第135話 居城の洗礼
昨日のマウロといったら酷い荒れようだった。
俺とアニーが一緒の部屋で寝ると聞いた途端に、ヨヨヨと泣きついてきた態度から一変して、
「勝負だ!!」
と性懲りもなく声を荒げたのだ。ここはエルフの国でもなんでもないし、思い通りにいくと思ったら大間違いだと話しても聞き耳持たず。勝手についてきたのにあれやこれやと文句をいうものだから、ギャアギャアと喚く彼を呆れた顔で見るしかなかった。
そんなこんなで続いていたマウロの独演会であったが、アニーの強烈なビンタのおかげで見事閉幕したのだった。
「そんなに嫌ならエルフイストリアに泳いで帰りなさい。ほんっと、サイッテーね!」
愕然としたマウロの顔は肖像画に残しておきたいぐらい秀逸だった。あれほどマンガみたいに「ガーン!」な顔はそうそうお目にかかれない。
朝の陽光が窓から差し込んだのか、閉じている瞼の中も白くなった。薄らと目を開けると、まだ寝息を立てるアニーがすぐ横にいる。
問題なのはなぜか裸かということだけだ。
「おはよう、ジンニチロー」
「おはよう、アニー」
「もう起きてたの?」
「うん、アニーの寝顔を見てた」
「ふふ、私がそうしようと思ってたのに」
アニーが悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の頭を撫で上げる。
「ちなみにどうして裸なのかな」
「わかんないけど、夜中に目が覚めたらジンイチローは裸になってたよ?だから私も合わせてみた」
あのメイド、絶対恐ろしいスキルを隠してる。
しかし、こんなに条件が揃っててもアニーに襲いかからずいそいそと着替える俺って、やっぱりヘタレだと言わざるをえない。少し不満そうにしているアニーに着替えるように話し、一階に降りた。
すでに女主人が朝食の支度を済ませていて、いつでも食べられるように配膳されていた。
「おはようございます」
「おはよう。ぐっすり眠れたかい?」
「はい、おかげさまで」
そういえば、と思い聞き忘れたことを聞いてみた。
「あの、私はジンイチローといいます。ご主人のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「あぁ、まだだったかしらねぇ。私はザニアルダニィア。ザニアで構わないよ」
自己紹介が終わったところでちょうどアニーとモアさんが降りてきた。それに遅れてマウロも慌てて降りてきた。そろったところで朝食を摂る。
おいしい朝食を食べ終わり身支度をすると、1階に降りてザニアさんを呼んだ。
「それでは行ってきます。夕方までには戻ると思いますので、連泊にはなりますがお願いしたいです」
「ウチは構わないさね。・・・やっぱり魔王様のところへ行くんだね」
呆れたような、それでいて心配するような顔で見つめ返してくれた。
「はい。まぁ怪我しないように気を付けます。ご心配お掛けしてすみません」
「ふん・・・なんだかよくわからないけど、あんたたちなら大丈夫だと思うのは気のせいかね」
ザニアさんは腰に手を当ててやれやれとわざとらしくため息をついた。苦笑いするしかなかったが、そんなザニアさんに魔王の居城について聞くと、島の中央の小高い丘に文官所が並んでいて、その中央に城があるようだ。島の中央へは歩いて1時間ほどらしい。ちなみに馬車はないので本当に歩いていくほかないようだ。行ったことのない場所なので『転移』も使えない。しばらくは筋肉を酷使するしかないか。
「行っておいで。おいしいもの作って待ってるからね」
「はい、行ってきます!」
手を振るザニアさんに手を振り返して食堂を後にした。
しばらく歩くと、朝方だから気付きにくいのだが、歓楽街に差し掛かった。もちろんネオンがピカピカ光るわけでもなく、道端にピンク色の看板がでているわけでもないのだが、通りを歩いている魔族のお姉さんの格好からしてきっとそういう通りなんだなと推測した。
「アニー!こっちの通りに行ってみよう!なんだか面白そうだ!」
突然マウロが指をさして喜々とアニーに面向かった。
アニーも俺と同じように観察していたのか、口の端が引きつっているのが見えた。女性経験の少ない俺でさえあの通りに誘うのはまずできない。バカとみるか勇気とみるかド天然とみるかはきっと言われた本人の包容力に任せるしかないのだが・・・。
