第120話 精霊石をつくる
『精霊石』などというものは聞いたこともなければ見たこともないし、触ったこともなければ作ったこともない。なのに知っている・・・ということは、やはりこの前のミストレルの一件のせいなのか。
「その方法は簡単だ。精霊魔力を一点凝縮させる、これだけだ。どうだ?簡単だろう?」
と、これはついさっきモル爺さんから教えてもらった『精霊石』の作り方だが・・・。できるとは到底思えないのだけれど・・・。
「経験のないおまえさんからすれば無茶させると思うかもしれんが、精霊王の加護があるから問題ないと思ったんだ。・・・」
にやりと口を弛ませて笑うモル爺さんを見て、んなこたぁない!とツッコミかけてしまった。モル爺さんでさえあれだけグッタリしてるのだから、方法は簡単でも過程は容易なものではないとわかる。
細い目で見つめる俺の言いたいことがわかったようで、モル爺さんは小さく何度もうなずいた。
「まぁまぁ。やってみなきゃわからんて」
そう言ってモル爺さんは説明がてら実演してみせた。
おにぎりを作るように両手を丸く形どり、その中に精霊魔力を流しながら凝縮させている・・・ように思える。あんな小さな石でも相当の時間をかけるので、この実演だけでも気力は消費してしまうんだろうな。
実演に長い時間をかけていられないと思った俺は、見るだけでなく感じ取るために魔力の糸をその中に漂わせてみた。
・・・確かに精霊魔力は中心部分に向かって渦を巻きながら凝縮されているようだ。
「ほほほ、おぬしは魔力を操れるか。動きがわかるなら理解も容易かろう」
モル爺さんの額にほんのりと汗が滲みはじめた。
「いいか、この作業の一番大事なところだ。最初が肝心というやつでな、精霊石の核になるからの」
精霊石の核と呼ばれるものの出現を見たかったが、これ以上は結構だと声をかけた。連日の作成は無理があると思えた。
「なんじゃ、いいところで」
そうは言うものの、どことなくホッとした顔を見せたモル爺さん。
「とりあえず自分でやってみるよ」
とはいったものの、時間をかけてまで出来ないし、モル爺さんが見てくれているうちにある程度まで完成させたい気持ちもある。
そういえば先程の魔力の糸でも、そしてマウロとの試合のときでもそうだったが、利用する精霊魔力の流れが少し遅いように感じた。精霊魔力の流量と速さを増幅させてうまく『管制』すれば、出来上がりも早くなるんじゃないだろうか。・・・いや、それだけではだめだろう。凝縮の速度も上げなければ精霊魔力が流れ落ちるだけだ。
そこで俺は考えた。
凝縮の速度を上げることより凝縮の過程を別の誰かに手伝ってもらうのはどうか、と。
精霊魔力の流量と速度は一定を保った方がいいとは思えるが、凝縮作業を別物と考えれば・・・。
しかしモル爺さんでさえ、わずかな時間だけであっても汗をにじませるほど気力を搾るこの作業・・・。適任者がそうそう見つかるとは思えない。それに『精霊石』の生産方法そのものが実はものすごく秘匿性の高いものだったとしたら・・・?アニーからもこれまで聞くことのなかった『精霊石』の作り方を簡単に他者に話すわけにもいかないか。
だとしたら自力で・・・ということに・・・ん?
「モル爺さん、いくつか聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「どうして精霊魔力の流量を上げないの?」
「ほほほ、やはりそう見たか。わかっているとは思うが、流量や速度を上げても零れ落ちるだけじゃて」
「やっぱり・・・。それともうひとつ」
「お次はなんだ?」
「どうして凝縮の作業に魔法を使わないの?」
「・・・・・え?」
「いやだってさ、そんなに大変な作業なら魔法に任せればいいじゃないかって単純に思っただけなんだけど」
ぽかんとするモル爺さんは、やがてコクコクとうなずきはじめた。
「いやぁ~・・・それはまったく思いもせんかった・・・」
「どうして?」
「だって・・・自分の手で汗かきながら作った方がありがたみが深いじゃろ?」
要するに、気持ちの問題というやつか。
「ほほほ、さすが創造魔法を操る大賢者ならではじゃな」
「別にそれは関係ないと思うんだけどな・・・。あ、そうそう。それともう一つ」
「今度はなんだ?」
「『精霊石』って、何に使うの?」
「ふむ・・・まぁ単純に言って、精霊魔力を溜めておくことのできる桶のようなもんだ。つまりは精霊魔法が使えない者でも使えるようになるという便利なものだ。それと、この『精霊石』は『フェザンメルンの鍵』と呼ばれる魔道具だったり、森林とイストリアを隔てるための結界魔道具の心臓部にも使われている」
納得!ミストレルとかそんなこと関係なしに、俺はもう見ていたんだ。
「そんなふうに高度な精霊魔法を展開するときに使うんだ」
「そっか・・・何かに使えるようなものができればいいんじゃないかなって思ったんだけど、やっぱりそういうものに使ってたんだな」
「ほほほ!いきなりそんなものが作れるとは思えんがの。儂の作ったこんな小さな欠片でも値打ちがあるくらいだ」
「ふ~ん・・・」
できると吹っかけておきながら小さなものしか作れないなんて―――。
不思議と自分の心の中に火が付いた。
目を閉じ、精霊魔力を両手で集めてみた。
中心部に向かって渦を巻くように凝縮させていくイメージをもつ。
・・・確かに凝縮は出来ているように思えるが、欠片すら見えない。
ここで俺は集中しながらも傍らでもう一つのイメージを構築した。
この丸く象った手の中に、小さくとも強力に精霊魔力を凝縮させる魔法・・・。
今まで見た魔法陣のどれよりも小さく、それでいて強力に精霊魔力を吸いこみ凝縮させる。
不意に、魔法陣の『絵』が脳裏によぎった。
魔法の名前は・・・そのままでいいか!
