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第130話 ノルン・ベスキ君主国

 

 フィロデニアの王城ほどではないが中世ヨーロッパの風情を感じさせる城の大広間に、細く長いテーブルと相対するように設置された背もたれの長いイス、そしてそこに座る顔を強張らせた要人と思しき10人の男達と、灰色ローブを纏った3人の男が顔を見合わせていた。

 灰色ローブを纏った男達は相対する男達とは違い、その口元に余裕の笑みを湛えている。

 そしてもう一人の人物が、大広間の上座にある、その背格好よりもやや大きめのイスに腰掛けその様子を窺っていた。

 上座に座る人物は、まだ幼さが残るつぶらな瞳を光らせ、栗色の長い髪の毛を肩に流す、この国『ノルン・ベスキ君主国』の女王、アルマ・ベスキだった。


 にらみ合うこと20分、灰色ローブの男の一人がほんの少し首を傾げて要人の一人に口を開いた。


「どうですかな、そろそろ良きご回答を聞きたいものですがね」


 話しかけられた要人は腕を組んだまま目を閉じ、その問いかけに応えようとしない。周囲の要人たちはその様子を苦々しい顔で見つめるほかなかった。


 それもそのはず、灰色ローブを纏う男達の提案はこの国にとって到底受け入れがたい『要求』だったからだ。話しかけられた要人―――ダグラス・オートナー内務大臣はようやくその瞳を開けた。


「―――何度もお返ししている通り、女王はこの国になくてはならん。貴殿の要求は受け入れられるものではない」


 灰色ローブを纏った男は、口元を歪ませながらもわかりやすくため息をついてみせた。


「やれやれ、せっかく穏便に済ませようと交渉し、わが教国の首班であるボロネー様も同席してのこの会合で、よもやいつもと同じ残念な回答しか得られないというのは・・・。いかがいたしましょうか、ボロネー様」

