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第107話 ジンイチローのいない王都で

 

 誘われるがまま建物に入ったシアは、浅はかな自分の行動に後悔した。

 使いに行った帰り道に『偶然』出会った男達は路上でも構わず頭を下げ続け、事務所のある建物で話をする形を取りつけた。

 出されたお茶に手を付けず、まるで念仏のように耳に入る小太りの男の声にシアはウンザリしていた。

 はっきり断るべきと思い事務所に踏み入れたものの、若い男がそのドアを塞ぐように立ち、小太りの男の話を腕組みしながらニタニタ笑いを浮かべて聞くガラの悪い男達・・・。

 ため息しか出てこない。


「私の方からは給金を倍に上げるよう交渉します。ぜひともお引き受けいただきたい」


 身振り手振りを大きくして熱心に語るも、シアは『踊り子劇場』の現実を知っていた。

 知っているからこそ引き受けるなど到底在りえない。

「手付金として金貨60枚はいかがでしょう。これでも他の女性の倍以上です」

 シアは首を横に振った。

「ありえません。先日もお話ししました通り、踊り子劇場へは行きません」

 小太りの男は眉間に皺を寄せた。

「渋いお答えですな。幾人もの方を仲介した身としては実に存外な提案をしていると思うのですが」

「あなたはそう思うのでしょうが、私にとってはなんの魅力も感じません。ですから答えは変わりません。もう帰ってもよろしいでしょうか」

「いやいや、もう少し私の話を―――」

「失礼します」

 男の応答に被せるように言い放ち立ち上がったシアであったが、ガラの悪い男がシアに近づいた途端に肩を掴み、座っていたイスに無理やり腰を下ろさせた。

「何をするんですか!」

 ガラの悪い男はシアに顔を近づけ、その顔のあちこちを舐めまわすように目で這わした。

 君の悪さにシアは思わず顔を引いた。

「あんたさぁ、グラウコのじじいが言う通り劇場で働けばいい金入ってくるんだからさ、いい加減引き受けちまえよ」

 シアは顔をしかめて小太りの男、グラウコに目を移した。

「説得に失敗したからといって脅しをかけるんですね」

 グラウコはシアの怒りを余所に、いたって冷静に首を振った。

「いえいえ、私どもはそんな愚かな真似はしませんよ。もう少しだけお話を聞いていただきたい一心なのです」

「そうそう、グラウコの言う通り。もう少しここにいてくれよ。な?」

 男はシアの肩を掴んだまま離さないので、身じろぎしても立ち上がることができない。

 男を睨み返し肩を掴む腕を取るがびくともしない。

「離してください!」

「立ち上がろうとすると抑えなきゃいけなくなるんだよなぁ。大人しくしろって」

「っ!!っ!!」

 肩をうねらせて解こうとするも男の腕は離れることはなかった。

 グラウコは口元に笑みを浮かべた。

「シアさん、まだまだ私どものお話にお付き合いくださるなら、その男の腕を離してもよろしいのですよ?」

 シアはグラウコを睨んだ。

 グラウコは変わらぬ笑みを湛えているが、先ほどまでの温和な空気とは打って変わって、鋭い目でシアを見つめていた。

 シアは大きくため息をついた。

「私の結論は変わりません。それでもお話を続けたいというのであればどうぞそうしてください。ですからこの腕を離してもらえませんか」

 シアの言葉に、グラウコが顎を上げて合図すると、ガラの悪い男は「へっ」と舌打ちするように小さく放ち、肩から手を離した。

「さぁ、シアさん。続けましょうか」

「・・・」



 ・・・

 ・・

 ・



 予定していた買い出しもままならず、孤児院の近くまで朦朧としながら歩いてきたシア。

 結局あれから5時間も事務所に缶詰にされ、「引き受けません」と返すたびに話が最初に戻り、何度も「いかがですか?」と返された。


 限界だった。顔に手を抑えて疲れを見せないようにしつつも、同じ話を永遠と繰り返されては持たない。きっと彼が仲介した女性たちはあの手法で籠絡させたのだろう。それがわかっているからこそ安易に引き受けるともいえない。

「後になって断れますから」

 最後の最後でそれを言われた時の安心感・・・。男達の手法はわかっていても、彼女は口を開けて「わかりました」と言いかけてしまった。


 だが、彼女の脳裏によぎった言葉がそれを押しとどめた。




 ――――俺はどんなときもシアさんの助けになりたいんです!!俺のことを頼りにしてください!!