「『凝縮』!」
丸く象った手の中に、青く輝く小さな魔法陣が現れた。よくよく見ると魔法陣の外縁の円の中に小さな円陣がいくつも描かれていて、それぞれが違う図柄でゆっくりと回転していた。
魔法陣が光り輝くことで、見えなかった精霊魔力が煙のような姿となって可視化された。
勢いよく吸引された精霊魔力が魔法陣の中心部に集められ、小さな光となって輝きはじめた。
いける!精霊魔力を集めるイメージをさらに高める。手の内にどんどんと流れ込んでくるのがわかった。
小さな魔法陣はより光り輝き、それ自体が回転しはじめた。気付けば魔法陣の中心に指の第一関節ぐらいの大きさの結晶が出来上がっていた。
だがこれではまだ小さいように思えた。
俺はさらに『凝縮』の魔法を幾重にも唱えた。魔法陣がいくつも重なり、それらが回転するその様はまるで球体のようだ。手の内には収まりきらない大きさまで成長した結晶にさらに『凝縮』を唱え、さらに『強・凝縮』を唱える。大きくなった魔法陣の中心に浮かぶ結晶すら光り輝き、さらに精霊魔力をつぎ込み、さらなる『強・凝縮』を唱える。結晶は脈動するかのように凝縮して小さくなり、精霊魔力を吸いこんでさらに大きくなり、凝縮しては小さくなりを繰り返した。
すると、拳大の大きさまで成長した結晶が脈動を止めた途端、周囲に展開させていた魔法陣を吹き飛ばしてしまった。
淡く緑色に輝くそれが、静かに俺の手のひらに降りた。同時にどっと疲れが押し寄せ、思わずへたり込んでしまった。
できた・・・ということでいいのか。
「・・・おぬし・・・」
モル爺さんがこれでもかというぐらいに眼を見開き、プルプルと震えていた。
「へへ、できたよ。どんなもんです―――――」
「今すぐ仕舞え!!これはマズイ!!」
「へ?」
「その横に付けとるもんは魔法袋だろ!?今すぐその中に入れるんだ!!」
「は、はい!!」
モル爺さんの怒気を含んだような大声に思わず身じろぎしてしまうも、言われたとおり魔法袋に納めた。
「ふぅ~・・・」
モル爺さんもへたり込んでしまった。
「一体どうしたっていうの?」
「おぬし・・・とんでもないものを作りよった・・・」
「はは、まぁ普通の『精霊石』に比べたら大きいかもしれないけどさ」
「そういう意味ではない!おぬしはその更なる上・・・いや、この世で誰も成しえられんモノを創造してしまった・・・」
「は?」
「これはマズイものを作ってしまったぞ・・・」
モル爺さんは俺にズイッと近づくと、ヒソヒソと小声で話しかけた。
「いいか。これは絶対に世に出してはならん。こんなものを持っていると知られたら命を狙われかねん。おぬしだけならいいが、周囲の者にまで危険が伴うぞ」
そして俺までヒソヒソが感染し、誰もいないはずなのにあたりをキョロキョロしてしまった。
「そんな危ないものなら俺よりもあなたが持っていればいいじゃないですか」
「こんな物騒なものを持っていたくなどないわ!!儂は平穏無事に過ごしたいからこそここでのんびり暮らしているんだ!申し訳ないがそれは創った者の責任としてしっかりと管理せい!」
「そんなぁ~・・・」
俺から離れたモル爺さんは、腕組みしながら俺をあらためて見つめた。
「あのおかしな魔法は見たことも聞いたこともない。創造魔法とは本当に恐るべきものだ」
「凝縮に時間がかかりそうだから魔法に手伝ってもらおうと思ったんだよ。まさかこんなことになるなんて・・・。でもこんなの誰でもできるんじゃないの?大したことないよ?」
「思い描いたことを魔法に出来る能力こそ『創造魔法』だ。そんな能力自体誰にでもあるわけではない。それに純粋な気持ちで精霊に向き合った結果ともいえる。もう一度言うがこれはおぬしにしかできんことだ。伊達に何百年も長老司をしていたわけではないぞ」
