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第136話 魔王の娘

 

「はははっ!人族とあろう者が我に勝負を挑むなど片腹痛いわ・・・・・え?」


 何をそんなに驚いているのだろうか。彼の雷は『魔力還元』に吸収され、俺は傷一つついていない。三田子tもない魔法陣だからか、観戦していた魔族たちすら口をあんぐりと開けて固まっていた。

 俺からしたらこんなもの、もしかしたら『魔力還元』がなくても避けられていただろう。そもそもあんなに高らかに雷を落とすと宣言されちゃあ、いくらでも対処できると思うのは俺だけだろうか。


「で、次はなんですか」


 あえてにっこりと微笑んでみた。


「ま、まぐれだ。まぐれに違いない!もう一度受けてみよ!」


 そして再び閃光が辺りを覆うも、眩しい光は煌めく魔法陣の中へと吸い込まれてしまった。ここまで来ると見た目はともかくブラックホールのようだ。


「バカなっ!これならどうだっ!」


 ボリオは炎弾に氷弾、土槍を無数に編みだしたうえに、さらに同じものをさらに編みだした。宙いっぱいに埋め尽くされたそれらを一気に俺に飛ばした。

 無論、やることはわかりきっている。『魔力還元』を俺の周囲に幾重にも張り巡らせる。もちろん俺が立っている直下にも。

 俺に向かって放たれたそれらは『魔力還元』に吸収され、案の定、足元の魔法陣にも反応があった。


「んぐ・・・」


 ボリオは拳を握りしめ、悔しそうに顔をゆがめる。

 魔法で生み出されたそれらは全て消えてなくなり、しんとした雰囲気が辺りを覆った。


「多分浮かんでいたのは目くらましかと思って、念のため足元にも貼っておいたんだけど・・・ビンゴでしたね」

「おのれ・・・俺の渾身の攻撃が・・・」

「他にはどんな攻撃が?」

「くそ・・・こうなったら・・・すべての魔力を出しきって殺してくれよう!!」


 言いきっちゃったよあの人。仮にも客人なんですけど、ワタクシ。


「我の全身全霊をかけたこの魔法を受けてみよ!!『星降り』!!!」


 ボリオの叫びと共に分厚い雲が天を覆った。その雲の向こうから赤い光がぼんやり見えたと思ったら、雲を裂いて燃え盛る隕石が落下してきた。

 はぁ、と深くため息をついてしまう。どうしてこの世界の人は最終魔法と称して隕石を落とそうとするのだろうか。巻き込まれる周囲のことを何も考えずにぶっ放すその神経を疑ってしまう。

 だが対処しなければ自分も巻き添えを喰らうし・・・。あぁ、言わんこっちゃない。ボリオさん魔力切れでぶっ倒れてるわ。辛うじて意識はあるようだけど。


「一つ聞きたいんですけど」

「・・・め、冥土の土産に一言聞いてやるぞ」


 なにそれ、何かの冗談か?それとも自虐ネタか?


「あの隕石は魔法で作ったの?それとも隕石を呼んだの?」

「隕石を呼ぶなど・・・あれは儂が作った魔法だ・・・」


 ふん、ご丁寧にどうも。魔法と分かれば苦ではない。

 周囲の観戦者は慌てふためいてあちこちへ避難を始めたようで、グラウンドにはアニーとモアさん以外の誰もいない。

 その2人といえば、隕石の落下を見て「すごーい」とか言っている。生き死にのかかった試合を見ているとはとても思えないのだけど。


 俺に向かって落ちてくる隕石の軌道に、『魔力還元』を置いた。

 その網にかかった隕石は一部を吸収されるも大して変わらず、落ちてくる速度そのままに向かってくる。これは予想外だ。魔法で出来ているからいいかと思ったが、一枚では防ぎきれないらしい。さすが3武神の一人が全魔力を使って編みだした魔法だ。もう一枚『魔力還元』を敷くも、これまた表面を吸収しただけで変わらずに落ちてくる。


 まどろっこしい!!


 俺は『魔力還元』を何重に、いやそれよりももっと多く、何百重にもその軌道に張り巡らした。

『魔力還元』に吸収される時の煌めきが空いっぱいに輝き、隕石そのものが光に包まれている錯覚に陥る。

『魔力還元ネット』にかかった隕石はやがて小さく萎み、ほんの少しの煌めきを残して消えてしまった。


 覆っていた分厚い雲は晴れ、陽の光は何事もなかったかのように辺りを照らしはじめた。


 俺は青龍刀を抜き、倒れているボリオに歩み寄る。そしてその刀をボリオの首元に差し出した。


「この勝負の判定はいつも誰が行っている?」

「・・・儂だ」

「運がいい奴。そうじゃなかったら迷惑料としてその首を落としてたかもしれない」


 防ぎきる自信はあったが、もし仮にそれが出来なかったらアニーやモアさんの身にもしものことがあったかもしれない。のんきに魔力切れで寝ているこの大男に一太刀浴びせたかったというのは本気で本音だ。


