第112話 ハイエルフ
アニーがエルフの国・・・エルフイストリアの地を出立してから間もなくのこと。
実はもう一人のエルフ族の女性、アリアネが同じくエルフの国を出立した。
アリアネはクラウゼン長老司の同郷者で、長老司直々の頼みもあって秘密裏に外部への見聞の為に出立した。
さらにアリアネは収集した情報の受け取りのため半年に1度、フィロデニア領内のニグルセン城塞都市で落ち合うことを約束をしていた。
この定時会合のためにエルフ族の別動隊数名が待っていたところ、現れたのは『灰色ローブ』を纏った男であった。
灰色ローブの男曰く、アリアネを返してほしければノーザン帝国まで来いと伝えたという。
そして帝国に来るときはハイエルフも同行させろと条件を出したというのだ。アリアネ引き渡しはその日からちょうど30日後、ノーザン帝国城とされた。
別動隊は急いでエルフの国に戻り長老議会に報告。報告を受けた長老議会では戦争すら辞さぬと強硬姿勢を見せたが、時のハイエルフ、シュテフィ・オックス・ドルノアがそれに反対。数名の付き人とともにノーザン帝国へ行くことを決意し、約束の日に入国を果たした。
帝国城へ入り謁見の間に通されると、そこはすでに強力な魔法封じの結界が施されていたらしいが、罠だと確信してもシュテフィは逃げずに入った。
謁見の間では王と相対したそうだが、王はすでに何者かに操られたかのようにぐったりとしていたようで、一言も発言しなかったとのこと。代わりにシュテフィと話したのは『灰色ローブ』の男の首領と思われる男、『ボロネー』であったという。
シュテフィがアリアネの引き渡しを求めたところ、ボロネーはシュテフィを代わりに差し出すよう求めたそうで、付き人が反論しようとするのをシュテフィが遮った。
シュテフィは、アリアネと付き人が謁見の間から退室したことを確認してから話し合いに応じる、と条件を付け、ボロネーはその条件を飲んだという。
付き人がアリアネを確保し、謁見の間から退室させて間もなく、扉の向こうからシュテフィの悲鳴が聞こえたそうだが、扉を開けようとしたがすでに鍵がかけられており、駆けてきた帝国兵に危うく捕縛されそうになった。
しかし、事前にシュテフィから預かった転移魔法陣の描かれた紙を発動させ、付き人とアリアネは無事にこの地に帰還することが出来た・・・。
「・・・という話だ。詳細は省かせてもらったがね」
アニーは悔しそうな面持ちで手を強く握りしめ、オルドさんは口を半開きにさせながらも、その瞳は怒りに燃えていた。
「そんなことが・・・私は知りもせずに暮らしていたことを恥ずかしく思います」
「オルドよ、責を追うべきはそなたではない。シュテフィ様を思いとどまらせることが出来なかった我々の責任だ。それに、アリアネを外の世界に放った私の責任でもある」
「長老司様、よろしいですか」
「うん、アニーよ」
「なぜ私だけでなく、アリアネもこの地から出立させたのですか?私と同じ、ただの見聞ですか?」
「・・・・・アニーの出立とは意味合いが少し違う。アリアネについては国々の動向や物の流通、魔法の発達や人々の様子を見るという目的があった」
「私に・・・その・・・私に声のかからなかったのは、役に立たないと判断されたからですか?私にもアリアネやハイエルフ様のことでお役にたてなかったのでしょうか?」
長老司は眉間に皺を寄せてアニーを見つめた。
「決してアニーを過小評価したわけではない。呼ぼうと思えば『フェザンメルンの鍵』を使っていつでも呼び出せた。しかし、アニーまでもしものことがあれば大変な騒ぎになる。アリアネは秘密の出立だったが、アニーは皆に見送られながらの出立だった。アニーの身に何かが起きれば『ヴォルノア』一族に伝えねばならんからな」
「・・・そうでしたか」
「危険な目に合わせたくなかったのだ。許してくれ」
「いえ、お心遣い感謝します」
「アリアネの今は?」
オルドさんの言葉に、クラウゼン長老司はうつむいた。
「・・・心労が重なったためか、もうずっと寝込んだままのようだ。自分のためにハイエルフ様が犠牲になったのか・・・とな」
「・・・そうですか」
重苦しい空気が圧し掛かる。それでも俺は聞きたいことがあった。
「あの、よろしいですか」
「ジンイチロー殿、なにかな」
