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第134話 まずは宿から

 

 船に揺られながら、タヌアさんから魔王国についての情報を得た。


 魔王国は魔族の国、これは俺でも何となくわかる。

 島国といっても非常に広大らしく、簡単には抜け出せない深い森もあるらしい。

 魔族といっても基本的には俺達と容姿は同じらしいが、頭やおでこに角が生えているらしい。中には背中から翼を出している者もいるようだ。

 それと大事なのは『お金』。一般的に普及している金貨や銀貨、銅貨で対応できるようだが、タヌアさん曰く、エルフとしか交易していないはずなのになぜあれほど活気がある街が作れるのか、と不思議がっていた。それって、エルフの知らない交易相手がいるってことじゃないですかね?

 それはさておき、もう一つ教えてくれたことが、魔族のランクがそのまま名前に反映されているということ。上から、『ファンダ』『リンデ』『エルガ』『アルドナ』『メイズ』『ノーグ』『イルヴァン』となっていて、『イルヴァン』はいわゆる平民層。だから最下層の魔族はあえて自分の名前の後に『イルヴァン』とはつけないようだ。また、『メイズ』は魔王国で働く文官クラスに与えられるようだ。ちなみに魔王は『ファンダ』、その妻は『リンデ』、子は『エルガ』となるという。

 家族なのに性が違うような気がして混乱するが、こればかりは慣れるしかないねとタヌアさんも苦笑していた。



 それから半日経ち、俺達一行は魔王国のある島へとたどり着いた。

 船頭のタヌアさんが船を港に付けると、すぐに降り立って係留ロープを巻きつけた。タヌアさんが「降りていいぞ」と腕を挙げたのを見て、マウロが先に船から降りた。


「さぁアニー、俺の手を取って」


 船を降りた俺は、白い歯をまぶしく輝かせて笑顔を見せるマウロの隣に立ち、同じようにアニーに手を伸ばした。


「ありがとうジンイチロー」


 アニーは俺の手を取って港に降り立った。続いてモアさんも俺の手を取り港に降り立つ。

 タヌアさんに近場の宿について尋ねると、この魔王国には『宿屋』というものはなく、食堂を経営する何軒かがベッドを提供してくれているようだ。タヌアさんもそれ以上のことは知らないというので、自分たちで根気よく見つけることにした。

 皆でタヌアさんにお礼を言って手を振って別れを告げた。ついでに固まっているマウロにも振ってあげた。


「ちょっ、待てっ!俺もいくんだからなっ!」



 船着き場には見えなかった魔族の姿も、中心街に来るとフィロデニア王都と同じくごったがえしていた。その姿は人間と外観を同じくしているものの、タヌアさんの言う通り、時折頭に角が生えている人や背中に蝙蝠の羽みたいな翼を折りたたんで歩いている人もいた。

 すれ違う人は皆、俺達の顔を凝視して通り過ぎていく。そりゃそうか、滅多に見ないエルフ族と人族が街を闊歩しているのだから。


「まずは食堂からか・・・」

「そうね。お腹すいちゃったからちょうどいいかもね」

「えぇ、ですが食堂は近いと思われます。いいにおいが立ち込めています」

「周りの目が気になるけど、もう少しの辛抱だね―――ん?あのお店、それっぽくない?」

「どこ・・・あ、ほんとだ。それっぽい」

「よし、行ってみよう。じゃあマウロはここで待っててね」

「うん、任せろ―――って違うわっ!!」

 マウロを残して3人で食堂と思われる店へダッシュ。マウロは慌てて俺達の後を追おうとするも、どうやら練り歩く魔族の誰かにぶつかったようで、その人が突き飛ばされる格好になって地面へ転んでしまったようだ。なにやら輩(魔族DQN?)に絡まれている様子。


