第115話 世界樹ミストレル
その翌日―――
レナさんはすでに学院に行っていたのでここにはいない。アニーとモアさんはレナさんと一緒に学院へ向かった。
そんな折、家に迎えの人がやってきた。
と思ったら・・・。
「どうしてカナビアさんが迎えに来るんですか?」
「いいじゃない!暇なんだもん!」
暇っていうなよ。ハイエルフなんだから色々仕事があるだろうに。
それでもオルドさんとミレネーさんは跪いて目を閉じている。
「じゃあ行きましょ!ジンイチローさん!」
「え、ええ・・・」
「じゃあジンイチローさんは私が預かるから」
「「 はい!お好きにどうぞ! 」」
何言ってんのこの人たち!?
カナビアさんは嬉しそうに俺の腕を自分の胸に引き寄せた。
「それじゃあいってきまーす!」
カナビアさんがハイエルフだということを街の人は知らないようだ。腕を組んで歩いていても先ほどのオルドさん達のように跪く人は誰もいない。それだけ『ハイエルフ』という存在が一般の人達からすれば『滅多に会えない誰なのか分からない人』ということなのだろう。
そしてなんやかんやで辿り着いたのは昨日も来た尖角塔だった。
「まずはここから入って―――ちょっと、何で逃げようとするのかしら?」
「逃げるっていうか・・・どうして腕組むんですか?」
「滅多に外に出られないからたまにはいいの」
「しかも昨日と口調が変わってるし・・・」
「あぁ、あれはそれっぽく話した方がそれっぽいでしょ?これが私の本当」
「そうですか・・・」
「さ、とにかく中に入るわよ」
魔法陣に乗って辿り着いたところはどこかの家の居間のような場所だった。尖角塔にこんな部屋があるのか・・・。
「ここは私の部屋。ゆっくりしてね」
「ええっ!?カナビアさんの!?なんでこんなとこ連れてきたんですか!?」
カナビアさんはぶすっとした顔で俺を睨んだ。
「『こんなとこ』・・・?」
「あ、いや、今のは言葉のあやですって。ははは・・・」
「大丈夫よ。取って食いはしませんから。久しぶりのお客さんなんだから・・・」
くるりと身を翻す前にほんの少しだけ寂しそうな顔が見えた・・・。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
淹れてもらったハーブティーに早速口をつける。
すると、カナビアさんから大きなため息が漏れた。
「どうしたんですか」
「・・・はぁ。ほんとどうして私なんだろ・・・」
「・・・まさか『ハイエルフ』のことですか?」
「そうよ。ほんとに急なことだったの。寝ている時に突然色々な声が聞こえると思った途端に、長い髪の毛の女の人が出てきてね、『これからはハイエルフとして生きなさい』って言われて・・・」
「青っぽい・・・」
どうしたのか、何か引っかかるものが・・・。
「そして朝目覚めたらクラウゼン長老司が家を訪ねてきてね、『お迎えに上がりました』っていうのよ?もう何が何だかわからなくて・・・」
「そんなことが・・・」
「それにね・・・はぁ・・・もう・・・」
言葉が途切れたと思ったら、カナビアさんは顔を押さえて震えていた。
「わたしのこと・・・みんな・・・覚えてないって言うの・・・お父さんもお母さんも・・・ぐす・・・」
「記憶が・・・消されたっていうんですか」
「・・・」
黙ったままうなずくカナビアさん。今まで楽しく過ごしてきた日々がたった一日で崩壊してしまう・・・これほど悲しいことはない。ましてや大好きだった人達からそんなことを言われればなおさらだ。
「辛かったでしょう・・・」
「・・・うん。だからがんばるしかなかった・・・。私の大好きな人たちのためにそうするしかなかったの。ハイエルフになった私はその日のうちにミストレルに行くように言われた。たった一人でミストレルに行くのはとても怖かったのよ?小さい時から遠くに見えて、でもだれも近づけなくて、でもとっても優しい気配をいつも感じていた・・・だから急にそこに行けと言われてびっくりしてね。おっかなびっくりにミストレルの麓に立って触れてみたわ。そうしたらそこで正式に『ハイエルフ』になった。触れた途端にミストレルからたくさんのことを教えてもらった。頭が割れそうになった。知識、歴史、経験、幸せ、不幸、争い、恐怖・・・・どれも感じたことのない体験だった。そしてミストレルから戻ってきた私を見たクラウゼン長老司は『ミストレルが選んだ理由が分かった』と言って跪いたの。行く前の私と後では全然人が変わったみたいね。自分じゃわかんないけど」