 そうだ、私には・・・。



 口を堅く結び、言葉を腹の奥への流し込んだ。

 そして新たに湧き上がる言葉をグラウコへとぶつけた。


「私はあなた達の物ではありません!!私の人生は私で決めます!!金輪際私にも孤児院にも、子どもたちにも近づかないでください!!」


 突然のシアの怒鳴り声に吃驚したグラウコは呆気にとられるまま動けず、ドアの前に立っていた男を引きはがすようにドアを開けたシアを黙ったまま見送ることしか彼らは出来なかった。


 疲れ果てたシアではあったが、朦朧としながらも考えるのは彼のことだった。



 会って話さないと―――



 しかし時はすでに夕刻・・・。


 シアは自分の湧き出る想いを押しとどめ孤児院へと歩き、そして辿り着いた。


「ただいま~」


 シアの言葉に、奥の方から威勢よく駆けてくる音がいくつも重なった。

「「「「「 お姉ちゃんおかえり~! 」」」」」

「ただいま、みんな。遅くなってごめんね」


 抱っこをせがむ小さな子を抱き上げると片腕で抱え、腰にしがみつく子らの頭を撫でる。

「遅くなってごめんね」

 すると、遠くでその様子を見ていた一番年上の女の子が「あのね」と声を掛けてきた。

「何かあったの?」

「ジンイチローさんが来たんだよ」

「え?」

「しばらく遠出をするけど、帰ってきたときに大事な話があるんだって」

「・・・そっか、いないのか・・・」


 シア自身も驚くほど唐突に涙が湧れ、滴となって子どもたちの頭に落ちていった。

「あれ・・・わたし・・・」

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「どうもしないよ。大丈夫。大丈夫」

 口元を笑わせるが、声は震えていた。


 本当は会いたかった。今すぐにでも飛び込みたかった。


 だがいないとわかった途端に、先ほどまでの思い出したくもないやり取りがシアの脳裏をよぎった。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

「・・・」

 手の平で拭うも止まらない落滴に、焦るようにうなずきながら笑みを湛えようと口元を緩めた。

 しかし、その口は震えるばかり。

 震えを抑えようとして真一文字に固めると、さらに涙が溢れてしまった。


 たまらずしゃがんでしまうシア。


 普段のシアでないと察知した小さな子どもたちはつられるように泣きだし、年上の子どもたちは不安げにその子らを抱きしめた。


「ごめんね・・・ごめんね・・・」


 抱っこされていた子どもは、いつの間にかシアを抱きしめていた・・・。



 ・・・

 ・・

 ・



 シアの帰った後の事務所では小太りの男とガラの悪い男が焦燥をにじませた面持ちでソファに腰掛けていた。


「おいグラウコ、マジでやばいぞ」

「そんなことはわかっている!!」

「手付金返そうにも使っちまったじゃねぇか!」

「まさかあんなに粘るとは思いもよらなかったんだ!」

「くそ・・・」


 グラウコは拳を握りしめた。眉をひそめたまま向かいに座るガラの悪い男を見つめ口を開いた。


「かくなる上は・・・」

「なんだ?いい案でもあるのか?」

「・・・連れ去るしかない」


 ガラの悪い男は目を丸くさせ、上背を伸ばした。


「おいおい、勘弁してくれよ。俺の身分証に傷が出来ちまうだろ!?」

「とは言ったって王都から出ることなんかないだろう」

「いや、そうだけどさ・・・。他に仕事する時とか色々あるだろう?」

「だがそうでもしなければ期日までに引き渡せん!!」

「依頼者は盗賊だろ?こうなったらほっとこうぜ」


 グラウコは首を横に振った。


「いや、それはできん。なんてったってアイツらは王女誘拐を企てたくらいの猛者だ。俺らに渡した金貨の額を考えれば、今回の依頼はかなり本気のようだ。「いませんでした」なんて言ったものなら、翌日には街のどこかに俺達の死体が転がっている」

「だからといってよぉ、誘拐ってのは・・・」

「そうしないように、()()話し合いと説得を重ねてきたんだがな・・・。これ以上はどうにもならんか・・・」

「もう少し粘ろうぜ。シアは最後のあんたの言葉に揺れていたぞ。今日みたく話せばきっと折れるに違いない」

「だといいがな。今後一切俺達との接触を拒むと俺は感じた。それに孤児院に行ったとき、見たことのない若い男が訪ねてきたんだが、シアはその男のことをかなり信頼しているようにも思えた。その男がおかしな真似をしなければいいんだがな・・・」

