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第128話 潜んでいた者達

 

 時は少し遡る―――――


 誰もいない草原の茂みに潜むのは3人の灰色ローブを纏った男達。

 息をひそめ見つめる先にあるのは白いモフモフの魔物だった。


「なぁ、もうどれくらい経つんだ?」

「5日ぐらいは経ってると思うヤ・・・」

「全然大きくならんっと」


 茂みの奥から真剣なまなざしで見つめること5日目、彼らはモフモフが茂みから出てきたことで『巨大化』することを知っていた。いや、知らされていた。


「でも事前情報の通りヤ」

「あんなかわいいモフモフが醜悪な巨人に変化するって、本当だっと?」

「そいつをブッ倒して精霊石をブチ取る・・・」

「本当にできるのヤ?」

「わからん。ただそういう命令だ。従わんわけにはいかん」

「あ~あ、タダメシ食えるからってあんな国に行ったのが間違いだったのヤ」

「仕方なかっと!金もないのにバカバカ食うやつがいけんっと!」

「な、なんとヤ!!俺のことバカいうヤ!!」

「ふん!本当のことっと!!」

「ぐ~~~!!」

「ふ~~~!!」

「おい、やめろよ二人とも。モフモフが逃げちまうぞ」

「「・・・・・」」

「教国に行ったのはみんなで決めたことだ。仕方ない」


 はぁ~っ、と3人は深くため息をつく。


「なにも俺らでことすることもないっと。だれでもよかったっと」

「お上は何か考えがあるヤ。俺達を認めた証拠ヤ」

「・・・いや。2人とも正解でもあり間違っているともいえる」

「「・・・?」」

「巨大化して精霊石をブチ取るのは、3人のうち誰でもいいんだ」

「まぁ・・・そりゃあ誰かが取るヤ」

「そういう意味じゃない。3人のうち一人でも生き残って精霊石を持って帰ればいいという意味だ」

「つまり・・・誰が死んでもいいということと?」

「そういうことだ」

「「 エエエ・・・ 」」

「それに、認めたというよりかは他に頼める者もいなかったのが本当のところだろ?あの時のことよく思い出してみろよ」

「そういえば・・・みんななぜか帝国領に連れていかれてたヤ」

「ノルン・ベスキ王国に攻め込む準備とかって噂されてたっと」

「なぜか俺らは取り残されてたよな。戦争に行かなくてラッキーとも思ってたが・・・まさかこんな任務を与えられるとは・・・」

「でもジョルン上官は気前よかったっと!金貨5枚もくれたっと!」

「あはは!なぜか涙目になってたヤ!」

「バカ!!あれは俺達と会えるのが最後だと思って身銭削ってまで出してくれたんだよ!!」

「「 エエエ・・・ 」」

「それだけ、あの白いモフモフ・・・『インペリアルフォレストハザードピギィ』はヤベェ奴なんだろうな・・・」


 渋い顔つきをさせた男は、アンニュイに白いモフモフを見つめる。


「ねぇ・・・この任務終わったら、みんなで教国抜けてフィロデニア王国に住もうヤ」

「なでっと?」

「教国マジやべぇしヤ!みたっちゃ?あのゲロゲロしたような変な魔物!!あんなのになりたくなかっちゃ!!」

「まぁな・・・。あれほど「聞いてねぇ!」って上官の胸倉つかみたくなったときはなかったわ」

「ヤ!ヤ!そうヤ!だから精霊石渡したらみんなで抜けるヤ!」

「いや、それは無理だ・・・」

「なんでヤ?」

「精霊石渡した瞬間、俺らは切り殺される」

「「 エエエエエエ・・・・・ 」」

「確証があるわけじゃねぇ。なんとなくだがよ、そんな気がしないでもないんだわ。この任務受けたときにさ、俺らって捨て駒だったのかって思ってな」

「「 あ~・・・ 」」


 コクンコクンと二人は相槌を打つ。


「だがな、フィロデニアに住むという考えは悪くないとも思う」

「だヤ!思うヤ!」

「知ってるか?あの教官の話」

「知っとっと!グレース・ガイナン教官!教国を脱走したっと!」

「あの教官、どうやらフィロデニア領内にいるらしいぜ」

「「 ほぉ~~~ 」」

「ゼナイ、お前もたまに鋭いよな」

「へへ、褒められたヤ」

