第109話 試合開始
アニーも寝ただろう深夜のこと・・・。
俺は玄関から外に抜け星の光だけが唯一の明かりという真っ暗闇の中、家から少し離れて一人立っていた。
こんなことをする理由はただ一つ、精霊魔法の習得だ。
とはいえ『習得』とは名ばかり、少しでもモノにするために練習する・・・というのが本当のところだった。
こんなことをしてかれこれ1時間は経ったところだろうか。ようやく精霊魔法の『目途』がついた。
そしてその練習を重ねるうちに魔力の使い方についてもあるヒントが得られた。
勝てる自信はまだ持てないが、ようやく同じ土俵に立てたと言えるかもしれない。
・・・今日はもう遅い。練習は十分やったし、あとは体を休めよう。
・・・
・・
・
陽が天に差し掛かる頃、中央魔法闘技場には二人の青年―――ジンイチローとマウロが向かい合って立っていた。
マウロはニタニタと笑みを浮かべ、ジンイチローは無表情を保ったままだった。
そんな二人を同じ闘技場の隅で見守るアニーは、隣にいる父オルドに話しかけた。
「お父さん」
「なんだね」
「この人だかり・・・聞いてないんですけど」
「あははは~・・・。お父さんも何が何だか・・・」
アニーが驚いたのは観客の多さだった。
「お父さん、誰かに言いふらしたの?」
「いや、言いふらしてはいないが・・・。ただしこの施設を借りる際に申請理由を挙げなければならなくてね。そこでついポロッと・・・」
そしてもう二人、アニーの隣には母のミレネーと妹のレナも二人の様子をニマニマと見つめていた。
「お母さん緊張しちゃう!娘を懸けた戦いが今ここに始まるのね!」
「お姉ちゃんいいな~」
アニーは深いため息をついた。
「レナ、あんた学院はどうしたの?」
「ふふ~ん!実は今日はお昼前で授業が終わりだったんだ~♪私超ラッキー。ほら、学院の子も結構来てるよ!」
「えええ・・・」
「あのキャーキャー言っている子たちは・・・多分マウロの親衛隊だよ」
『マウロ様ー!』という黄色い声が闘技場に響いた。
「マウロって人気あるんだ。ああいう子たちのところに転がりこめばいいのに」
「それなのにマウロ君、アニーにしか興味を示さないなんて・・・一途なのねぇ」
するとオルドが急に顔を険しくさせた。
「あ・・・あれは・・・」
「どうしたの?お父さん?」
「まさかご来場いただくとは・・・」
オルドの視線が2階の立ち見席に張り付いたのを見て、アニーもそちらに目を移した。
「あの・・・礼装している人たちのこと?」
「そうだ。長老議会の面々だ」
「え?なんでこんなところに?」
「参った・・・。念のため長老司様には伝えねばと思い伝言したのだが・・・。まさか長老議会を引き連れてくるとは・・・。しかも全員!」
噂が噂を呼び、結果的に観客席が埋まるほどの来場に見舞われた。
「よし、頃合いだろう」
オルドはそう言うと二人の立つ間に歩んだ。
「それでは試合を始める。試合は一本勝負、魔法は精霊魔法のみ行使を許可する。剣も剣として使用を許可する。模擬剣の使用については・・・」
オルドの言葉に二人とも首を横に振った。
「そうか・・・ならよい。どちらかが倒れるか、降参するかで決するものとする」
オルドは首をやや上げ、観客を見やった。
「試合に立ち会う者達に告ぐ!これから二人の真剣勝負を開始する!声援は構わないがどちらかに有利になるような助言や行動は一切禁ずる!このことに同意できないものは今すぐこの敷地から立ち去るがよい!」