「そっちに行かなくても魔王の居城には行けるわよ」
朝なのにもう疲れたような顔で遠慮するアニー。とりあえずはやんわりと断りを入れるが、そんなことはおかまいなしにマウロは彼女の手を握って引っ張っていく。
「いや、こっちの方が近いよ。さぁ」
「えっ・・・ちょ・・・ジンイチロぉ・・・」
ぐいぐいと引っ張られるアニーが困った顔で俺に向いた。
「マウロ、アニーが困ってるよ」
「なに?そんなことはない!見てみろ、この通りはなんだかキラキラしてるように見える!」
「あ~・・・えっとだな・・・」
そっか、そういうことか。
俺達3人はフィロデニアの中で生活してきたからそういう雰囲気の通りは肌で感じているからわかるけど、マウロはエルフイストリアから一歩も出たことのない、生粋の箱入り娘だから感じ取れない・・・というわけか。
と、その時―――――。
「あら~ん、坊や、そんなに女の子を困らせちゃいけないわよぉ?」
「うふ、そうよぉ?」
「あらやだ、この子、よく見ると中々かわいいじゃない?」
凄い、の一言に尽きるぐらい、直球の中立魔族さんが現れた。どの国にもやはりこういう人はいるものだと内心感心したものの、どうしてマウロといるとこういう人たちと遭遇してしまうのだろうかと呆れてしまう。
当のマウロといえば、顔を引きつらせて硬直しているわけだが。
「やんだぁ!この子私たち見てトキめいてるかも!」
「あまりに美しさに我を忘れているんだわ!」
「食べーーる!!」
野太い声が若干混じっているのはご愛嬌だ。アニーは硬直するマウロから引っ張られていた腕をすぅっと戻すと、シュタッとモアさんの陰に隠れた。この辺りの俊敏さはモアさんに引けを取らない。
「ねーねー、僕?私たちとオールナイトしない?」
もちろん、今は朝だ。
その声を掛けた一番強面なお姉さんがマウロの腕をとって無理やり腕組みをする。もちろんその腕は筋肉の双丘に埋められ、二度と脱出を図ることはできないだろう。あまりにも突然の出来事に言葉を失ったマウロは、それでも喉の奥から声を掻き出そうと口をモゴモゴさせている。
「マウロ、モテモテでいいな。俺達のことはいいから綺麗なお姉さんたちと一緒に遊んできなよ」
「っっっ!!!」
ブンブンッ!!!とマウロは頭を千切ろうとするぐらいの勢いで首を横に振った。
「やだ、こっちの彼氏さん、わかってるじゃない!」
「いやははは、マウロは羨ましいな。じゃあ、僕は彼女たちと遊んでくるから」
「ちょ・・・じ、ジンイチロー・・・」
「それじゃっ!!」
俺達は打ち合わせもないのに同時に反対方向へ翻り、大通りを駆けていった。
マウロの悲鳴が辺りに木霊するが、俺達は尊い犠牲を胸に魔王の居城を目指したのだった。
途中で迷子になって道行く人に居城を尋ねてまわり、やっとの思いで到着した。
居城周りは高い石の壁に覆われていて、その壁の中に入り口と思われる赤い鉄の扉があった。衛兵と思われる魔族が5人立っていて、長槍を手に睨みを利かせている。
「あのー、すみません」
門前にいる魔族の衛兵に声を掛けてみた。
「ん?なん――――人族!?なんでこんなところに!?」
「えっとですね、魔王様にお会いしたいんですが」
「・・・はぁ?」
「だからぁ、魔王様に会いたいんです」
するとその魔族は小さく嘆息すると、手を口に当てて小さく話した。
「あのな、怖いもの見たさとかあるけど、人族が来るところじゃねぇよ。悪いことはいわないから帰った方がいい」
思わぬ親切に振れ、目を丸くさせた。なんかこう、魔族って聞くだけでヤバそうな奴等がたくさんいるのかと思っていたけれど、ザニアさんのこともあるし偏見であったかとあらためて思い知った。俺の中のイメージでは、胸に七つの傷のある男が活躍するあの荒廃した世界にいるチンピラどものイメージだったからだ。
「大変ご親切にありがとうございます。ですが魔王様はもう私たちが来ることをご存じだと思います」
「あんたらが?知ってる?うーん・・・そういわれてもなぁ・・・」
ポリポリと頭を掻いて思案顔だ。その頭には一本も髪の毛は生えていないわけだが。
「最近マーリンさんがここを尋ねてこられませんでしたか?」
「・・・確かに来た。大変な騒ぎになった。出来れば出禁にしたいぐらいだ」
何したの!?