「ま、たまにはっと」

「・・・まぁいいヤ。じゃあ・・・俺達は精霊石をどうすればいいヤ?」

「そんなのなくても逃げればいいっと」

「でも・・・俺達もう金がないヤ」

「「 そこなんだよ(っと) 」」


 はぁ~っ、と3人は深くため息をつく。


「じゃあこんなのはどうだ?精霊石はブチ取る。その精霊石は教国に持ち帰らずにフィロデニアで売る。その金で王都で暮らすってのは?」

「「 いいっ!! 」」

「それに、グレース教官のことも探してみようか。もしかしたら力になってくれるかもしれない。王都なら何か情報が集まるかもしれない」

「ナルもいいこと言うっとね。いつも厳しいことばかり言うっとに」

「はん、俺だって好き好んで教国にいたいわけじゃないさ。あのままあの国にいれば、俺達もいずれはあの化け物にされちまうかもしれねぇしな」

「そうっと!あれはやっぱりヤバイっと!」

「でもヤ・・・」

「なんだ、エッジ?」

「この任務に、監視が付いてるなんてことはないヤ?」

「「 ・・・・・ 」」


 ナルとゼナイは突然辺りをキョロキョロと見回す。


「いやまさか、いねぇだろ・・・」

「こんな危なっかしい任務を監視するなんてよっぽど暇人っと」

「だヤ!そうだヤ!こんな危なっかしい任務で死ぬのは俺達だけで十分だヤ!」

「そうそう、俺達だけで十分だぜ!」

「そうっと!心配性だなぁエッジも!」

「「「 あはははははっ! 」」」


 はぁ~っ、と3人はため息を深くついた。


 と、その時だった。

 ナルがモフモフに目を向けると、いつの間にかモフモフの前に誰かが立っていた。

 ナルは口に人差し指を当てて静まるようにジェスチャーをした。

 声を潜めつつもその様子を窺う3人。


「誰っと?」

「わからねぇが・・・ん?ありゃあ・・・」

「エルフ・・・エルフだヤ!」

「マジか!?・・・・うぉ、マジかよ。本物だ」

「初めて見るっと・・・」


 そして3人は生唾を飲み込んだ。


「「「 かわいい・・・ 」」」


 互いに顔を見合わせた3人はバツの悪そうな顔で再びモフモフの前に現れたエルフの美少女を見やる。


「2人もいるヤ。どっちもかわいいヤ」

「似てるな・・・姉妹だろうな」

「まさかこんなところでエルフの美女に会えるなんて・・・幸せっと・・・」

「おい、しゃがんでモフモフを見てる」


 3人は生唾を飲み込んだ。


「おい、あのスカートの奥・・・」

「絶対見えてるっと」

「だヤ!でも・・・」


 3人はぎりっと歯ぎしりをした。


「「「 モフモフが邪魔で見えない(っと)(ヤ)!! 」」」


「くそ・・・ここを選んだのは間違いだったか」

「ナルのせいじゃないっと。ゼナイがここがいいって言うからっと」

「なっ!?エッジだってナルのいうこと聞いてなかったヤ!」

「うっせぇな!あの姉ちゃんがモフモフを抱き上げたらパラダイスが待ってる!みんなで願え!」

「「 パラダイス・・・ 」」


 鼻の下を伸ばした3人はエルフの美女がモフモフを抱き上げるその瞬間を待ち望んだ。

 だがその願いは儚くも消えることになった。


 白いモフモフの毛の内側が大きくせり上がったのだ。


「あぁ~・・・エルフの美女姉妹が去っていくっと・・・」

「俺達のパラダイスが消えていくヤ・・・」

「バカ言ってねぇで戦闘準備だ!直にあいつがバカでかくなる!」

「「 あんたが言いだしたんだろう(っと)(ヤ)・・・ 」」


 次第に大きくなる魔物は、やがて陽の光さえも遮るほどの大きさにまで上り詰め、3人は口をあんぐりと開けるほかなかった。


「こ・・・こんなの倒せるわけなかっと!!」

「だから上官は泣いてたヤ!」

「くそ・・・せいぜいオーガキングぐらいかと思ってたのによ・・・」

「でもこの魔道具なければ俺達今頃ぶっ倒れてるとこだったっと」

「そこだけは救いだな。逃げるにも逃げられん」


 3人は腕に巻いたブレスレットを互いに掲げた。上官からこの任務の為に支給された黒いブレスレットが陽の光を鈍く返した。


