第139話 桃色の花と絶叫
「おや、お帰り。ジンイチロー」
「ただいま、ばぁば。ちょっと聞きたいことあって寄ったんだけどさ」
『年替わり草』の情報が足りないと思った俺は、魔法袋に忍ばせたばぁば著作の本で調べたけれど書かれてはいなかった。直接聞いてみた方が早いということで転移してみたのだ。
「ちょっとまずいことになっちゃって・・・」
事のあらましを説明すると、ばぁばも顔をしかめて腕を組んだ。
「それはいけないねぇ・・・。早くしないと取り返しがつかないじゃないか」
「だから一刻も早く『年替わり草』を見つけないと・・・」
「年替わり草・・・。そういう名前ではないけど、確か昔に―――――――ちょっと待ってな」
思案顔したばぁばは何かを思い出しのかダイニングを飛び出し、すぐに戻ってきた。
その腕は厚く古めかしい本を抱えていた。椅子に座ったばぁばは早速その本を捲っていく。
「この本は私が昔に聞いたものをまとめたものでね。絵も聞いたものを想像して描いたものさ。さてと、ええとねぇ、確かこのあたりに――――あったあった、これじゃないかね」
覗き込むと、4枚の切れ長の花弁の真ん中に太いめしべが突き出て多数のおしべに囲われた、一見すると普通の花のイラストが描かれていた。
「こいつの名は『場所替え花』と呼ばれていてね、一度その場所に咲いたら二度とそこに根をつけることはないという花なんだ」
「ばぁば、きっとそれだよ!」
「ふむ・・・似たような説明をされたかい。でもねぇ・・・」
「でも・・・何?」
「この場所替え花は確かにどこかには咲いているんだろうよ。でもそれを見つけるなんざぁ容易なことじゃないよ。ましてやこのフィロデニアでは・・・とても見つけられないだろうね」
「・・・なんとか探せないかな」
「ふぅむ・・・。広い海の水面を漂ってる小さな木の葉を見つけるようなもんさ。まず不可能だね」
「そんな・・・」
なんてレアな花なんだ・・・。そんなものを見つけて来いだなんて、宰相から課せられたミッションの難易度の高さに舌を巻いてしまう。
「だがね、魔王国で『年替わり草』として知られているということは、魔王国の中で咲いているのが知られているからこそ、場所替え花という名でなく、『年替わり草』という名で知れ渡っているんじゃないかね?」
「・・・あぁ、なるほど」
「フィロデニアの中で探すよりも魔王国で探した方がよっぽど確率は上がるだろうさ。ここは勝負時だ。根性出して見つけるんだよ、ジンイチロー」
ばぁばのいつになく真剣な面持ちに身が引き締まる。
「うん、やってみるよ」
「その意気だよ。しっかりやんな」
「ありがとう。ばぁばに聞いてよかった」
「うんうん」
「ちなみになんだけど、この『年替わり草』の効能って何?」
「効能――――わたしが聞いた限りのことしか書かなかったんだけどね・・・」
本に書かれていることをばぁばは指で追い、その箇所に辿り着くと追っていた指を止めた。
「聞いて書き残した程度の情報によると・・・、特徴的な斑点模様が体に浮かんで高熱を引き起こす感染力の全くない、罹患するほぼ全てが若者になるという病気があるんだが、罹ったほぼ全ての人が死んでしまう恐ろしいものさ。でもこの花の花弁も根もすべてすり潰したものを飲めばたちまち治るらしいね」
違う――――。魔王のアレとはまったく違う。
『場所替わり草』と『年替わり草』が違うのであれば病気の様子も効能も違うはずなのに・・・。
でも宰相は確かに『年替わり草』だと断言した。もしかしたらばぁばの知らない病気にも効果があるのかもしれない。
「ばぁば、早速行ってくる」
「うん、気を付けて行くんだよ」
空間魔法を展開したその時だった。
「あ、ちょっとお待ち」
「ん?何?」
「・・・関係ないかもしれないけど、最近この街がやけにピリピリしてるんだが・・・ジンイチローにはわかるはずもないか」
「うーん・・・」
知らず知らずのうちに何かをやらかしているかもしれない、と自分を疑って胸に手を当てるつもりで考えてみたものの、まったくもってわからない。
「俺にはわからないかな。エルフイストリアと魔王国にしか行ってないからね」
「そうかい。何かあれば心配だったんだ。それならいいさね。やけに兵士がウロウロしてるもんだからね」
「物騒だね、何かあったのかな」
「まぁ、いずれ嫌でも噂を耳にするさ。引き止めてすまなかったね。気を付けていくんだよ」
「ありがとう。行ってきます」
そして転移でやってきた場所は、王都の外れにある森の一角だった。王都に足を運んだ理由はもう一つあった。
「アリッサ!!」
従属させたデップ・ワイバーン、アリッサを呼ぶためだった。
呼んでしばらく空を眺めていると、やがて黒い小さな点が見えてきた。ぐんぐん近づくそれは黒い点から白い体毛の姿に徐々に変わり、そして俺の目の前に急降下してふわりと舞い降りた。
「アリッサ、久しぶり。元気にしてた?」
アリッサはすぐに首を絡めるようにして俺の顔に自分の頭をこすり付けてきた。なんてかわいいやつだ。
「ちょっと困ったことがあってね、『年替わり草』っていう花を魔王国で見つけなきゃいけないんだ。空から探した方がいいかと思ってね」
