第119話 献上の品
ミストレルでの出来事の翌日・・・
ここのところカリアニ家はことさら慌ただしい。
俺が来てからというもののエルフイストリアの要人がこうして訪ねてくるからだ。
ミレネーさんが忙しそうにクッキーを用意する最中に、俺はカフィンを淹れる。魔法袋は便利なもので、焙煎したての状態のままで出せるから香りも芳醇なままだ。
長老司とカナビアさんはカフィンを口に含むと、驚きの眼で俺を見た。
「ジンイチロー殿、カフィンとはこれまた鮮烈な味わいだ」
「お口にあいましたか?」
「素晴らしいなんてもんじゃない。もっと早く知りたかった」
「おきに召していただいて嬉しいです」
チラッとカナビアさんを見ると、俺と目が合い、作り笑いを浮かべた。
「なはは~・・・」
なるほど、苦いんですね。キッチンへ足を運んでミレネーさんにミルクと砂糖をもらうと、カナビアさんに差し出した。「?」な感じで見つめるので、砂糖とミルク適量をカップに注いでスプーンで混ぜてあげた。それを口に含んだカナビアさんはパアァッと顔を明るくさせた。
「ところで、今日は何かあったんですか?」
俺の問いかけにきょとんとした長老司は、咳払いをしてカップを置いた。
「決してお茶を飲みに来ただけではない。先日貴殿から希望のあった魔法指導してくださる方を紹介しようと来たんだ」
「あぁ!早速のご手配ありがとうございます」
「でだな、早い方がいいと思って、早速これから行かんか?」
「学院に顔を出すのは午後だから・・・はい、よろしくお願いします」
ということで早速その人のところへ行くことになった。
カナビアさんはただ単に暇だから来たそうなので、勝手ながらミレネーさんに後は任せることにした。
転移魔法陣を辿って着いたところは平原にぽつりと建っている平家の前。
「今後ここに来るときはこの手形をかざすといい」
長老司から木製の手形を受け取る。手形には何やら刻印が施されていた。
長老司がドアをノックすると、ドアが開かれると同時に据え付けられていたベルが乾いた音で鳴った。
「おぉ、来たか。入りなさい」
白髪で、眉毛もひげも長い老人だった。やや背中が曲がっているものの、それでもしっかりと歩いていた。俺と長老司は招かれるまま家の中に入った。
「座りなさい」
家の中はやや狭い。調度品は古い木製のもので年季が入っている。テーブルの板はかなり厚く、これもまた年季の入った色合いだ。
不思議なことに、座ると同時に熱いお茶が出された。まるで来ることが分かっていたかのようだ。
「お前さんがジンイチローかね」
「は、はい。よろしくお願いします」
「ふむ。わしはモルスク・ヴァンドーネ・ルイネだ。気軽にモル爺さんと呼んでくれ。ほほほ」
「モルじいさん・・・ですね。よろしくお願いします」
自己紹介が済むと、長老司がお茶をすすり俺を見た。
「ジンイチロー殿、この方は先代の長老司だ」
「えっ!?」
「ほほほ、大分昔のことだな」
「とはいってもつい100年前のことです」
「そうか・・・そんなものか・・・」
はて?とひげを触りながらきょとんとするモル爺さん。エルフはやはり寿命が長いんだな。
「ヴァンドーネ卿、お話ししました通りジンイチロー殿に魔法のことについてご教唆をお願いします」
「ふむ・・・それはいいんだがなぁ・・・」
相変わらずとぼけたような顔つきでひげを触るモル爺さんだが、俺を見る目はかなり深い。俺の心の隅々まで調べられているような、そんな奥深さを感じた。
「ほほほ、なるほど。素質はあるようだ。わしが『鑑定』したことを感じ取ったようじゃな」
「なに・・・『鑑定』がわかるのですか・・・。さすがは大賢者、か・・・」
「いや、しかしこの者・・・おぬしはここ最近ミストレルに行ったか?」
「え・・・」
奥深い目つきにさらに鋭さが加わった・・・。
「確かに・・・はい。昨日行きました」
「ふむ・・・使命をもらったか・・・。こりゃ責任重大じゃな」
「ヴァンドーネ卿、ぜひよろしくお願いします」
「任せろ。ミストレルが絡んでいるなら尚更だわい。気軽に返事をしたはいいが・・・いや、これも運命かの・・・」
モル爺さんの目が穏やかになった。緊張の糸がほぐれる気がした。
「おぬしは魔法の何を学びたいんだ?」
「・・・一通り・・・といえば怒りますか?」
「ほほほっ!これはたまげた。ジンイチローよ、すでにおぬしは魔法に通じているのだぞ?しかも滅多におらん創造魔法持ちだ。しかもレベルなど最高潮で、なんだってお茶の子さいさい、思ったことを魔力に乗せればだけのことだ。ほほほ」
「すべて?レベル?」
「おそらくそなたは・・・この世界を破壊できる魔法をもつ唯一の魔法士だわい。ほほほ、危険危険!自分ではわからんもんかのう!」