「んなっ!!あれを見るヤ!!」

「なんだ!?どうした!?」

「エルフ美女姉妹が倒れたヤ!!逃げたと思ったらバタンキューになったヤ!!」

「「 なぁにぃ!!?? 」」

「いや待つヤ・・・誰か走っていく・・・あれは男ヤ!!」

「「 なぁにぃいいいい!!! 」」

「きっと魔力を吸われて倒れたヤ・・・」

「くそ・・・あの男さえいなけりゃすぐにでも走っていったのに・・・」

「ナル・・・あんた今までに見たことないくらい真剣な眼差しっと・・・」

「あ・・・起き上がったヤ。魔力切れ起こしたのにすぐに立ち上がれるなんて・・・。貴重な魔力ポーションを男が持ってるのかヤ?」

「んなこたぁどうでもいい!!あのエルフの姉ちゃん、本当に大丈夫か!?」

「顔見るとよさげだなっと・・・」


 3人はホッと肩をなでおろした。


「よし・・・男はどうでもいいから姉ちゃんたちだけでも助かればいい」

「あんたサラッとひどいこと言うっと・・・」

「ん?おい、あの男についてたあの給仕服の女・・・」

「げげっ!!なんかあの男に攻撃してるヤ!!」

「そうか!あの男がエルフ美女にうつつを抜かしたから嫉妬したんだな!ザマァッ!!」

「あんたサラッとひどいこと言うっと・・・」

「にしても嫉妬にしては動きがヤバ過ぎヤ」

「「 う~~~ん・・・ 」」

「下手すれば上官よりもいい動きヤ」

「その上官よりもいい動きをするあの給仕の女よりも、あの男の避け具合も・・・って、おいおい!!あの男持ち上げられてすっ飛んでるぞ!!」

「あの女激ヤバっと」

「あ、首絞められてる。あの男、よくもまぁあんな女とつるんでるヤ」

「人それぞれ愛情の形は様々ってことだな」

「「 深いわ~~~ 」」


 その時、ゼナイが急に身を乗り出した。


「見ろヤ!!エルフの姉ちゃんがあの女に強烈なパンチをお見舞いしたヤ!!」

「マジか!?」

「人は見かけによらんっと・・・」

「一瞬、パラダイスが見えた気がしたヤ」

「「 おのれ~~~っ!! 」」

「ゼナイだけずるいっと!」

「待てエッジ。俺らにもまだチャンスはある」


 ナルはエッジの肩にそっと手を置いた。


「ナル・・・」

「パラダイスは不意にやってくる。それはいつも俺達のすぐそばにあって隠れているだけなんだ。信念を捨てずに我慢していれば、必ず俺達の心のドアをノックするはずだ」

「「 深いわ~~~ 」」


 すると、エッジが身を乗り出した。


「ななっ!!見るっと!!」

「なんだ!?パラダイスか!?」

「エルフの姉ちゃんが男に熱い口づけを・・・」

「「「 ・・・・・・・ 」」」

「あの男、許すまじ・・・」

「給仕の女もいたたまれないっと」

「エルフの姉ちゃんが給仕の女を担いでいくヤ」

「男も・・・武器を持ってるのか・・・」

「なんか宙で剣を振ってるっと」

「あんな遠くに離れてちゃ当たらんぞ。アイツはアホか」

「なんか魔法でやってるっぽいヤ」


 ナルは顎に手を当て、目を細めた。


「アイツが撃ってるのがなにかわからんが・・・事前情報通り、魔物の魔法防御はケタ違いのようだ」

「あ、今度はなにっと・・・えっ・・・」

「なんだあの魔法!?滅茶苦茶ヤベェぞ!?」

「こっちまで熱いのが伝わってくるヤ!」

「ガンガン魔力つぎ込んで強烈なやつをお見舞いしてるみたいだな」

「ちょっ・・・今度は寒いっと!!」

「熱いのと寒いのを両方試してるみたいヤ」

「あいつ、中々の手練れだな。つーか、あれエルフじゃなくね?」

「言われてみればっと・・・」

「諦めて魔物に背を向けてるみたいだヤ。でも魔物はどんどん歩いていくヤ」

「あのままいけば街に突っ込んじまうだろうな」

「そうなればあのエルフ姉ちゃんたちも・・・」

「「「 ・・・・・・ 」」」


 3人は同時に立ち上がった。


「「「 エルフの姉ちゃんを守ろう(ヤ)(っと)!! 」」」


 3人は草むらを出ようとするが、一番乗りで出ようとしたナルが突然その動きを止め、後ろから押す2人を腕で制した。

「どうしたっと?」

