第113話 学院での出来事
「なりませんぞ!」
長老司の大声が轟いた。
「なぜ?」
「ハイエルフ様はこの地の安定になくてはならない存在です!あなたがいないときにミストレルに何かあったらどうするのですか!?」
「大丈夫ですよ。私はミストレルと一心同体。どこにいてもすぐにミストレルの元へ飛ぶことができますから」
「いやいや、そうは言ってもーーー」
「それに、外へ出ることがミストレルの意思だと言えば、あなたはどうしますか?」
「うむむ・・・」
長老司は訝しげにカナビアさんを見つめる。
「本当にミストレルの意思だと?」
「ハイエルフとしての御命を受けたときから、ミストレルから預言をいただいておりました。『イストリアの地より出でて種を蒔け』と」
長老司は首を傾げた。
「種・・・とは?」
カナビアさんは目を閉じて首を振った。
「わかりませんね。それ以上のことはお話しされませんでしたし。でもジンイチロー殿の来訪で確信しました。まさに今がその時だと」
「ふぅむ・・・」
議会の面々もひそひそと話をして顔をしかめるばかりだ。よほど前代未聞のこてとなのだろう。
で、俺の願いは聞き入られるのだろうか?
余計なことを言ったばかりに面倒なことになってしまったが・・・。
「ちなみにお聞きしたい。もしジンイチロー殿がミストレルの元に行きたいと言わなかったとして、外に出ることは・・・」
長老司の言葉に、カナビアさんは頬に手を当てにっこりと笑った。
「もちろん、無断でジンイチロー殿にくっついて出るつもりでしたよ?」
「「「「 なりませんぞ!! 」」」」
・・・
・・
・
カナビアさんの出立の件は議会預りになったものの、それでも俺のミストレル見学はカナビアさんによって許可された。
見学日は明日・・・。迎えの人をアニーの家に派遣してくれるようだ。
そんなこんなで長老議会を後にした俺達は転移魔法陣を使いに使って、今は国立学院高等部の正面入り口に立っている。モアさんはもちろん俺達に帯同。オルドさんは一足先に家に帰った。
「もう・・・断るなら断っちゃえばいいのに・・・」
何度も話をはぐらかそうとして話題をあちこちに振ってみたものの、やっぱり話はそこに辿り着いてしまった。
「なんていうか・・・壇上のカナビアさんから猛烈な『断るんじゃねぇぞ?』オーラが出ててさ・・・」
「それは私も思った!でも一言ぐらい返してもいいとも思った」
「そうだよね~・・・ごめんね」
「・・・許してしまう私も私だ」
モアさんが俺に一歩近づいた。
「さてジンイチロー様、校門には到着いたしましたが・・・お出迎えの方がいないということは勝手に侵入してもよろしいのでしょうか」
「侵入とはまた物騒な・・・。まぁ校長を尋ねろと通達されていたし、入ってもいいのか・・・」
すると、校舎の方から誰かが慌てて駆けてきた。
初老の男性のようだ。
「ジンイチロー様でいらっしゃいますか!?」
「はい、そうです」
「お待たせしてすみません。私は国立学院長のベニエルド・タズ・オルノと申します。お気軽に学院長ととお呼びください」
「よろしくお願いします、学院長。私のこともジンイチローで構いませんよ」
「わかりました。それでは・・・おっと・・・それとアニー、久しいな。無事に帰ってきて嬉しく思うよ」
「お久しぶりです、タズ学院長殿」
「ははは、君はもう卒業したから学院長と呼んでくれて構わんよ」
「ついつい昔の癖が・・・」
「それと、そちらの方は・・・」
学院長がモアさんの方を見やった。
「申し遅れました。私はジンイチロー様のメイド、モアでございます。よろしくお願いします」
「うむむ・・・」
学院長は途端に難しい顔をした。
まさか・・・モアさんの魔人石がバレたとでも・・・。
「そのフリフリの服がなんともたまらん・・・」
そっちかーーい!!!
