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第129話 エルフイストリアからの出立

 

 アニーにこっぴどく叱られたレナさんは口を尖らせて聞く耳持たないほど態度を固くさせていたけれど、アニーがわんわんと泣き出してしまったことで本気で心配していたことがわかったのか、レナさんも「ごめんなさい」と言ってアニーと抱き合いながら涙した。


 家に帰るとよほど疲れていたのか、アニーとレナさん、モアさんまでも、まだ日が沈まないのにもかかわらず部屋に入るや否や寝てしまった。


 することのなくなった俺は、長老司の元へ精霊石を届けに尖角塔を訪問。長老司を呼んだはずがカナビアさんまでも登場した。

 インペリアルフォレストハザードピギィの退治と精霊石の報告をすると、真っ先に食いついてきたのはカナビアさんだった。どうしてこれほどまであの魔物の精霊石にこだわるのだろうと首をかしげていると、深いため息とともに長老司は語ってくれた。


 俺とともにエルフイストリアを出立するというカナビアさんの要望に長老議会は意を反した。それもそのはず、先代のシュテフィはエルフイストリアを出立して捕えられ行方知れずとなっており、二度とそのようなことがあってはならないという意見が議会の中で飛び交った。しかし、ミストレルの意思を無下にはできないとして、長老司がカナビアに条件を出した。それは『綻びのある結界を修復するため、あらたな魔道具製作のための精霊石を3つ用意できたら出立しても構わない。また、出立は大賢者ジンイチローとともに実施すること』というものだった。この提案もあって長老議会はその条件達成を約束事として出立を容認。カナビアさんも渋々了承した。

 だがこの条件、カナビアさんにとっては出立するなと言われることと同じであった。そもそも精霊石は今回のインペリアルフォレストハザードピギィに代表される超レアな巨大魔物が落とすものであって、作るものではないというのが常識であるという。また、確かに作れることはできるのだが、結界用の魔道具に付ける精霊石1個作るのに『相当の』年数をかけないと作れないらしい。それを3つともなれば、人族である俺はすでにこの世の者ではなくなるのだ。

 それでもカナビアさんはわずかな希望をもって、ここ最近はミストレルの大樹のふもとで毎日精霊石の作製に力を入れていた・・・というのだ。

 そんな中で、俺が持ち込んだインペリアルフォレストハザードピギィの精霊石はそのまま魔道具に入れられるほどの大きさだったことから、このように態度が対照的な二人の様子に繋がった・・・というわけだ。


「でも、俺だったらちょっと時間もらえればこれくらいの大きさ、作れますけど?」

「「 えっ? 」」


 ということで、モル爺さんの目の前で実践したあの作成方法を、二人の前でもやって見せた。あっという間にこぶし大の精霊石が出来上がり、長老司に渡して見せた。



 土下座された。



「お願いします!!なんでもするからもう1個作って!!」

「わしからも頼む!!予備でもう1個・・・いや、2個はもらい受けたい!!


 なんでもするというのは置いておいて、特に断る理由もないし暇だったこともあって予備分含めて3個のこぶし大の精霊石を作った。


 はいどうぞ。二人はおもむろに精霊石を両手にもって掲げた。



 土下寝された。



「なんでもします・・・なんでもします・・・私を好きにしてください・・・」

「わしの私財をすべて・・・わしのことも好きにしてくれてかまわん・・・」


 物騒な申し出はすべて聞かないことにした。


 とにかくカナビアさんは晴れて約束を果たしたことになり、一人お祭り状態。だが俺は魔王国に行く用事もあるので、フィロデニアへの出立は魔王国から帰った後にすると約束した。



 帰宅するとオルドさんが帰ってきていて、インペリアルフォレストハザードピギィの退治について話すと甚く感動された。なんでも過去の文献を紐解くと、インペリアルフォレストハザードピギィによって各地にある村や街が破壊され多くの犠牲者を出した歴史もあるようだ。魔物の出現の一報を聞いたオルドさんも、自分の命もここまでと覚悟を決めたと自信なさげに話したものの、オルドさんから差し出された手を固く握り返すと「娘を守ってくれてありがとう」と真剣なまなざしで見つめ返された。



