第116話 『枷』は外された
「護るといっても・・・はっきり言って俺じゃ力不足だよ。魔法だってからっきしだし、何をどうしていいやら・・・」
突然「護ってほしい」と言われても、はっきり言って自信がないのも事実だ。
『そうはいってもアニエレストリアは護るのだろう?実力が伴わずとも行動はするはずだ』
「そりゃあ、まぁ・・・」
『できることだけでいい。カナビアの種まきを見守るだけでいい』
そこまで種蒔きを推し進める理由はやはり危機があるから、ということなのだろうか。
『その通りだ。遅かれ少なかれ我々はなくなるだろう』
「その根拠は?」
『ない。ただしそのおそれがある。そのときのためにミストレルに代わる『ミストレル』を各地に根付かせるのだ。大地の安定を各地のミストレルが互いに補完し合いながら見守るのだ』
「ふーん・・・ミストレルがなくなっても、またここにミストレルを根付かせればいいんじゃないか?」
『それは不可能だ。ハイエルフあってのミストレルだ。我々がなくなればハイエルフは生まれない。ハイエルフのいないミストレルはただの大樹だ。しかし、それでもないよりマシだ』
彼女は悲しそうな顔で俺を見つめた。
本意でないことをカナビアさんにさせようとしている、そう感じた。
『頼む、ジンイチロー』
「・・・出来る限りのことしかできないけど、それでいいのか?」
『構わない』
「・・・このことはどこまで人に話していいの?」
『ジンイチローが信頼を置く者であれば話しても構わない』
「わかった。出来る限りのことはする。でもカナビアさんの種蒔きを優先できないときもある。それでもいい?」
『我々がジンイチローの行動には干渉することはない。好きにして構わない。なんだったらカナビアを娶っても構わない』
「ちょ・・・それは唐突すぎだよ。そんな気はない」
『時間が迫っている。最後に確認したいことがある』
無視かよぉ・・・。
『ジンイチロー、なぜステータスを開放しない?なぜ鍵をかける?』
「あぁ・・・俺がこの世界に来たときにそうしてもらったんだ。ほんとはひっそり暮らしたかったんだけど、もうここまでくればそんな暮らしは叶いそうにないか・・・ははは・・・」
『状況によっては自身で開放できるようだが、それではいつかは壁にぶつかるだろう』
いや、実際にそうです。空間魔法が全然です、はい。
と思ったら、おもむろにカナビアさんが近づいてきた。
『カナビアを護るためには・・・いや、護りたい者を護るために力を使うことを厭わない、そうは思わないか』
「・・・うん」
『ならば、我々が『枷』を外そう』
そう言うと、カナビアさんが俺の額に指を当てた・・・その刹那、目の前で強烈なストロボを焚かれたような閃光が走った。
「っ!!」
『終わった。これで魔法は問題ない。あとは発動練習でコントロールしろ。本気になればフィロデニア王都など軽く消し飛ぶ魔法を放てるぞ。あ、すまない。干渉しないという約束を今破った』
「あ・・・え・・・え?」
『それだけの力をもっていたのだ。なるほど、マーリンは考えたな。ある程度コントロールができるようになったところで我々に会うと踏んでいたか。食えん奴だな』
「あの・・・消し飛ぶって・・・」
『感情に任せて魔力を開放すればそんな魔法が出来上がってしまうということだ。特にジンイチローは創造魔法のスキルがあるからな。好き勝手に魔法を作ることもできるから・・・あ、そうだ』
「まだ何か?」
『実感はないだろうが、ハイエルフに与える知識と同等のものを詰め込んだ。大体何かあっても対処できるとは思う。さらに危機察知と付与魔法の『きほんのき』も入れておいた。実力が伴わないというのは本当だったんだな』
「・・・今それ言うかよ」
とはいっても危機察知はありがたいかも。不意討ちでヤラれるとかかっこわるいしね。
『ジンイチロー、それと最後の頼みだ』
「ん?まだ何か?」
『精霊王と会ったら・・・逃げろと言ってほしい』
まるで俺が精霊王と会うことが前提みたいな話だが・・・。
『ジンイチローはすでに精霊王に会っている。精霊王はジンイチローを待っているようだが、ジンイチローを探したために・・・・・うぅっ・・・』
何かを言いかけて突然俺に向かって倒れ込んできた彼女は、苦しそうに胸を押さえた。
「大丈夫!?」
『カナビアの体が限界だ。我々が抜けたら回復魔法をかけてやれ』
「わかった」
『ジンイチローと話すのは最初で最後になるだろう。カナビアを・・・頼ん・・・』
意識を失ったカナビアさんの重みが増した。
ミストレルの幹に背中を預けながら座り、カナビアさんの頭を膝に乗せた。
