第123話 ファンニエールとの約束
魔物の死体で埋め尽くされた広場・・・。
ここは魔法練習場だというがその面影はどこにもない。何も知らずに見ればただの魔物死体置き場だ。
それにしてもこのムカデ・・・。見るだけで寒気がする。
ひととおり魔物を退治すると終息宣言が出された。結界が元に戻ったという報告が巡回中の警備から届いたのだ。教師たちを心配して生徒達が外に出てきたが、埋め尽くされた魔物の死体を見るや否や顔をそむけて口に手を当てていた。
教師たちも負傷していたので『エリア・フル・ケア』を校舎内にいる全ての人にかけて全回復。
ちなみに学院長から握手を求められるも、不気味な緑色の液体を滴らせていたので慎重に握手した。
アニーに誘われ医務室に行くとモアさんが座って待っていた。『エリア・フル・ケア』がこの医務室にも届いていたようで、目をキラキラ輝かせて怪我から治った生徒たちからこれまた握手を求められた。
そんな中、学院の生徒でも教師でもない大人たちが医務室に入ってきた。
生徒たちは訝しげにその大人たちを見ていたが、その人たちが運んできた担架に乗せられた人を見た瞬間、目を逸らしていた。
大人たちはオルドさんとジルイさんだった。
「ジンイチロー君、無事だったんだね」
「オルドさんも」
「それにアニー!アニーは無事だったんだな!」
「・・・『は』ってどういうこと?」
「・・・レナが・・・」
「っ!!!」
運ばれてきたのはマルナさん、クレアさん、メースさんと続き、最後にレナさんだった。
みんな、制服が血まみれのボロボロのまま運ばれてきたものだから、明らかに魔物に襲われたものと誰もが推測できた。言わずもがな、アニーもそうだった。
「レナぁ!!!レナぁ!!!うそよぉっ!!!」
アニーは飛びつくようにレナさんの肩を持ち揺するが、すぐにオルドさんがアニーを引きはがした。
「大丈夫だアニー。レナはちゃんと生きてる」
「でも、でも、レナがあんなに血まみれに―――」
「確かに危なかったんだが、ジンイチロー君が間一髪で回復魔法をかけてくれたんだ」
「ジンイチローが・・・?」
「そうだ。それにジンイチロー君が到着するまでレナ達を必死に守ってくれていたのが・・・」
オルドさんがそういって医務室の入り口を見ると、そこにはファンニエールが立っていた。
「ファン・・・」
「・・・」
オルドさんは小さくうなずくと、アニーを見つめた。
「ファンがいなければレナ達はもうだめだったろう。ファンが最後の最後までグランドベアと対峙してくれたから、ジンイチロー君の回復魔法も間に合ったんだ。アニー、ファンにお礼を言ってくれ」
「そうだったのね・・・。ファン、ありがとう。この子たちを守ってくれたのね」
「・・・俺は・・・別に・・・守れなかったし・・・」
ファンニエールは拳をぎゅっと強く握った。
「ごめん、俺は・・・本当に何もできなかったんだ」
歯を食いしばるファンニエールを見て、アニーは優しく微笑んだ。
「そんなことないわ。あなたがいなければこの子たちは助からなかった。本当にありがとう!」
「・・・」
アニーの言葉の後、ファンニエールは黙ったまま医務室を去ってしまった。
「ファン・・・」
オルドさんはアニーの肩を軽く叩いた。
「彼がどんなふうにレナ達を守っていたか聞いたんだ。あとで話してあげるとしよう。今はこの子たちを安静にさせることが先決だ」
「そうね・・・。ベッドに寝かせましょう」
「うむ」
医務室にいる皆が手分けをして彼女たちをベッドへ移乗させ、毛布を被せる。血の気は戻ってはいるものの、起きた後が怖い。アニーでさえゴブリンにひどい仕打ちをされた後はしばらく戦うことが出来なかったほどだ。魔物達と初めて相対して、なおかつ意識のあるうちに自分の体が食べられるという恐怖は筆舌尽くしがたいと思う。
「アニー、君はレナさん達のそばにいた方がいいと思う。起きたあとが心配だよ」
俺がそういうと、アニーは大きくうなずいた。
「そうね、そのほうがいいかもしれない」
「俺はファンニエールをみてくるよ」