オルドの言葉は闘技場に響き渡り、異議を唱える者や立ち去る者は誰一人いなかった。
それを見てオルドは翻ってアニーの隣に立ち、片手を挙げた。
「防御魔法展開!」
闘技場の土に埋め込まれた魔道具から微かな光が走り、二人を中心に半円球状の透明で大きな膜が張られた。それを確認したオルドは上げた片手を勢いよく下ろした。
「試合、はじめっ!」
観客から大きな声援と拍手が巻き起こった。
それと合わせて闘技場の二人は同じタイミングで剣を抜いた。
「いよいよはじまるわね~」
ミレネーが場の空気にあわないゆったりとした口調でにこやかに呟いた。
「アニー、彼のあの剣は・・・」
オルドが二人を固い表情で見つめながら話しかけた。
「ジンイチローの剣のこと?あれは青龍刀っていうんだって」
「青龍・・・?龍が生みし剣か。なるほど、家にいたときから感じていた妙な圧力感はあの剣から発せられていたのか」
「え?そんなの一緒に居ても全然気が付かなかったけど」
「普通にしていれば気付くことはない。だが注意深く彼に纏う魔力を視ればわかる。そして今、彼の魔力と重なることで気配がより増している。まるでそこに龍が顕現しているようだ・・・」
「龍って強いもんね~」
「いや、龍だけでは・・・。彼は・・・彼自身が思うよりよほどデキるな」
オルドは眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
「ん?それにジンイチロー君は・・・。なるほど、彼はそれが出来るのか。確かに私はそれについて制限をかけていない」
「え?」
「彼は一晩で対マウロ用の作戦を練ったようだな。ふふ、よほどアニーを渡したくないのだな」
「・・・そう願ってる」
アニーは父から言われると思わなかったのか、目を丸くした後すぐに赤ら顔で俯いた。
「でもお父さん、対マウロ用の作戦って?」
「まぁ見ていなさい。すぐにわかる。案外この試合はすぐに決着がつきそうだな」
「すぐに?」
『来ないのなら僕から行くぞ!』
マウロの声が響きアニーが彼に目を移した直後、紅蓮の炎がジンイチローめがけて勢いよく放たれた。
アニーは息をのむ。まともに受けたらひとたまりもないほどの熱量をその肌で感じたのだ。
思わず口に両手を当てて目を見開き、ジンイチローの無事を確認しようと凝視した。
「大丈夫だ。見なさい」
父の言葉を横に聞きつつ変わらずその姿を探そうと目を凝らすと、元いた位置から離れたところへ駆ける彼の姿があった。
『まだまだぁ!』
マウロがジンイチローの姿を追うように伸ばした手から炎を吐き続けた。
「彼は魔力による身体強化ができるのかね?」
「えぇ・・・でも、今日はまだみたい。動きが遅いし、していたらもっと速いはず」
「なるほど。彼なりに考えているのだね」
「どういうこと?」
「あくまで私の主観だが、まずはマウロの技量を計ろうとしているかもしれないということと、もう一つはいざという時のために控えているということだ」
アニーは首を傾げた。
「それなら最初からそうして決着をつければいいのに」
「ふふ、そしてもう一つの可能性が・・・お、マウロ君がさらに攻勢にでるぞ」
アニーが視線を闘技場に移すと、マウロが抜いた剣を収め、空いた手を伸ばした。
『アイスニードル!』
ジンイチローが駆ける先を見越して放たれた細い氷柱が、見事彼に突き刺さった!
