第114話 太古の魔道具
「ジンイチロー殿、すまなかった」
「いえいえ、彼はちゃんと魔法陣に向かって発動したじゃありませんか」
「え?」
「だよね?アニー?」
「あ・・・え、えぇ、そうね。ファンは確かにそうしたわ」
俺は澄ました顔で出されたお茶をすすった。
講堂でのお話しはあれからもうしばらくの間行われ、終わった今は学院長室で休憩中である。
生徒たちもあれからしばらくして落ち着きを取り戻し、学院長と俺達の話を静かに聞いてくれた。
斯くいう彼は、席に一旦戻ったもののすぐに講堂を出て行ってしまった。
アニーはそんな彼を寂しい目で追っていた。
アニーの妹、レナさんも彼を呼んだが止めることはできなかった。
「ですので学院長、事を荒立てないでもらえますか」
「しかしだな・・・」
「・・・ここだけの話ですが、先ほど出頭した長老議会の中で、フィロデニア王国との国交を復活するという決議がなされました」
「なにっ!?それは本当かっ!?」
「はい。しかも私とアニーが親善大使になってフィロデニア王に親書を渡すことになりました」
「・・・あぁ、なるほど・・・」
学院長は額に手を当てて遠い目をした。
「ジンイチロー殿に危害を加えるということは、わがエルフイストリアの意向に反する行為と受け止められてしまう・・・いやそれだけじゃない。フィロデニア王国との懸け橋とならん大賢者を『攻撃した』となれば・・・大変な騒ぎになるな」
「まぁそんな感じですかね。それに・・・ああしたことをする理由も何かありそうでしたし・・・。アニーは心当たりある?」
少し伏し目がちにアニーは首を横に振った。
「ごめんなさい。私にはわからないわ」
「そう・・・」
『よく家で面倒を見ていた』と言っていたことを考えれば、アニーにとっては弟みたいなものだったんだろう。先ほどの案件からアニーの顔色が優れないのは確かだ。
「そうそう、ジンイチロー殿。今後一週間の我が校への授業立会いについて打ち合わせをしたいのだが」
「わかりました」
・・・
・・
・
一通りの打ち合わせを終えた俺とアニーは家に帰った。
気疲れもあったのか、アニーは帰って早々に「眠い」と言って部屋に籠ってしまった。モアさんはというとそんなアニーについていってしまった。珍しいこともあるものだ。
俺はというと、ミレネーさんとまったりお茶タイム。
ハーブティーの香りを楽しんでいる。
「今日学院でファンニエールという青年に会ったんですが・・・」
「あぁ、あの子ね・・・」
ため息交じりにハーブティーの入ったカップに口をつけるミレネーさん。明らかに何かを知っているご様子。
「何かご存じなんですね」
「・・・その口ぶりだと、学院で何かあったのね?」
「まぁ・・・それもあってアニーが少しショックを受けてしまって・・・。昨日の試合で発動させた魔法を学院で披露したんです。学院長がこの魔法陣に魔法を放ってみないかと聞いたら、彼が率先して手を挙げまして、それで普通に魔法を打つのかと思ったら、ほぼ全方位から氷の矢を放ったんです」
「・・・」
「まぁ大したことはなかったんですが、昔の彼を知っているアニーが・・・」
「なるほどね。アニーはあの子の面倒をよく見ていたからね。なおのこと気落ちしちゃうわね」
「彼に何かあったんですか?」
「実はね・・・」
ミレネーさんの話によると・・・。
ファンニエールには年の離れたアルアンダーナという名の兄がいて、彼はオルドさんと同じ辺縁部警戒の仕事をしていた。
オルドさんとは違う班であったが、オルドさんも彼の能力を買っていて将来はよき戦士となるだろうと太鼓判を押すほどの逸材だったそうだ。
ところがある日、警戒に当たっていたアルアンダーナの班に突如としてグランドベアや魔蟲の群れが襲ってきた。数体ならまだしも10体以上も集団で襲い掛かってきたという。
不幸にもアルアンダーナのいた班は彼を除いて全員死亡した。
アルアンダーナも無事では済まなかった。必死に抵抗するも右腕を除いて四肢を喰いちぎられてしまった。偶然近くを通りかかった別班がやっとの思いでそれらを追い払うことができた。それでも彼は一命を取り留めた。
だが問題はここからだった。