 翌日――――――――――


 出立を明日に控え、部屋に置いていた荷物を整理していると、ミレネーさんが部屋のドアをノックして入ってきた。

「ジンイチローさん、お客様よ。すごい人と知り合いなのね」

「すごい人・・・?」

 ミレネーさんの言葉に訝しげに応え、片づけをそのままにして玄関へ急いだ。

 玄関には誰もいないものの、ドアが開いていたので外へ出てみた。


「おお、昨日はおつかれさん」

「モル爺さん!そうだ、昨日のお礼をしなくちゃ・・・。弱点を教えてくれてありがとう。おかげで退治できたよ」

「ほほほ、礼には及ばん。わしは何にもしとらんからな」

「それでもだよ。ありがとう」

「ほほほ」


 ところで・・・と俺は返した。


「今日はどうしたの?」

「明日出立すると聞いてな、言い忘れたことがあって訪ねたんだ」

「言い忘れ?あぁ、精霊石のこと?」

「いや・・・精霊石を作る前に教えたことはなんじゃった?」

「・・・空間魔法?」

「そう、それ」


 モル爺さんはわざわざそれを伝えに来てくれたようだが、それでも来るかどうかは迷ったみたいだ。

 もう少し安定して空間魔法を駆使できるようになったところで教えるべきもののようだが、その機会も今後作れるかどうかわからないし、それだったら今教えちゃえっ!ということでの来訪だったようだ。


「おぬしの師匠は、空間魔法が使えるようになった後のことは何か言っていたか?」

「・・・そういえば」


『使い方次第でとてつもなく便利になる』と話していた。魔法袋と同じで収納力が上がるということか。


「おぬしは・・・昨日のわしを見て何にも思わなかったか?」

「・・・?」

「・・・見当もつかんという顔だな。わかった。このままだと死んだ後もわからんままだろうから、伝授してしまおう」


 それからモル爺さんは話してくれた。そしてその話を聞いて初めて気が付いた。


 なぜモル爺さんはあの草原に現れることができたのか、ということに。


「つまりはじゃな、あらかじめ設定された位置に空間の入り口を設けることでその場所に容易にたどり着くことができる。まぁわしが昨日やったのはその上位魔法だが・・・。まずは基本から―――」

