第118話 フィロデニアの地では・・・
アルマン王とパトス内務大臣、ノルン局長が王の執務室の隅に置かれたソファに腰掛け、最後の調整を諮っていた。
議題はいくつかあったが、最後に残された議題は悩ましく、皆の顔を一様に険しくさせた。
その議題とは、プラム第一王女とケヴィンの事実上の『離婚』だ。
前例のない展開に王も頭を痛めるばかりだった。
この3人が悩むのは、スナイダー家から送られてきた一つの書簡によるものだった。おとがめも覚悟の上での決断を下したのか、この書簡には『婚儀に際して取り交わされた約束事項の一切の破棄』がうたわれていた。
プラム第一王女を妻としたケヴィンは、王城への『婿入り』を果たし、王位継承権第一位者としての地位を約束されていた。婚儀後にスナイダー家の治めるコロウヌス市へ2人揃って一時帰宅し、二人だけの時間を作れるようにと、王は取り計らってやった。
しかしその後ケヴィンに『病気』が発病。王城へ帰るどころかスナイダー家にて病気療養を余儀なくされることとなった。ケヴィンの病状は思わしくなく、時にはプラム王女に対して攻撃性をもって当たるなど、周囲の人間を冷や冷やさせる場面もあったほどだという。
そんな現状を知っている3人だからこそ、今回の通知に対しては内心『来たるべきものが来た』と思っていた。つまりはそれだけスナイダー伯爵が心を痛めていることも十分承知していたのだ。
事情をあらためて確認しつつも頭を痛め重苦しい空気を漂わせていた会議の途上で、それを破るほどの早馬の知らせが届いた。
「おい、これは本当なのだな」
「はいっ!ですので、プラム様のご帰還についてのご意見を、喫緊の伝言としてスナイダー様にお伝えしたいと存じます!」
一連のやり取りを見たパトスとノルンも立ち上がり、王から手紙を受け取るとそれを一読した。
そして王と同じように目を丸くさせた。
それに書かれていたのは、ケヴィンの死―――――――――。
そして同様に皆に衝撃を伝えたのは、ケヴィンの死の直前にプラム王女がケヴィンの『攻撃』によって腹部を貫かれたという伝文であった。
王位継承権第一位の人間が亡くなってしまった事実やプラム王女に対する心配をあわせ、誰もが言葉を失った。
目を閉じてうなだれる王を見た2人は、何も返す言葉が見つからず、同じく黙ったままその様子を見つめるほかなかった。
「・・・早馬で参ったのだろう。別室を用意するので少し待て。返事をすぐにしたためる」
「はっ!!」
ふり絞って出した声は若干震えがあるものの、王は毅然として使いの兵士に言い渡した。
「座ろうか」
王の促しに黙ってうなずいた2人は、さっきまで座っていたソファに腰かけた。
座ってからの第一声を放ったのはパトス内務大臣だった。
「第一継承者が・・・そんな・・・」
「いや、それよりもプラム様の『容態』だ」
ノルンがパトスを見やって言った。
「亡くなる間際にプラム様に襲いかかり、挙句の果てには腹部を貫いたとあるんだ!ケヴィン様のことも残念だが、ここにはプラム様の容態のことは一切触れていない。『こんなことがありました』では済まない事態ぞ!」
「落ち着け、ノルン。プラムのことは心配ない。伯爵の筆跡からは焦りを感じた。プラムの容態について触れていないということは、命に別状はないということだろう」
王はノルンの肩に手を置き、ソファに座るように促した。
3人はおもむろにソファに座ると、テーブルに置かれた冷めたお茶をに手を伸ばした。
「ではまずはケヴィンのことについて考えようではないか。スナイダー伯爵の次男であるケヴィンを、我らは第一王女プラムの婿として迎えこの国の王位第一継承者となった。だがそのケヴィンは伯爵領でプラムとしばらくの間暮らそうとしていたところ、病気になった。病態が悪くプラムを一時的に王城へ帰すことも検討されているところに、スナイダー伯爵が『離婚』を上申した。この上申を我らが検討している最中、ケヴィンは亡くなった。・・・順序はこれでよいな?」
2人はうなずいた。