「うん。お願い」
オルドさんもアニーに見守りを依頼し、周辺警備へと出かけて行った。
俺は学院内を歩き、ファンニエールを探した。未だに校舎の見取りがわからないこともあって迷ってしまったが、それが幸いしてかファンニエールを見つけることができた。
彼がいた場所はあの講堂だった。彼の特等席なのか、一番後ろの一番隅っこだ。
俺が講堂に入るとやや驚いた顔で俺を迎えてくれたが、すぐに顔を逸らされてしまった。
「探したよ」
「・・・・・・」
「・・・レナさん達を守ってくれたんだってね。ありがとう」
「・・・俺は何もやってない。だからアイツらがヤラれたんだ・・・」
「あとでオルドさんから聞こうと思ったけど、どんな感じだったの?」
「別に聞いたって・・・」
彼の言葉の後に、俺は彼から2脚隔てたイスに腰掛け、しばらく黙していた。
すると、彼はその時の情景を独り言のようにポツリポツリと漏らした。
聞くだけでもかなりひどい状況だったことが覗えた。戦闘訓練をさほど積んでいない者の目の前にグランドベアが挟み込むように現れたら逃げるに逃げられないだろう。それでも彼は立ち向かって彼女たちが逃げるための時間を作ろうとしたようだ。それでもグランドベアの身体能力が勝り、彼女たちは呆気なく捕食された・・・。
だが彼の言葉の端々からもわかるとおり、彼女たちが傷ついたという事実よりも何もできなかったということの方が殊更ショックが大きいようだ。
「だから言っただろう?俺は何もできなかったって」
「・・・そっか・・・。あまり深く詮索するのはタチじゃないんだけど・・・君のお兄さんのことと・・・何か関係あるの?」
俺の言葉の後、彼はすぐに俺に向いて大きく眼を見開いた。
「ごめん、この間の君とのくだりの後に気になってオルドさんに聞いたんだ」
俺がそういうと、彼は再び視線を外に向けた。
「・・・だから何だってんだよ」
「いや何ていうか、お兄さんのことと今回のことで、君の中で何かあったんじゃないのかなって思っただけ」
「ふん・・・」
否定はしない、か。俺は再び黙したまま遠くの教壇に目を向けていると、今度は彼から質問が飛んできた。
「聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「・・・あんた、俺と見た目はそんなに変わらないのになんであんなに魔物と戦えるんだ?」
「そうだねぇ・・・。俺も否応なしに巻き込まれたクチだから、仕方なくあんなふうに戦ったんだけど・・・」
「人族の学校にも通ってたんだろ?戦闘の訓練もしたのか?」
「学校には通っていたさ。でも戦闘訓練とか魔法とかはない。あくまでも勉強だけ。算術とか文字とか勉強するだけのね」
「それであんな風に!?」
「とにかく必死だった。最初は自分を守るためだったけど・・・いつの間にか誰かを守るために戦ってたな・・・。誰かのためなら自分を守るより必死になれる」
「誰かのため・・・」
「うん。自分の目の前で誰かが死ぬのは嫌だった。実際それも見たし、危うく死にかける人もいた。今回のレナさん達みたいにね。だからやれることをやらないと誰かが死ぬ。それが嫌なんだよ。・・・・・そっか、だから俺って嫌な戦いにも結局巻き込まれちゃうのか・・・なはは」
ファンニエールは何か言いたげに俺を見つめていた。俺から話しかけても本心を打ち明けてくれそうにないので、もう一度沈黙してみることにした。
10秒ほど経ったところで、ファンニエールは顔を窓に逸らした。
「なぁ、あんたは回復魔法使えるんだろ?」
「まぁね。それが?」
「兄貴に回復魔法かけたらどうなるのかなって思ってさ」
「・・・事情は聞いてるけど、お兄さんはどう思うかな」
「どうって・・・どういうことだよ?」
「俺の回復魔法は欠損した手足も元に戻る。でもお兄さんはそれを望んでるの?」
「・・・」
「元の体に戻りたいとか聞いてないの?」
「・・・あれから一度も話してないし・・・」