「さすがに警備兵にはつながらないだろう?」

「・・・どこかで聞いた名前だったんだが、さっぱり思い出せん・・・」


 腕組みするグラウコだったが、ガラの悪い男は小さく何度もうなずいて大きく手を広げた。


「まぁとにかく、期限までにはしばらく時間がある。説得をもう少し続けようぜ。それか別の奴を見つけて―――」

 グラウコは静かに首を横に振った。

「この王都であの手付金に見合う女はいない。安請け合いなんかするんじゃなかった。・・・はたしてあの盗賊どもが期限を守ってくれるのかどうか・・・」


 グラウコは顔を手でふさぎ、天を仰ぐのだった・・・。



 ・・・

 ・・

 ・



 一方、ばぁばの家では―――



 黙して座る面々の視線を浴びているのが、ベネデッタの手が魅せるカフィンの所作・・・。

 カフィンとは何かとばぁばが話したことから、急きょはじまったカフィン茶会。経験のない香りに、皆の鼻がスンスンと音を立てた。

「これがジンイチローの言っていたカフィンかね。夢中になる理由もわからんでもない」

 すると、フォーリアがむすっとした顔で腕組みをした。

「ジンイチローは我を差し置いてこのカフィンを優先したのだ。けしからん奴め」

「ですが、ジンイチロー様がいなければ今の私はここにおりませんし、このように皆様にカフィンを召し上がっていただくこともなかったでしょう」


 出来上がったカフィンが次々とカップへ注がれ、各々の目の前に並べられた。


「どうぞ、お召し上がりください」

 ベネデッタの言葉と同時に、皆の手がカップに伸びた。

 最初に口にしたのはメルウェルだった。

「ふわ・・・これは・・・苦いけどもまろやかな風味も感じる・・・不思議な飲み物だ」

 続けてばぁばが口にした。

「ほほぅ、これは新しい。漂う香りにも驚いたが、口当たりも驚きだね。こんなに鮮烈な飲み物があったなんて、この年まで生きてきた甲斐があったってもんだよ」

 サリナは目を閉じて閉口した。

「わたしは・・・この味は苦手です・・・」

 すると、ベネデッタはあらかじめ用意しておいたミルクと砂糖をサリナの目の前に置いた。

「苦味が苦手な方は砂糖とミルクを混ぜて違った風味を楽しんでください」

 サリナが砂糖とミルクをカップに適量入れて混ぜる。そしてそれを口に含んだ時、ぱぁっと顔を明るくさせた。

「これなら飲めます!苦味が抑えられていくらでも飲めそうです!」

 フォーリアは優雅にカップを持つも、全身が震えていた。

「ははは。龍である我は苦味があろうともなかろうとも平気で飲めるのだ。なはははは」

 ベネデッタはそういうフォーリアの目の前に、さりげなく砂糖とミルクを置いた。

 フォーリアはすかさずカフィンに砂糖とミルクを乱暴に入れてスプーンでかき回し、ずずりとすすった。

「・・・たまにはこっちの風味もいいものだな」


 気付かれないほどに口角をあげたベネデッタに、ばぁばが微笑んだ。


「ベネデッタ、これからどうするんだね?」

「・・・まだはっきりとは決めていません。とりあえずどこかでカフィンを紹介できる場所があれば、とは思っていますが・・・」

「簡単に言えば、どうすればいいか迷っている、ということかね」

「いえ、そういうことでは・・・・・すみません、そうです。迷っています」


 伏し目がちに応えるベネデッタを、ばぁばはカップを置いてじっと見つめた。


「迷っているというなら、ジンイチローの伝言を伝えておくかね」

「ジンイチローさんの?」

「もしベネデッタが迷っているというなら、という前置きがあったんだがね。聞くかい?」

「・・・お願いします」

「うん。もしベネデッタが迷っているようなら中央ギルドへ行け、だとさ」

「ギルドに?」

「ふふ、言いたいことはなんとなくわかったさ。ギルドは多種多様な人間が集まる。無論様々な情報も集まるし、人が集まるということはその情報も発信されるということだ」

「・・・」


 ベネデッタはうなずいた。


「ジンイチローさんの考えたことはわかりました。ですが、私一人単身で言っても取り次いでもらえるかどうか・・・」

「それなら紹介状を書いてやるよ。それと・・・手伝いが必要だね」


 ばぁばが座っている面々を見やった。


「あんたたち、ベネデッタの手伝いをお願いしてもいいかい?」


 各々は微笑みながらうなずいた。


「このメルウェル、微力ながら手伝わせていただきます」

「私も!給仕なら村で鍛えられましたから!」

「ふはははは!我がいればあっという間にさばいて見せる!!」

「みなさん・・・」

「ということでベネデッタ、早速明日の仕事が決まったね」

「はいっ!皆さんよろしくお願いします!」


 これまで飲んだカフィンの中で一番おいしい―――


 ベネデッタは皆の笑顔を見てそう感じたのだった。




いつもありがとうございます。

次回予定は2/10です。次回は再びエルフの国へ戻ります。

よろしくお願いします。


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