「それでは・・・スナイダー伯爵はケヴィンの死亡を早馬で知らせ、『返事』が欲しいといってきた。これの意味するところはなんだ?」
これにパトスが開口した。
「まず考えられるのがケヴィン様の葬儀をどちらが行うのか、と問うた点にあると思われます。しかし裏返せば、スナイダー伯爵は王城に対して行った上申の返事を待っているという意味になります。スナイダー伯爵側での葬儀に『参列する』と応えれば上申を受けたものとみなされ、第一継承者の葬儀はこちらで行うとすれば上申は認めないこととなります。
「パトス大臣と同意見ですね。しかもこれは早くに返事をしなければ『どちらが死亡を発表するのか』あやふやなまま日が経ち、ケヴィン様の死に疑念が持たれます。また、第一継承者の死をなぜ王城は隠すのかと貴族の重鎮より問われることになります」
「そうだな。結局は話が元に戻るわけか。そうか・・・。」
王は再び天井を見上げると、大きくため息をついた。
「嫌な話だが、これは大いに同情する余地があるとは思わんか」
「「 ・・・ 」」
二人はそれぞれにうなずいた。
「それにな・・・。自分の子どもが親よりも先に死ぬというのは・・・辛いものだ」
王が目を閉じて黙考した。
「我はまだ信じていないが・・・ソフィアが亡くなったと知った時、本当に心から・・・。だからこそイリアが生まれた時は一晩中泣き明かしたのだ。だからなのか・・・スナイダー伯爵の心の内を思うと、せめて息子の見送りは伯爵の手で行わせてやりたいと思うんだがな・・・」
「第二王女様のことであられますな・・・」
パトスがポツリと呟く。王はそれを聞いてうなずいた。
「あぁ。今でも思う。どこかで生きているんじゃないか、とな」
「「 ・・・ 」」
「すまない。話題が逸れたな」
「いえ・・・」
パトスはうつむきながら応えた。
「我の意向としては・・・スナイダー伯爵の上申を受けず第一継承者としての地位を保ったまま、亡骸は王家墓地に埋葬することを前提にする。しかし葬儀についてはスナイダー伯爵の心情を深く慮り、伯爵の手で・・・家族の元で弔ってもらうことを良しとし、なおかつ埋葬についての希望があればこれを最大限受け入れるとする。プラムの事件については伯爵の責任は一切なく、むしろケヴィンの病気が引き起こした事故として扱うものとしこれに係る伯爵の嫌疑を問うこともない・・・。これを返事としたいがどうだ?」
パトスとノルンは腕組みをして唸るも、小さくうなずいた。
「亡骸を王城墓地に・・・。スナイダー伯爵としては・・・まさか王は伯爵の爵位を公爵にするおつもりですか?」
パトスの言葉に王はうなずいた。
「『公爵家』の墓地であればケヴィンの埋葬についても外聞はよいだろう。伯爵がケヴィンをコロウヌスで埋葬したいと考えても、それが周囲から王家から弾かれたと思われては双方に傷がつく。もちろん王家墓地へ入ることも問題はないが、伯爵は自分の元で埋葬したいと思うはずだろうしな」
「確かに・・・。しかし爵位を上げる条件としては・・・」
呟きともとれるほど小さい声で話すノルンに、王は微笑んだ。
「ここでこそ王からの『情け』が物を言うだろう。さて、二人はどう見る?」
パトスとノルンはお互いを見やってうなずき、パトスが応えた。
「これを王から直々に声明すれば、大いに同情を誘うものと思われます。それに伯爵家が王家に対して最大限の配慮をしたとし、ケヴィン様を輩出した『名家』としての地位に感謝し公爵の爵位を授ける・・・とすれば、他貴族からも文句はないでしょう。今後あるとすればプラム様への新たな結婚に関する話でしょうが・・・。しばらくの間はケヴィン様のこともあります故断ることができます」
「うんそれで行こう。ではパトスよ、王の代理としてケヴィンの葬儀に外交部局長のコナーとともに全日程参列しろ。その間の仕事については下々に指示を仰げ」
「はっ」
「それとノルンよ。コロウヌスへ向かう大臣の警備について人員を確保しろ」
「はっ」
「それとイリアには・・・そうだな、参列できればしてもらいたい。もしできないようであればプラムの帰還に同行できるよう日程を調整するよう伝令する。以上だ」