「じゃあ、この試合の判定をしろ」

「あ・・・うぅ・・・儂の、負けだ」

「ふん」


 青龍刀を戻し、アニー達に振り返った。


「勝ったよ~」

「は~い、お疲れ様~」

「勝負にならないとはじめからわかっておりました」


 2人の余裕綽々な様子に、思わず苦笑いを浮かべてしまった。




「本当に、申し訳ございません」

「反省してますか」

「してます。はい」

「人があんなにいるのにどうして殲滅魔法なんかやっちゃってるんですか」

「はい、やっちゃいました。すみません」


 縮こまって正座するボリオに、説教とまではいかずとも苦言を呈する。挑発した俺にも責はあるかもしれないが、いくらなんでもやりすぎだろう。


「じゃあ、すみやかに魔王様のところまで案内するように」

「はい、わかりました。あ、でも・・・」


 ボリオは何かを思い出したのか、少しばつの悪そうな顔で目を逸らした。


「なにか?」

「あぁ、うん、その・・・いえ、とりあえず城に案内します」


 ボリオの態度に何か引っかかるものの特に気にも留めず、早く用事を済ませたい思いから、ボリオを立たせて案内してもらった。



 城といってもフィロデニアの王城ほど大きくはないのだが、石造りの佇まいはそれよりも頑強に作られている印象をあたえる。扉も門扉と同じく厚く作られているようで、何人もの門番がゆっくりと開けるほど重たそうだ。エントランスは2階に昇る階段が左右対に設置され、エントランスだけ1階と2階が吹き抜けになっている。階段もややらせん状に作られていたり、手すりをはじめ調度品なんかも丸いものを置いていたりと、外の壁の印象とは違う雰囲気を演出していた。

 ボリオは衛兵に伝令を命ずると、応接間に案内してくれた。

 すれ違う魔族たちは皆俺達を凝視しながら通り過ぎていく。ボリオが直接案内しているということは、門での試練に打ち勝ったことを意味しているからだ。いや、それ以上に人族がこの城を歩くなど前代未聞なのだろう。


 案内された応接間で待つこと数十分、現れたのはほっそりした壮年の男性だった。どこぞやの執事かと見まがうほどの、歩く姿を見るだけでも洗練された印象を持つ。ソファに座っていた俺とアニーは立ち上がって出迎えた。ちなみにモアさんは俺達の座っていたソファの後ろで立っている。


「ようこそ魔王様の居城へお越しくださいました。私は宰相を務めておりますエイルケン・アルドナと申します」

「お忙しいところすみません。私はジンイチローと申します。こちらはエルフ族のアニーと、私の付き人のモアと申します」


 2人は無言で頭を下げる。


「どうぞ楽にしてください」


 宰相に促され、ソファに身を委ねた。


「人族がボリオンドゴノ殿に勝つとは、聞いたときは我が耳を疑いましたよ。これでは魔王国のメンツが保たれませんな」


 やや苦笑気味に話す宰相を見ながら、俺は首を横に振った。


「いえいえ、さすがは魔王国の筆頭といわれるほどの魔法士。稀なる魔力を駆使しての魔法には恐れ入りました」

「ふふ、謙遜なさらずに。それを打ち負かすほどの魔法をを放つほど、あなたには潤沢な魔力と実力がおありということです。ボリオンドゴノにはあなたの爪を煎じて飲ませたいぐらいです。傲慢な態度は隙を生みますからね」


 宰相はボリオに対して良いイメージをもっていないのか、やや呆れたような面持ちで話した。


「それはさておき、あなた方は魔王様にお会いしたいということでいらっしゃったわけですが・・・。まさか、マーリン様の・・・?」

「話が早くて助かります。あることをお聞きしたくて、魔王様なら何か知っているかもということでご紹介いただいたわけで、それで遠路はるばる訪ねた次第です」

「そうですか・・・うむ・・・」


 宰相は腕組みをし、難しい顔で天井を見上げた。


「あの、何かあったんですか?」

「ええ・・・うーん・・・お話ししてよいものかどうか・・・」

「その様子から察するに、魔王様の身に何かあったんですね」

「・・・えぇ。全てお話ししましょう。ですが、他言無用でお願いします。この地にいる民は・・・いえ、この城にいる者でさえ知らぬ者が多いのです」

「承知しました。口は堅い方ですので。みんなもいいよね?」


 アニーとモアさんを見ると、こくりと頷いた。


「わかりました。これは一週間前のことになりましょうか・・・」


 一週間ほど前、魔王の体に不思議な紋様が浮かび上がっているのをその娘が発見した。というのも、給仕がいつものように魔王の寝室へ起床の時刻であることを告げにいくも返事はなく、一度目は引き返したものの、二度三度同じく訪ねても返事がない。おかしいと思っていたところ、皆で朝食を摂ろうと食堂で待っていた娘が寝室にやってきて、給仕から話を聞いた娘が部屋に入ると、ベッドに寝たまま起きない魔王がいたという。どんなに声を掛けても揺さぶっても起きない魔王から不穏な気配を感じた娘は、布団を剥いで魔王の体を調べると、体中に黒い紋様が浮かび上がっていた。よくよく見ると、黒い紋様はわずかに蠢いていて、徐々にその範囲を広げているのだとか。


