第108話 アニーを賭けて
俺にべったりと張り付くアニーを見てか、『婚約者』と名乗る男が怒りに震えていた。
「アニー!離れろ!そいつはどう見ても異種族じゃないか!」
ちゅっ、と軽く音を立たせて唇を離したアニーは、騒ぐ男ににらみを利かせた。
「まったく・・・あなたは本当に変わらないわね。うるさいから出て行ってくれない?」
「そんな!約束したじゃないか!僕らは紛うことなき仲じゃないか!」
「何度も言うようだけど、あなたとそんな約束した覚えはないわ」
「んなっ!確かにあれは君だった!そう、あれはマニール草原に立つ一本の大樹の下で交わした大切な約束、忘れられない思い出・・・。そこに咲いていた一輪の花を君に贈ったんだ。何度誘っても来てくれなかった君が、ようやく僕の目の前に現れた時確信した。僕たちは結ばれる運命だったと!僕はそこで結婚を申し込んだ。すると、君ははにかみながらその花を受け取ってくれたんだ!君は恥ずかしかったのかすぐにその場から走り去ってしまったけど、確かに僕の花を受け取ってくれたんだ!」
片膝をついて高らかに腕を天に掲げるその姿は、舞台で観る演劇そのものだ。
彼の脳裏には当時のビジョンがピンク色の背景と相まって見えているに違いない。
当のアニーはというと、本当に覚えていないのか顔を渋くさせ首を傾げていた。
「あなたの勘違いよ。確かに私は何度も誘われてたけど、一度も乗った覚えはないし、マニール草原に行った覚えもないんだから」
「ばかなっ!あれは確かに君だった!信じてくれ!」
すると、その男は俺を鋭く睨んだ。
「その男がアニーをそそのかしたんだな。異種族のくせにアニーをたぶらかすなんて・・・」
俺はどう応えていいものか。喜劇俳優のようにいちいち動作が大げさなこの男と真っ向から言い合っても全くかみ合いそうにない。
だからといって『たぶらかす』なんてことを言われたまま引き下がる気もない。
「君は・・・名前を聞いてもいい?」
「ふん、僕はマウロレアニタ・アナニア・ソマルノだ。マウロと呼んでくれ」
「マウロ・・・。俺はジンイチローだ。俺はアニーをたぶらかしてなんかいない。アニーとは助け助けられながらフィロデニアで行動を共にしたんだ」
「ふん、仮にそうだとしても婚約者は僕だ」
アニーは深くため息をついた。
「私はあなたの婚約者になった覚えはないわ。言いがかりはよして」
「アニー!まだそんなことを言うのか!」
そんなやり取りを聞きながらオルドさんとミレネーさんを見ると、ニコニコしながら何かを話している。
「いいわね、その案」
「だろう?娘を取り合う二人の男が・・・ふふふ」
あぁ・・・何か企んでる顔になってる。嫌な予感がする・・・。
「あぁ、ゴホンゴホン。そこの二人ちょっと聞きなさい」
言い合う二人がオルドさんを見た。
「マウロ君、君はアニーの婚約者だというが、我々にその許可を得たのかね」
「う・・・」
アニーは得意げに鼻息を鳴らした。
「ほら見なさい。お父さんの言う通りよ!」
「しかしだねアニー。幼いころから聞き続けているマウロの言葉を我々は否定しなかった。そうだろう?」
「う・・・」
マウロは水を得た魚のように飛び上がった。
「そうだ!お父さんの言う通りだ!」
「マウロ君、まだ話は終わっていない」
「はい・・・」
シュンとするマウロ君。
「そこで提案だ、マウロ君。そこにいるジンイチロー君とアニーを賭けて勝負するというのはどうだね?」
「「「 はい?? 」」」
「勝った者が我々両親の許可を無条件に得られる、というものだ。マウロ君、どうする?」
マウロは俺をじっと睨み、低く唸った。
軽々しく「やってやるさ、へへーん」と言わないあたり、相手の強さを見極めようとする所作は心得ているようだ。