「つまりは、そのノーザン帝国に行ってハイエルフ様を取り戻す作戦を考えるってことですよね」
「・・・いや、違う」
「え?」
「そもそも、シュテフィ様がノーザン帝国にいるのかどうかすらわからん」
「でも・・・さっきの話だとノーザン帝国城に行ったと・・・」
「・・・ジンイチロー殿も先ほど話した『灰色ローブ』の者達は、どうやらここ数年の間に国を興したようだが、名を聞かぬか?」
「・・・いえ」
「・・・そうか。そのあたりの話はまたあとで聞くとしよう。おそらくはその新興国にシュテフィ様はいらっしゃるものと思われる。だが・・・」
長老議会の面々が一様に顔を厳しくさせた。
「どのような状態でいるのかが定かでない以上、シュテフィ様の処分を考えねばならない」
「「「「 なっ!? 」」」」
俺達4人はまたもや目を丸くさせた。
オルドさんは思わず立ち上がった。
「ど、どういうことですか!?つまりは・・・我々自身の手でハイエルフ様を・・・」
クラウゼン長老司はおもむろにうなずいた。
「・・・そういうことだ」
「しかし!それではこの地のハイエルフ様が誰もいなくなって・・・大地の安定が図れません!」
オルドさんは拳を握りしめて声高に訴えた。
ハイエルフがいないと大地が安定しない・・・とは、どういうことだろうか・・・。
「案ずるなオルドよ。世界樹ミストレルは、すでに次なるハイエルフ様を選定し、その役職に就いていただいている」
「ミストレルが・・・つまりは・・・シュテフィ・オックス様をハイエルフとして見なさないと?」
「そういうことだ。シュテフィ様はすでにハイエルフではなく、ハイエルフとしての知識を持ったエルフ族の一人、ということになる」
「そういうことでしたか・・・」
オルドさんが力なくイスに腰を預けた。
「さて議会の面々よ、ここで提案したい。この問題に対処するためにまずは地固めを行う必要があると思われる。シュテフィ様の身柄を拘束したと思われる灰色ローブの毒牙が、隣国のフィロデニア王国にもかかった。フィロデニア王国に何かがあれば次は我々の頭上に暗雲が立ち込めることになるであろう。由々しき事態に対処するには、永らく敬遠していた人族と協働をせねばならんと考える。よってその発端として、フィロデニア王国との国交を復活させようと思うのだがいかがかね」
面々はそれぞれの顔を見やるが、議論にはならずに一様にうなずき、反対する者はいなかった。
そしてクラウゼン長老司が立ち上がった。
「ではここに宣言する。我らエルフイストリアは、フィロデニア王国との国交を復活し、ハイエルフであったシュテフィの奪還に向け準備を進めるものとする!ただし、民にはシュテフィの奪還については伏せてあくまでも国交の回復を強調するものとする!」
「「「「「 異議なし!! 」」」」」
皆の『異議なし』の声の後に、クラウゼン長老司は静かに座った。
「・・・さてジンイチロー殿よ、ここで貴殿に頼みがある」
「はい・・・出来ることであれば、ですが・・・」
「貴殿はフィロデニア王国との繋がりはいかほどにあるのだ?」
「・・・王とは面会できるほどの立場にあります。今回の旅は魔王国へ行く途上でして、それも王からの直々の依頼ですので」
「ははは!魔王国か!だがなぜ魔王国に?」
「さきほどの『魔人石』のことで魔王に会えばわかるかも・・・なんて、元大賢者のマーリンさんからフィロデニア王へ連絡があったようで・・・。なぜか私が行く羽目に・・・」
「そうか・・・ならば魔王国へ行く物資定期便に同乗できるよう手配しよう。魔王国へ行った報告は王にするのだな?」
「そういうことになりますかね」
「ではここに依頼する。我がエルフイストリアの親善大使となり、その意志を王に伝えてもらいたい」
「わ・・・私がですか!?」
「うむ。あわせてアニーよ。そなたにもその任を請け負ってもらいたい」
「私にも・・・はいっ!!喜んで任に就かせていただきます!!」
「ジンイチロー殿よ、アニーと共にあらば問題なかろう?」
「はい、それならば問題ありません。心強い限りです」
俺がアニーに向くと、アニーはそっと俺の手を握ってくれた。
思わず微笑みあってしまう。
「では二人とも、正式な親書は魔王国から戻った際に渡すのでそのつもりでいてほしい」
「「 はい! 」」
「ジンイチロー殿よ、それに係る報酬を授けたいが、内容は貴殿が決めてよい。何か得たいものはあるかね?」