モル爺さんは朗らかに笑うも、話す内容がどうにも恐ろしい・・・。
「じゃがまぁ・・・そうだのう・・・魔法の『管制』についてひとつやってみるかのう・・・」
管制・・・コントロールする意味だろうか。
「うむ、まずはそうしようか。では外に参ろう」
俺とモル爺さんは外に出て魔法の練習をすることになった。そして長老司とはここで別れを告げた。
「では、まずは小さな炎を指先から出しなさい」
「はい」
言われたとおり、人差し指を立ててその第一関節ぐらいの炎を出す。
「うーん・・・揺らめきが大きすぎる。魔力の『針』を立てるイメージを持て」
「はい・・・」
人差し指から真っ直ぐ針が付き出るイメージを描いた。
先ほどより揺らめきが少なく、一定の大きさに保つことができた。
「うむ。これを3分続けなさい」
というわけで3分経過。
「まぁいいだろう。次にその大きさで高温域の炎を出しなさい」
「高温・・・」
いってみれば『ガスの炎』か。そんなイメージで出し、針のイメージもあわせて持った。
「ほぅ・・・よくぞ『青い炎』を出せたものだ。次により高温にしなさい」
さらに高温・・・太陽のイメージを持つ。すると炎が青白く、明るい緑に縁どられた色に輝いた。
「ほほぅ・・・。いいだろう。さて、次に・・・魔力をさらに放出して、天高くその色の炎の柱を出してみなさい。揺らがないように、そしてそれを10分続けなさい」
「・・・」
魔力の放出を上げ、高みに炎をかかげた。
「揺らぎが大きすぎるしまだまだ低い。もっと高く・・・そうそう・・・もっとだ。もっと。もっと。そうそう、それくらい。おいおい、揺らぎがひどすぎる。安定させなさい・・・もっと・・・魔力放出を一定に・・・そうそう・・・それでいい。ではここから10分だ」
・・・というわけで10分経過。
俺の額は脂汗がにじみ、激しい運動をした後のようにぐったりと疲れてしまった。
「ほほほ、準備運動はこんなもんじゃ」
「げっ、これで準備運動!?」
「仕方なかろう。そなたの魔法のイメージはまだまだ荒削り。より鮮明にイメージを持たせるにはこれくらいしないと形にならん。しかしそれを具体化できるほどの魔力量をもっておるから一日くらい枯渇してもよかろうに。ほほほ」
「うぇ・・・」
「さぁ、次じゃ!」
というわけでなにやらかんやら続けてあっという間にお昼が過ぎた・・・。
「うむ。ということで今日のところは終了じゃ」
「あ・・・ありがとう・・・ございます・・・」
草むらに大の字に寝転んでゼェハァと荒く息を立てた。
「あぁ・・・このあと学院にも行かなくちゃ・・・」
「忙しいのは若人の特権じゃ。精進せぇよ」
「はい・・・」
ゆっくりと起き上がると、モル爺さんは何かを思いついたような顔で俺を見た。
「そういえばそなたはいつまでこの地におるのだ?」
「まぁ・・・色々したあとでの出立になりますので・・・あと数日は確実に。学院のこともありますし」
「この地を出立すればフィロデニアに帰るのか?」
「いえ。魔王国に行くことになってます。そこで魔王と話をしようと思って・・・」
「なるほど、献上品は何を持っていくんじゃ?」
「・・・」
やべ・・・全く考えていなかった。そんな俺の考えを読み取ったのか、クスクスとモル爺さんは笑った。
「一国の王に会いに行くというのに何も持たずに行こうというのか!ほほほ!」
「あ~・・・よく考えてみればそうですよね・・・しまったなぁ・・・」
「・・・そなたなら出来そうじゃな」
「・・・?」
「わしにひとつ考えがある。明日またここに来なさい。魔王だけじゃなく、誰もが欲しがるものを作り出そうじゃないか」
「作る・・・?」
「さよう。何を作るのかは明日の楽しみにしておこうぞ。ほほほ」
モル爺さんと別れた俺は学院に行きアニーとモアさんと合流。
元の世界で言えば高校1年生にあたる学年の精霊魔法授業を見学した。
皆基本は出来ているようで、『ファイアバレット!』とか『アイスニードル!』と叫んで的に精霊魔法を当てていた。見ているだけで俺も勉強になる。
ここで教師が俺とアニーを呼び、お手本を見せてほしいとお願いされた。
アニーが無言で真空刃を的に放つと木の的がいくつにも裁断され、「おおお~」と生徒からどよめきが起きた。『あれがエアロカッターの真髄か~』とため息交じりに聞こえてきた。恥ずかしそうに俺の横に戻るアニーが、「真髄なんてものじゃないのに・・・」と頬を赤らめていた。
すると教師が俺を無言で見るものだから、あんたもやれと無言の圧力。
仕方なく生徒たちの前に出る。
精霊魔法の管制は魔法と同じだろうか。モル爺さんから教えてもらったことを思い出し、『アイスニードル』を的に叩き込んだ。それも極々細い針をイメージし、鋭く細く、そして全て的に垂直に放つように『管制』した。