ギュイ、と鳴いたアリッサは姿勢を低くし、背中に乗るよう促してきた。
「ちょっと待って。ここから飛んでいくと時間がかかっちゃうから、魔王国までは転移するよ。そこから背中に乗せて」
首を傾げるアリッサの目の前で空間魔法を展開し、抜けた先は魔王国の埠頭だった。
「はい、もう魔王国」
ギュイイッ、と嬉しそうに顔をこすり付けてくるアリッサ。
「あはは、くすぐったいな。ここから先は頼んだよ」
アリッサの背に乗ると、翼をはためかせゆっくりと上昇していく。急上昇もできるのだろうけど、そのあたりはさすが俺の従属、気を使っているのがひしと伝わった。
まずはどこに行こうかと思案するが、とりあえず魔王の居城周辺でなければいいかと思い、ちょうど向いていた方向に飛んでもらうことにした。
此方の方向は街から外れ、集落がぽつりぽつりと散在するところだった。あまりに高く飛んでいるとわからないので、高くもなく低くもない高度で飛んでもらうことにした。しばらく進むと突然開けた場所に出た。薄茶色の植物が風に揺られていた。
「小麦だな・・・」
思った以上にこの国の領土は広い。見渡す限りの小麦畑が広がっていた。あちらこちらで作業する魔族の姿が見えたが、その風貌は人族と大して変わりはない。こちらに気付くことなく黙々と作業しているようだった。
小麦畑の上を旋回しながら見下ろしてみるが、白い花が咲いている気配はない。
「ここじゃないか・・・」
アリッサに小麦畑のさらに向こうに飛んでもらうことにした。
小麦畑を過ぎると、今度は青々と茂った畑が見えてきた。畑からは緑の揺らめきとあわせて水面の煌めきが目に留まった。
「畑じゃない・・・これは田んぼだ」
小麦畑から一転して、次は田んぼが見渡す限り広がっていた。これだけ広大な作付けがなされていれば、この国の魔族たちの食事は困らないだろう。ザニアの食堂でさえ普通に米食が出されると考えれば、流通もしっかりしていて高価でないことがわかる。
できればこの国から去る時にお米を大量に購入して魔法袋に収納しておきたい。空間魔法もあるからその中に蓄えておくこともいいだろう。
ぎゅい、とアリッサが鳴くのでどうしたのかと思ったら、感覚的に「喉が渇いた」と言っているように聞こえた。
「ここまでありがとう。ちょっと休憩しようか」
田んぼのエリアから離れて高い山のある麓へ向かった。
山から流れてくる湧水川のようなところがあったので、そこにアリッサを降し、しばらくの間休憩させた。
「ちょっとこのあたりを見て回るから、ここに居て」
ぎゅい、と鳴いた声は「気を付けて」と言っているように聞こえた。アリッサに頷いて返すと、うっそうとした原生林のような林に踏み入れた。
時折ぬかるんだところもあって足が取られたが、転ばずにどんどん前に進んでいく。折れかけた枝を払っては前に進み、花は咲いていないかと足元を窺いながらさらに進む。
ギャアギャアギャア、と不気味な鳥の鳴き声がしたので視線を上げて歩いていたら、不意に体が軽くなった。
いや、違う。落ちている!!
途端に視界が暗くなり、脚やお尻にごつごつした感触が響いた。洞穴のような場所に足を入れてしまったみたいだ。
10秒くらいそのまま流されていると、ごつごつした感触がなくなった。
かと思ったらさらに強い衝撃が背中を直撃した。
「ぐぅうう・・・痛ってぇ~・・・」
明かりもない闇の中、背中の傷みだけがじんじんとはっきり伝わってくる。
ひとまずフル・ケアをかけて回復させ、痛みを飛ばした。
「さて・・・どうしようかな・・・」
アリッサを呼んでも狭い通路からは入ってこれない。他に出口も見当たらない。やはり歩いていくしかないか。
おそるおそる立ってみると頭の上に岩の感触がないので、天井はそれなりの高さにあることだけが分かった。一歩も動けないのは、足元にさらに崖があるかもしれないと思ったからだ。
そしてこの洞穴、思った以上に冷えていて熱がどんどん奪われているようにも感じた。
このままではいけないと思い、明かりを灯す意味もあわせて、火の珠を手の平に作り出すことにした。
珠を作り出すと見えたのは、ドーム型になっている天井と、ゴツゴツした岩肌の通路が奥に続いているものだった。
行き止まりでなくてよかったとホッとする。火の珠を作り出したまま、奥の通路へと歩いて行った。
「ちょっとこれ・・・もう限界だわ・・・」
暗闇に浮かび上がる岩肌はもう見飽きた。真っ直ぐ続く道は途中で広がったり狭まったりと変化はあるものの、一向に出口の見えないトンネルなのだ。よくぞここまで体力が・・・いや、気力が保てたと褒めたい。
休もうとも考えたが、その分時間が無くなるとも思うと足を止められない。とにかくこの洞窟から脱出する手がかりを掴めなければならないのだ。
アリッサはどうしているだろうか。変な魔族に捕まっていなければいいんだけど・・・。
「ん?」
今まで止まらなかった足が、自分の意志とは無関係に止まった。
「あれは・・・」
浮かべていた火の珠を消した。火の珠を消しても先が見える・・・。ということは!