「てめぇ・・・どこ見て歩いてんだよぉ!」

「ひっ・・・す、すみません!」

「あ~~腕折れちまったなぁ。こりゃ一生治んねぇぞぉ!どうしてくれんだよぉ!」

「ブンブン振り回してるから大丈夫じゃ―――」

「ああ?!てめぇっ!」

「ひっ・・・」


 俺はため息を深くつき、渋々マウロに歩み寄った。


「一度だけだよ」

「えっ?」

「フル・ケア」


 回復魔法によって編み出された金色の繭が、輩を優しく包んだ。


「う・・・おぉ・・・」


 繭から解かれた輩は愉悦の表情を見せていた。


「いやぁ、実はこの魔法を教えてくれたのはこのマウロ君でしてね。もしこの魔法を気に入ったなら、今度からはマウロ君にお願いしてくださいね」

「「・・・・・」」


 輩はニタリと笑ってマウロ君を見つめると、何やら上気しているご様子。何となくミニンスクのド変態馬主、モーゼルさんの雰囲気を感じ取った。

 危険を感じ取った俺は自然とその場から駆け出していた。


「じゃっ、これで!」

「って、ジンイチローっ!」


「おい、マウロといったな・・・」

「ひっ・・・」

「ちょっと俺の家に来いよ、な?」

「い、いや、ちょっと僕は用事が・・・」

「な?ちょっとだけだからさ、な?」

「ひゃっ!・・・ま・・・ま・・・・魔族コワイぃいいいい!!」


 マウロは通りを駆け抜け、やがて見えなくなってしまった。輩も負けじとマウロの後を追っていった。

 こっそり様子を窺っていた2人のもとに辿り着くと、3人でうなずき合った。

 達者で暮らしてほしい、マウロ君。


「さて皆さま、静かになったところで早速お店に入りましょう」

「「賛成」」



 俺達はさきほどからおいしそうな匂いが立ち込める食堂に入ってみた。

 店内は思った以上に広く、そしてテーブルのほとんどが客で埋まっていた。頭に角が生えている人だとか背中にいかにも魔族っぽい蝙蝠のような羽を生やした人だとか、魔王国に来たらコレ!といいたくなるぐらいのそのまんま魔族の特徴を見せていた。


 そして突き刺さる、視線。


 無理もないか。滅多に見ない人族とエルフがいればそうなるだろう。


「いらっしゃい。珍しいお客だね」


 ふくよかな体に笑顔がチャーミングな壮年の女性が挨拶してくれた。


「あの、お尋ねしたいんですが、このあたりで宿があれば教えていただきたいんですけど」


 女性はキョトンとした顔で俺達を見つめた。すると、テーブルについていたガラの悪そうな魔族おじさんたちがゲラゲラと笑いはじめた。


「おい、この国には宿屋なんてねぇぞ。せいぜいそのあたりで野宿するんだな」

「いや、その男はどうでもいいから、姉ちゃんたちだけウチに泊めてもいいぜ。たっぷり可愛がってやるからよぉ」


 ゲラゲラと下衆い笑い声で店内が埋まった。


「あんたたちは黙ってな!!まずはウチのオススメ食べていきな。宿は後で教えてやるよ」

「ありがとうございます」


 そんなわけでしばらく待っていると、「お待ち!」といって女性がお皿を置いた。

 大盛りに盛られたお皿を見て、心臓が高鳴った。


「チャーハンだ!!!」


 またもや周囲からクスクスと笑い声が聞こえてきたが、そんなものはどうでもいい。

 目の前に盛られたチャーハンが、熱々の湯気と共に黄金に光り輝いて見える。これまでの異世界生活による補正がかかっているかもしれないが、決して大げさじゃない。まさか・・・まさかお米が食べられるなんて・・・。


「ジンイチロー?どうして・・・泣いてるの・・・?」


 自分でも気づかぬうちに流れていた涙を拭い、ちょっと苦笑いした。


「前の世界では普通に食べていたのがこのお米なんだよ。チャーハンはお米を炒めて味付けしたものなんだけどさ。まさかこの世界でお米を食べられるなんて思いもよらなくって・・・」

「そっかぁ。住むとこ違えば食べるものも変わるしね。オコメ・・・って言ったっけ?初めて食べるわ」

「私もです。興味津々です」

「さ、食べよっか」


 3人で小皿に取り分けて早速食べてみる。


 うまいっ!!!チャーハンだ!!!まさにチャーハンだ!!!