仕留め損ねた魔物達は、近くの集落を襲った。
その集落こそ、アルアンダーナの婚約者のいる村だった。
その集落にいた力のない者は・・・全員死亡。
精霊魔法を使える者もいたそうだが、腹を空かせた魔物達の素早い動きにはついていけなかった。
アルアンダーナの婚約者も、無惨な姿となって発見された。
数日意識を失っていたアルアンダーナは、後にそれを伝えられると、動かせない体を震わせながら泣き叫んだという。その後は廃人のようになりただ寝るだけの生活を送るようになってしまった。
ファンニエールは兄を何度も励ますがまったく届かなかった。しかしファンニエールはさらに辛い現実を味わうことになった。
襲われた集落に住む学院生徒が、アルアンダーナを「人殺し」と呼ぶようになった。事情を知る者ならばその呼び声にも反論するのだが、多くは何も知らない者達ばかり。やがてはアルアンダーナだけでなくファンニエールまでもがそう呼ばれるようになった。
そしてある日のこと、「人殺し」と何度も声を掛けられ続けた彼はグランドベアに襲われた集落へ単身乗り込み、「人殺し」と呼び続けた生徒と決闘を申し込むというものだった。
そして、ファンニエールは勝った。
しかし彼は最大級の威力でもって精霊魔法を放ち、生み出された真空刃は生徒の右腕を体から切り離してしまった。
あっという間の出来事だっただけに、時の審判も呆然としていたという。
もがく生徒に彼は言った。兄が命を懸けて守ろうとしたものがこんなクソみたいな連中だったなんてヘドがでる、と。
以来、彼の周囲には誰一人寄り付かなくなった・・・。
「という話よ。っていうか、よく講堂に来たわね。なにかあったのかしら」
それにしても魔物が集団で襲ってくる・・・とても恐ろしい話だ。10体以上のグランドベアが接近戦を繰り返しなおかつ空腹であったとなれば・・・。いやそれだけではない、王城で対峙した時の獰猛さと動きの速さを思い返してみれば、この地であった凄惨な光景を容易に想像できてしまう。
しかしここで疑問に思った。
「誰か回復魔法が使える人はいなかったのですか?欠損部位が元に戻るんじゃ・・・」
ミレネーさんは残念そうに首を振った。
「それがだめだったみたいなの。ハイエルフ様が回復魔法を施しても回復することはなかったみたい。どうやらグランドベアと一緒にいた魔蟲が特殊な毒持ちだったみたいでね・・・。回復魔法では治せなかったみたいね」
「はぁ・・・」
そうなれば、俺の回復魔法ならどうだろうか。長老司曰く、俺の回復魔法はカナビアさんのそれよりも高位のようだし・・・。
いや、やめよう。本人が治療を望んでいない可能性もある。
会う機会があれば確認してもいいのだが・・・。
と、ぼんやりと思いを馳せている時、「ただいま」と言って玄関のドアを開ける音が聞こえた。
居間のドアが開き、そこにはオルドさんがいた。
「ただいま。お、ジンイチロー君も今日はご苦労様」
「おかえりなさい。オルドさんも付き添っていただいてありがとうございました」
「なんのなんの。議会を見れるなんて滅多にない機会だからね。私の方こそ礼を言うよ」
ミレネーさんはいつの間にかオルドさんにお茶を淹れていて、オルドさんの座った目の前にカップを置いた。
「ありがとう、ミレネー」
「どういたしまして。そういえばジンイチローさんとは学院まで一緒じゃなかったの?」
「ちょっと気になってね。詰め所に寄っていったんだ」
「もしかして・・・また魔物が?」
「・・・あぁ。近くではないんだけど、数体のグランドベアとゴブリンが現れたらしい」
オルドさんは眉間に皺を寄せてミレネーさんの淹れたお茶をすすった。
「あぁ、そうだ」
カップを置いたオルドさんが俺を見た。
「ジンイチロー君、ハイエルフ様の一件で聞き忘れてしまっていたようだけど、魔物がなぜ出現するのか話してもいいと長老司様から許可をいただいたよ」
「あ・・・すっかり忘れていました」
「斯く言う私もだけどね。詰め所からここに帰る前に尖角塔に寄ってね、伝言してもらったらすぐに回答してくれた。無論条件付きだと言われたけどね」
「条件・・・聞いたからには協力しろということですか?」
「そのとおり。いいのかね?」
