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第138話 牢獄

 

 牢獄エリアはひんやりとしていて、それでいて濃密な湿気のためかかび臭い。その中の檻の一つに閉じ込められた俺は、手を後ろに縛られたまま壁に寄り掛かるように座り、頭をがくりと落としていた。


 こんなことになるのならあの時断ればよかった。どんなに心が痛もうと、やはり魔王のアレについて関わるべきではなかったのだ。とはいっても今さらな話か。こうなった以上はどうにかしてこの状況を打開するしかない。本当なら逃げ出したいのだが、この牢獄はどうも魔法の発動を封じる何かがあるらしく、顔を治そうと回復魔法を発動させようとしたが反応がない。拭うことすらできないので、鼻と口の周りは固まった血で汚れたままになっている。空間魔法の展開もできないので、どうしようもない。


 まぁ、俺はどうでもいいとして・・・アニー達は無事だろうか。俺のように乱暴されていなければいいのだけど・・・。俺のいるこの牢獄とは違うところに幽閉されているのか、まったく物音がしない。



 乱暴・・・といえば、この数時間のうちにされた仕打ちはまさに拷問だった。

 天井からぶら下がるロープに俺の腕が巻きつけられ、さらに足首に枷を填められて身動きが取れないところに、サンドバッグを叩きつけるように俺の顔や腹、脚を数人がかりで殴りつけてきたのだ。

 顔は腫れあがり、目もろくに開かない。「洗いざらい白状しろ」と言われるが、話すことがないのでそう伝えると、さらに強い力で殴られた。




 そしてそれから何時間だろうか、かなりの時間が経った頃のことだった。この牢獄エリアの扉が開かれたのか、床を擦る金属の音が響いた。靴音の反響からも、この牢獄の建物の広さが窺える。

 益々近づくその音が檻の前で止まったところで、ようやく俺は顔を上げた。


「ジンイチロー殿、エイルケンです」


 ランタンを片手に檻の前でしゃがんだ宰相は、俺の顔にランタンの灯りをあてた。


「これは・・・。想像以上にひどい仕打ちを受けましたね・・・」

「あの――――」

「お待ちください」


 宰相は立ち上がってポケットをまさぐり何かを取りだすと、檻の錠前をいじりはじめた。どうやらここの鍵のようだ。檻を開けた宰相は上着の内ポケットから長細いものを抜くと俺に見せた。


「中ポーションです。ひとまずはこれをお飲みください」


 宰相は俺の口に中ポーションの入った長細い容器をあてがい、流し込んだ。

 ほんのりと体が光ると、腫れていた顔が少しだけ元に戻り、痛みも和らいだ。


「ありがとうございます」

「何のこれしき」


 ポーションの容器を再び内ポケットにしまいこんだ宰相は、ランタンの灯りを消した。


「ここの監獄は誰も入っていませんが、念のため声は絞ります」

「はい」


 俺もそれに合わせて小声になった。


「どうして俺のためにこんなことを?」

「・・・大変申し上げにくいことですが」


 宰相曰く、俺を監獄にぶち込んだライラは早速に緊急事態として宰相を呼び出し、俺を魔王を殺そうとした「犯人」として監禁したと報告してきたという。そしてさらに、俺が自白しないのであれば街の広場で俺とアニー、モアさんを公開処刑すると公言したとのこと。

 あまりの行きすぎな決定に絶句してしまった。


「申し訳ございませんが、宰相であるとはいえわたくしよりもライラ様の身分が尊重されます故、この決定には逆らえません」

「・・・はぁ、そうですか・・・。でも俺が犯人だとしたら、魔王様のアレを治す唯一の手がかりを持っているのも俺になりますよ?それなのに処刑ですか?」

「えぇ、そこなんです」


 ランタンの灯りがなくとも、宰相の顔が曇っているのが分かる。


「ライラ様はあなた方・・・特にジンイチロー殿の来訪が魔王様のアレの出現時期と被っているとおっしゃっていました。ただ、わたくしはそうは思えないのですけどね。だって、この地にお越しになったのはいつですか?」

「捕まってから夜が明けているなら・・・一昨日です」

「うん、ですよね。魔王様はその数日前からあの状態となりましたし、やはりライラ様のおっしゃっていることはおかしいのです」

「・・・俺を信用してくれるんですか?」


 ふふ、と微かな口元の笑みが聞こえた。


「もし本気で魔王様を殺そうとするならば、あなたならもっと上手くできると思ったのです。仮に、誰にもわからないように魔王様をあのような状態にできる方であるならば、わざわざライラ様に見つかるようなことをするとは到底思えませんし」