お願いされたとおりフル・ケアを施すと、間もなくしてカナビアさんは意識を取り戻した。
「具合はどうですか?」
「・・・大丈夫そう・・・です」
額に手を当てて俺とミストレルの木漏れ日を眩しそうに見つめた。
「全部覚えてる・・・あなたの言葉も、ミストレルの気持ちも。・・・私は・・・ミストレルを誤解していた・・・」
不意に流れる涙に内心驚きながらも、努めて平静を保とうとした。
「ほんとのこと言うと、私はミストレルを好きじゃなかった。突然ハイエルフにされて何もかも奪われて・・・ほんとは好きじゃなかった・・・のにぃ・・・」
両手で顔を覆って嗚咽するカナビアさんの頭をそっと撫でた。
「優しかったんですね」
カナビアさんは静かに頷いた。
「ミストレルは・・・ハイエルフそのもので・・・昔の人がいっぱい・・・でも・・・みんな優しくて・・・」
「ミストレルと同化するんじゃなくて、種を蒔けと言われたしね」
カナビアさんは何度も頷いた。
「同化しないとミストレルが・・・でもそれよりも世界を・・・違う、私のことを心配してくれて・・・」
「カナビアさんを護るようにお願いされたよ」
「えぇ、でも・・・どうしたら・・・種を蒔けと言われても・・・」
落ち着いたのか、涙を拭いてから大きく息をついた。
それでも起き上がることなくミストレルを見上げている。
「もしかしたら種なんてないのかも。ミストレルにはその種の知識はまったくないのよ」
「じゃあ、探せばいいさ」
「・・・探す?」
「ミストレルは云々言っていたけど、要は自分を気にせず俺と行動を共にしろってことでしょ?外の世界で見つけろってことじゃないかな」
カナビアさんはクスリと笑った。
「難しい宿題ね・・・。あれをああしろこうしろと言われた方がよっぽど楽だわ」
「それは俺の台詞だよ。護れだなんてさ」
「ふふふ。よろしくねジンイチローさん」
「はぁ・・・アニーになんて言おう・・・」
・・・
・・
・
カナビアさんと尖角塔に戻ると、給仕の女性から長老司の伝言をもらった。魔法のことで指導をしてくれる方と話をつけてくれたようで、明日の午前に尖角塔に来るようにとのこと。了承の返事を給仕の方に預け、「行かないでぇ!」と騒ぐカナビアさんに軽く手を振って別れた。
そして学院を訪ねた俺はアニー達と合流。校舎内には食堂もあるようで、アニーとモアさんと一緒に昼食を摂った。その途中にレナさんが乱入してさらにその友達も混じり、そこからどさくさに紛れて色々な人が集ってきた。
男子生徒はやはりアニー目当てのようで、一手に注目を集めていた。しかし女子生徒はアニーの着ている服に注目。アニーはフィロデニア王都にあるミモザさんのお店を紹介していた。
モアさんも何気に人気で、クールな態度が一部の男子生徒にウケていた。
そんなこんなで3人で食事を摂っていたはずが、いつの間にかそれぞれテーブルを分けての座談会となってしまった。
ちなみに俺のテーブルにはレナさんはじめ、その友人、さらにその友人(女性ばかり)が集った。
「ジンイチローさんはおいくつなんですか?」
レナさんの友人の質問だ。えーと、42歳と答えるとめんどくさいよな。確かマーリンさんと出会ったときに見たステータスには・・・。
「18歳だよ」
「「「「「エエエエエっ!!」」」」」
「な、なにか?」
「18歳なんて赤ちゃんですよ!」
そんな友人達の驚きを他所に、レナさんだけはいたって冷静に返した。
「人族とエルフ族は寿命が違うんだから当然よ。感覚的には私たちとちょうど同じくらいだよ」
そっかぁ、と納得して頷くみなさん。
「あ、お兄ちゃん!私の友達紹介するねっ!えっとこの子が――――」
レナさんがそういって俺を紹介しようとするも、おともだちの皆さんはポカンと口を開けていた。
「レナ――――あんたいつの間にそんな親しき仲に・・・」
「そうよレナ。私たちを出し抜いてジンイチローさんと・・・」
「だって、お姉ちゃんの恋人なんだから私のお兄ちゃんだよ」
「「「「「エエエエエっ!!」」」」」
「まさかあのアニーさんと!?」
「やけに見つめ合う時間が長いと思ったら・・・」
お友達はそれぞれの反応を示してくれ、さらにレナさんは鼻高々になった。
「でもお兄ちゃん、フィロデニア王国の王女様とも仲がいいんだって。なんか結婚の話が出てるらしいよ。お姉ちゃんがため息つきながら話してたもん」
シラーっとした視線がすごく痛い。ほんと痛い。
「ジンイチローさん、スケコマシ・・・」
「手当たり次第ってやつかな」
「王女も綺麗なんでしょ?美女食いだね・・・」