「できる限りですが・・・。そんな簡単に現れるとは思えないですけど」
「ははは、そうだといいんだがね」
オルドさんはミレネーさんを見ると、ミレネーさんは小さくうなずいた。
「さて、私は夕飯のお買い物をしてくるわ」
「すまない」
「疲れたでしょ?ゆっくり休んでいてね」
そう言うと、ミレネーさんは居間を出ていった。
「さて、その魔物の件だが・・・」
太古の昔より、このエルフイストリアは魔道具による強力な結界を施しながらこの地の平穏を守ってきた。この魔道具は昔のハイエルフが紡いだ技術の結晶であったと伝えられていて、今日に至るまで稼働を続けていた。
しかし、ついにその魔道具にも寿命が訪れた。
先代のハイエルフ、シュテフィは廃れた魔道具の技術を『ミストレル』より得ることができた。シュテフィは得た知識をもとに長い期間を経て少しずつ新しい結界魔道具を製作した。
8個ある結界魔道具の中でも、明らかに機能が衰えていると判るものから交換をすることになった。
現在のところ、交換した魔道具は4個。しかし残りの魔道具は未だ太古のものであるようだ。なぜ交換されないのかといえば、先ほどの長老議会でも触れたノーザン帝国によるシュテフィの隔離の影響だ。要は、作る者がいないわけだ。
そして魔物は現れる。魔道具の機能が衰えて結界が一時的に消滅するのが原因とのこと。
「カナビアさんが魔道具を作ればいいんじゃないんですか?」
「カナビア様が作れるかどうかはわからないね。もしかしたら作っているかもしれないし、そうでないかもしれない」
「それじゃあ、いつ完成するかもわからないということですか」
「・・・そういうことになる」
「古い魔道具が不具合を起こして一時的に結界が弱くなる・・・または消えるというわけですね」
「・・・」
オルドさんは眉間のしわを一層深くした。
「どうしたんですか?」
「いや・・・さっきの長老議会の話を聞いて、まさかとは思うんだが・・・。シュテフィ様がわざと古い魔道具のところに魔物を送りつけていたとしたら・・・と思ってね」
「まさか・・・。いくらなんでもそれは・・・」
「ただの妄想だよ。しかし、もしあちら側に立っていたとしたらと思ってね」
「でももしそうだとして、そうする動機はなんですか?」
「兵力や国力の削ぎ落としと考えるのが妥当だと思う」
しかしそれでも疑問に思う。
もし自分があちら側についたシュテフィだったなら、例えハイエルフの座を降ろされたとわかったとしても笑顔で戻ってくることを選ぶ。エルフ族の一人として生活しつつ、諜報員として暗躍できるからだ。魔物を使って兵力を削ぐことよりもよほど効果的だと思う。
「確かにジンイチロー君の言うとおりだ。魔物を使うやり方はまどろこしいね。私の考えすぎだろうな。しかし、最近魔物の出現頻度が上がっていてね、警備隊だけでは対処できなくなるのではと心配しているんだ」
疲れた顔を見せるオルドさん。この家に居させてもらっていることもあるので何か恩返しがしたいと思っていたので、何か協力できることはないだろうか。
グランドベアやゴブリン、フォレストホーンラビットは倒した経験もある。
「もしよろしければ、警備隊の警備に加わらせてもらえませんか?話をしてもらう条件でしたし」
「とはいえ・・・本当にいいのかね?」
「何か問題でも?」
「問題などない。むしろお願いしたいくらいだよ」
「ここに居させてもらっている恩返しもしたいので、力になります」
「ありがとう。しかし恩返しなんて・・・君には闘技場のお金を立て替えてもらったんだから、恩はむしろこちらが大きい。それならいつごろからお願いしようかな・・・」
「明後日からでもいいですか?ミストレルの見学と、学院で生徒の授業立会いも少し入っているので・・・」
「もちろんだよ。ではジンイチロー君、よろしく頼む。よし・・・早速仲間に通達してくる!ゆっくりしていてくれ!」
そう言うと、オルドさんは飛び出すように家を出ていった。
居間に取り残された俺はハーブティーを飲み干し、急に空間魔法の練習と刀の素振りを思い立ち、外へ出た。
いつもありがとうございます。
次回予定は3/10です。
よろしくお願いします。