「報酬・・・」
・・・そうだ、あのことを頼んでみようか。
「あの、よろしいですか」
「うん、なんだ?」
「その・・・魔法を覚えたいです」
「・・・?」
「いや、その、だからですね、大賢者と言えども魔法がからっきしダメで、できれば魔法が得意な人に教えてもらいたいな・・・なんて・・・」
すると、クラウゼン長老司が破顔して笑いはじめた。
「ふはははっ!大賢者が魔法を勉強したい・・・かっ!!面白いな!!それでいいなら適任者がいる。手配しておこう!」
「ありがとうございます!」
「ふふふ・・・もっとこう、『議会の一員になりたい』とか『土地と家が欲しい』だとか『エルフ族になりたい』とか、そういうのを言ってくるものと思っていたぞ」
「いえ、そういうのは特に・・・」
「欲がないな。もっとがっついてもよかったのだぞ」
「いえいえ、それほど能力があるわけでもないですし」
「何を言うか。昨日のマウロとの試合はこの面々が観戦したのだぞ。見たこともない魔法と、ハイエルフ様よりも上位の回復魔法を発動させたときは肝を潰した。なぁ、皆の者」
うんうん、と議会の皆々様が赤べこのように首を縦に振った。
「他にはどうだ?」
「と言われても・・・・・・あっ、そうだっ」
「なんだ?」
「・・・世界樹ミストレルを間近に見てみたいですね」
「「「「「 ・・・・・・・ 」」」」」
あれ?もしかしてやっぱタブーに触れちゃった感じ?
「こればかりはハイエルフ様に聞かねばなぁ・・・」
長老司のつぶやきに皆がうなずいていた。
「ちと早いが、ハイエルフ様に出座していただこう」
クラウゼン長老司が立ち上がると、議会の面々も同じく立ち上がった。
俺達もそれを見て立ち上がった。
「今生のハイエルフ様よ、どうぞご顕現賜れ!!」
クラウゼン長老司の言葉のあと、議会の面々は一様に深く頭を下げた。
見よう見まねで俺達も頭を下げる。
長老司の近くのお台場を、コツコツとゆっくり歩く音が響いた。
床しか見えないからどんな様子かは全く見えない。
「みなさん、面をあげてください」
透き通った声が会議場に行き渡った。
「皆の者、面を上げよ」
長老司の言葉で全員が頭を上げた。
一体ハイエルフとはどんな―――――
「「「「 えええっ!? 」」」」
これで何度目だろうか、モアさんをはじめ俺達4人はまたもや目を丸くさせた。
「な・・・なんでカナビアさんが・・・」
すると、カナビアさんは妖艶に微笑んだ。
「ジンイチロー殿、ようこそエルフイストリアへ・・・」
長老司と議会の面々が一斉に座ったが、俺達4人は呆然と立ったままだ。
「長老司様・・・これは・・・」
オルドさんも驚いたのか、口を半開きにさせたまま言葉を紡いだ。
「騙したつもりはなかったんだが・・・どうしてもというのでな・・・。まぁ、座られよ」
長老司の促しに乗り、俺達は腰掛けた。
さっきまで『ヒラヒラ~』とか言ってたあの人が、まさかハイエルフだったとは驚き以外の何者でもない。
「吃驚したでしょう、驚かせてごめんなさい」
不思議とカナビアさんの声は遠くに離れていてもよく聞こえた。
「この地に辿り着いたとき、クラウゼン長老司はあなたを連れてきましたよね・・・?」
「あぁ、もっと別の者を帯同させようと思ってはいたんだが、精霊王に関わることだとカナビア様は譲られなくてな」
「そういうことでしたか・・・」
「では先ほどの待合室は・・・」
するとカナビアさんはクスクスと笑った。
「あれは特に意味のない、私の趣味です」
「んなっ!」
「あなたを見ているとついついからかいたくなって・・・ふふふ」
悪戯が過ぎるハイエルフ様だな・・・。よく世界樹ミストレルはこの人をハイエルフとしたものだ。
「あぁ、そうそう。ミストレルを間近で見たいという願いですね」
「出来たら、で構わないです。遠くから見て大きいなぁって思っただけですから」
「・・・条件があります」
「条件・・・」
カナビアさんが真剣なまなざしで俺を見つめた。よほど気を付けなければならない約束事があるのだろう。
「条件とは・・・・・私を外の世界に連れて行くことです!」
・・・・・・・。
「「「「「「「 えええええええっっ!!?? 」」」」」」」
いつもありがとうございます。
次回予定は3/2です。
よろしくお願いします。