あちこちでヒソヒソと声が聞こえる。居心地がとっても悪いので退散しようと思いアニーとモアさんを見るも、生徒たちに囲まれて俺に向いている暇がなさそうだ。ちなみにあちらは男子がほとんどだ。
「あとねー、孤児院の女の人にぼぶぼぼぶぶぶびびぶばぼ」
あぶねー・・・大事なところで手を口に当てて間に合った。これだけ聞いたら俺ってすごいサイテーな奴・・・いや、そうじゃなくてもサイテーですね俺。
それにしてもアニーは俺の黒歴史の一切をレナさんに話していたのか・・・。
手を離したらレナさんはふぅっとため息をついた。
「あとね、お姉ちゃんってね、お兄ちゃんのことになると話が止まらなくってさ」
「えー?なになに?どんなこと聞いたの?」
この女子会のノリに俺はもうついていけない。
「お姉ちゃんがピンチのときには必ず来てくれたんだって。ゴブリンの巣に連れていかれた時も、スケコマシ伯爵に襲われそうになった時も、風のように現れて倒してくれたんだって」
「「「「「いいなー」」」」」
「でも経験がないから女性の扱いに慣れていないらしいんだけど、恥ずかしそうにしてるのがこれまたかわびびぶぶばばばべべ」
レナさんの口は再び手で覆われた。しかし俺の手ではなく、アニーの手だ。
「レナぁ?内緒にしてねって言った話をどうしてここでするのかしらねぇ?」
アニーお得意のスキル『笑顔の向こうに見える狂気』が発動しているようだ。
「ぶぶ!ぶぶぶばぶべべぶぶばべぶぶぼ!」
俺のいるテーブルを囲むみんながレナさんとアニーの掛け合いをみて噴き出した。
そんな間合いをみて、レナさんのお友達が俺に声を掛けた。
「ジンイチローさん、私はマルナリオースといいます。マルナと呼んでください」
「私はメースキャラニー、メースでお願いします」
「私はクレアンドカルニ、クレアで構いません」
マルナはおっとり系、メースは目元がシャープなしっかり系、クレアは男装が似合いそうなイケメン系女子だ。
ようやくアニーの口塞ぎを免れたレナさんが、急に俺に顔を近づけた。
「私のことはレナと呼び捨てにして。お兄ちゃんが『さん』付けして呼ぶのおかしい!」
「わかったよ、レナ」
上機嫌に笑うレナをみて、アニーが「まったくぅ」と言いながら元いたテーブルに帰っていった。
そんなアニーを目で追っていたときだった。
囲む生徒たちの隙間から、食堂の奥にポツンと座る男子が見えた。
ファンニエールだ。
「あれは・・・」
「お兄ちゃんどうしたの?」
レナが俺の見ている方へ視線を移すと、小さくうなずきながら再び俺に視線を戻した。
「ファンね。実はね、私達と同級生なんだよ」
「そうなんだ・・・」
「私ね、毎日ファンに挨拶したり声かけたりしてるんだけど、ことごとく無視ちゃってさ」
そんなレナの言葉に、メースがやれやれと肩を落としてみせた。
「よくもまぁ声をかけられるものね。無視されれば普通はやめるのに」
レナは鼻でふん、と息をついて口を真一文字にした。
「だって小さいころから一緒に遊んでたのに、あんなことがあってから急によそよそしくなっちゃってさぁ・・・。それでも毎日声かけてんの」
「ふ~ん・・・」
メースはそういうと、マルナを見た。
「とはいっても、この子はもっと物好きだけどね」
ニヤリとするメースにハッとしたマルナは、ワタワタと両手を振った。
「ちょっ!何言ってんの!?」
「何って・・・ねぇ?」
メースのニヤリ顔に、クレアが静かな顔でうなずき口を開いた。
「レナのことを毎日羨ましそうに見ているね」
するとレナも追い打ちをかけるようにニヤリ顔をした。
「どうしてそんな赤い顔するかなぁ」
「っ・・・」
マルナはさっきから驚いたような、恥ずかしそうな、泣きそうな顔と、怪傑十面相も真っ青になるほどの顔芸ぶりだ。
「冗談冗談。ごめんねマルナ。からかいがいのある子はついつい突っつきたくなるのよ」
メースはヒラヒラと手を振ってマルナに微笑んだ。
・・・と、ファンニエールが席を立って食堂を出ようと、出口へ歩いて行った。
「さてと、恒例の声掛けをしてきますか」
レナが立ち上がると、お友達も立ち上がった。マルナだけ「えっ?」と驚いたように皆を見上げた。
「何してるのマルナ。あなたも行くの」
「私も・・・?」
メースの言葉にきょとんとするも、マルナは小さくうなずいて立ち上がった。
「お兄ちゃん、ごめんね。私たちちょっと行ってきま~す」
颯爽と駆ける彼女たちをテーブルを囲んでいた皆が見送ると、我先にと彼女たちがいたところへ座り、再びの質問合戦となった・・・。
いつもありがとうございます。
次回予定は3/18です。一旦場面が移ります。
よろしくお願いします。
※ジンイチローの年齢設定を変更しました。