第126話 モアは思う
翌日――――――――――――
オルドさんと俺はレナさんの帯同について密かに打ち合わせた。
当初は警備隊に帯同しようと思っていたのだが、足手まといになるリスクがあまりにも高いことから、俺とレナさん、そしてアニーとモアさんの4人で独自に周辺警備を行うことになった。
勝手に危ないことをしてはいけない決まりらしいが、観光している最中に魔物に遭遇してしまったら仕方がないので、あくまでも観光目的で周辺をぐるぐると周ることにした。
とはいえ、昨日の今日ですぐに魔物が現れるわけでもなく、街並みをゆっくりと観てまわる極めて平穏な観光となった。
「魔物でないね・・・」
「そう簡単に出てこられちゃ困るわよ」
レナさんの呟きにため息混じり返すアニー。
「こればっかりはアニーの言うとおりだよ。もしもの時に備えての警備なんだから、四六時中出てくるならもう常設兵士を置かないとね」
俺たちは尖角塔の見える街並みにさしかかり、このままその通りを歩いていく。
レナさんが何かの店を見つけたようで、小走りでその店に駆けていった。
「お姉ちゃん見て!これかわいい!」
手招きするレナさんにアニーが吸い寄せられるように歩いていくと、アニーもパァッと顔を明るくさせた。
「ほんとだ!いろんなのあるのね」
俺とモアさんも遅れてくると、そこに並んでいたのは髪留めだった。
しかし、俺が気になったのは並んでいる商品よりも、その店に掲げられていた垂れ幕だった。
「『お好きな小物や宝石をアクセサリーにします』・・・か」
「ジンイチロー様、どうなされましたか」
「・・・モアさん、俺ちょっと外れのほうに行ってるから、しばらく二人をここに縛っておいてくれない?」
「承知しました。何縛りがよろしいですか?まさかジンイチロー様が公衆の面前で女性を辱めるなど思いもしま――――」
「そうじゃない!なんでもいいからこの店にいるようにしておいて」
「ふふ、冗談でございます。いってらっしゃいませ」
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さて、そうは申しましたもののどうしたらこの二人をこのお店に留めていられるでしょうか。得てして女性というものは褒められると乗ってしまうものですが、買うつもりもないものを褒められても心の中では「はいはい」と生返事をしているのです。どのように褒めておけばよいか考えものですね。
「モアもこれどう?」
アニー様に勧められた髪留めは小さな蝶のモチーフを取り付けてあるものでした。
ほほぅ、よくできていますね。フィロデニアでは見かけない作りです。しっかりと髪をはさめるように支点を金属の――――
「モア、そんなに難しい顔してどうしたの?」
「そうだよ~」
アニー様とレナ様がクスクスと私を見て笑っています。そんなにしかめ面をしていたでしょうか。
「私がつけてあげる」
アニー様が私の手から蝶の髪留めを取ると、私の髪に留めてくださいました。
「うん、やっぱり似合うわね」
「おお、モアさんかわいい!」
そうでしょうか?私にはよくわかりませんが慣れているお二人が言うのであれば間違いなく似合っているのでしょう。
「じゃあさお姉ちゃん、今度はこれを後ろ髪にやって結ってみる?」
「あらいいわね」
アニー様は慣れた手つきで私の後ろ髪を結わえると、もっていたリボンのような髪飾りを私につけてくださったようです。
おふたりは完成された私の頭と顔を見て驚いている様子です。
「やだ・・・ちょっとこれ破壊力抜群だわ」
「モアさんてこんなにかわいかったんだ・・・」
「貴族から早々に結婚の申し込みもらっちゃうかもよ」
「モアさんて何つけても似合うんじゃない?」
お二人の口撃からこれまでに得たことのないほどの喜悦を感じました。そんなに似合うなら買ってもよいのでしょうか――――――。
はっ!!私としたことがっ!!
策士策に溺れるとはまさにこのこと!!
こんなに緩みきった顔をしたのは初めてかもしれません。
「モアって何言っても表情が変わらないのよねぇ」
「あ~私もそう思った!」
え?表情が変わっていない?こんなに緩みきっただらしない顔をしているのに?私の表情は私が思うほど動いていないということでしょうか。
だとしたらこれまでジンイチロー様に向けていた私の屈託ない笑顔は、もしかするとすべて無表情に見えていたということですか?