「「 はっ! 」」
そして二人が執務室を出てから一人、王は窓の景色を眺めていた。
二人には言えなかったが、王はケヴィンの考え方には些か王国にはそぐわないと感じていた。
プラムとケヴィンの婚儀の際も、本当にこれで良かったのかと内心何度も反芻していた。
それだけに、ケヴィンの死はそれほど王の心を痛くするものではなかった。あえていえば、子を持つ親として当時と同じ悲しみを思い出してしまった、というところだろうか。
ケヴィンの考え・・・それは謎の『教え』に傾倒したが故の行き過ぎた施政感。
そしてその教えとは、独自に動かしている間諜によって最近明らかになった。そして北に出来たと言われる国『マラムバーム教国』がその教えの発端であることを・・・。
プラム王女でさえこの『教え』については首を傾げ、身を引き締めたと手紙を寄越したほどだ。
(スナイダー伯爵には悪いが・・・心のどこかでホッとした自分もいる。あのような考えをもって政を行ったならば、あっという間にこの国は滅ぶだろう・・・)
遠くに見える黒い雨雲を細い目で見つめる。
(しかしどこであんな考えを拾ったんだ?教国に行ったことなどないだろうに)
ため息をついて、執務机のイスに腰掛けた。
(まずはプラムのことを考えよう。なんだかんだ言ってあの二人は仲が良かったからな・・・)
そして王は、スナイダー伯爵へ送る書簡をしたためるのであった。
・・・
・・
・
久しぶりのエルドランの空気を吸ったベネデッタは、カフィンを楽しむ人々の笑顔を見て胸が躍った。自らが企ての片棒を担ぎ庶民からカフィンを奪っていたあの時とは違う、街の活気ある雰囲気が救いになった。
ベネデッタは街に入るとそんな様子を窺いながら一直線に公爵邸に向かった。
給仕の女性に案内され応接室に通されると、間もなくしてエルドラン公爵が入室した。
「ベネデッタ、久しぶりだな」
「公爵様、お久しぶりです」
ベネデッタが立ち上がって一礼すると、公爵はソファに座るよう促した。
「どうだね、ミニンスクと王都の様子は?」
「はい。大変順調です。ミニンスクではエナリア商会の協力も得られまして、飲食店を営む方々を集めての試飲会を設けるとお話をいただきました」
おお、とエナリアが口を開け目を丸くさせた。
「それは素晴らしい。カフィンを召し上がっていただき将来性があるとみていただけたのだな」
「はい。大変気に入ってくださいました。ちなみに、ミニンスクでは第三王女のイリア様が臨時の領地管理官として着任されていまして、イリア様にも召し上がっていただきました。イリア様もお気に召していただき、王へ献上してくれないかとお話をいただきました」
「なんと・・・!ミニンスクで広めるための第一歩どころか、早速王にまで・・・」
「はい。これもジンイチロー様の人脈のおかげです」
「良き人物に巡り合えたということだ。で、王都での活動はどうだ?」
「はい。王都に到着後は王城へ参り、王へ献上いたしました。お会いは出来なかったものの、上級官を通じてお渡しできました」
公爵は何度もうなずいた。
「うん、それでいい」
「王都ではジンイチロー様の勧めで、中央ギルドでカフィンを振舞いました。何名か手伝っていただけましたので、こちらについても大変好評でした。定期的にギルド内で安価に振る舞えるようギルドマスターと調整しています」
「さすがだ。この短期間のうちによくぞそこまで出来たものだ。君に任せて正解だったよ」
「いえ・・・。私だけではどうにも進まなかったでしょう。ジンイチロー様がいてくださったことでここまでの成功があります。大変広い人脈をお持ちでいらっしゃるので、それに乗っかることでしか・・・」
「それもまた実力だ。・・・さて、そうなるとカフィンをいかにミニンスクや王都に届けるかが課題だな・・・」
「そのことなんですが・・・」
ベネデッタは少しだけバツの悪そうな顔を公爵に見せた。
「どうした?」
「公爵だけには申し上げておきますので、どうか内密に願いたいのです」