『あれから』というのは魔物に襲われた日以降のことを言うのだろう。まさかとは思ったけどファンニエールは兄と言葉を交わしていなかった。お節介かもしれないけど、なんとなく背中を押してあげた方がいいような気がした。
「君がどういう想いでいたのかは知らないけど、一度もお兄さんと話さずに勝手な思い込みであれこれしてたんなら見当違いじゃない?もしかしたら、お兄さんは君と話したいのかもしれないよ」
「兄貴は・・・あのときずっと呟いてて・・・死なせてくれって・・・」
「事件の直後なら仕方ないさ。でも時間が経てば人の心は変わるかもしれない。前のように動きたいって思うかもしれない。君がお願いしたようにね」
「・・・」
「回復魔法はいくらでもかけてあげるよ。でもまずは君がお兄さんと話してからのほうがいいんじゃない?お兄さんの想いを聞くのとあわせて、君の気持ちもお兄さんに話してほしい。これが条件だ」
「・・・わかった」
突っぱねられると思っていたのに、案外素直に了承してくれたから拍子抜けしてしまった。
オルドさんから聞いた兄弟の話と講堂で垣間見たアニーの悲しそうな顔、『何もできなかった』と茫然とするファンニエールの面持ちから推測するに、お兄さんに降りかかった悲劇が彼のその後の行動を決めてしまったんだろうと思った。
でも今回の魔物襲撃は、兄弟にとって何かを変えるきっかけになるだろう。
「あんたと話してると、昔兄貴と話してた頃を思い出すんだよな」
「へぇ~、俺とお兄さんそっくりなんだ」
「バカ言うな。兄貴の方が断然カッコいい」
「返しが早いな・・・」
「それに兄貴の方が断然強い」
まるで自分のことのように自慢気に話すファンニエールを見て、約束は守ってくれると思えた。
俺とファンニエールは医務室に戻った。帰ると言い出したファンニエールを俺が引きずってきたのだ。
「おかえりジンイチロー。ファンも来てくれたのね」
アニーが出迎えてくれたその後ろに、ベッドに腰掛けるレナさんがいた。目が合うや否や、彼女が俺に飛びかかってきた。
「レナさん!もういいの?具合は?」
「お兄ちゃん・・・ありがとう・・・」
体に回された両腕が俺を固く締め付ける。胸元に顔を埋める彼女の頭をそっと撫でた。
「間一髪だったね。でももう大丈夫だよ」
「うん・・・」
おもむろに離れたレナさんは俺を上目に見つめた。うん、とうなずいた彼女は、俺の後ろにいたファンニエールに歩み寄り、その手を取って固く握手をした。
「ファンも!ありがとう!守ってくれてありがとう!」
「あ・・・まぁ・・・うん」
「マルナもいるよ。ほら」
レナさんが彼の手を曳いてマルナさんの寝ているベッドへ連れていった。どうやらマルナさんも目が覚めているようだ。
「マルナ、ファンだよ。ファンが来てくれたよ」
横になっているマルナさんを一目見ようと覗きこむと、ファンを見た瞬間に涙を流すのが見えた。
「ファンニエール君・・・無事で・・・無事でよかった・・・。ファンニエール君・・・」
ファンニエールは枕元に跪き、マルナさんが不意に伸ばした手を握った。
「俺は大丈夫だ。それより・・・ごめん。俺何にもできなくて・・・」
マルナさんは小さくもしっかりと首を横に振った。
「そんなことない。わたし少しだけど見てたよ。ファンが一生懸命戦ってくれたこと。でも心配してたの、早く逃げて!って。一生懸命戦ってくれたのは嬉しかったけど、あなたが魔物に殺されるんじゃないかって・・・心配で・・・・・・気を失うまでずっとそれ・・・思ってて・・・」
枕を濡らす涙が彼女の――――――
って、痛ててててててて!
誰!?耳引っ張るのは!?
あれ、アニー?どうしたの、そんなため息ついて?
「(ヒソヒソ)いくわよ」
「(ヒソヒソ)なんで?」
「(ヒソヒソ)バカッ!見ればわかるじゃない!」
「(ヒソヒソ)え?何を見れば?え?」
「(ヒソヒソ)もうっ!みんな気を利かせて外に出てるんだから!いくわよ!」
アニーに耳を引っ張られなが外に連れ出され、何故かみんなから白い目で見られる俺であった・・・
いつもありがとうございます。
次回予定は4/22です。よろしくお願いします。