「おいしい!この食感は初めて!」

「これも穀物なのですね。大変おいしいですね」

「幸せ・・・」


 そうだ。オコメがあるということは、あの伝説の『TKG』も実現できるってことじゃないか!?

 やべぇ!やべぇぞ、魔王国!!



 その後になって出されたスープも飲みきりお腹いっぱいになったころには、周囲の客もいなくなり俺達だけとなった。


「さて、うるさい連中もいなくなったからそろそろいいかね」


 お店の女性がタオルで手を拭きながら話しかけてきた。


「ありがとうございます。それにチャーハンもすごくおいしかったです!」

「それはよかった。・・・っていうか、オコメなんて魔王国にしかないはずなんだけど、どうしてアンタは知ってるんだい?」

「あ~・・・、昔何かの図鑑で呼んだことがあるんですよ。オコメっていうおいしい穀物があるって・・・」

「ふ~ん、人族も侮れないねぇ」


 女性にバレないように適当に流す。しれっと話題を変えた。


「エルフの船頭の方から聞いたのが、この国には宿屋がないと・・・」

「あぁ、そうそう。本題だったね」


 女性がにっこりと微笑んだ。


「実はね、あんたたちみたいに遠くから来た人にはウチの2階を宿にして提供してるんだよ。3部屋空いてるから好きに使いな」

「ありがとうございます!助かります!」


 心底ホッとした俺はアニーを見ると、アニーも同じ気持ちだったのか俺を見て微笑んでくれた。


「人族とエルフ族のお客さんなんて珍しいからね。少しでもこの国で楽しんでもらえれば何よりさ」

「そうですね・・・」

「そういえばこの国に来た理由はなんだい?ただの観光ってわけじゃなさそうだね」

「えぇ。魔王に会いに来たんです」

「あぁ、なるほどね――――えええっ!?」


 女性がこれでもかっ!っていうぐらい飛びのけた。


「え?何か変でした?」

「あ、あんた、ぶっ殺されちまうよ!」

「えぇ!?」

「魔王様は気性が荒くてね、根はいいんだけどとにかく戦闘狂なんだよ!やばいよ!」

「へ~・・・」

「へ~って・・・。そうそう会えるとは思えないけど、命が惜しければ止めておきな。人族じゃあかなわないよ」


 女主人は本当に心配してくれているみたいで、不安そうな面持ちで説得してくれるのがわかった。


「でも、ちょっと聞きたいことがあって・・・。俺達が来ることは多分承知してくれていると思ってるんですねどね」

「いや、仮に魔王様が知っていたとしても気をつけな。いいかい?魔王様のいる居城に入るには、ある審査に通らなきゃいけないんだ」

「審査?」


 怪訝そうにしていた表情をさらに硬くして、女性は腕組みをした。


「魔王の戦闘狂が祟ってね、初めて居城に入るには戦って『武』を示す必要があるんだよ」

「戦う・・・?」

「うん。しかも厄介なのが魔王様のダチが相手になるようでね、しかもそのダチが3人もいてさ。その3人のダチに『善戦』しないと通してくれないっていうわけさ」


 これはまた面倒な・・・。どうしてこう新しいところに来ると戦うことになるのやら・・・。


「ちなみに有名な話でね・・・」


 この3人のダチを一瞬で倒した相手がいたようで、それがマーリンさんだったという話。もはやここまでくると生ける伝説だ。


「とにかく、悪いことは言わないから魔王様の居城に行くのはやめときな。とにかく強いらしいからね」

「はい・・・」



 そして部屋に案内される。3部屋それぞれ一人ずつ使うことになった。

 誰か忘れていないかって?いやいや、何のことだか。


 部屋割りも決まったところで、俺の部屋に2人に来てもらった。


「で、早速出鼻をくじかれるようなことを聞いちゃったんだけど」

「ジンイチロー様、あの女主人の言う通り、行かないという選択肢も考えませんと」

「うん、俺もそれ考えちゃった」

「そもそも魔王国に来た理由も、フィロデニア王の押し付けでございましょう?いかにマーリン様が関わっていようと、命にかかわることに首を突っ込むのもどうかと思われます」