「そうですか・・・」
「だから・・・私のことを覚えてくれる人が増えるっていうのがすごくうれしいの」
「街の人はあなたのことを見ても何にも知らない風に見えました。そういう事情があったんですね」
「こんなに知らない人に会ったのはハイエルフになって初めてかも。オルドとミレネーにも覚えてもらえたし・・・。もちろんジンイチローさんとアニー、モアにもね」
自分のことを知ってもらえる喜び、か・・・。
彼女からすれば何にも替えられないものなんだろう。もし俺が同じ立場だったらこんな風に笑顔を作れるだろうか・・・。
お茶を飲み終えた俺達は目的地のミストレルへ向かうことに。
「行きましょう」と言われて連れて行かれたのは・・・。
「寝室・・・?」
「うふふ」
「冗談ですよね?」
「え?本気だよ?」
「・・・帰ってもいいですか?」
「ちょっと!変な意味で言ったんじゃないんだから!」
「だってなんで寝室なんですかぁ・・・」
「仕方ないじゃない。ほんとにここからでしかミストレルに行けないんだから」
「え~・・・」
ほそ~い目でカナビアさんを睨む。ぶすっとした顔で腰に手を当てるも、彼女はすぐに部屋の隅に向かって腕を伸ばした。
その時だった。
青白く床に浮かんだのは転移魔法陣。しかし、その魔法陣からはまっすぐに青い光が立ち昇り、光の柱になって天井にも魔法陣の影を浮かび上がらせた。
「おおお・・・」
「それっぽいでしょ?ほんとにここからでしか行けないの。ささ、行くわよ」
「ととと・・・」
強引に腕を引っ張られ、バランスを崩しながらそのまま魔法陣の中へ入った。
そして気付いたら外に出ていた。
深い森が周囲を覆ってはいるが、目の前に聳える巨木の周りを空けていた。
おそろしいほど巨大な樹木・・・。これがミストレルか・・・。
「ミストレル、大賢者ジンイチローをいざないました」
両手を広げてミストレルに語りかけるカナビアさんに、優しくそよ風がなびいた。
そしてそのそよ風は瞬く間に強風となり、大樹の葉の擦れる音がざわざわと騒がしくなった。
「ジンイチローさん、ミストレルに触ってください」
「いいんですか?」
「そうしろ、とミストレルがいいました」
「はぁ・・・」
正直言うと本当は見てるだけでよかったのだが、妙な展開に戸惑いを感じる。
でもまぁ・・・エルフの国に来た記念とでも思っておこうか。
俺はおもむろにミストレルに近づき、おそるおそる手を伸ばした。
木の幹に触れた瞬間、人肌のようなぬくもりが伝わってきた。
「生きてる・・・」
「・・・ジンイチローさん、ミストレルがあなたと話したいそうです」
「俺と?どうやって木と話すの?」
「・・・『こういうことだ』」
「っ!!」
木に取り付けた手を離し、カナビアさんに向かって思わず刀を抜こうとしてしまった。
目の前にいるのはカナビアさんだけどカナビアさんじゃない。
「誰だ?」
『私はミストレル。カナビアの体を使ってジンイチローと話す』
高低様々な女性の声が幾重にも重なったような声で、カナビアさんの口から聞こえてくる。
『大賢者ジンイチローよ、話すことがいくつかある』
俺の質問には答えてくれないのか・・・。
『一つは我々ミストレルのことだ。我々は太古よりこの地に根差し、ハイエルフを守り人にして地の安定を担ってきた。今、この安定が失われようとしている』
「失われる?ミストレルは枯れるのか?」
『違う。ジンイチローもすでにこの危機に関わっている。いや、そもそもその危機を呼び起こそうとする張本人にジンイチローは召喚されたのだ。そして我々はジンイチローのためにあるいくつかの行動を起こした』
「どういうこと・・・?」
『この世界と異世界の境界として魔法陣が展開されようとしたその刹那、魔法陣がジンイチローの目の前に現れるよう操作した』
「ちょっと待ってよ。それって俺が―――」
『そしてその操作をするのと同時に、召喚した者の記憶を少しだけ操作した』
俺が質問しようとしても言葉が重なり聞いてもらえない。
あえてそうしているのか?