「・・・そんなもんかなぁ」
「まぁよい。今日は気力を使っただろうからまた明日にでも『精霊石』に挑戦せい」
「・・・今度はちゃんとできるかな・・・」
「いいか、すごいものを作ろうと思うな?それなりのものでも十分価値がある。魔王への献上はその程度のものでも全く見劣りはせん!絶対に調子に乗るなよ!いいか?絶対だぞ!!」
「わかりましたぁ・・・」
こうしてモル爺さんの元を離れた俺は、少しフラフラしながらも学院にいるアニーに会いに行った。ボーっとしていた俺が悪いんだけど、モル爺さんからあの石は結局なんだったのか聞き忘れてしまった。
そんなこんなで学院に到着したのだが、アニーに会ってすぐさま医務室に連れていかれた。後で聞いた話、顔が青白くて今にも倒れそうだったとのこと。
そんな午後のひとときを医務室で過ごしていた俺は、オルドさんとの約束を不意に思い出した。
詰め所にいって短時間の警戒任務にあたると約束したし・・・待ってもらうのも忍びないし・・・。
ちょうど医務室に誰もいなくなったので、アニーには悪いがそっと部屋を抜け出し、学院を出て家に帰った。
家に帰るとオルドさんが待っていた。
「お、帰ってきた――――って、大丈夫かね!?顔色が悪いぞ!?」
「ちょっと訳ありで・・・。でも問題ありません。学院で横になってまして、これでも大分よくなりましたよ」
「ならいいんだが・・・いけそうかね?」
「はい。あ、ただし精霊魔法は今日のところは打ち止めです」
「わかった。仮に魔物が出ても無理はしないようにね」
「わかりました」
転移魔法陣で移ったその先に簡易な木造の建物があって、その家に入ると何人かが座って談笑していた。
「おぉ、オルドか。おつかれさん」
「よぉジルイ。怪我はもういいのか」
「ははっ!どうってことないさ」
オルドさんがジルイと呼んだこの人はやや大柄の、このイストリアの男性にしては珍しく髭を蓄えた男性だ。見た目はオルドさんと同じくらいだろうか」
「もしかしてこの少年が・・・」
「あぁ、大賢者ジンイチロー殿だ」
「そうかっ!よろしくなっ!俺はジルイッテリッド・オルバ・ベノイだ。ジルイと呼んでくれ」
「よろしくお願いします、ジルイさん。私はジンイチローと申します」
「噂は聞いてるよ。期待の新人マウロを試合でボコボコにしたっていうじゃないか」
「したかったけど―――っていやいや、ボコボコなんてことはないです。引き分けに近いものでしたよ」
「謙遜するな。おかげでマウロがかなり大人しくなったって言うじゃないか。自分より格上がいると思えばアイツもいい勉強になっただろ」
周囲の男性たちもうなずいて聞いていた。マウロは一体何をしたっていうんだ・・・。
「ジルイ、今日はこの大賢者も連れて警戒任務にあたるぞ」
「おぉっ!そうか!それは心強いな!怪我はもういいんだが、それでも本調子じゃないからな!よろしく頼むよ、ジンイチロー!」
「はい、よろしくお願いします」
こうして警戒任務へと出発。任務は5人1組で原則行うとされ、魔物に遭遇したら魔道具を使って周囲に知らせることになっているそうだ。この魔道具による知らせは近くにいる警備隊だけじゃなく近隣の住民にもすぐに伝わるようで、避難活動に一役買っているとのこと。
ジルイさんの腕の怪我は何週間も前にグランドベアと遭遇した時に切りつけられたものらしく、回復魔法で治せると話すと、ぜひ!と言われ早速『フル・ケア』を唱えた。
完治した腕を見た皆から歓声と拍手をもらえた。
「よし、じゃあ・・・今日はヘルネモート周辺を廻ろうか」
オルドさんの提案に、警戒隊の皆がうなずいて賛同。
ヘルネモートとは、学院のある地区らしい・・・。
いつもありがとうございます。
次回予定は4/7です。よろしくお願いします。