「待て、エルフの・・・妹が来たぞ」

「なんで来たヤ?」

「わからんが・・・あの男と話してるようだ・・・」

「見るっと!二人で魔物に向かってるっと!」

「あの野郎、年端も行かない子をあんな魔物のところに連れて行くなんて・・・。許せねぇ」

「と、とにかく俺らも魔物のところに行こうヤ!」

「「 おおっ! 」」


 3人は魔物の元へ走る2人からは見えないように、草木の陰を渡りながら魔物へと近づいた。2人の姿と魔物が見える位置まで走った3人は、物陰に隠れて様子を窺った。

 エルフの少女が精霊魔法を放った様子に、3人はため息をもらした。


「「「 かわいい・・・ 」」」


「がんばってる女の子ってどうしてあんなに素敵に見えるヤ?」

「エッジ、俺は今初めてお前のことを見直した。俺も同意見だ」

「見るっと!魔物が倒れたっと!」

「「 おおおっ 」」

「あのエルフの娘・・・なんだ?こちょこちょしてるのか?」

「離れるっと!危ないっと!」


 ゼナイが駆けだそうとしたところをナルとエッジが押し倒した。


「何するっと!ほら!あの子も転んだっと!」

「待て!ほら、あの男がすぐに来た」

「監督不行届きヤ。あの男がすべて悪い」

「見ろ、あの男が魔物の足を・・・って、すげぇなアレ」

「あんな魔物でもビクともしないように固定させるなんて・・・あの男只者じゃないヤ」

「お、重いっと・・・二人とも早くどいてくれっと・・・」

「すまねぇ・・・。お、ゼナイ見ろ、あの男が腹の上に登って・・・」


 そして3人は、男の為したことに目を剥いた。


「「「 ええええっ!!! 」」」


「あいつの腹パン半端ねぇぞ!」

「ヤバイっと!あんなの受けたら俺たち即死っと!」

「出ていかなくて正解ヤ。目障りだと思われたらあの腹パンヤ」

「「 怖ェエエエエエ!! 」」

「魔物もあの腹パンじゃ絶対・・・あぁ、なんかかわいそうになってきたっと」

「そうはいってもあいつが倒したあとに俺たちが精霊石をブチ取るんだ。ここは心を鬼にするんだ」

「そうっとね・・・」


 そして男と少女が刀を振り下ろした。

 3人は緑色に輝く斬撃を目の当たりにし言葉を失い、魔物が静かに消え2人が喜ぶ様を見てもしばらく呆けた顔でその姿を見つめるままだった。


 やがて男と少女がその場を立ち去り、一瞬風が強く3人を当てたところで、ナルがハッとした顔でゼナイとエッジを見た。


「いけねぇ!精霊石!」

「「 あっ!! 」」

「いくぞ!」


 3人は魔物のいた場所まで走り急ぐ。

 しかし、そこには何事もなかったかのように広がる草原の景色しかなく、精霊石のかけらすら落ちてはいなかった。


「ないっと・・・」

「あの2人が持ち帰ったヤ?」

「いや・・・そんな風には見えなかったが・・・」


 3人に戦慄が走る。持ち帰られなかったことを報告したあとの、自らに待ち構える恐ろしい結末がよぎったのだ。


「ヤベェっと。俺らヤベェっと」

「だな・・・」

「ナル!!」


 ゼナイはナルの眼前に厳しい面持ちで立った。


「俺ら・・・やっぱり教国を抜けようヤ!」

「ゼナイ・・・本気か?」

「冗談で言ってるんじゃないヤ!もう後戻りはできないヤ!」

「ナル・・・俺もそう思うっと。あんたさっき冗談で言ってたかもしれないけど、こうなったら本気で逃げるっと」

「どうするヤ!?」


 ナルは目を閉じて黙考し、やがて開けられた瞳は決意に満ちていた。


「逃げよう。どうせ教国に帰ったって未来はない。フィロデニア王国で身を隠そう」

「「 おうっ!! 」」


 3人は纏っていた灰色ローブを草陰に脱ぎ捨て、わずかに残っていた結界のほころびからエルフイストリアをあとにした。


 ちなみに、大森林を彷徨い巨大な魔物に追われ続けた数日間のドタバタは、これまた別の話である・・・。




いつもありがとうございます。

次回予定は5/21です。

よろしくお願いします。


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