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第103話 やらかす

 

「アナガンという都市をご存知ですか?」

「アナガン・・・アナガン・・・どこかで聞いたような・・・」


『仕事』とはいったいなんだったのかとシアさんに尋ねたところその都市の名を口にしたわけだが、どこかで聞き覚えのあるような、最近聞いたはずだのだけど・・・。


「ジンイチローさん、アナガンという名はロサーノから聞いたはずです」

「ロサーノ・・・あぁ!!そうだ!!確かベネデッタさんを―――」


 奴隷として、といいかけて口を噤んだ。

 この場でそれを公言するわけにもいかないと咄嗟によぎったのだ。


「シアさん、確かそれは奴隷を売買するとかいう・・・」


 シアさんは小さくうなずいた。


「そうです。あの男達はアナガンにある踊り子劇場で働いてみないか、と私を誘ったんです」

「それはつまり・・・シアさんに奴隷になれってことを?」

「いえ、踊り子劇場で働く限りは身分は関係ありません。あの男達はそこへ女性を派遣させるための仲介組織みたいなところの人間でしょう」


 それでも解せないところはある。なぜ急にシアさんに白羽の矢が立ったのか。


「最近この孤児院の周辺に見慣れぬ男が立っていると子どもたちから報告がありました。私も気付かぬふりをしてその男の顔を遠目に見ていたのですが、昨日の中年の男性と一緒にいた若い男がその人でした。きっと事前に調査をしていたのでしょう」


 調査というよりも『嗅ぎまわる』と言った方が妥当だと思う。

 確かにシアさんは容姿端麗だしスタイルもいい。目を付けられるのは当然と言えば当然か。


「ジンイチローさんが来て下さったおかげであの人たちを追い返すことが出来ました。本当にありがとうございます」

「いえいえ。それにしても偶然通りかかったからよかったものの、今度あの男達が来ても大丈夫ですか?」

「心配してくださるのですか?」

「もちろん。例えあの男達の言うことが本当だとしても、子どもたちをあそこまで不安にさせるなんて・・・」

「・・・そうですよね、子どもたちのこともありますよね」


 下向き加減に目を逸らし、少し疲れたようにシアさんは笑った。


「とにかく、私はもう大丈夫です。今度あの男達が来たらグーパンチです!」




 孤児院を出た俺とベネデッタさんはしばらく無言で歩き続けたが、口火を切ったのはベネデッタさんだった。


「ジンイチローさん」

「ん?」

「踊り子劇場の事ですが」

「なにか知ってるの?」

「・・・短い間でしたがアナガンにいたので少しは・・・。私が知る限り、確かにあそこは奴隷の身分がなくとも働けます。一番人気を勝ち取れば、おそらくは借金などあっという間に返せるはずです。それに、シアさんであればすぐに人気を得られるはずです」

「ふーん・・・」

「ですが、あそこにいけば二度とこの地に戻れなくなるでしょう」

「え・・・?」

「踊り子劇場は多大な金が動きます。客から得られる入場料のほとんどは劇場が搾取するので、踊り子が得られるお金は本当に僅かです」


 俺はベネデッタさんの言葉に首を傾げた。


「人気を得られればすぐに借金が返せるほどのお金が手に入るんだろう?」

「もちろんそうです。ただしそれは踊り子としてではなく・・・その・・・別の形でしっかりと根回しをして・・・裏稼業としてお金を稼ぐ、ということをすればの話です」


 ベネデッタさんが俯きながら話したその内容に、男達がなぜシアさんに目を付けたのかがようやく見えた気がした。

「男達は仲介料を劇場からもらうということになるのかな」

「でしょうね。そして劇場は『踊り子』に対して仲介料以上の働きをするまでは帰れないという覚え書きを女性たちと交わすのでしょう。何かと理由をつけて」

「早く帰るために、一番人気になって客をとれる踊り子を目指す。給金を投げ打ってでも劇場にお金を入れる。でもそれでは生活ができない」

「だからこその裏稼業でしょう。アナガンに来る男性は貴族層がほとんどです。貴族から金貨を得ようとすれば、やることはひとつ・・・」

「・・・なるほど」

「そうこうするうちに、貴族の子を孕むようになります」

「!!」

「運がよければ貴族の妾として傍に置いてくれますが、そうでない人たちは踊り子として稼げなくなります。稼ぐことができずに劇場にもお金が入れられないとしたら、次はどういうことが待っていると思いますか?」