「・・・いいでしょう。ジンイチローといったね、君もそこそこできるようだが僕の熱い想いの前にひれ伏すことになるだろう」
「ジンイチロー!こんなやつコテンパンにやっちゃっていいからね!」
普段のアニーからは想像できない強い物言いだ。
するとオルドさんは「まぁまぁ」といって手のひらを振って見せた。
「マウロ君にジンイチロー君、勝負について条件がある。魔法は必ず精霊魔法で行うことと、剣は使ってもいいが飛び道具は出さないこと。勝敗はどちらかが倒れるか、降参するか否かで決する。この条件で戦うことを了承するのであるならば、だが・・・」
するとマウロはにやりと笑った。
「僕は構いません。ジンイチローはどうする?ここでおめおめと引き下がることはしまい?」
やっぱやめます、と声高に叫びたかった。
しかしアニーの期待に目を輝かせ、キラキラしたオーラを漂わせているのを感じ取った俺は、断るに断れなかった。
「・・・受けましょう」
「はははっ!後悔するなよ、ジンイチロー!これでアニーは僕のものだ!」
マウロは興奮冷めやらぬ面持ちで、口角を不気味に吊り上げて笑った。
彼のこれほどまでの自信・・・勝利を確証させる根拠があるのだろうか。
「では二人とも、勝負の場所は中央街にある魔法闘技場、時間は明日の昼前としよう。私は今から行って会場を押さえてくる。よいな」
「「 はい 」」
「うん。ではマウロ君、今日のところは帰りなさい。久々のアニーの帰宅を家族で分かち合いたいんだ」
「わかりました。ふふ、ジンイチロー・・・。明日君が僕の魔法の前に倒れ、アニーが奪われる様をしかと見届けるがいい!はははっ!」
マウロはそう言ってこの家を出ていった。
「ジンイチロー!明日は絶対勝ってね!」
マウロが出て行ったことを確認したアニーは早速俺を抱きしめた。
「アニー・・・。申し訳ないけど今回ばかりは自信がない」
「え?」
「精霊魔法が使えないんじゃとても太刀打ちが出来ない。それに・・・」
アニーを引きはがした俺は、オルドさんに向いた。
「マウロは、かなりできる人ですね」
オルドさんはうなずいた。
「わかるかね」
「滲み出ていた自信もそうですが、あんな口調で捲し立てても彼は俺の力量を計っていました」
「ジンイチロー、そうはいってもあなただってかなりの剣技が―――」
「いや、人相手に剣技は使えないし、第一オルドさんからそれは禁止されたよ。それにいつもの戦いでは剣を使っているけど、結局素人同然だよ。魔法が使えない条件の中で剣を振るおうにも精霊魔法に行く手を阻まれ、ひたすら魔法攻撃を受け続けることになる。圧倒的に俺に不利な条件だね」
「じゃあなんで分かってて受けたのよ!」
「だって・・・アニーのあんな顔見たら断るに断れないじゃん・・・」
「もう!!それにお父さんもどうしてジンイチローに不利な条件を出したの!?」
「それはね、アニー。不利な条件を乗り越えてこそ、二人の間に固いきずなが結ばれる・・・そう思ったからさ。ね?ミレネー・・・」
オルドさんとミレネーさんの周りにキラキラした何かが取り巻いている。
結構本気の理由のようだ・・・。
「しかしアニー。ジンイチロー君はすでに精霊が視えているんだろ?精霊魔法の発動条件は満たしているとみていいと思うんだけどね」
そういえば・・・
精霊魔法についてアニーから聞いたとき、そんなことを話していたような・・・。
「そうよ・・・。ジンイチローは精霊が視えるんだから精霊魔法が使える」
「いや、使えるかどうかなんてまだわかんないし・・・」
「使えるったら使える!ごちゃごちゃ言わない!」
「はいっ!」
オルドさんはカラカラと笑った。
「ははは!そうそう、その意気だよ。そうでなければ精霊魔法闘技会青年の部で優勝したマウロには勝てないよ」
・・・え?
