第122話 アニー参戦
久しぶりのアニー視点です。
「みんな!!こっちよ!!」
阿鼻叫喚の様で生徒たちは私の肩にぶつかりながら必死に逃げる。
木造の建物を破壊しながら猛然と突き進むあの巨体に、生徒たちは為すすべもない。精霊魔法を学んでいるとしても、突如現れた獰猛な魔物の前には必要な集中力も導き出せないし、無理もないことだった。
生徒たちはより頑丈な石造りの建物へと避難を終え、私は教師たちと巨体を前に陣を張った。これ以上は進ませない。
「アニー!あの魔物との対戦の経験は!?」
「ないです!でも学院長、アレはまだマシな方!」
「はははっ、あとでマシじゃない方の話を聞きたいものだ!では皆の者、いくぞ!」
「「「おおおっ!」」」
どこに隠し持っていたのだろうか、教師たちは皆ショートソードを構えた。そして皆一様に腕を伸ばし、それぞれのタイミングで精霊魔法を放った。グランドベアはひとたまりもなく中庭に吹き飛ばされてしまった。
でもまだ生きているようで、中庭の芝生をほじくりながらもだえ苦しんでいた。
そこに一人の教師が飛び込んでいった。
「ケリをつけてやる!」
「あっ、いかんぞ!戻ってこい!ゲイリア!」
「学院長!見ててください!」
ゲイリアと呼ばれたのは新人教師だろうか、私が在学していたころには見たこともない若い男性教師だ。
ゲイリアはもだえ苦しむグランドベアの傍らに立つと、ショートソードを腹に突きたてた。
咆哮がびりびりと響き渡った。
ほどなくしてグランドベアは絶命し、脚を力なく地面に降ろした。
「どうです、学院長!私にかかればこれくら―――――」
「バカモン!!上だ!!」
学院長の叫びと同時に私は彼の頭上に視線を移した。
どこから降ってきたの!?新たなグランドベアが彼の真上から落ちてきた!
「えっ・・・ぐああああああぐげぶ!!」
・・・見るんじゃなかった。グランドベアは躊躇せずゲイリアの頭上へ全体重をかけて落ち、彼の身体ごと押しつぶしてしまった・・・。
そしてそのグランドベアは、私たちに構うことなく一心不乱にゲイリアの身体を引きちぎり、食事を始めてしまった。
私の隣にいた女性教師は思わず廊下の端に駆け、おう吐していた。
以前フィロデニアの王城でも似たような死体を見たことがあったからなのか、私はアレをみても何も感じなかった。耐性がつくというのは怖いことね。
そんな中でも学院長は静かに片手を上げて皆に合図。グランドベアに向けて腕を伸ばす。学院長が片腕を大きく掲げて下ろすと、皆で一斉に魔法攻撃を開始した。クリーンヒットしたおかげでグランドベアは即死したようだ。
「はぁ・・・ゲイリア・・・」
学院長のため息交じりの声に合わせ、皆苦虫を潰したように顔を険しくさせた。
「この区域は問題なかろう。旧訓練場付近はどうだ?」
「あちらにも教師を張りつかせました。新校舎への入り口としてはあちらの方が大きいので・・・扉もあるので大丈夫かとは思いますが・・・」
「・・・もし間違えがあれば魔物も容易に入ってくる・・・。よし、応援に行くぞ」
「「「はいっ」」」
こうしてこの区域の魔物は片付いたとみて移動を開始。道中、私は気になって医務室へと向かった。魔物が侵入したという一報を聞いたとき、すぐに医務室へ行くようモアに要請したのだ。
ジンイチローといればモアも大丈夫。でも一向に応援に来る様子が見られないことに私は不安を覚えたのだ。
医務室のドアを開けると、そこには逃げる時に転んだり打ち身をして歩けなくなったりした生徒で溢れていた。何故かモアが医務長と一緒に手当てをしている・・・。
「モア!」
「アニー様」
「どうしたの、これは・・・」
「ジンイチロー様を呼びに参ったのですが、当のジンイチロー様がいらっしゃいませんでした。すぐにアニー様にご報告をと思ったのですが、怪我をした生徒があまりにも多く、医務長も四苦八苦しておりましたので・・・」
「ちょっと待って。ジンイチローがいないってどういうこと?」
「わかりません。医務長の話だと、ちょっとした用事で出てすぐに戻ってきたらすでにいなかったそうです。それも魔物出現の一報を聞く前のお話のようですが・・・」
ということは、この学院にジンイチローがいないということに・・・。
いえ、もしかしたらすでに旧校舎側に行っているのかも・・・。
「わかったわ。モアはここで待ってて。ここなら石造りだから簡単に魔物も入ってこれないと思うし」
「承知しました。アニー様もお気を付けて」
「ありがとう!」
医務室を出た私は早速旧校舎側へ走った。
在学時代から不思議に思っていた、石造りの新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下にあった鉄の扉・・・。こういう時の為にあったのかと今さら感心してしまう。分厚い鉄の扉なら魔物が体当たりしても入ってはこれないだろう。あらためて間近に見て、これほど安心できるものはない。