・・・見事全弾的中。的が氷の針のむしろのようになった。いや、剣山のできあがり。
生徒たちから盛大な拍手が沸き起こった。
アニーも目を丸くさせていた。
家に帰るとやや興奮気味にアニーが今日の出来事についてオルドさんに報告した。
俺がモル爺さんとの練習について話すと、オルドさんもやや驚いた顔をしたものの、納得顔でうなずいていた。レナさんも「見たかった!!」とせがむので、いつかお披露目をすることになった。
オルドさんから、学院訪問の後に警備の手伝いをしてもらえないかと依頼されたので快諾。少しでも役に立てればいいのだけど。手伝う時間自体はすごく短いが、仲間に紹介もしたいようだ。
そして翌日――――
俺は再びモル爺さんのもとを訪ねた。
するとモル爺さんからある魔法を教えてもらうことになった。
空間魔法―――――練習してもまったく身にならなかった魔法・・・。
どうやったらいいのかと問うも、ばぁばから教えてもらった理論が最もわかりやすくかつ正統派だと言われ、よい師匠を持ったものだとばぁばが褒められることに。
とはいえ空間魔法の理論は本来は門外不出。気軽に話してはならないとくぎを刺された。もちろんそれは承知しているが、結構真面目な顔で話されたのでペラペラ誰にでも話していると思われたかもしれない。
モル爺さん自身は空間魔法を使えはするが発動する必要がないので何百年も使っていないという。
そんなモル爺さんから教えてもらった、理論を知っている者だけが使えてかつ俺のようなへんちくりんが簡単に発動できる方法というのが、まさに『アレ』だった。
「どこでもド・・・・」
いや、口にできない。それを言ったらおしまいな気がする。
でもモル爺さんはそれでいいと言った。創造魔法を扱えるのならばそれでいけるという。
そんなバカな話があるわけが――――と思いながらも試しにやってみた。
目の前に現れた白く輝く入り口は、空間魔法発動の成功を意味していた。
呆然とする俺にモル爺さんはケタケタと笑った。
あんなに練習してもできなかったのに、どうして『それでいい』と言われた方法で成功してしまうのか・・・。あんなに悩んでいたのがばからしく思えた。
「あんなに必死に練習したのに・・・。こんなのありかよ・・・」
「まぁまぁ。結果的にできたからよしとしようじゃないか」
にこにこするモル爺さんを見て、仕方なく俺もそう思うことにした。モル爺さんは空間魔法のことについてそれ以上のことを言わなかったので、出来た空間がどんなものかはまたあとでじっくり見てみることにした。
しかしそんな空間魔法のことよりもモル爺さんの今日の目的は別のことにあったようで、さっさとそっちの話題に移ってしまった。
それは昨日話していた、魔王への献上品。
何もなしに謁見するのは忍びないと、モル爺さんが昨日『作る』といっていたもの。それは一体何なんだろう・・・。
その『献上品』の名を聞いたときにいまいちピンとこなかったが、これを作る作業を行うとあって、モル爺さんはこれも何百年ぶりかに練習したようだった。
「なので今日はちょっとくたびれておる」
「すみません、ご迷惑をおかけしてしまって・・・」
「よいわい。久々に珍しい客が来てわしも嬉しいんだ。気にするな」
そう言ってモル爺さんが手のひらを広げて俺に見せてくれたもの・・・。
それは『精霊石』というものだった。
透明な緑色で、宝石に近いものだろうか。しかし随分と小さい。直径は5ミリ強ほどだ。でもそれを見た瞬間、なんとなく見たことがあるようにも思えた。
「精霊石って?」
「要は、精霊魔力の結晶だ。精霊魔力を凝縮して練り込むわけだが、この作業に体力と気力を根こそぎもっていかれるんだわい」
長老司が魔法の指導として推薦してくれたほどの人がくたびれるほどの作業・・・。例え高齢で体力がないとしても、昨日のモル爺さんと打って変わって具合が悪そうだ。
「お前さんにはこれをつくってもらう」
「これを?俺に出来るの?」
「やれる。やれると思え」
今日一番の力強いまなざしに身が引き締まった。
「やれると思え・・・か」
「さっきも空間魔法が出来たではないか。あんな方法でできたのはわしとお前さんしかおらん。まぁとにかく、今から方法を教える」
そしてモル爺さんから『精霊石』の作り方を伝授してもらったのだけれど、不思議なことに俺はその作り方を『知っていた』。
ずっと前から知っていたような・・・そういえばさっきも『精霊石』を見たときにそう思えた。
まさか・・・ミストレルが・・・?
いつもありがとうございます。
胃腸炎が長引き体調不良が続きました。気を付けたいものですね。
次回予定はは4/2です。
よろしくお願いします。