 ボロネーと呼ばれた男は、含みを持たせた柔和な面持ちで、ほんの少しだけ女王に視線を送った。

 女王はわずかに体を固めた。

「ポルン、王国の回答も理解できます。無理を承知の上での交渉なのです。ノルン・ベスキ王国の喉元にナイフを突き立てているようなものですから」

「えぇ、そうでしたね。オートナー殿、出過ぎた発言をお許しください」

 恭しく頭を下げるポルンだったが、オートナーはその様子を見ても微動だにせず、ただただボロネーを見つめるだけであった。

「しかしながら、女王を差し出さねば貴国の生命線が寸断され、国民が疲弊するのは明白なのですよ?」

「それは承知の上だ。それでも教国の要求・・・いや、脅迫には応じられん」

「ふむ・・・。そうですか・・・」

 ボロネーは右手で顎を撫でながら宙を見つめた。

「ポルン、今日は一旦引くとしましょうか」

「よろしいのですか。ボロネー様」

「ふふ、いいのです。互いの意見が合致することがないということがわかっただけでも収穫というものですよ」

 ボロネーはオートナーを見た後に、もう一人隣に座っている男に小声で何やら話しかけ、うなずきあった。

「それではオートナー殿、今日はこれにて失礼いたします。我々の提案に賛同いただけるよう、今後も働きかけます故、再度ご検討いただきたいものです」

「ボロネー殿、この際はっきり言おう。もう二度とこのノルン・ベスキの地に貴殿ら教国の人間を招きはしない。検討の余地すらないことをここに宣言しよう」

「そうですか。それは残念ですね。では我々も次なる手を打たねばなりませんね・・・。準備ができ次第ご連絡いたしますよ」

「・・・」

 一行は立ち上がって女王に体の正面を向けると、深々とお辞儀をし、王国の兵士の先導のもと大広間を退室したのだった。


 3人が退室した大広間は一瞬にして喧騒に包まれたが、アルマが立ち上がるとその喧騒もおもむろに小さくなった。

「オートナー」

「はっ」

「私の執務室に来なさい」

「はっ、かしこまりました」

「ネイデン、あなたも来なさい」

「はっ」

 ネイデンと呼ばれたのは淡く輝く金髪をなびかせた女騎士だった。アルマの座っていた上座の陰に隠れて警護に付いていたのだ。

 兵士の先導でアルマは上座を降り、裾の長い白いドレスを気に掛ける様子もなく大足で大広間を退室した。



 執務室に入室したアルマは、緊張の糸がほぐれたのか力なくソファに腰掛けた。

「ネイデン・・・もう私限界よ・・・」

「お気持ちお察しいたします」

「そんな喋りかたしないでよ、もう」

 そのとき、執務室のドアをノックする音が聞こえた。

「入りなさい」

「失礼します」

 恭しく入室したオートナーは、一度深くお辞儀するとネイデンを一度見やり、小さくうなずいた。ネイデンはそれに対して何も答えず、ただオートナーを一瞥するだけだった。

「お座りになって」

「失礼します」

 オートナーはアルマの正面に座ると、膝に手を置いた。

「彼らは本気のようね」

「おそらくは」

「私の身柄を欲するということは、きっとあの伝承も承知の上なのでしょう」

「えぇ、でなければ女王そのものを欲するとは到底思えません」

「どこで知ったというのかしら・・・。あの伝承はこの国でもごく一部の者しか・・・」

 オートナーはアルマの言葉に首を振った。

「無論調べさせましたが、知っている者は皆信頼できる者達です。口を割るとは思えません」

「では外部の・・・いえ、あの伝承自体がこの国の――――」

 するとネイデンが口に指を当てて黙するようアルマに顔を寄せた。

「アルマ様、どこで聞き耳を立てられているかわかりません」

「そうね・・・ありがとう」

 ふぅ、とアルマは息をついた。

「オートナー、率直に話していただけないかしら」

「はっ」

「この国は、あとどれくらいもつとお思い?」

「・・・・・・・・」

 アルマの言葉に一瞬顔を強張らせるも、その真剣な面持ちにオートナーは一度目を閉じて、ゆっくりと開けた。

「先方の準備はすでに整っているとの情報です。おそらくは1か月以内には・・・」

「そう・・・」

 アルマは寂しそうに俯き、そして項垂れた。

「先祖が守ってきたこの地を、よもやあのような野蛮な教えを説く教国に乗っ取られる日がこようとは・・・」

「アルマ様、問題はございません」

「・・・?」

「あなたあってこそのこの国です。この国は王家の家系を守るためにできたといっても過言ではございません。いざという時は―――」

「だめです!私一人のために民の犠牲を強いてはなりません」

「無論それは承知の上です。すでに緩やかにではございますが避難を実施しております故」

「それはわかっているけれど・・・」

「現在、友好国のドワーフ王国にも国民を避難させております。無下に犠牲者を増やさぬ措置は講じております。ご安心ください」

「えぇ・・・」

「オートナー殿」

 沈黙を守っていたネイデンがオートナーを静かに見据えた。

「は・・・いえ、うん、ネイデン、どうした?」

「フィロデニアの間者の動きはどうなっているのですか?」

「これまで通り泳がせている。我が国の情報はもれなく渡っているだろう」

「そうですか・・・。此度の一件については、どれほどであの国の王に知られるのでしょうか」

「陸路に陸路を重ね・・・早馬を乗りついでも3週間はかかるかと」

 ネイデンは小さく首を横に振った。

「長い・・・」

「間に合わない可能性があると?」

「えぇ」

「では拘束し、親書を携えるようにあえて役目を負わせるか?各地に替えの馬を公式に用意できる」

「この際そうしたほうがいいでしょう。少しでもこちらの『準備』を整えたほうがいいと思われます」

 アルマは拳を握りしめ、眉間に皺を寄せてオートナーを見やった。

「オートナー、この国はまだ終わったわけではありません。何かしら策があるはずです」

 アルマと同じく、オートナーも顔をしかめた。

「アルマ様、国など滅んでもまた興せばよいだけです。ですがこの国の場合、問題は『王家の血』なのです。この血族が代々継がれる意味を、あなた様もわかっておられるはずです」

「ですが!」

「アルマ様」

 アルマの激高に被せるようにネイデンが言葉を重ねた。

「オートナー殿の言う通り、王家の血を絶やしてはなりません。この地を治めた始祖の血―――幼き頃から学んできたはずです」

「それはわかっています。私の中に眠る封印こそが――――」

 オートナーは素早くアルマの口元に手をかざした。

「アルマ様・・・」

 オートナーが首を横に振ると、落ち着きを取り戻したアルマが小さくため息をついた。

「・・・そうでしたね。取り乱しました」

「このネイデン、アルマ様をどこに行ってもお守りすることに変わりはございません。なに、すぐにこの国がなくなるということはありません。国と国がぶつかることはあっても、血を流し合うことだけでも避ければよいのです」

「えぇ・・・」

「しかしオートナー殿、フィロデニアは信頼足りうるのですか?イマイチあの国の動向が伝わってこないのですが」

「今のところ不穏な動きは見せていない。だが教国に対しての猜疑心・・・いや、灰色ローブの者達に対する疑念が強いこともあってか、実はあの国には教国の人間が中々入り込めん。王城襲撃の主犯としている以上、少なくとも我々に対しては同情の念を持って接してくれるだろう。それに、ドワーフの武器という供与をチラつかせれば多少の欲も生まれる。まぁ、それの確たる保証はできんがね」