「ジ!・・・あれ・・?」
アニーはさらに目を凝らした。
確かに当たったはずだ。
さらに放たれた氷柱は彼が振った刀の前に崩れてしまったが、初弾は確かに当たったはずなのだ。
「どういうこと・・・?」
『ばかなっ!貴様魔法を使ったな!?』
『まさか!ルールはしっかり守っているよ』
マウロがオルドをちらっと窺った。
オルドもそれに気づき、腕を上げて『○』を描いた。
マウロはそれを見て「えっ!?」と驚きの表情を見せた。
隙だらけのマウロを見てもジンイチローはただ立ち止まり、表情を変えずにその様子を眺めているだけだった。
アニーは「隙だらけじゃないっ!」と喉まで出かかった言葉を、一方に与する発言は出来ないことを思いだし咄嗟に飲み込んだ。
『もっとお得意の精霊魔法を見せてよ』
『うぉおおお!』
オルドは苦虫を潰した。
「いかんなマウロ君は。乗せられたぞ」
「え?」
「マウロ君の足元を見てみなさい」
「足元・・・あっ!何あれっ!」
観客も気付きはじめ、会場がざわつきはじめた。
「やはり彼も精霊魔法を使えるようになっていたか。しかしあんな使い方初めてみるぞ」
「私も・・・マウロは気付かないのかしら」
「自身の精霊魔法の構築に必死なようだ」
マウロは天に腕を伸ばすと、先ほどの紅蓮の炎を天井に向け放ち、さらにそこから大きな風を巻き起こした。
防御結界の内側が紅い炎で埋め尽くされ、巻き起こされた風によってマウロを中心に火炎嵐が轟音を立てて吹き荒れたのだ。
それでもオルドは試合を止めなかった。
普通の試合ならばその判断を急がねばならなかったのだが、オルドには自信があった。
ジンイチローは無事であると。
会場は悲鳴に近い声があちこちで湧きはじめた。
もうやめさせろ、と遠くからオルドに向かって叫ぶ声もあった。
それでもオルドは止めなかった。
『はははっ!ばかめっ!調子にのって挑発なんかするからだっ!』
アニーは不思議とジンイチローの無事を確信した。
おそらくは父のオルドが落ち着き払った様子でいたおかげかもしれない。
『なにっ!』
マウロの声とあわせて、会場の観客からもどよめきが起きた。
炎の中からゆらりと姿を現したのは紛れもないジンイチローだった。
どことなくホッとしたような面持ちだ。
『成功成功。でもやりすぎると魔力使うなぁ』
『貴様っ!一体何をしたっ!』
『秘密。でもってマウロ・・・わかってる?』
『え?』
『マウロ、君動けないでしょ?』
マウロはようやく自分の足元に目を移した。
『んなっ!いつの間に!』
『精霊魔法『必殺!足固め!』』
マウロは自分の足が土に固定されているとは気づかなかった。
マウロはすぐに短剣を抜き、土を壊しはじめた。
『くそっ!こんなバカな手に引っかかるなんてっ!』
『バカな手なんて言わないでよ。必死に練習して出来た一番最初の精霊魔法なんだから』
『ふんっ!僕の精霊魔法に比べたらっ!』
『・・・』
ジンイチローがマウロに近づくと、慌てて足にまとわりついた固い土をマウロは短剣で削っていく。
『よしっ!』
マウロの足が完全に動けるようになったその刹那、ジンイチローの刀はマウロの急所目がけて振り下ろされていた。
マウロは短剣でそれを弾いた。
会場が再度どよめきに包まれた。
マウロはジンイチローの繰り出す剣術の所作を『素人』と見抜いた。
しかし、不思議と防戦一方になってしまうことに違和感といら立ちを押さえられなかった。
「ふふ、マウロ君もきっと感じているだろうね。正体さえわかれば何のことはないのだが」
「だんだんジンイチローの剣使いが様になってきてるのよね。でもだんだんわからなくなってきたの」
「経験が生んだ、彼なりの戦い方だろう。その証拠に・・・家で私の剣の突きを躱しただろう?あれほど瞬間的に魔力で身体強化できれば、戦いにも自然とその所作を応用できるようになっているはずだ。あんなことができるなんて、よほど修行を積んだ者しか会得できないはずだよ。とはいってもあのように動けるとは到底思えないんだが・・・』
「見て・・・。緩急をつけて、時折しなやかに、と思ったら豪快に、さらにスピードを乗せて攻め込み・・・間合いをとったと思ったら急激にそれを詰めたり・・・」
「マウロ君も中々やるな。そんな初見の相手の攻撃をギリギリで躱し、防ぎ、弾いている」
「闘技会でもあんな風に乗り切ったの?」
オルドは静かに首を横に振った。