「出口か!!」
嬉しさのあまり咄嗟に駆けだし、岩の出っ張りにつまづいてよろけるもすぐに体勢を整えて再び駆けだす。徐々に外から入り込む光が強くなり、やがて陽の光が差し込む出口が見えた。疲れているのに口元が思わず緩み、喜びでどんどん走る速度が上がる。
やがて出口に身を投じ、両手を上に上げて叫んだ。
「やったぁ~~!!」
出口の景色は想像を超えるものだった。
桃色の花が絨毯のように咲き乱れ、甘い香りに満ちていた。そよ風に揺られる花弁が音を成すように揺られ、ほのかに光る花粉が辺りを煌めかせていた。
しかし、そこには想像を超える光景が待ち構えていた。
俺の体の半分もあるような巨大な蜂が、花の絨毯に横たわる何者かをその太い針で突き刺し、絶命させていた。
美しい景色とは真逆のおぞましい光景に絶句してしまった。そしてその光景は花の絨毯のいたるところで繰り広げられていて、桃色の花弁が緋色に染まっている場所も多かった。
「いやぁああ!!!助けてぇえええ!!!」
声のする方に顔を向けると、羽の生えた女の子がおぼつかない動きでその羽を上下させ、巨大蜂から逃げていた。しかし巨大蜂はその女の子を猛速で追いかけ、やがて追いつき、花畑にその身を押し付けた。
「やめてぇええ!!だれかぁああ!!」
俺は指先を巨大蜂に向け、すぐに『水弾』を打ち込んだ。
しかし俺の手からは何も生み出されることはなかった。巨大蜂は難なくその体から大針を剥き出しにさせ、勢いよく抑え込んだ女の子の体目がけて刺してしまった。
「げぇええ!!がっ・・・やめ・・・いだ・・・」
「くそっ!どうなってんだよ!」
俺は慌てて駆け寄り、青龍刀で巨大蜂を真っ二つに切り裂いた。
「エリア・フル・ケア!」
上ずりながらも珍しく大声で唱えてしまった。こんな光景を見せられたら仕方がない。
しかし、いつもなら目の前で金色の光が対象者を包み込むはずなのに、全くそれらしい反応がない。
まさか、魔法が使えない!?
もう一度フル・ケアを唱えても全く反応しない。これは一体どうしたものか。誰かの悲鳴がさらに聞こえたところで我に返った俺は青龍刀を強く握り直し、巨大蜂めがけて駆け寄って一刀両断することを何度も繰り返した。
やがて殲滅を確認し辺りを見回すと、桃色の花の陰からうめき声があちらこちらから聞こえてきた。
どうする・・・?考えろ・・・。
洞窟を歩いている時は手のひらに火の珠を生み出して灯していた。だが洞窟を出た後に『水弾』を飛ばそうとして不発に終わった。ということは、洞窟を出てから魔法が使えなくなったということになるから、この辺りは魔法が使えないような・・・ジャミングしているような何かがあるということなのか。
一か八かやってみるしかない。
そう思った俺は、先ほど刺された女の子の元へと走り、辛うじて息をしていることを確認すると抱き上げ、先ほど抜けた洞窟へ再び入って地面に寝かせた。
そこでフル・ケアを唱えると、見事発動した。やはり洞窟を抜けた先に魔法阻害要因があるのだ。
回復した女の子をそのまま寝かせ、まだ息のある子たちを抱えて洞窟に走り、同じくフル・ケアを唱える。全員回復はしているようだけど、意識は戻らない。しばらくは安静にさせたほうがいいだろう。
洞窟を出て桃色の花の咲くあたりを見回すと、俺の到着以前に息を引き取った者もいて、さらには喰われてしまった者もいた。平和の戻った花の絨毯の落ち着いた雰囲気とは裏腹に、俺の心はざわざわとかきむしられる思いでいっぱいだった。
一体全体どうなってるんだ・・・。
いつもありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。