「・・・奴隷か」


 ベネデッタさんは大きくうなずいた。


「そうです。借金奴隷となって働くようになります。私が『二度と帰ってこれない』というのはそういう意味です」

「シアさんはこのことを知らないんだろうな。教えてあげないと―――」

「多分ですが、シアさんは全てご存じだと思います」

「えっ?」


 ベネデッタさんの言葉に、思わず歩みを止めてしまった。


 スタスタと歩いていくベネデッタさんを目で追ううち、彼女も歩みを止め、翻って俺を見やった。


「あの様子――――もしジンイチローさんが来ていなければ・・・彼女は・・・」

「・・・」

「すみません、なんとなくそう思っただけです。全て知っているからこそ、シアさんはやはり『いかない』という決断をしたと思います。ご安心を」

「・・・だといいんだけどね」


 すると、ベネデッタさんが小さく嘆息した。


「ジンイチローさん。苦しい時に女が笑顔で『大丈夫』という時は、『助けて』と言っているのと同じです。今後の参考にしてください」


 そう言うと、彼女は踵を返して一人歩いて行ってしまった。

 いつの間にかばぁばの家の小道にさしかかっていて、気付けばもう夕方だった。


 小道を入るベネデッタさんの後ろ姿が見えなくなったとき、色々なことを思い返してみた。

 シアさんのこともそうだが、イリアはどう思っていたのだろうか。

 去り際は確かに彼女も笑顔だった。

 確かに悩みに悩んでそれを打ち明け、話してよかったといって最後は笑顔で送り出してくれた。

 でも、本当は彼女は・・・。


 あぁ!もう!俺ってやつは!!


 誰かの助けになりたいと思ってやってることが、反って気を遣わせていて、結局のところ傷つけている・・・。


 頭を掻き毟る。自分の情けなさに反吐がでそうだ。

『大丈夫』といったシアさんの笑顔がずっと頭の中で反復していて気が気でない。


 ・・・・・やっぱり戻ろう!!




 魔力循環して駆けること10分。

 孤児院に到着して駆け込むように中に入る俺。

 子どもたちがぎょっとした顔で見つめるなか、厨房に案内してくれと言うと皆で案内してくれた。


 エプロン姿のシアさんが厨房に駆け込む俺を見て固まったが、そこは気にせず、俺は彼女に言い放った。


「シアさん!」

「は、はい!」

「助けてほしい時は、いつでも言ってください!!」

「へ・・・」

「俺はどんなときもシアさんの助けになりたいんです!!俺のことを頼りにしてください!!」


 子どもたちが『キャーーー』と叫んだ。

 シアさんは口に手を当てて目に涙を溜めた。


「は、はい!これからもよろしくお願いします!!」


 子どもたちの歓声が響き、俺に向かって拍手喝采。そこまで喜ぶことか?


「それじゃ、俺それだけ言いたかったんで」

「え?ちょ―――」

「それじゃまた!」

「は、はい・・・」


 またねーと手を振る子どもたちに笑顔で手を振りかえした。うん、スッキリした。



 ・・・

 ・・

 ・



 ベネデッタさんよりも遅れて到着した俺を皆が心配し、一体どうしたんだと尋ねたので、どうにも心配になったから孤児院まで戻ってシアさんに()()言ったことを話した。


 フォーリア以外の全員が目を見開いたまま固まってしまった。


 苦笑いしながらばぁばがアニーの背中を擦っている。アニーが深くため息をついた。


 何か・・・俺はマズいことをしたんだろうか・・・。


 ため息交じりにモアさんが俺に近づいた。


「ジンイチロー様、どういう経緯でそのような『戯言』をお話しされたのですか」

「戯言・・・」

「アニー様という御方がいるのにそのような・・・。いやいや、なるほど、ジンイチロー様は無自覚でいらっしゃるわけですね。突然そのようにお話しになるきっかけが何かあったはずです」