「これはメイド服でございまして、通常の給仕服に意匠を凝らしたものとなっております。しかしこの服を着る目的のほとんどが、ジンイチロー様の目の保養となるべく着用してございます」
「なんと!!うらやましい限りだ・・・」
学院長のあまりにも真剣なまなざしに、反論しようにもため息しか出てこなかい・・・。
・・・
・・
・
校舎は石造りの立派な建物で、西洋のお城のような雰囲気さえ漂わせている。
敷地も広く、中には魔法練習場もあるようだ。
「学院には闘技大会もあるのですよ」
「ほぉ~」
事前学習のためにと学院長に色々と聞いてみた。中庭の通路を辺りを見回しながら歩く。
「成績優秀者は周辺域の警備隊に抜擢されることも少なくありません」
周辺域の警備・・・。昨日オルドさんもそんなことを言っていたな。
「マウロも成績優秀者だったんですね」
「あぁ・・・確か昨日でしたか、生徒から聞きましたよ。マウロと試合をなさったとか。ものすごい試合だったそうで」
「自分としてはそんなすごいことした覚えはありませんが・・・」
「そう謙遜なさらずに。信頼のおける生徒から聞いたことですので確かなのでしょう。そうそう、マウロですが、彼もまた精霊魔法においては優秀でしたね。ただ、科目にバラつきがありましてなぁ・・・。補習授業を組んでようやく卒業でしたよ」
「それでも精霊魔法の威力は凄まじかったですよ」
「マウロはあの闘技場の結界魔道具をよく壊しましてね。教師からカンカンに怒られたんです。今ではいい思い出ですがね。ほら、あれが闘技場です。」
指差され見えたその外観はコロッセウムを小さくした感じだ。
「生徒が集まっている講堂はあの大きな建物になります。国中の学院の生徒が集まれる広さですよ」
「国中?」
「そうです。このエルフイストリアは住んでいる地域によって通う建物が違うのですが、科目によっては転移魔法陣を使って移動し、合同授業を行うこともあります。それに学院全体で共有すべき何かがあるときはあの講堂に皆が集まるのです」
「ふ~ん・・・」
「アニーと二人でお話しいただくのはあの講堂です」
「ということは・・・」
「そうです。学院高等部の生徒全員に対して講義していただきます」
「「 うげっ!? 」」
アニーと俺は仲良く声をそろえて奇声を発した。
「なぁに、そんなに大した人数ではありませんよ。エルフ族は人口がそれほど多くはありませんからな」
「とはいっても何を話せばいいのやら・・・」
「大丈夫ですよ。軽く何かをお話しいただくうちに、何を伝えるべきかはおのずと浮かんでくるものです」
そうこうするうちにあっという間に講堂の入り口に到着。
扉の向こう側から生徒たちの話し声が聞こえてきた。
「それではお三方、入りますよ」
学院長はそういうと、観音開きの扉を引いて中に入った。
俺達もそれに続いて入室した。
講堂の話し声が一斉にどよめきに変わった。
「静粛に!静粛に!」
学院長が演台で手を叩いて沈黙を促す。
「今日の合同学習は人族の隣国、フィロデニア王国より参られた大賢者ジンイチロー殿と、このイストリアを出て人族国家へ出立し先日帰還したアニエレストリア殿を招いての講義だ」
皆の視線が一挙に集まった。
「ではそれぞれ自己紹介を」
アニーに目を合わせると『お前が先に行け』と顎で示されたので、仕方なく演台に向かう。
演台にはマイクみたいなものが設置してあった。すごいな、これもしかして魔道具か?だから学院長の声が通ったように聞こえたのか。
俺も魔道具マイクに口を近づけた。
「皆さんこんにちは。フィロデニア王国から参りましたジンイチローと申します。一応、大賢者してます。よろしくお願いします」
言い終えて頭を下げると盛大な拍手をもらった。
続いてアニーが壇上に上がった。
「皆さん、私はアニエレストリア・カリアニ・ヴォルノアです。何年も前にこのイストリアを出立して人族の国を渡り歩き、今は隣国のフィロデニア王国王都にある魔法士の家に居候しています。色々なことを経験してきましたが、こうして皆さんの前に立っていることを恥ずかしくもあり嬉しくも思います。私もこの王立学院を卒業したのでとても懐かしいです。出来る限り私の経験をお話ししたいと思います。よろしくお願いします」
同じように盛大な拍手に包まれた。
続いてモアさんが壇上に登った。
「わたくしは大賢者ジンイチロー様にお仕えするメイド、モアでございます。ジンイチロー様のことなら何でも知っていますので、お聞きになりたい方はどうぞご遠慮なくお申し付けください。よろしくお願いいたします」
おそろしい自己紹介のあと、一瞬のざわつきと共に拍手が起きた。
学院長が再び演台の前に立った。