「回復魔法を使える医者もおりますが、これについてはさっぱりわからないと匙を投げるばかりで・・・。一体魔王様は如何なされたというのか・・・」


 宰相が首を横に振りながら俯いてしまった。


「魔王様の体には魔道具が装着されていたような箇所はないのですか?」

「いいえ。隈なく調べましたがそのようなものは身に付けてはおられませんでしたね」

「そうですか・・・」


 それにしても、ここまで来て魔王に会えないというのはいささか残念ではあるが、目的を達することができないとわかった以上、長居は無用かもしれない。魔王の具合が悪いとわかっていながらこの地にいても仕方ないし、魔王を治すとかそんな義理もない。


 アニーに向いて首を横に振ると、彼女もそれを察してか、小さく「そうね」と呟いた。


「貴重なお時間を頂戴して申し訳ございませんでした。我々はこれで―――――」


 失礼します、と言いかけたところで、応接室のドアが音を立てて開かれた。

 この場にいる皆がぎょっとしてそちらを向くと、俺と年を同じくしたぐらいの若い娘が立っていた。背中まで伸びた黒髪が若さの中にも落ち着きを醸し出し、さらには胸元が開いていて細い身体にフィットした黒いドレスがさらに妖艶な雰囲気を漂わせていた。それにも増して細い体つきにも関わらず、出ているところはしっかり出ているという、特に男性ならば釘づけ間違いなしの美人だ。


「ライラ様・・・」


 宰相がそう呟くと、ライラと呼ばれた女性がカツカツとヒールを響かせて歩み寄り、半ば強引に宰相の隣に座った。女性がにっこりと微笑むが、無言だ。


「あの・・・宰相殿・・・この方は?」

「あ~、その・・・こちらは魔王様のご息女であられるライラ・エルガ様です」


 宰相の紹介を受けて、ライラはようやく口を開いた。


「はじめまして、大賢者。私はライラ。魔王の娘です」


 にっこりがさらに上書きされると、なぜか淫靡な印象さえ感じてしまう。これはきっとこの人のもつ特有の雰囲気があるからだろうか。それに流されまいと、自分の目の前に見えないバリアを貼るような気持ちで、にっこりを返した。


「お初目にかかります。私はジンイチローと申します。よく私が大賢者だとご存じで」

「そう畏まらずに。あなたのことは病床に伏す前に父上から聞いておりましたゆえ」

「そうでしたか。たった今宰相から魔王様のことについて伺った次第です。回復をお祈りしております」


 この流れは絶対面倒臭いやつだ。百歩譲って回復を祈ってるからさっさと帰ろう。

 そう思い腰を浮かせた刹那―――


「ジンイチロー。お願いがあります」

「ぁ・・・」


 思わず口から漏れた言葉に、ライラの口角がほんの少しだけ笑みを湛えた。


「どうか父上の病を治してはいただけないでしょうか」


 やはりこう来たか・・・。面倒臭いやつだという俺の直感は間違っていなかった。


「ライラ様、一言申し―――」

「ライラと呼んでください」

「ライラ・・・さん、一言―――」

「ライラ、と」

「ライラ・・・」

「はい」


 こんな端正で大人しそうな顔なのに、奥はとっても芯がお強い。ため息交じりに肩を落としてみた。


「私は確かに大賢者です。ですが、あなた方が思っているほどなんでも知っているわけではなく、ましてやあなたの父上・・・魔王様の病気を治すことなど出来はしません。お力添えに敵わぬこの身をお許しください」


 よし!!素晴らしい受け答えだと自分を褒めたい!!あとは一言二言言葉を返すだけでこのばを去ることができる。恭しく下げた頭をゆっくり戻しライラに向き直ると、ライラは微笑みを湛えているものの、その奥に黒いものを感じた。


「そうですか・・・それは残念です。ですがもしこの場を去ろうとするならば、我々はあなたを牢獄へ叩き込まねばなりません」

「えっ?」


 口に手を当てて、クスクスと笑いだすライラ。


「だってそうでしょう?この魔王国のトップが病気だということを魔族でもないあなた方が知っているのに、この私が簡単に城から出すとお思い?」

「・・・」


 その通りだ。前の世界でも国のトップの健康情報は超機密事項だ。言われてみて初めて気が付いた。


「そうでしょう、エイルケン?」

「はぁ・・・まぁ、確かにそうですね・・・はい」


 エイルケンさん、そこはがんばろう?あなたそういうつもりで俺達に話したんじゃないよね?「他言無用で」という条件守れば出てもよかったはずじゃね?ライラの黒い雰囲気に負けちゃダメだし!


「ですのでジンイチロー。この城から出たければ、父上の病を治すことに傾注なさい」


 微笑みながらも値踏み、見透かし、脅迫、すべての属性の入り混じった瞳が、ギラリと突き刺してくる。

 アニーに向くと、やれやれと言わんばかりのため息とともに、小さく首を振るのであった。




いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


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