「きっかけといえば・・・」


 ちらり、とベネデッタさんを見た。

 ベネデッタさんもため息交じりにつぶやいた。


「私のせいです。余計なことを話してしまったばっかりに・・・」

「どのような?」

「女が笑顔で大丈夫というときは――――」

「助けてほしい時、とお話しされたんですね」


 モアさんが被せ気味に、うなずきながら応えた。


「・・・そうよ」

「至極納得がいきました。さてと・・・アニー様は一旦退室いたしましょうか。私が一旦預かります。しばしお待ちを」


 モアさんが落ち込んでいる様子のアニーを連れて居間を出ると、ばぁばが苦笑いをした。

「さすがジンイチローだねぇ」

 メルウェルさんもなんとなくばつが悪そうに頭を掻いた。

「こういうことは疎い私もわかります。ミルキー様のお言葉の通りです」

 サリナさんに至ってはずっと固まったまま動かない。


「あの・・・俺何かまずいことを言った・・・んだね・・・」


 ばぁばはうなずいた。

「ジンイチローの言ったことは、結婚を申し込むときにいうセリフにそっくりだったのさ」


「え・・・・えええええええええっ!!!」


「やはり知らなかったか・・・」

 ばぁばがポリポリと頭を掻いた。

「ジンイチローは・・・そうだね、()()()()()()()()そういうことだって知らないはずさね」

「知らなかったと言ったって・・・あぁ、俺なんてことをシアさんに・・・」

「勘違いしても仕方ないようなことを言ってしまったからねぇ。ちなみに・・・シアはなんて返してきたんだい?」

「・・・これからもよろしくお願いしますって・・・」


 ばぁば以外、皆からため息が漏れた。

 するとばぁばが優しく俺に微笑んだ。


「仕方ない。今回はジンイチローにはこの世界の「文化」が足りなかったせいもある。シアを騙そうとして言ったことじゃないからそう落ち込むんじゃない。とはいえ・・・そろそろジンイチローも出自を話した方がいい時期に来たということじゃないか?」


 確かに、特にこれまで話さずとも問題なかったが、俺はまだ何にもこの世界のことを知らないままだし、トンデモ事件を引き起こしてしまったし・・・。


「じゃあ、私もアニーのところへ行ってくるよ。サリナ、お茶の用意をしてくれるかい?」

「わかりました」


 ばぁばはそういうと、静かにアニーとモアさんのいるところへ歩いて行った。




 目を真っ赤にしたアニーが不機嫌そうに・・・いや、不機嫌なんて言葉では表現しつくせないほどの虚無にも似た表情を浮かべながらも、俺と目を合わせないようその顔を逸らしている。

 サリナさんが淹れてくれたお茶を各々が静かに口にしている。


「さてアニー。複雑な気持ちもあるかもしれないが実は大事な話がある。ジンイチローのことについてだ」

「・・・」

「ジンイチロー、あんたのことを皆に話してくれないか」

「うん・・・」


 俺はイスに座りなおして、あらためて皆を一瞥し、そしてアニーを見た。


「みんなには知ってもらいたい。アニー、もちろん君にもだ」

「・・・」


 俺は唾を喉奥に流し込んでから口を開いた。


「俺はこの世界の住人じゃない。異世界から来た異世界人だ」


 皆が一様に俺を凝視し、固まった。アニーですらそうだった。

「俺の元いた世界はこの世界とは全く違う文明を持っていた。魔法はおとぎ話や作り話の中でしか語られることがないもので、この世界には普通にいる魔物もいない、そんな世界だ。大きい都市は100万人から多いところは1000万人が住んでいる。大きい建物が並び、人々は鉄でできた乗り物に乗って移動する。馬で移動する手段は100年ほど前から廃れていった」


 アニーがいつの間にか俺を見据えていたが、俺は気にせず続けることにした。


「俺は・・・本当は42歳で、しがない営業職をしていた。結婚もしていなくて、女性とも縁遠い生活を送っていた。学生の頃・・・一人だけ交際していた女性がいたけど、1か月でフラれてしまった。なにが原因かよくわからないけど、思い返してみればふがいないところもあったわけで、無理もないかなって今更ながらに思う。・・・って、そんな話はどうでもいいか・・・。ちなみに、こんなに年が若いのはマーリンさんが俺にしたことが原因だ」