この扉の門番として、数名の生徒が立っていた。扉は鍵がかけられていて、こちらからしか開けられないことになっている。あちらからは合図がない限り開けるなと学院長から厳命されているようだ。
「開けてもらっていいかしら」
「たったお一人ですか!?」
「いいのよ。それよりここにあの大賢者が来なかったかしら」
「いえ、一度も見ていません。っていうか今日来てましたっけ?」
「・・・そうよね。ありがとう。彼が来たらアニーがいることを伝えてね」
「わかりました!」
開錠し、重そうな扉をゆっくりと開く。そしてまたゆっくりと閉じる。重い音を立てて閉まると、向う側から鍵の掛けられる音が聞こえてきた。
この旧校舎から脱出するには大きく外側を廻って抜けるしか方法はないけれど、魔物が何頭いるかわからないこの状況で狭い回り道を抜けようとはとても思えない。まずはこの旧校舎側の魔物を一掃し、安全に新校舎へ戻らなければ・・・。
旧校舎を駆けると目立った損傷はない。校舎へ侵入される前に食い止めている証拠だろう。
旧校舎を抜けるとそこは魔法練習場が広がっている。普段なら外の区域に魔法が飛ばないように魔道具で防御魔法を貼っているけれど、今日はそれがない。
無理もないか。あれほどの魔物がいる中では、だれもそんなことに目を止めることもできない・・・。
練習場は大勢の教師が魔物と対峙していた。辛うじて死者は出ていないものの、練習場の隅では幾人かの人が手当てを受けている。そのためか人員不足で魔物に押されがちに見える。学院長も一人奮戦しているのが見えた。
でもあの魔物・・・いや、あれは魔物じゃない。魔蟲だ。実際に見るのは初めてかもしれない。
何て言ったらいいのかしら・・・ムカデをバカでかくしたような感じね。学院長はムカデの顎の攻撃をヒラリと躱してすかさずサンダーアローを放った。甲殻が固いと聞いたから生半可な魔法は効かなそうね。でも学院長の魔法は強力だったみたいで、一撃を受けたムカデは地面の上でビクビク痙攣している。
気色悪いわ・・・。
学院長はムカデの頭にショートソードを突き立てて勝負を決めた。
あぁ・・・あの緑色の液体が学院長の身体を染めている・・・。えぇ、不味いでしょうね。ペッペするお気持ち、お察しします・・・。
さて、私も加勢しよう。
練習場の端から新たな魔物が出現した。
あれは・・・ゴブリン!
ただのゴブリンじゃなさそうね。
あっ、魔法を使った。ゴブリンメイジ・・・厄介ね。
メイジの放った魔法は女性教師に向けられていた。弱いサンダーだったけど、女性教師の動きを止めるには十分だった。女性教師は疲れもあったのかすぐに倒れ気絶してしまった。そして勢いよく出てきたのがその他大勢のゴブリン!あっという間に女性教師を担いで森の中に逃げようとしていた。
させるものですか!!
私は狙いを澄ましてエアロカッターをゴブリン達めがけて放った。
見事担いでいる連中にヒット!
ホッと一安心。女性に当たらなくてよかった。当たらない自信はもちろんあったけど。
残ったゴブリン達が私のせいだと言わんばかりにギャアギャアと指をさして叫んでいる。ご名答です。
そして私めがけて一斉に駆けだした。次の獲物は私ってわけね。もう何度も見慣れている光景だからなんの新鮮味もないけれど。
学院長の話だと、出現した魔物は大森林の魔物の可能性が高いみたいだから、ゴブリンといえど身体能力が上がっている可能性も捨てきれない。一対一でやりあうとあっという間に囲まれてしまうだろうから、距離を保ちつつ炎のブリッドを放っていく。一体、また一体と少しずつ削る。なるべく他の魔物と戦っている人たちとの影響が少ないように配慮しながら距離のバランスを保つ。
でも視界の端々にピンチになりかけている教師の人達も見え隠れした。余裕を見つつアイスニードルを教師の人達と相対している魔物の背中にブチ込んでいく。
そんな風に距離を保ちながら戦っていたものの、だんだんと囲まれつつある。近くに来たゴブリンは学院長から借りたショートソードで首を撥ねる。怯んだ周りのゴブリン達を一気に炎で攻め上げ、数をこなす。
数も少なくなったところだし勝負を決めようと走りを止め剣を構えた。
でもそれが間違いだった。
突然背中に熱い感触を覚えたと思ったら、体がびりびりと痙攣した。
長い時間そんなことをしていたようにも思えた。
辛うじて意識を保っていたものの、全身が弛緩してピリピリと痛痒い感覚を覚えた。
倒れた私の口は緩み、唾液が溢れて口から漏れていく。でもそんなことを気にしている場合じゃない。早く立たなければ・・・。
でも身体が言うことを聞かない。
本当にマズった。忘れていた。ゴブリンメイジを倒していなかった。サンダーを長い時間浴びて筋肉が思うように動かない。
残ったゴブリンが私の周りを囲み、体のあちこちに腕を回され、仰向けのまま担がれてしまった。ショートソードを握る手も緩み、乾いた音を立てて地面に落ちてしまった。
器用なことに、担がれている最中に私は両腕と両足を縛られ、猿轡までされてしまった!