「「 えええええええええっ!! 」」
「ん?どうしたね?」
「お父さん!それを早く言ってよ!」
「オルドさん!どうしてそれを教えてくれなかったんですか!」
「いや、アニーは知っているものかと―――あ、そうか。アニーがこの国を出てからの行事だった。そっかそっか、いやぁスマン」
ぐぬぬ、と自らの決断に後悔していたとき、モアさんがなにやらブツブツ言いながら一生懸命メモを取っていた。
「『ジンイチロー様がアニー様を賭けた勝負に!勝敗やいかに!?』・・・ふむ、いいですね」
楽しんでるやないか―い!!
・・・
・・
・
オルドさんとミレネーさんの勧めもあり、しばらくこの家にお世話になることとなった。
街の数少ない宿に異種族である俺達が泊まるのは、長老達に会ってからでも遅くはないという判断からだった。
夕食はミレネーさんの手作り料理。すっごくおいしかった!
アニーは久々の母親の手料理に舌鼓を打ち、終始にこにこ嬉しそうに話していた。
そんなアニーを見て、ここに来て良かったと心底思えた。
「ところでアニー、フィロデニア王都の様子はどうだったかい?」
オルドさんが食後のお茶を飲みながらアニーに尋ねた。
「とにかく大きい街で、人がたくさんいて物もお金もいっぱい動くところね。私はそこでギルド登録して身銭を稼いでいたの」
「なるほど・・・。アニーがそれだけできるのであれば、他の者が行っても大方いけそうだな」
「誰か外に出るの?」
「今のところはないが、そうしてもいいんじゃないかという意見は少なくない。特に若い者がそういう意見を持っているようだ」
「ふーん・・・・」
「ふふ、ということでだ。ミレネーが夕食の準備をしている間に、早速こんな通達が来たんだ」
「なに?」
「まぁ、見てみろ。今の話に関係がある」
オルドさんがアニーに数枚の紙を渡し、アニーは静かにそれに目を落とした。
やがてその目は大きく開かれた。
「ちょ――――これどういうこと!?」
「長老司様の差し金だろうな、見ての通り」
俺は顔をしかめつつアニーを見た。
「アニー、それなんて書いてあるの?」
そういうと、アニーは通達文を音読してくれた。
『通達。フィロデニア王都圏を外遊したアニエレストリア・カリアニ・ヴォルノアに告ぐ。
アニエレストリアは永きにわたり本国を出立してフィロデニア王都圏を周り、人族たちと数多くの交流と経験、戦闘、生活を重ねてきたと推察される。
このことから長老議会を代表し長老司の名をもって、アニエレストリアを国立学院高等部の客員教授として活動し、外遊した経験を学院生徒に伝達するべし。
客員教授としての期間は本日より1週間と定める。
初回教唆は明後日午後とする。
明後日に学院長を尋ね詳細を確認すること。 以上 』
「なによこれ・・・」
「ははは!大出世だな、アニー」
「お母さんも鼻高々だわ」
両親はニコニコとアニーの狼狽ぶりを温かく見つめた。
「よかったねアニー。エルフの未来の為に活躍できるだなんて」
するとアニーは俺をじとっと見たあと、『通達』の書かれた紙を見せてきた。
「ジンイチロー、他人事じゃないのよ。読んであげるから聞いていなさい」
「はぁ・・・」
『通達。大賢者ジンイチロー・ミタに告ぐ。
長老議会を代表し長老司の名をもって、エルフ族アニエレストリアと共にフィロデニアの地で得た経験だけでなく、魔法、知識その他すべての技術を王立学院高等部の客員教授として伝播することを命ずる。エルフ族と人族との懸け橋となるべく尽力されることを願う。
ただし、本命令を受諾しない場合我が国への不法入国を為したとみなし、向う60年間の投獄を実施するものとする。 以上 』
「・・・」
「ははは、大出世だな、ジンイチロー君」
「60年くらい大したことないわよ、おほほ」
んなばかなっ!