 ここでようやくモアさんが口を開いた。


「異世界の住人であるジンイチロー様がなぜ大賢者に?」

「そう、それこそがマーリンさんのしたことが原因なんだ。俺はマーリンさんから大賢者の素なるものを無理やり埋め込まれ、なぜかはわからないけど体も顔も若くなって大賢者になった。だから大賢者が本来持っている知識や魔法なんかは全く持ち合わせていない。アニーならわかるだろ?俺が必死に回復魔法を唱えようとしていたときのことを」

「・・・」

 アニーは小さくうなずいた。

「だから・・・俺はこの世界の知識も文化も知らないんだ。元いた世界の知識はもっているから活かせられればいいんだけど・・・そこまで頭良くないし」


 ここまで話して、ばぁばが続けた。


「アニー、ジンイチローはこの世界のことは結局何もかも知らないんだ。ジンイチローが見るこの世界のものは全て初めての体験となる。もちろん、シアに話したことだってジンイチローの元いた世界では求婚にすらならない・・・ということだろ、ジンイチロー」

「そう、元いた世界では、求婚する時ははっきりと『結婚しよう』という。あのくだりで求婚になると知っていたら絶対に口にしないよ」

「というわけさ。アニーは今の話を聞いてどう思う?」

 ばぁばの問いかけにもかかわらず、アニーの態度は一向に変化なく、俯いたままだ。

「・・・・・わからない。だって、シアという人に言った事実も、勘違いしたまま嬉しがっているのも」


 確かにその通りだ。知らなかったから問題なし、とはいかないことは俺もわかっていた。


 と、そこへメルウェルさんが割って入った。


「ジンイチロー殿、ひとつ聞きたい」

「何?」

「・・・貴殿は、元の世界に帰るのか?」


 この言葉に、ばぁばを除く皆がピクリと反応した。

 俯いていたアニーも顔を上げた。


「・・・今のところ帰る方法がないから、しばらくはこの世界にいるよ。でも、もし今『帰る方法がある』と言われたら・・・」


 そう言う俺自身も、その答えがわからない。

 仮にマーリンさんから『帰る方法あるけどどうする?』なんて言われたら、俺は・・・。


「私は、どの世界であろうとジンイチロー様のお傍に仕えてまいります。帰るときは、必ずこのモアも御供いたします」

 モアさんが立ち上がって、やや上気した顔で言い放った。

 ここまで『激情』しているモアさんを見たことがない。

「これはゆるぎない私の気持ちです」

 呟くように話し、座って黙してしまった。



「ジンイチロー、帰っちゃうの?」



 俺を不安げに見つめながらアニーがぽつりと言った。


 結局のところ俺はまだ答えを出しきれていないものの、元の世界に戻ったとしても仕事に追われる毎日をただただ続けることよりも、誰かの為に生死を懸けて戦い誰かから頼りにしてもらえるこの世界の方がずっと居心地がいいと、今は考えている。


 だから―――――


「例えマーリンさんから帰れる方法を提示されても、今のところ帰るつもりはないよ」


 その言葉に、この場にいる皆の空気が少しだけ和らいだ気がした。


 そのとき、ばぁばが手を勢いよく叩いてさらに空気を変えた。


「さて、ジンイチローについてはそういうことだ。ジンイチローを頼りにしてもいいが、実は頼りにしたいのはジンイチローの方だった、というわけさ。ジンイチローもわからないことがあれば頼りにしていいのさ。ここにいる皆は、みんなあんたの味方だ」


 俺は横に座っているモアさんをはじめ、揃っている皆の顔を順を追って見やった。

 みんな俺が目を合わせると次々にうなずいてくれた。


 アニーは・・・。


「まったく・・・そんな大事な話・・・もっと早く言ってよね」


 ムッとした顔で俺を睨んでいた。

 でも、いつものアニーの顔になってくれたと思って嬉しくなった。


「アニー・・・ありがとう」

「な、なによ・・・。シアのことで私は・・・はぁ、まったく・・・世話が焼ける・・・」


 思わずクスリと笑ってしまった俺は、縮こまってしまうくらいアニーから説教を受けてしまった。

 

 シアさんのことは本当にどうしようか・・・。



いつもありがとうございます。

次回予定は1/24の予定です。

よろしくお願いします。


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