「・・・わかった。私からは漏らさないでおく」
「ありがとうございます。その・・・実は、物流については、しばらくの間は私が一人で行いたいのです」
「・・・?それはあえて内密にすることか?今まで・・・幌馬車を使うにしても誰かを雇っていたんじゃ・・・」
「・・・魔物を使った輸送を行います」
「・・・!!」
公爵が一段と目を見開いた。
「魔物・・・」
「はい。デップ・ワイバーンをご存知ですか」
「いや、知らんな・・・」
「そうですか・・・。私はデップ・ワイバーンと従属契約を結んでいるので、この魔物に乗って移動ができるんです。多少の荷物なら持てるのでミニンスクへならひとっとびです」
ゆっくりとうなずくも、公爵はしっかりとベネデッタを見据えた。
「なるほど・・・。だからこんなに早くに活動が展開できたわけだ。今の話は私の胸の中にしまっておく。決して他の者には話してはならない。きっとそのワイバーンを欲しがる輩が現れるからな」
「はい」
「このあとはどうするのだ?」
「一旦ミニンスクまで戻って幌馬車の手配をします。最近幌馬車の有償貸出が始まったそうで、予約をします」
「そうか、ワイバーンを街中に降ろすわけにはいかないからな。街の外で降ろして幌馬車で運び入れるんだな」
「そうです。でもこの方法も長く続けられません」
「うむ・・・。いっそのこと、ワイバーン空輸を公にしてカフィン輸送でもできればな」
「・・・」
ベネデッタの動かない表情に、公爵は苦笑いをした。
「あぁ、まぁ、これはただの思い付きだよ」
「公に・・・発着場所を・・・金貨・・・輸送物の種類を・・・いや、それでは・・・」
口に手を当てて自分の世界に入り込んだベネデッタを見て、公爵はまさか遠い将来に『ベネデッタ・空運送社』を立ち上げることになろうとは、夢にも思わなかったのだった・・・。
・・・
・・
・
そして一方で、王都を遠く離れた森に近い草原では・・・。
「ではこれより我による戦闘訓練を行う・・・ん?サリナよ、なぜ寝転んでおる?」
「うえ・・・ぎもぢわる・・・」
フォーリアの背に乗ったサリナは興味本位で返事をした自分の浅はかな言動に後悔していた。彼女に待っていたのはバレルロールの嵐だった・・・。
両手を腰に当ててふんぞり返るフォーリアは、草原にうつ伏せになって動かないサリナをみると不機嫌そうに鼻息を鳴らした。そしてそこから10mほど離れたところには白色デップ・ワイバーンのアリッサと、名無しの青いデップ・ワイバーンが暇そうにあくびをしていた。この2頭は、フォーリアに無理やり呼ばれたに他ならない。
「ここなら人も来ないと思って連れてきたのだ。さぁ!いざ訓練だ!」
「ちょ・・・ちょっと待って・・・う〝ぇ・・・」
「メルウェルを見てみろ。なんともないではないか」
「あの人は・・・別の生き物なんですよ、きっと・・・」
顔だけを動かしたサリナは、あっけらかんとするメルウェルを見て重くため息をついた。
「仕方ない。サリナはしばらくそこで見ておれ。メルウェルは準備はよいか?」
「えぇ、いけます。龍と・・・いや、伝説と言われるドラゴンとの訓練など垂唾ものです」
「では・・・」
そして龍化したフォーリアはメルウェルを睨んだ。
『いくぞ』
「・・・!」
フォーリアからすれば落葉に息を吹きかけるぐらい簡単なブレスであろうが、メルウェルからみればケタ違いの威力だった。
かろうじて避けたはいいものの、元居た大地がブレスによって遠くかなたの地平まで割れていた。
「これほどまでとは・・・」
思わず溜まった唾を音を立てて飲んでしまう。
『もっといくぞ』
「えぇ!思いっきりどうぞ!」
そんな傍らで、地面に這いつくばって涙を流しながら逃げるのはサリナだった。彼女もまた、あと一歩のところでブレスの餌食になるところだった。
「お父ざん!わだじがんばりばずぅ~!!」
いつもありがとうございます。
1週間開けてしまいましたがなんとか投稿できました。
風邪ひいたり胃腸炎に罹ったり大変でしたが・・・。