 ふと、ここである疑念が浮かんだ。


「もしかして―――あなたはライラを疑っていますか?」

「・・・・・」


 暗闇の中で宰相の首肯が視えた。


「何も知らずに魔王様の部屋に行ったあなたを発見したのはライラ様です。ですがおかしいと思いませんか?魔王様のお部屋に一番近くにいるはずのライラ様が、遠くの部屋にいたあなたよりも遅く現れたのですよ?」

「・・・まさか、俺が見た黒いマントを被ったアレ・・・ライラだったと?」


 思わず大きくなった俺の声に、宰相はシーッと口に人差し指を立ててけん制した。


「あくまで可能性の話です」

「でも・・・確かに・・・そうか、ライラは俺が来ることを事前に知っていたし・・・。わざわざ魔王の部屋にも案内した・・・。夜のアレだって、殺気を感じてから俺が部屋に到着するまでそこそこ時間があった。まるで俺の到着を待っているみたいだった」

「ふむ・・・。そしてその黒い服を着ていたソレはどうなりましたか?」

「窓から逃げた。そのすぐ後に窓に駆け寄ったけど誰もいなかった」

「なるほど。ライラ様の部屋はすぐ近くです。多少の飛び移りぐらいならライラ様もできます。自室に戻られたライラ様はすぐに着替えられ、魔王様の部屋をあたかもその時に気が付いたかのように登場し――――」

「ナイフを持っていた俺を発見した」

「そして『犯人』を見事に確保したライラ様は、魔王殺しの犯人としてジンイチロー殿を公開処刑をします」


 思わず唸った俺は、さらに疑問をぶつけた。


「でも、だとしたらライラはなんで魔王様を殺そうとするんだ?自分の父親じゃん?」

「確かに仲はよろしかったです。ですが根本的なお考えの違いは否めませんでした」

「考えの違い?」


 ここで宰相から二人の名があがった。

 魔王がフィロデニアの地に降り立った際に戦った、ロード・ハンスと大魔法士ミルキーの二人の名を。


 人族の中でも武力に優れたとされるロードとミルキーの名は、当時この魔王国の地にも流れていた。その頃の魔王といえば割と魔族至上主義で、その二人を人族の目前で見せしめに殺そうと企んだ。


 だが魔王は負けた。それも圧倒的な大差で。


 一応表向きには「寝起きだったから」とか「ちょっといなすだけだったから」とか言っていたようだが、当時のフルパワーで戦ったのに惨敗だったという。そのときの魔王といったら、目もあてられないほどションボリしていたとか。自分たちよりも下種だと思っていた人族にボコボコにされたとなれば、元気はつらつと声高に叫んだ魔族至上のトーンも一気に萎んでしまった。そしてそれまで好戦的だった態度も手のひらを返すように大人しくなり、内政に注力するようになったという。娘であるライラが生まれてからはさらに大人しくなり、やがては人族の地に攻め上がろうという考えが魔族の間では世代交代も進んだことも重なり、もう聞かれなくなったようだ。


 ここまで話し、宰相は軽く息をついて続けた。


「ところがです。ライラ様はどこでどう解釈を間違えたのか、「魔王様が偶然フィロデニアの地に降り立った際に謂われもなく一方的に攻撃を受けた」とお考えになり、いつしか「人族を滅ぼす」と息巻くようになりました。魔王様は事あるごとにそれを諌めてらっしゃいましたが、それを煮え切らない態度と受け止めてしまったライラ様は、次第に魔王様に苛立ちを募らせました」

「ということはまさか、ライラは人族を滅ぼそうとしているとか・・・」

「そこまでお考えかどうかはわかりません。ですが、少なくともそのことに対して魔王様と言い合う姿は何度も目撃されておりまして・・・」


 宰相がふさぎがちに首を横に振った。


「兎にも角にも、状況は切迫しているというわけです」


 とはいっても、この状況では何もできない。魔法も使えないし頼みの青龍刀がなければ、大賢者とはいえ所詮はただの人間だ。


「エイルケン宰相、教えていただいたのはありがたいんですが、今の俺は何もできません。せめてアニーとモアさんだけでも容赦はいただけませんか」

「・・・アニー殿だけならなんとかできるでしょう」

「アニー・・・だけ?」

「アニー殿はエルフ族です。濡れ衣だろうと本当の犯人だろうと、公開処刑はやりすぎです。私が王ならば、とことんアニー殿を利用してエルフ族から利益を享受できるようにしますよ」

「それってつまり・・・」

「まぁ、言ってみれば交渉のための『人質』というやつですか。その方が損失は少ないと思われます。エルフ族は種族内での結びつきが大変強いですから、こちらが一方的に殺したとなれば、眠れる獅子が怒り狂うことに繋がりかねませんしね」