ようやく声が出せるようになったと思ったのに!!
ゆっくり顔を横に反らすと、森の奥からムカデの魔蟲が何匹も飛び出してきた。
あぁ、なんてこと・・・。これじゃあ教師の皆さんはあちらに目を奪われることになる・・・。
まさか私・・・イストリアに帰ってきてまでゴブリンに連れ去られるなんて・・・ほんと私・・・。
「『十刀連撃!!』」
不思議な感覚だった。担がれているから上下の間隔がよくわからないのだけど、すごく高いところから声が聞こえたような気がした。
すると、蒼穹から鈍重な剣が幾本も唸りを上げて私のところへ落ちてきた!
ちょっと!!当たる!!
思いっきり目を瞑ると、耳のすぐそばで剣が勢いよく突き刺さるのが聞こえた。
それと同時に私は担がれた格好のまま地面に投げ出され、後頭部を強く打ってしまった。
「ぐ・・・うぅ・・・」
痛い。痛い。顔を険しくさせて痛みに堪えていると、周りの様子が見えた。
私を担いでいたゴブリンの頭に剣が・・・いえ、これは・・・ジンイチローの剣にそっくり・・・。
そしてその突き刺さった剣はすぅっと消えてしまった。
生き残ったゴブリン達は仇を見つけるや否や威嚇をして立ち向かっていった。身を転がしてその方向へ向くと、ゴブリン達の背中を追えた。
その先には、猛烈な勢いで駆けてくる影があった。
その影は刀を遠くから一振りすると、向かっていったゴブリン達を触れもせずに切り落としてしまった。
この剣技は・・・。
でも危ない!ゴブリンメイジがいる!
案の定、ゴブリンメイジが何やら詠唱したようで、宙から何かが飛び出てその者へと向かっていく。
あれは・・・コメット・・・ゴブリンのくせになんていう魔法を!!
逃げて!!危ない!!
でもその人は駆け足を止めず、何かを目の前に展開していた。
あれは・・・『魔力還元』!!
魔法陣に吸い込まれる隕石群を見てゴブリンメイジは動揺していた。
その隙に跳躍した彼はゴブリンメイジの間合いに容易く入り込み、一刀両断した。
ゴブリンメイジの身体が真っ二つになって地面に落ちると、すぐに私のところへ駆けよってくれた。
「アニー、ごめん。遅くなって」
猿轡を取ってにっこりほほ笑む彼。
「もうっ!!遅いんだから!!」
「ごめんね。でもちゃんと助けに来たよ。無事でよかった」
彼は持っていた剣で私を縛っていた縄を切った。自由になった腕で、私は早速ジンイチローに抱きついた。
「ありがとう、ジンイチロー」
「よかった」
ぎゅっと抱きしめてくれる彼。ヤバ、胸がぎゅんぎゅんする。
彼を引きはがして、思わず勢いでキスをした。
恥ずかしそうにする彼を余所に、私はもう次の魔物に目を移していた。
「ジンイチロー、次行くわよ!」
「あ、あぁ、うん。そうだね。やっぱ女の人って切り替え早えぇ・・・」
「なんか言った?」
「何も言ってません。さ、いくよ!!」
「うん!!」
さて、まずはあの気色悪い魔蟲共を懲らしめようかしら。
そう、もちろん私は遠くから魔法を打ち込んで、締めの突き刺しはジンイチローにお願いするわ。
え?嫌な予感がする?
気のせいよ。魔蟲を見ている学院長のガクブルは、きっと年のせいだから!
いつもありがとうございます。
次回予定は4/17です。
よろしくお願いします。
※サブタイトルを修正しました。