「いいや・・・実はそこがマウロの・・・ふむ。ジンイチロー君もおそらく彼のそこに気が付いたのかもしれない」
「あ、マウロが間合いを広げた」
乱れた呼吸を落ち着かせようと、マウロは大きくジンイチローから離れ、彼を睨んだ。
ジンイチローは平然と立つばかりだ。
『お前・・・どうして・・・』
『最初はどうなるかと思ったけど・・・色々参考にさせてもらった。その点においてはお礼を言うよ』
『なめやがって・・・。精霊魔法の使いすぎを狙おうなんて思ったら大間違いだ。俺は他の奴に比べて段違いに大きいんだ』
『まぁ・・・そうなったらいいなとは確かに思ったけど、別にたいした問題じゃない。言ったろ?参考になったって』
『・・・?』
オルドは二人のやり取りを聞いて小さくうなずいた。
「ジンイチロー君はぶっつけ本番だったわけか」
「それは昨日も話していたでしょ?」
「それはそうなんだが・・・そうか、だから魔力を放出し続けていたのか・・・」
「え?魔力?」
すると、そこへモアが割り込んだ。
「私も感じておりました。ジンイチロー様の魔力の放出を」
「モア?あなたも?」
「ええ。アニー様、お聞きになられましたか?ハピロン伯爵邸でジンイチロー様が私に施した処置のことを。あの時ジンイチロー様は魔力操作で私の体内に魔力を巡らせて診断したのです」
「もちろん聞いたわ。でも今の試合と何の関係があるの?」
「おそらくは私にしたことと同じことをマウロ様に向けて行っていたのだと推測されます」
「え?この試合中ずっと?」
「はい。オルド様の開始合図の直後からです」
オルドは再びうなずいた。
「やはりそう思うか・・・ん?なんだ?」
「見てください。ジンイチロー様の腕に・・・」
「本当だ・・・灰色のモヤのようなものがクルクル・・・」
『マウロ、君のおかげで精霊魔法が発動できるようになったんだ』
『なにをっ・・・』
ジンイチローの腕には灰色のモヤが不気味に渦巻き、稲光にも似た電光が走っていた。
「なるほど・・・風と水・・・わずかな熱と氷・・・か。ジンイチロー君の大賢者という肩書はあながち間違ってはいないな」
「お父さん、ジンイチローのアレがわかるの?」
「『雷』の発動ではないか・・・と思う。あんなまどろっこしいことをしなくても発動できるんだが・・・。彼のイメージ所以といったところか」
「ふぅん・・・でもマウロから何が分かったっていうんだろう・・・」
「それがモア殿のいう『魔力操作』だ。彼は自分の魔力をマウロ君に纏わせて、精霊魔力の動きを確認していたんだ。マウロ君が何度も精霊魔法を放つたびにその流れを魔力を通じて視ていた・・・んだと思う。アニーはジンイチロー君に精霊魔法を教えたことはあるのか?」
「少しはね。でもそれって結構前だったけど」
「その時に聞いていたこととマウロ君からの情報を掛け合わせたんだろう。自らの魔力で放つ魔法と精霊魔法では発動の流れが少しだけ異なるから慣れるまでは大変なのだが・・・」
「でも・・・マウロも防御すればいいでしょ?精霊魔力を使って防御魔法も展開できるはずだし・・・。私は苦手でできなかったけど・・・」
オルドはアニーの耳元に顔を近づけ、ひそひそと声を震わせた。
「それがマウロ君の弱点だ」
「え?」
「マウロ君は、精霊魔法による防御をまだ使えないんだ」
「・・・なるほど・・・だから最初からあんなに飛ばして・・・。でもお父さんよくマウロのこと知ってるわね」
「ははは。闘技会は私も観戦していたからね。有用な人材を欲するのは組織の者として当然さ」
顔を遠ざけたオルドはほんの少し口角をあげた。
「ジンイチロ―君が不利になりそうな条件ではあったが、このことがわかれば流れはだいぶ違う。防御魔法を発動できない以上、魔法をぶっ放し続けて相手を倒すほかない。だが相手が自分の間合いに入り込んだ時にどうなるか・・・。ジンイチロー君はさきほどの剣劇でそれがわかったかもしれないな」
「ジンイチローってそんなにすごい人だっけ・・・?」
モアがアニーに顔を近づけた。
「当然でございます!あの方は一つ一つの戦いで相対した方の所作を無意識に取り入れています。ここ最近でいえばベネデッタ様とフォーリア様との戦いでしょうか」
「そ、そっか・・・」
オルドはクスリと笑った。
「さぁアニー、決着がつくぞ。二人の戦いを見届けようじゃないか」
いつもありがとうございます。
次回予定は2/18です。
よろしくお願いします。