「アニー!どうしよう!」
「つまりは絶対に受けろってことでしょ?この国において長老議会・・・ましてやそれを束ねる長の命令には逆らえない・・・。はぁ、まさかのお達しね」
相変わらずモアさんは何やら手早くメモしているが、動揺している俺は何を書いているのか尋ねる余裕もない。
「仕方ないわね。受けるしかないわ」
「はぁ・・・やっぱそうだよね」
すると、レナさんが目をキラキラさせて俺達を見つめていることに気が付いた。
アニーもそれに気づいたようで、首を傾げてレナさんを見た。
「レナ、どうしたの?」
「お姉ちゃん忘れたの!?私いま高等部にいるの!二人が先生になって教えてくれるなんて・・・すごく素敵!」
「そっか・・・レナの歳はちょうど高等部真っ盛りだったわね」
俺はオルドさんに尋ねた。
「オルドさん、どうして『高等部』なのでしょうか」
俺の言葉にオルドさんは手を顎に当てて俺を見た。
「はっきりした理由はわからないが・・・おそらくは一番『エルフの国』を出たがっている者が多い層だからじゃないかな?」
「出たがっている?」
「そうだ。アニーの時はたった一人息巻いていたが、アニーの出立は少なからず若年層の刺激になった。若年層の意見が長老会にも届いていて、外部交流を復活させようという動きが出始めているのもその影響だ」
「なるほど・・・。アニーの出立が国を動かすほどの流れになっていたんですね」
「これは私も予想外だった。この家を尋ねてくる若者も結構いたんだぞ」
「そうだったの!?」
するとミレネーさんがクスクスと笑った。
「その中でもアニーと結婚させてくれと言ってきた人もいたのよ!」
「モテモテだなっ!アニー!」
「お姉ちゃんはいいなぁ!」
うげっ、という空言葉が聞こえてきそうな顔を見せるアニー。
そんな彼女を見て、オルドさんは静かな笑みを湛えた。
「アニー、私は思う。この国は閉じすぎたのではないかとね。その証拠にそれによる綻びが出ていることも否めない」
「綻び?」
「・・・あぁ。しばらく滞在すればわかると思うが・・・念のため伝えておく必要がある」
この話になった途端、ミレネーさんもレナさんもどことなく暗い顔になった。
「アニーもジンイチロー君も気を付けてほしい。この国にフィロデニア大森林の魔物が出現するようになった」
「「 魔物!? 」」
「うん」
大森林の魔物とは驚きだ。
なぜなら俺達がエルフの国に入ってこれたのは『強力な結界』を一時的に解除したからこそだ。
強力な魔物がうじゃうじゃいる大森林にエルフの国が存在できるのもこの結界のおかげ・・・のはずだ。
「結界があるのになぜそんな魔物が?」
オルドさんに問うも、オルドさんは唸ったまま応えてくれない。
そうか、この情報は・・・。
「オルドさん、失礼しました。結界の情報は秘匿情報になりますよね」
「すまない、ジンイチロー君。その通りだ。私の口からは『魔物に気を付けろ』ということまでしか言えない。もし聞くのであれば長老議会から直接聞くか許可を得てほしい。とにかく気を付けてほしいということだけわかってほしいんだ。もちろん四六時中出現するわけではないから常に気を張る必要はないんだがね」
「ご忠告ありがとうございます」
「さて・・・ジンイチロー君は酒は飲めるのかい?」
「はい」
「ではでは・・・」
オルドさんは立ち上がり部屋を出ていった。
それを見てミレネーさんも立ち上がった。
「私は食器の片付けをしてから湯あみの準備をしますね。そのあとに一杯もらおうかしら」
「お母さん、私も手伝うわ」
「ありがとう、アニー」
「ミレネー様、私もご奉仕いたします」
アニーとモアさんも立って食器を片づけ始めた。
するとレナさんが俺の隣に座ってにこにこと俺を見つめた。
「ジンイチローさん、もっと外の世界のこと教えてくれませんか?」
「もちろん。俺にわかることがあれば」
「やったー!!」
オルドさんがワインボトルのような瓶を2本持って戻り、栓を抜くとグラスに注いでくれた。
そしてしばらくの間オルドさんとレナさんと一緒に、これまであった体験を身振り手振りも交えて話した。
家族団らんの雰囲気がとても懐かしくて、ばぁばの家で感じた温かさとはまた違うぬくもりを肌で感じた・・・。
いつもありがとうございます。
次回予定は2/14です。
よろしくお願いします。