「さて、このジンイチロー殿とアニエレストリア殿はしばらくの間は学院に滞在し様々な教科の立ち合いをしてもらうことになっている。手合せしたい者もいるかもしれんが、先日闘技場でマウロ卒業生とジンイチロー殿が試合を行い、観戦した者もいるだろう。強力な精霊魔法を繰り出す卒業生に勝利したほどの実力の持ち主だ。そこのところをよく考えて直接ジンイチロー殿に依頼しなさい」
こうして俺達の講話が始まったわけだが、何を話していいのかさっぱりわからないので、学院長にコーディネートしてもらいながら話をすることになった。いわゆるシンポジウムみたいな感じだ。
3人ともにフィロデニア王国での生活が長いためそこでの暮らしや人々の様子から話しはじめ、ここ最近の活動についても触れた。
ことさら生徒たちの関心をさらったのが、ギルドの依頼を遂行したアニーだった。
どのように金を稼ぐか・・・自分が外の世界に旅立った時のことを想定してなのか、熱心にメモを取る生徒も大勢いた。
そして何よりも関心を引いたのが、俺のことだった。
「なるほど。精霊魔法が使えるようになったのはこの地に入って・・・いや、マウロ君との試合の中で使えるようになったと?」
「そういうことですね。前の日の夜も練習しましたがさっぱりでした。感覚としては『こんな感じかな』というのは掴めていたんですけど」
「人族が精霊魔法を使えるというのは初めて耳にしますね。いや、おそらくは長老議会もそうだったでしょう。あなたの試合を見ていた議員の驚く顔が想像できますよ」
「それはどうだったでしょう・・・。私も必死でしたから」
「生徒の話では精霊魔法を飲み込んだという魔法陣を出現させたというのですが本当ですか」
「そうですね。確かに」
「・・・試しにここで発動してもらえますか?」
「構いませんよ」
俺は片腕を伸ばして発動させた。もう何の苦労もなく無詠唱で発動できる。
発動させた瞬間、ため息のような感嘆の声があちこちから聞こえてきた。
「なるほど・・・この魔法陣は・・・また複雑なカラクリのようだ。どうやってこの魔法陣を描いたので?」
「・・・わかりません」
「え?」
「だから、わかりません」
「わからないのに発動できると?」
「まぁあの時は色々咄嗟に考えて・・・そしたら出来上がったのです」
「・・・まぁ、その辺はおいおい聞くとしますか。その魔法陣に魔法を当てると飲み込むということですか」
「まぁ・・・実際は魔力または精霊魔力に還元されているはずですが」
「・・・なるほど。おい、諸君の中で誰か精霊魔法を当てたいという者はおらんか?」
学院長が生徒に呼びかけた。
途端に騒然とするも、すぐに手を挙げた生徒がいた。
「あ・・・君か・・・」
学院長が顎に手を当ててなにやら考えていると、生徒がおもむろに立ち上がった。
「ファンニエール・オムル・ヴォルノアです」
どうしてかはわからないが、講堂がざわつきはじめた。生徒たちの顔を見るに、何か訳ありの気配がする・・・。
「『ヴォルノア』・・・アニーと同郷だったな。ファンニエールのことは知っているか?アニー」
アニーは微笑んで応えた。
「はい。ファンが小さい頃よく家で面倒を見ていましたから。久しぶりね!ファン!」
アニーが立ち上がってファンニエールという少年を呼ぶと、ファンは「ふん」と鼻息を鳴らすような顔で見せた。
「あれ?いつの間にあんな反抗少年に・・・」
アニーのきょとんとした顔を横目に、こちらへ歩み寄る彼の姿を追った。
さすがはエルフ、美男子といっても過言ではない。長い髪の毛をなびかせながら端正な顔をのぞかせた。
ファンニエールは学院長の横に立つと、俺を睨みつけるように目を細めた。
「ではファンニエールよ、あの魔法陣に向かって精霊魔法を放ちなさい」
「えぇ・・・そうさせて・・・もらいますよ!!」
ファンニエールが片腕を挙げた途端、講堂のあらゆるところに氷の矢と思われる出現した。
「『アイスニードル』!」
ファンニエールの言葉と同時にそれら全てが一直線に俺達のいるところへ向かってきた。
呆気にとられた生徒は席から動けず、ベニエルド学院長もまさかの行動に目を丸くさせたままだった。
「ジンイチロー!!」
アニーの悲鳴とも取れる叫び声が聞こえたその刹那、俺はすぐに『魔力還元』を俺達を囲むように幾重にも発動させた。念のため刀を抜き、アニーとモアさんにしゃがむよう肩を掴んで床に伏せさせた。
俺達を囲う魔法陣に、氷の矢が見る見るうちに飲み込まれていった。
間近で見るそれはやはり幻想的な美しさがある。
だが、生徒たちの呆気にとられた顔が徐々に徐々に見えてくると、ファンニエールのしたことの危うさが俺の中でもようやく現実として実感できた。
そして全ての氷の矢が消えたところで、学院長の怒声が轟いた。
「ファンニエールよ!!放課後に学院長室に来なさい!!」
「はいはい」
片手をヒラヒラさせて立ち去る彼の後姿を、アニーは少し寂しそうに目で追っていた・・・。
いつもありがとうございます。
次回予定は3/6です。
よろしくお願いします。