「あらかじめ?位置?う~ん・・・」

「お前さん、凄いやつなのかアンポンタンなのかわからなくなってきたわ・・・」

「すんません。よくわかりません」

「わかりやすくいうとだな、空間魔法は収納することだけでなくて、『転移』が可能になる超絶魔法なんだ」


 なるほど、ばぁばが便利と言っていたのはそういうことだったのか。モル爺さんの言葉に納得し、俺は何度もうなずいた。


「やってみたほうが実感も湧くじゃろうて」


 モル爺さんの話によると、この「転移」には限りがあり、一度訪れた場所にしか行くことはできないという。つまりは「位置」をはっきりさせておくことが重要とのこと。

 ということで早速空間魔法を展開。中に入り込みゲートを閉じ、一度訪れたことのある場所を思い浮かべ、ゲートを開いてみた。


 木のテーブルと懐かしいお茶の香り、見覚えのある猫背の後ろ姿が、空間魔法による転移の成功を意味していた。


「ばぁば!」

「ん・・・おや!ジンイチロー!あんたいつの間に帰って・・・」

 ばぁばはその身を一瞬固めるも、空間の揺らぎを見て何をしているのかを理解できたようだ。

 ばぁばはすぐに俺に歩み寄り、手を握った。

「あんた、空間魔法を使えるようになったんだねぇ」

「うん!エルフの国で教えてもらったんだ」

「そうかい!そりゃあよかった!元気にやってかい?」

「みんな良くしてくれたからね。明日魔王国に行ってくるよ」

「うんうん。気をつけていくんだよ」

「ありがとう。遠くに行っててもいつでも帰って来られるようになったからうれしいよ」

「そうだねぇ。帰ってきたときはおいしいもの用意して待ってるよ」

「楽しみにしてるね」


 またね、と手を振って空間に入り込み、ゲートを閉じた。

 凄い!本当にあっという間に移動できた!高く打つ鼓動を押さえられない。次はどこに行こうか・・・。


『印象的なところ』をイメージしてゲートを開けてみた。


 見渡す限りの緑の波、高くそびえる山と心地よい風のぬくもり・・・。

 ここはキリマン村だ。印象的なところとイメージしてみたら、無意識にここを指定していたということか。


 だけど、予想外のことが起こってしまった。


 目の前にはあんぐりと口を開けて驚く見知った女性がいた。まさかここに出てくるとは思ってもいなかったし、ましてやこの現場を見られるとも思っていなかった。


「ディアヌさん・・・」

「ジンイチローさん・・・」


 空間から出てゲートを閉じ、あらためてディアヌさんを正面に捉えた。


「久しぶりだね」

「・・・」

 摘んだカフィンの実が入った籠を乱暴に放り投げたディアヌさんが、勢いよく俺の胸に飛び込んできた。背中に回された腕が強く締め付けてくる。

「カフィン・・・順調そうだね」

「はい・・・すみません・・・」


 回した腕をほどき、少しうつむき加減に小さくうなずいたデイアヌさん。

 そしてそのまま何十秒か二人はただ立っているだけで、何十秒も黙したままだった。

 さすがに何か声をかけなきゃと思ったが、沈黙を破ったのはディアヌさんだった。


「元気・・・してました?」

「うん。帰った後もカフィンを楽しんでるおかげかな」

「それなら・・・よかったです」

「ディアヌさんもその後はどう?」

「あれから働き手も戻ってきて、順調にまわってます」

「そっか・・・」

「あの・・・また会えてうれしいです」

「そうだね・・・」

「お忙しいみたいだから、また今度、カフィン飲みにきてくださいね」

「うん。ありがとう。そうさせてもらうよ」

「それじゃ、また・・・」

「うん、それじゃ・・・」


 ゲートを開いて中に入り込もうとしたとき、後ろから腕が伸びてきたかと思いきや、顔をつかまれて振り向かされたその先には、彼女の唇が待っていた。

 突然のことに呆然としていて動けないでいた俺を見て、彼女はしてやったりと目を笑わせ大きく腕を振った。


「また来てくださいね!」

 小さくため息をついた俺も、空間に入り込んでから手を振り、そしてゲートを閉じた。



「長かったのう、どこまで行ってたんだ?」

「いやぁ、ちょっとね・・・」

 ははは、と疲れた笑いで取り繕うも、モル爺さんに固い握手をした。

「ありがとう、こんなに便利だとは思わなかった」

「ほほほ、気に入ってもらえてなによりだ。これからの旅に役立てるといい」





 そして最終日―――。


 オルドさんとミレネーさん、レナさんが家の前に並び、アニーがそれぞれを抱きしめて別れを惜しんだ。

「みんな、行ってくるね」

「気を付けて行くんだよ」

「魔王国から帰ったときはまた寄ってね」

「うん、わかった」

「ジンイチロー君も、アニーのことをよろしく頼む」

「はい。短い間でしたがお世話になりました。ありがとうございます」

 レナさんが俺の目の前に寄って握手をした。

「ジンイチローさん、また来てね」

「うん、また会おう」


 そうして俺達は手を振り、転移魔法陣の青い煌めきの中に身を投じた。


 ひとまず尖角塔にやってきた俺達は、長老司の案内の元で港にやってきた。

 荷を積み終えた壮年の男性、ダニアさんを魔王国までの船頭として紹介された。


「道中気を付けてな」

「はい、色々とご手配いただいてありがとうございます」

「なに、貴殿のもたらしてくれた恩恵に比べたらこんなことどうということはない」

「そういえばカナビアさんは?」

「・・・荷造り中だ。それと、貴殿からいただいた精霊石を使って、急いで魔道具製作にも取りかかっている。貴殿たちと行動を共にするのはその後だろうな」

「そうですか。別に一緒に行かなくてもいいような気もしますけどね・・・」

「・・・できれば私もそういいたいところだ・・・」

 長老司と俺はため息を合わせた。


 ちょうどそのとき、「お~い」という誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。その声は徐々に大きくなり、やがて俺達の近くに来たところで、皆でその声の主に振り向いた。


「魔王国へは俺も行くぞ!!」

「・・・・・誰だっけ?」

「マウロだよ!!お前ちゃんと覚えとけよ!!」


 ぎゃあぎゃあと捲し立てるこの男は、自分がアニーに同伴するにいかにふさわしいのかを身振り手振りを交えて説明しているようだが、俺はそれをさして気にせず、アニーとモアさんをエスコートして船に乗せた。

「いよいよね、ジンイチロー」

「うん、ちょっと緊張するけどね」

「モアはいつでもあなたのお傍でお仕えしております。寂しいことはございません」

「ありがとう。そういえばアルアンダーナさんとは・・・」

「アルアンダーナ様は人族の女性に対して興味がおありのようでしたが、すでにあの方には心に決めた女性がおりました」

「「 えええええっ!! 」」

「そんなに驚かれて、いかがなさいましたか?」

「いやいや、大事な話でしょソレ。誰よ?」

「実はですね――――」


「おいっ!俺のことを忘れるなっ!!」


 船に飛び乗った・・・マウロといっただろうか、男がエラそうに胸を張った。

 本気で俺達と一緒に魔王国に行くつもりのようで、長老司も説得するのを面倒くさがるほどはつらつとした様子でアニーに寄っていた。


 アニーがこれほど露骨に顔をしかめるのも珍しい。


「さぁダニアさん、船を出してくれ」


 俺達3人の白々しい視線を意にも介さずにダニアさんに指示をするこの男のことを、「海に落としてやろう」とヒソヒソ打ち合わせたのは言うまでもない。


 そして俺達は長老司に手を振って別れ、青くきらめく海の向こうにある、魔王国へと目指した。





いつもありがとうございます。

やっとエルフの国から出られました。長かった・・・。

次話3話ほどはジンイチローから離れます。

次回予定は5/26です。

よろしくお願いします。


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