『聞いたことがあるはずだ。ボロネーという名を』
ボロネー・・・確かシュテフィと対面したという・・・。
『本来ならばジンイチローはあの男のもとに落とされ、今頃は異世界でいう『モルモット』になっていたはずだ』
モルモット・・・『実験動物』にされたということか?
いや、それにしても『異世界で言うモルモット』なんて言葉が出るあたり・・・。
『ボロネーの記憶を少しだけ操作した我々は、召喚魔法本を作り上げた人間をマーリンと推測し接触した。案の定マーリンが作り上げたものであったため、ジンイチローを匿い、その後にフィロデニアの地に下ろさせるよう伝えた』
マーリンさんはそんなこと一言も言っていなかった。とはいえ話をされたところで理解には及ばなかったろうけれど・・・。
『対価を求められたため、『ミストレルの枝』100本を渡した』
あ、ちゃっかりしてるなマーリンさん・・・。
『下ろす前には多少でも強くしてからにしろと伝えたのだが、まさか大賢者にするとは思わなかった。かえって都合が良いが』
「でも・・・どうして俺が・・・」
『・・・多くは語れない。しかし、異世界にいたジンイチローを我々はよく知っている、とだけ伝えておく』
おいおい、ということはミストレルはあっちの世界にも何かしらの形で通じてることに・・・。
ということはあっちの世界に戻れる方法が―――
『話を戻す。この世界に不穏な空気が漂ったことを察知した我々は、危機を呼ぶ者を探しだし密かに行動を監視した。そして北の地にその者が関心を示したことで我々は確信した』
それならミストレルがそいつを何とかすればよかったのではないだろうか。不意討ちでもなんでもできそうなのに。
「何か凄そうな力があるなら討てたんじゃないですか?」
『それはできなかった。危機を呼ぶ者はかなり警戒していた』
「・・・それだったら・・・例えば『勇者』みたいな人がいるんじゃない?ズバッとやってくれそうだけど」
『確かにいた。だがロードは早く生まれすぎた』
「ロード・・・ロード・ハンスか。確かにもういないよな・・・」
こうして聞くと、ある疑問が浮かぶ。
アニーとの出会いも画策されたものだったのだろうか。
すべての人の出逢いがミストレルによるものだったのだろうか。
ミストレルが何でも手引きしていたように思えて仕方がない。
『ジンイチローの考えていることは何となくわかる。だがそれは違う。フィロデニアの地に降りたその先は全てジンイチローの実力と運によるものだ。この世界に降り立って以降、我々は干渉していない』
「そっか・・・それならいいんだ」
『・・・・・さて、次に伝えるべきことを話す。依頼したいことがある』
「なんですか?」
『カナビアを護ってほしい。未来のミストレルとなるカナビアを護ってほしい』
表情を変えなかったカナビアさんの顔が引き締まったように見えた。そして、わが耳を疑った。
「カナビアさんがミストレルになるの!?」
『何事もなければ将来カナビアは我々と同化する』
そうか、ハイエルフとはミストレルの守り人でありミストレルそのものということか。
「じゃあ、ミストレルに何かがあれば・・・」
『察しの通りだ。同化は叶わない。我々に何かがある時はすなわち、地の安定がなくなり精霊が消滅するということだ』
「精霊も消滅・・・じゃあ、同化するミストレルがなければカナビアさんはどうなる?」
『そう、だからこそ我々はもしもに備えるためカナビアに伝えた。種を蒔け、と』
カナビアさんも議会で話していたあのことか。
「まさかカナビアさんは危機が迫っていることを知らないのか?」
『全て知っている。自らの負うべき役割も、何もかも全て』
それにしても『種を蒔け』か・・・
カナビアさんの中にいるミストレルはずっと表情を変えないのだが、それがかえって焦りを抱いているのではと疑いたくなってしまった。
いつもありがとうございます。
次回予定は3/14です。
よろしくお願いします。