「モアさんは・・・」

「・・・・・だめでしょう。おそらくあなたの眼前で処刑され、放置されます。そのあとは――――あなたの想像におまかせします。力及ばずとなりますが・・・」


 くそ・・・こんなことならあの時むやみに部屋から出なければよかった・・・。

 後悔しても時すでに遅し――――


「ですが、私はあなたに落ち込んでほしくてここに来たわけではありません」

「え?」

「確かにこのままならお仲間が憂き目にあいますがね」


 そう言うち宰相は立ち上がり、檻の外に置いたと思われる剣を持つと、鞘から抜いて後ろ手の縄を切り解いた。


「宰相・・・」

「時間がもうありません。手短に伝えます。魔王様のアレを治す薬草がわかりました」

「えっ!?ほ、本当ですか!?」

「えぇ、そうでなければわざわざここには来ません。ですので、その薬草をあなたに見つけてほしいのです」

「いや、でも、そうじゃなくても俺を逃がす理由には――――」

「こうなった以上、あなたが見つけて魔王様を助けない限り疑いは晴れないと思ったからです」

「でもここからどうやって・・・」

「すぐそこに建物から出られる扉があります。そこを出ればすぐにでも魔法が使えるでしょう。あとは好きなように脱出してください」

「わかりました。で、その薬草というのは?」

「『年替わり草』という、白い花を咲かせるものです。が・・・、この年替わり草はその名の通り、1年に一度咲くもので、咲いたらそこには二度と生えることはなく、この土地のどこかに新たに根を張って花を咲かせるのです。この時期がちょうど花期となります。あなたにはこの国中を隈なく探してもらいたいのです」


 マジか・・・。たった一輪の花をみつけるためにこの魔王国を歩き回れと・・・。


「その間に処刑の手続きをなんとか遅らせます。今の私にはそれぐらいしかできません」

「わかりました・・・。とにかくその花を探せばいいんですね」

「えぇ」


 歩き回る・・・いや、待てよ?ここは魔王国だから、エルフイストリアのように結界で守られているわけじゃないから・・・。


「わかりました。必ずや『年替わり草』を見つけてきます」

「あなただけが頼りです。よろしくお願いします。ちなみにこの剣はあなたのですよ。珍しい形ですね」


 何かと思えば俺の青龍刀だったのか・・・。なんてことを言ったらフォーリアに怒られそうだから内緒にしておこう。


 宰相に一礼して檻を抜け出す。すぐ近くにあった扉に手をかけると、この居城の中庭だろうか、緑の芝生が一面に広がっていた。陽が頂点に昇りかけていた。

 魔力循環して一気に駆ける――――が・・・


「き、貴様っ!!なぜそこにいるっ!?」


 えっ・・・ライラ・・・なんでそこに・・・?

 駆けようとした足がもつれて転びそうになってしまった。彼女は花を摘んでいるようだったが、俺の姿に驚き地面にそれらを全部落としてしまった。

 しかし―――タイミング悪かろうとも、それでも行かねばならない。


「魔王様のアレを治す薬草がわかったんだ。俺はそれを見つけに行く。信じて待ってほしい」

「ふざけるなっ!!どの医術師にもわからなかったものを、貴様にわかるはずもないっ!」

「だけどっ!!やってみなきゃわかんねぇだろっ!!」


 ビクッ、とライラの肩が震えた。

 大声を上げたその刹那、騒ぎが聞こえたのか別の扉から衛兵が飛び出してきた。

 軽く舌打ちを転がしてすぐに魔力循環しなおし、庭を駆ける。


「ま、待てっ!」


 走りつつフル・ケアを自分に施し、金色の光をあたりに漂わせながら塀を軽く飛び越え、着地。さらに高い壁も助走をつけて飛んで縁に手を掛けた。

 背中に衛兵たちの喧騒を聞きつつ、居城の正門をさらに飛び越え、街の中に身を投じた・・・。



 ・・・

 ・・

 ・



「ぐぅううう!!」


 開け放たれた檻の前で、エイルケンは持っていた短剣を肩に突き刺した。

 久々に感じた剣の味に、思わず苦笑いをこぼしてしまう。


 これでいい―――――これで・・・


「ふふ・・・・・頼んだぞ、大賢者よ・・・」


 苦笑いは自然と不気味に歪んだ。


「年替わり草で・・・・やっと・・・」


 ここ最近の激務もあってか、耐えがたい激痛も重なり、エイルケンは冷たい牢獄の通路に倒れた。

 扉が開き、エイルケンを呼ぶ声が彼の耳に届くも、返事もできぬほど彼の意識は深い闇に囚われていった・・・。





更新遅れてすみません。

次回もよろしくお願いします。

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