「ならよいのですが・・・」

「では決まりだ。間者である『外務高官』には親書を携えてもらい我が国の現状と()()を乞うこととしよう。正式に国交を開いたわけではないが、女王が()()()()()()()()として多少なりとも『準備』をしてもらう」

「オートナー、少々強引ではありませんか?国交のない国の、ましてやいきなり女王が―――――え・・・直接・・・?」

 オートナーはしかめた顔のままうなずいた。

「えぇそうです。強引です。ですが、それだけ猶予がないのも事実なのです。使節団を送る暇すらありません」

「しかし教国はそこまで強硬な姿勢で臨むのですか?とてもそうは思えませんが」

「アルマ様、問題は我々に『女王』という手札しかないということです。しかもその切り札そのものが相手に知られていて、かつ切れないカードであることを承知の上で此度の交渉に乗り出してきたのです」

「えぇ・・・」

「そして相手は、国民の命と『女王』を引き合いにし、その重さを計りました。そして私は、『女王』の重さを相手に伝えました。決して国民の命をないがしろにしているわけではありませんが、相手は我が国が守ろうとする『境界線』を知ったわけです。つまりは、相手は『女王の命さえ無事であればこの国は何をされても黙認するだろう』と踏むわけです」

「ネイデン、あなたはさっき強硬手段は取りづらいと・・・」

「えぇ、申しました。しかしそれは『女王に対して』という意味です」

「っ・・・」

「アルマ様、実は隣国のノーザン帝国に兵士と思しき師団が集結しつつあります。あの国の王は教国を盲信しておりますゆえ、近いうちにこの国のありとあらゆるところへ侵攻を始めるでしょう」

「・・・そうですか。こんな時、ドワーフが友好国で本当に頼もしい限りですね」

「えぇ、始祖からの馴染みが功を奏しましたね。ですが兵団の支援は要請しておりません。あくまでも人命救助のみの支援です」

 アルマは深くため息をつき、そして項垂れた。

「わかりました。親書は私がしたためます。外務高官にはすぐに出立の準備をするよう伝えてください」

「かしこまりました」



 執務室から退室したネイデンとオートナーは、顔を見合わせることなく長い廊下を歩く。そして突き当りを曲がったところで身を隠し、歩いてきた後方を見やる。

 誰もいないことを確認して2人はようやく口を開いた。

「ネイデン様、数々のご無礼、申し訳ございません」

「よい。それよりも、『女王』を脱出させる手筈は?」

「すでに魔法士隊に魔法陣を描かせております。何しろ古のものですから、成功するかどうか―――」

「失敗は許されん。陸路での脱出は困難だ。間者とてノーザンを通過できるかどうかわからんからな」

「やはりドワーフに女王を匿うよう要請した方が・・・」

「だめだ。ドワーフの民を盾にしてまで、教国の手から逃れようとしても無意味だ。フィロデニアが今のところ最も安全に『女王』を避難させられる場所だろう。それに噂の大賢者とやらがいるのだろう?」

「確かな情報ではありませんが・・・教国の手の者を退かせたと・・・」

「火のないところに煙は立たん。王城襲撃から守ったという情報も確かなのだろう。それにかけるしかない」

「いつ決行しますか」

「ノーザン帝国の出方次第だろう。教国自体はむやみに手は出さんはずだ」

「関の監視を強化しておきます」

「うん。民の避難は続いているか?」

「滞りなく。幸いドワーフの国土は広いですからな」

「東の森には誰も行っていないのだな」

「・・・はぁ、それはそうなのですが・・・なぜ東の森が・・・?」

「・・・いや、いいんだ。気にするな」

 ネイデンは再び壁伝いに後方を見やる。給仕の女性が女王の執務室に近づいたので、声のトーンを落とした。

「それと、教国が強硬手段に訴える前に、奴らはまた現れると私は思う。だからお前たちも逃げる準備だけは整えておけ」

「何をおっしゃいますか!」

「命令だ」

「承服しかねます!ネイデン様を置いてはいけません!」

「そんなことを言って、どうせ我々を逃したら城に残るつもりだったんだろう?」

「・・・」

「教国とて永遠に拡大するわけはない。いつかは滅ぶ時が来る。我々の世代がだめでも、子孫がこの地を平定する時の為に血は継がなければならない。その時の為にお前たちが必要なんだ。必ずこの地を護りぬこうという意志を持つ者達がな」

「・・・承知いたしました」

「それと、アルマにはまだ話すな。彼女が保っていられるのも『女王としての責務』を感じているからだ」

「無論、墓場までもっていく所存です」

 ネイデンはクスリと笑った。

「だがまだその時ではないぞ」

「えぇ、ご命令ですから」


 そして二人はうなずき合うと、互いに背を向けその場をあとにした。




いつもありがとうございます。

次回予定は5/31です。

よろしくお願いします。


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