いつまでも御傍に置いていただくには仕事のできるメイドと思われるだけでなく、癒しを求められた際にも全て受け入れられると思わせる安心感をもっていただくことも必要です。
より素晴らしい笑顔をつくる研究をしなければなりませんね。
「ところでジンイチローはどこ行ったの?モア知らない?」
「いえ、特に何もおっしゃられずにどこかへ走っていかれました」
「ジンイチローさん、どこいっちゃったのかなぁ」
昨晩からいつの間にか「ジンイチローさん」と呼ぶレナさんの変化に目が向いてしまいますが、ジンイチロー様から与えられたご命令を完遂することが先決です。
「しばらくすれば戻ってこられるでしょう。それまでの間はこのお店の商品を楽しみましょう」
「そうはいっても・・・あんまり買う気しないし・・・」
「レナも~。見たいって思っただけだし・・・」
まったく、この姉妹ときたら・・・。考えることが全く同じではありませんか。
仕方ありませんね。私のスーパー目利きセンサーでこの姉妹の目に適う商品を見つけて差し上げましょう。
「・・・・・アニー様、この髪留めはいかがですか。ジンイチロー様のお好きな色ですよ」
「え?ジンイチローの?」
「はい。なんだかんだ言ってジンイチロー様は青色をお好みです。街中でも青色の服を着た美女に目を移しておいででしたよ」
「なんですって・・・」
おっといけません。過言でした。
「エルドランに行ったときも、アニー様のお土産に青色のドレスを選ばれようとされていました」
「えっ、あのジンイチローが・・・そうなんだ・・・」
申し訳ございません、アニー様。
・・・嘘です。
「じゃあ・・・ちょっとつけてみようかな・・・」
乙女の顔を見せるアニー様の横で、レナ様がじっと私を睨んでおられます。
「モア」
「はい、レナ様」
「私はどんなのがいーい?」
なるほど、そういうことでしたか。それでは・・・。
店の奥にひっそりと平置きしてあった臙脂色のバレッタを手に取り、レナ様へ渡しました。
「普段キャピキャピしているレナ様も、いざという時にオトナに染まることもできます。ジンイチロー様もそんなレナ様のギャップにイチコロでございましょう」
「・・・」
レナ様のこのような表情は初めてですね。
沸き立つ好奇心と期待、興奮と不安が混じった瞳の奥に、微かに大人の色香が垣間見えます。
姉妹は仲良く私の示した商品を無言で手にしたまま微動だにせず、ぼんやりと遠くを見る目で商品棚を見回しておられます。どうやらジンイチロー様からお掛けしてほしい言葉を妄想しておいでのようです。
ですがあの方が気の利いたセリフを口にできるとは到底思えないのですが・・・。
そんな二人を見ていると、私の後ろ髪に結わえられたリボンに気が向きました。
お二人は随分と褒めてくださいましたが、あの方はどう思われるのでしょうか。
―――――いけませんね。メイドはメイドらしく、主人の奉仕に務めるべきです。
店の外に足を運ぶと、ちょうどよくジンイチロー様が戻ってこられました。
「ごめん、モアさん。二人は?」
「おかえりなさいませ。お二人は髪留めを選んでおいでですよ」
「足止めしてくれてありがとう」
「いえ、この程度造作もないことです」
「あとでちゃんとお礼はするからさ」
ジンイチロー様はにかっと笑い私に見せてくれたのは、鮮やかに輝く緑色の石でした。
どこかで見たことのある――――フェザンメルンの鍵?
なんでしょう。よく分かりませんが、それを見せるや否や、ジンイチロー様は店に入るとお二人に気付かれないように店主の元へ行き、何やら相談を始められました。
ははーん・・・。
乙女はサプライズに弱いということをどこで覚えたのでしょうか。
・・・失礼。過言でございました。
やがて店主がジンイチロー様に何かを渡すと、ジンイチロー様はそれをもって店の外に出てまいりました。
アニー様とレナ様は私の勧めた髪留めを購入されたのか、早速後ろ髪に飾り、ジンイチロー様に見えるようにわざとらしく後ろ姿を見せたり頭を振ったりしておられます。
斯く言う私もジンイチロー様からおこづかいを頂戴し、アニー様より勧められたものを購入した次第であります。
「みんなかわいいね、よく似合ってるじゃん」
―――意外にも軽々しく放たれたそのお言葉に、皆さまのお顔が硬直しておられました。
斯く言う私もその一人でございます。
「それと・・・みんなに俺からのプレゼント」
ジンイチロー様はそういうと、お一人お一人に手渡しました。
アニー様には指輪、レナ様にはネックレス、そして・・・わたくしには蝶のブローチでございました。
そしてこれらには緑色に光る宝石が取り付けられていました。なるほど、店主に相談していたのはこれだったのですね。
「精霊石をとりつけてもらったんだ。どうかな」
「「「・・・・・・・・」」」
その石の名を聞いて驚愕しました。精霊石といえばフィロデニアでは滅多に出回ることのない・・・いえ、国宝級の石でございます。おそらくはフィロデニア王国の宝物庫の奥の奥に大切に保管されているであろうその宝石を、あまつさえジンイチロー様はそのへんから拾ってきたといわんばかりにわたくしたちに差し出したのです。
