけど・・・。
まぁ、いつかはわかることかな。体も乾いたことだし、服を着て森を出よう。
森を出て街道を歩いて3時間ほど経過したところで、王都の外観が見えてきた。相変わらず大きい。エルフの国と深い親交があったとされる何百年も前にその力を借りて造られたそう。人間たちより長命なエルフの私でさえまだ100歳程度。そんな私の父と母の生まれる前の出来事というから、けっこうな 『昔話』ね。
中央城門までたどり着いた私は、入城を希望する列に混じって順番を待った。待つ間、これからの流れをおさらいしてみる。まずは・・・お昼ごはんをどこかで食べて(これは大事)、そのあとに中央ギルドに行って依頼達成報告。新たな依頼について確認して、そのあと女性用の宿を見つけよう。
そんな考えをめぐらせていたら横から視線を感じたのでそちらを見やると、小さな女の子が私をじっと見ていた。エルフ族を見るのは初めてなんだろうか。女の子に微笑んでみると、ぱぁっと明るい笑顔が溢れた。かわいいなぁ。しゃがんで女の子に挨拶してみた。
「こんにちは。かわいいわね。お名前は?」
「ポーリンっていうの!」
「そう、可愛いお名前ね。私はアニーよ」
「アニーお姉ちゃん、とてもキレイ!」
「ふふ、ありがとう」
とこの時、ポーリンから大きな音がした。お腹の虫の音だ。ポーリンの笑顔が急に曇る。
「お腹すいちゃった・・・」
長い行列で、順番が来るまではまだほど遠い。私は腰のポーチから砂糖の小さな塊を1個差し出した。
「これあげる。順番が来るまでもうちょっと我慢してね」
「アニーお姉ちゃん、ありがとう!」
ポーリンは手早く私の手から砂糖を掴むと、口の中に放り投げた。幸せそうにモグモグしている。本当にかわいい。
この様子にようやく気付いた母親が慌てて謝った。
「すみません!この子ったら!ご迷惑をおかけしました」
「いいんですよ。こんなに長い行列じゃ仕方ないです」
「お姉ひゃん、おいひー」
「うん、よかった」
ポーリンの頭を撫でる。あぁ、かわいいなぁ。
私も子ども欲しいなぁ・・・。でも今はそんな相手もいないし。
エルフの国を出てしばらく経ったけど、会う男はみんな『体』しかみていない。ゴロツキのような下品な男達ばかりだった。ため息しか出ない・・・。
父と母からは「愛想よければ自然とやってくるよ」と言われ続けていたので、エルフの国を出てすぐ人間の前で笑顔を振りまいたら、盛大に勘違いされた。それ以来、極力感情を表に出さないようにしている。幸か不幸か、能面の私が冒険者パーティーに誘われることが少なくなり、特に女性パーティーに誘われることなど皆無だ。お高く留まっているという陰口も聞こえた。まぁ、一人の方が気兼ねなくていいんだけどね。結果的にゴロツキのような男しか寄ってこないから、余計に人との交流も避けた。もう、そんなことは慣れっこだ。でも、このまま人間の国にいても何も見いだせない。興味本位でエルフの国を飛び出したことが大きいけど、外の世界を知るにはもう十分かな、と思いはじめていたところでもあった。それでも誰かいい人がいれば・・・ね?
ポーリンの頭を撫でながら思う。別に私はエルフ族と結ばれなくてもいい。人間だっていい。エルフ族は長命だけど、それでも構わない。
ポーリンはそんな私の想いも知らずに砂糖の塊をおいしそうに転がしていた。
撫でる頭を離して立ち上がろうとした。
その時だった―――。
精霊たちの動きが、突然止んだ。
何?何があったの?『声』も聞こえない。みんな止まっている。けど、『声』が不意に届いた。
『きた』
いったい何が―――と思ったら、みんな一斉にある方向へ飛んで行った。中央城門のちかくにある小高い丘だ。みんなあっちに飛んで行った。気になる・・・。
「ねーねーアニーお姉ちゃん、お姉ちゃんは何してる人なの?」
「あ・・・うん・・・えっとね」
精霊たちの動きが気になるけど、目の前のキラキラした瞳には敵わなかった。
そんなポーリンと話していたら、順番が回ってきた。身分証を提示して入城。ポーリンとはここで手を振ってお別れした。
あの丘に何が『来た』んだろうか・・・。後ろ髪引かれつつも、王都の街に入っていった。
お読みいただきありがとうございます。
次回は明後日になるでしょうか・・・。
出来る限り投稿したいですね。