「それはいいとして、あんたらここの居城に入るルールは知ってるのか?」
「えぇ。魔王様のご友人?みたいな方と戦って勝てばいいんですよね?」
「あぁ~・・・まぁ、正確にはちゃんと戦えるかどうかっていう評価なんだけどな」
「ふ~ん・・・。なりふり構わず戦ってたら、大事な商い人までボコボコにされちゃいますしね」
「そうなんだよ!だから困っちゃってさぁ。知らない客人は無理やり戦わされてボコボコにされて門から出てくるだろ?クレームの処理が大変なんだわ」
いつの世もどこの世界も、上司のツケを払わされるのは下っ端というわけか。
「世知辛いですね」
「人族なのにわかってくれるか、この苦しみが。いい加減この仕組みはやめてもらいたいってのが本音だな。だから俺達の役目は門を守るというよりも、事実上来訪した客人を無差別な暴力から守るためにいるわけよ」
「なんだか本末転倒ですね」
「これで給料があがんねぇからたまったもんじゃないしな」
周りの衛兵の皆様方もうんうんと頷いて応えていた。よほど不満なんだろう。
「とはいえ、それを百も承知で来てるんで、そのように手続きをおねがいしたいです」
「・・・覚悟があるって言うなら通すが・・・いいのか?」
「えぇ。ちゃっちゃと用事を済ませたいですね」
「わかった、そこまで言うなら・・・」
その衛兵が別の衛兵に顎で指示する。すると、指示された衛兵が近くに置いていた鐘を鳴らして合図を送った。
すると、あの重そうだった門がひとりでに動いた。
「さぁ、入ってくれ。健闘を祈る」
「ありがとうございます」
門をくぐると、居城が少し遠くに聳えていて、門前に広めのグラウンドのようなものが敷かれていた。居城の隣には日本でもよくありがちな官公庁系の建物のようなものがいくつか並んでいた。
「客人の鐘が鳴ったかと思えば、珍しい人族か」
声のする方に向くと、髭もじゃの大男が立っていた。
「我はボリオンドゴノ、魔王の配下、3武神の一人だ」
腰に手を当てて話しているが、大声過ぎて耳障りだ。そんなに張り上げなくても十分に聞こえるんだけれど。
「はじめまして。ジンイチローと申します」
「うむ、強き者への敬い方は知っているようだな」
なんだろう、この上から目線。恭しく頭を下げて損した気分だ。下げた頭を戻すと、ニヤニヤした顔と目が妙に心の奥底をザラザラと舐めているようで気色悪い。
「本来なら3武神揃って相手するところ、事情で我一人で相手をする。それでも3武神の中で最も強い我と相対するのだ。ありがたく思え!」
「はぁ・・・」
「我はこう見えても魔法士だ。お前に魔法の何たるかを教えてくれようぞ!なはははは!!」
自分から言っちゃったよ、この人。よほど自分に自信があるんだろう。でも強みというものは弱みにも成り得るから、自ら宣言しちゃうのは経験のないような俺から見てもどうかと思う。まぁ、そのおかげで早く済みそうかな。おっといけない。油断は禁物。油断はフラグ。
ボリオ・・・ドンゴン?はグラウンドへと翻り、俺に顔だけ向けると人差し指を立てて「来な」と合図を送る。
グラウンドに立つと、滅多に見ない人族の挑戦とあってか、随分と人だかりが出来ていた。
「なははははっ!!どこからでもかかって来い!!」
「ボリオドンゴンさん?でしたっけ?どうぞあなたから――――」
「ボリオンドゴノだっ!!」
「あぁ、失礼しました。ボリオンドンゴノさん――――」
「ボリオンドゴノ!!」
「・・・えっと・・・ボリオさんでよろしいですか?」
「・・・もういいわ、それで」
「ではボリオさん、せっかくなので3武神の魔法の力をこの私に見せてはくれませんか?」
「ふん、その減らず口、二度と開かせまい」
え?まさか本気で殺る気?相変わらずニタリ顔で見つめられるも、その眼はかなり血走っている。門番の人が言っていたクレーム案件はどうやらこの容赦ない姿勢のおかげだろう。
「ふっ、焦っておるな。だがもう遅い。我の怒りの雷、貴様の頭上に降らせてくれる!!」
ボリオが高らかに宣言した直後、俺の頭上に強烈な稲光が轟音と共に拡散した――――
いつもありがとうございます。ようやく投稿できました。
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