そのことを理解してか、アニー様は目を見開いたままプルプルと震えておられます。
「せ・・・精霊石って・・・ジンイチロー、これどういうこと!?」
「あれ?話してなかったっけ?俺精霊石作れるんだよ」
「「 はぁあああああああ!? 」」
ジンイチロー様と行動を共にすると、このようにバカみたいなことが起こるのです。これだからこの御方のメイドはやめられません。
「モル爺さんっていう人と会ってさ、作り方を教えてもらったんだよね。急いで作ったからそんなに大きくないんだけどさ」
「「 いやいやいやいや!! 」」
「あ・・・いやなら・・・ごめんね、そんなものしかあげられなくて・・・」
「「 いやいやいやいや!! 」」
それにしてもこの蝶のブローチ・・・。確かにそれほど高額なものではございませんが、精霊石を付けただけで今にも飛んでいきそうなほどの命の脈動を感じさせます。陽の光に照らされた蝶に、思わず顔が綻びます。このようなメイド風情にご主人様から手作りのプレゼントをいただけるとは・・・。
「ジンイチロー様」
「なぁに?」
「・・・ありがとうございます」
どれほどの綻びを見せていたのかはわかりません。私はその喜びを顔いっぱいに表現してみました。
所詮はいつも通りの無表情と思われるかもしれませんが。
「「「 ・・・・・ 」」」
「どうかなされましたか?」
私の一言にハッとした顔を見せたジンイチロー様は、ふいっと顔を背けてしまいました。よく見ると耳まで赤くなっておいでのようです。
「ちょっとモア!」
「はい、アニー様」
「その笑顔、これからは禁止!!」
「・・・?」
「男の子だってギャップに弱いんだからね!」
はて・・・。私の笑顔は無表情だったはずなのでは・・・?何かお気に障ることをやらかしてしまったようですね。本日の反省事項として記録しておきましょう。
こうしてわたくしたちは街を離れ、広い草原へと足を伸ばしました。
ここに辿り着く間、アニー様とレナ様はジンイチロー様からのプレゼントをみてニタニタと口を歪ませておられました。国宝級の宝石をもらったこと以上に、自分の為にプレゼントしてくれたその事実が何よりも嬉しいようです。
斯く言う私も・・・んん・・・ここは明言を避けましょう。
「あーあ、それにしてもやっぱり魔物は出なかったかぁ」
「レナ、魔物なんかそう毎日出るわけないじゃない」
「だよねー。毎日魔物なんか絶対でないよね!」
「そうよ!魔物なんか絶対出ないわ!」
「そうだね!絶対、絶~~対出ないよね!」
「そうよ!絶~~~~~対!!出ないわ!!」
そんな姉妹のやり取りを、ジンイチロー様と私は後ろから眺め聞いておりました。
「ねぇ、モアさん」
「はい」
「『フラグ』って言葉知ってる?」
「・・・存じ上げませんが、ジンイチロー様のおっしゃりたいことは大変良くわかります」
「な~んか、ね・・・嫌な予感がね・・・」
「『フラグ』・・・私の辞書に記しておくこととしましょう」
ノートにメモしている最中に、アニー様とレナ様が何かを発見したようで、指をさしています。
「ねぇ、あれ、なに?」
「やだ!すごくかわいい!モフモフ!」
指差す先にはウサギよりも小さく、やわらかそうな白い毛でおおわれたモフモフ動物を見つけたようです。
ん?モフモフ?・・・大森林・・・の・・・。
「アニー様」
「モア?何?」
「この草原は大森林と接する境界区域ですか?」
「えぇそうよ。街に魔物が出ないなら、あとはここを見て回るしかないかなって」
「モフモフ・・・大森林・・・」
いつだったでしょうか、フィロデニアの図書館で『怪傑!ジュノアール』を見つける前に読んだ図鑑に掲載されていた・・・特徴がよく似た・・・
確かフォレストハザードピギィ・・・
・・・フォレストハザードピギィ
フォレストハザードピギィ!!
「いけません!!今すぐモフモフから離れてください!!」
「え?なんで?」
「説明しましょう!あのモフモフは『フォレストハザードピギィ』と呼ばれるフィロデニア大森林最恐にして最凶の災害級超激ヤバ魔物です!あらゆる魔力や精霊魔力を進化のために蓄えるのです!!進化の準備を整えたモフモフは草原に現れたるのです!進化した・・・ら・・・」
あぁ、なんということでしょう!あのかわいいモフモフが見る見るうちに筋肉を隆々と脈打ちさせながらその肉を盛り上げ、モフモフした白い毛は風と共に消えていきました。
その体は見る見るうちに盛り上がり、やがてアニー様の家よりも大きい体躯まで成長すると――――
BAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!
「なんということでしょう!!あの白いモフモフは『インペリアルフォレストハザードピギィ』に進化してしまいました!」
「「「 んな解説はいいから早く逃げるぞぉ!! 」」」
いつもありがとうございます。
次回予定は5/13です。
よろしくお願いします。