「そうなんだよねぇ。おまけに魔王が脳筋とくれば・・・。あのキンニクマスターを思い出しちゃう」


 それを聞いていたアニーも浅く息をついた。


「そうね・・・。でも、魔人石のことについて少しでも知りたいのなら、やはり魔王には会うべきじゃないかしら」

「そうともいえる・・・。俺って優柔不断だな・・・」

「というよりも、ジンイチロー、面倒臭いなぁって思ってない?」

「それだ!それが一番の理由!」

「おまけにジンイチロー様が歩く先にはいつもややこしいことが待ち受けております」


 俺はすかさずモアさんを制した。


「モアさん、それ盛大なフラグ」

「失礼いたしました。ふふ、口にしてしまった以上、もはや逃れられませんね」


 口角を1㎝ぐらい上げて笑うモアさん。絶対ワザと言ったな。


「で、どうする?どっちにしろ私たちは、今回に限ってはあなたの意見に異論は唱えないけど?ね、モア」

「はい。お好きにしたらいいかと思います」


 正直言うと、フィロデニアの王様に足のように使われるのは癪に障るというものだが、滅多にお目見えできない魔王に会うというのも一興だなと心のどこかで思っているのも事実。それに、ここで「はいさようなら」すると、ここまで橋渡ししてくれたエルフの長老司や懇切丁寧に魔王国のことについて話してくれたタヌアさんにも悪い気がしてならない。


 仕方ない、ここは腹を括るか。


「とりあえず魔王には会ってみよう。でも、会って情報を得たらさっさとサヨナラだね。エルフの国に早く戻りたいし、ばぁばのところにも早く帰らなきゃ」

「うん、わかった。早く済ませて帰ろうね」


 アニーも同意してくれたし、モアさんも黙って頷いてくれた。

 でも気になるのは、そう、オコメだ。あれをどうやって入手しようか。できれば大量に買い付けて魔法袋に収納しておきたい。


「それとだね、3人のダチとかいう人たちとの戦いは、俺がなんとかするよ」

「「・・・・・・」」


 2人はそれを聞いて示し合わせたかのように無表情になり、そしてうなずいた。


「ジンイチロー、しっかりね」

「元より私は戦力外ですから、お気を付けて」


 魔族との戦いは初めてだけど、似たような奴とハピロン邸で戦ったことがあるから、まぁなんとぁなるか。さて、そうと決まればいつ魔王の居城に行こうかな―――――


 そう思っていると、部屋のドアが叩かれた。


『ここにいるのかい?』


 あの女主人さんの声がドアを隔てて聞こえてきた。


「何でしょう?」

『あんたたちの仲間かい?マウロとかいうエルフが死にそうな顔でウチの店に飛び込んできたんだけどさ』


 3人で顔を見合わせ、そして同時にため息をついた。

 ここで違うと言ってもきっと粘られて店に迷惑をかけてしまうんだろうな。


「そうです。この部屋に連れてきてもらっていいですか」

『部屋数は足りないんだけど・・・』


 あぁ、そうか・・・。仕方ないか、俺の部屋で一緒に――――


「ジンイチロー、私と寝なさい」

「へ?」

「いいから。わかった?」


 気迫に押され、うなずいてしまった。また後でマウロに色々言われそうだが、まぁそれはいいや。



 そして泣きっ面で部屋に飛び込んできたマウロは、怪しい男に追い回された話を延々と話しだした。そのおかげで結局その日は宿から出られずに夜を迎えてしまうのだった。




いつもありがとうございます。

仕事の出張のため、PCに触れる機会がなくなってしまうため、投稿が早くて6/25になるかと思われます。

スマホでこつこつ仕上げることにします。

よろしくお願いします。


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